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第百一話『仇敵の名1』
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翌日の朝、俺は早めに起きた。昨日の疲れが残っているのかルルニアは横でぐっすり寝ており、起こさないように注意してシーツを掛け直した。
自室を出てすぐ、ニーチャの部屋の扉が開いているのに気がついた。足を止めて中を覗くと、翼を羽ばたかせて室内に降り立つニーチャを見た。
「出かけていたのか?」
「うん、おじさん呼んだ。ルルニアのこと、何か知ってるかなって」
「そっか、手間を掛けさせたな」
早朝は冷え込むため、ニーチャはモコモコした服に身を包んでいた。
感謝を伝えて頭を撫でてやると、熟睡中のプレステスが寝言を呟いた。
「ふぇへへ……、人間さんとエッチ……するですぅ。お腹いっぱいになってぇ……幸せに暮らしてぇ……かもはおさじゃぁみ……ゆぅ」
最後の方はモゴモゴ言っていて聞き取れなかった。寝相はあまり良くないらしく、腹を出して寝ていた。臍の下にはルルニアの淫紋があった。
ニーチャと二人で一階に下りると、玄関口の戸が軽く叩かれた。開けた先にいたのはガーブランドであり、中に入ってもいいかと尋ねてきた。
「お呼びしたのはこちらです。ぜひ」
「ニーチャから新しいサキュバスが現れたと聞いたが、どこにいる」
「上で寝てます。連れてきますか?」
「いや、後で良かろう。今回の本題はお主の妻の不調であるからな」
ニーチャは俺の脇をすり抜け、ガーブランドの手を握った。大人しく食堂のテーブルまで連れて行かれるのを見て、俺は感心の眼差しを向けた。
「……間違ってもやっておらぬぞ」
「……まだ何も言っていませんが」
「恋仲になる気は毛頭ないが、こう純粋な好意を向けられると困るのだ。いくらリゼットのことがあるとはいえ、強引に振り払うこともできぬからな」
そんな会話を交えつつ、かまどに火をくべた。お茶の準備を始めていると、二階からルルニアが降りてきた。夜に食事を摂ったからか調子は良さそうだった。
「お手伝いをしても?」
「無理しない範囲でな」
かまどに意識を向けると、指先で肩をつつかれた。ルルニアはしーと口に指を添え、テーブルの方を見るように促していた。従ってそちらを見ると、微笑ましい攻防があった。
「ニーチャ、何度も言っておるが吾輩に触れるのは」
「でもこれ、エッチじゃないよ? 寒くてポカポカしたいだけ、だよ?」
「いやしかし、ううむ」
「ほら冷たい、よね?」
「……じきに茶が来る。それまでというなら許そう」
「やった。おじさんの腕、おっきいしゴツゴツしてるから好き。大好き」
純粋な眼差しに気圧され、ガーブランドは渋々だが腕を組まれるのを受け入れた。ちゃっかり頬をすり寄せているのは天然か計算か、ニーチャの将来が末恐ろしかった。
でき上がったお茶をテーブルに並べ、ひと飲みしたところで話に入った。ルルニアの不調について手掛かりがあればと思ったが、残念なことにこちらは空振りだった。
「体調を崩したことがないとは言わぬが、食性の変化はなかった。寝食を共にしていたため間違いはない」
「……そうですか」
「力になれなくてすまぬな。個人的な気掛かりがあったのだが、それとも違うようだ」
その発言を受け、俺はすかさず切り込んだ。ガーブランドの声の機微を読み取り、気掛かりとやらに『強力なサキュバス』が関わっていると当たりをつけた。
「ガーブランドさんのことですし、説明し辛い事情があったのだと思います。ですが不調の件もありますし、対策を打てるなら早めに打ちたいんです」
「確かにいつまでも隠し通せるものではなかったな。いずれいずれと思っていたが、今がその時か。先に忠告するが、何があっても取り乱すでないぞ」
現時点で分かるのは、そのサキュバスが『比較的近しい場所にいる』という事実だ。ガーブランドがここに訪れたこと、時が来れば勝手に現れると言ったこと、その二点が導き出す答えはそれしかない。
息を呑んで十秒二十秒と待つが、続く言葉がなかった。どうしたのかと思い声を掛けると、ガーブランドは指を持ち上げた。差し示されたのは隣に座るルルニアだった。
「…………おじさん、どういうこと?」
声を失った俺とルルニアのため、ニーチャが質問を継いでくれた。
ガーブランドはお茶のカップを見つめ、重々しい声で話を続けた。
「お主は魔物の転生について知っているか?」
「以前にルルニアから聞きました。同族は同族の肉体にしか転生せず、新しく生まれた命に前世の魂が混ざる。だから処女でも性行為に詳しいのだと」
「そうだ。弱い魂でこの世に生まれた場合、前世の魂に肉体を乗っ取られることがある。吾輩の仇敵であるサキュバスはそこに目をつけ、策を講じた」
何故この場で転生の話をするのか、考えて嫌な閃きがよぎった。ルルニアも同じ結論に至ったらしく、俯いて手を震わせた。俺は不安を打ち消すように手を重ね、リゼットの本名を聞いた。
「────リゼット・バーレスク、それが吾輩の妻の名だ。リゼットは前世の魂であるバーレスクに肉体を乗っ取られ、殺された。そしてその魂は今、ルルニア・ミハエルの中に宿っている」
自室を出てすぐ、ニーチャの部屋の扉が開いているのに気がついた。足を止めて中を覗くと、翼を羽ばたかせて室内に降り立つニーチャを見た。
「出かけていたのか?」
「うん、おじさん呼んだ。ルルニアのこと、何か知ってるかなって」
「そっか、手間を掛けさせたな」
早朝は冷え込むため、ニーチャはモコモコした服に身を包んでいた。
感謝を伝えて頭を撫でてやると、熟睡中のプレステスが寝言を呟いた。
「ふぇへへ……、人間さんとエッチ……するですぅ。お腹いっぱいになってぇ……幸せに暮らしてぇ……かもはおさじゃぁみ……ゆぅ」
最後の方はモゴモゴ言っていて聞き取れなかった。寝相はあまり良くないらしく、腹を出して寝ていた。臍の下にはルルニアの淫紋があった。
ニーチャと二人で一階に下りると、玄関口の戸が軽く叩かれた。開けた先にいたのはガーブランドであり、中に入ってもいいかと尋ねてきた。
「お呼びしたのはこちらです。ぜひ」
「ニーチャから新しいサキュバスが現れたと聞いたが、どこにいる」
「上で寝てます。連れてきますか?」
「いや、後で良かろう。今回の本題はお主の妻の不調であるからな」
ニーチャは俺の脇をすり抜け、ガーブランドの手を握った。大人しく食堂のテーブルまで連れて行かれるのを見て、俺は感心の眼差しを向けた。
「……間違ってもやっておらぬぞ」
「……まだ何も言っていませんが」
「恋仲になる気は毛頭ないが、こう純粋な好意を向けられると困るのだ。いくらリゼットのことがあるとはいえ、強引に振り払うこともできぬからな」
そんな会話を交えつつ、かまどに火をくべた。お茶の準備を始めていると、二階からルルニアが降りてきた。夜に食事を摂ったからか調子は良さそうだった。
「お手伝いをしても?」
「無理しない範囲でな」
かまどに意識を向けると、指先で肩をつつかれた。ルルニアはしーと口に指を添え、テーブルの方を見るように促していた。従ってそちらを見ると、微笑ましい攻防があった。
「ニーチャ、何度も言っておるが吾輩に触れるのは」
「でもこれ、エッチじゃないよ? 寒くてポカポカしたいだけ、だよ?」
「いやしかし、ううむ」
「ほら冷たい、よね?」
「……じきに茶が来る。それまでというなら許そう」
「やった。おじさんの腕、おっきいしゴツゴツしてるから好き。大好き」
純粋な眼差しに気圧され、ガーブランドは渋々だが腕を組まれるのを受け入れた。ちゃっかり頬をすり寄せているのは天然か計算か、ニーチャの将来が末恐ろしかった。
でき上がったお茶をテーブルに並べ、ひと飲みしたところで話に入った。ルルニアの不調について手掛かりがあればと思ったが、残念なことにこちらは空振りだった。
「体調を崩したことがないとは言わぬが、食性の変化はなかった。寝食を共にしていたため間違いはない」
「……そうですか」
「力になれなくてすまぬな。個人的な気掛かりがあったのだが、それとも違うようだ」
その発言を受け、俺はすかさず切り込んだ。ガーブランドの声の機微を読み取り、気掛かりとやらに『強力なサキュバス』が関わっていると当たりをつけた。
「ガーブランドさんのことですし、説明し辛い事情があったのだと思います。ですが不調の件もありますし、対策を打てるなら早めに打ちたいんです」
「確かにいつまでも隠し通せるものではなかったな。いずれいずれと思っていたが、今がその時か。先に忠告するが、何があっても取り乱すでないぞ」
現時点で分かるのは、そのサキュバスが『比較的近しい場所にいる』という事実だ。ガーブランドがここに訪れたこと、時が来れば勝手に現れると言ったこと、その二点が導き出す答えはそれしかない。
息を呑んで十秒二十秒と待つが、続く言葉がなかった。どうしたのかと思い声を掛けると、ガーブランドは指を持ち上げた。差し示されたのは隣に座るルルニアだった。
「…………おじさん、どういうこと?」
声を失った俺とルルニアのため、ニーチャが質問を継いでくれた。
ガーブランドはお茶のカップを見つめ、重々しい声で話を続けた。
「お主は魔物の転生について知っているか?」
「以前にルルニアから聞きました。同族は同族の肉体にしか転生せず、新しく生まれた命に前世の魂が混ざる。だから処女でも性行為に詳しいのだと」
「そうだ。弱い魂でこの世に生まれた場合、前世の魂に肉体を乗っ取られることがある。吾輩の仇敵であるサキュバスはそこに目をつけ、策を講じた」
何故この場で転生の話をするのか、考えて嫌な閃きがよぎった。ルルニアも同じ結論に至ったらしく、俯いて手を震わせた。俺は不安を打ち消すように手を重ね、リゼットの本名を聞いた。
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