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第百二話『仇敵の名2』
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前世の記憶がないと聞かされていたため、乗っ取りは起きないだろうと安心していた。だがそれは楽観的な考えだったと、悲哀ある語り口によって思い知らされた。
「リゼットは強靭な精神の持ち主だった。が、バーレスクはそれすらも上回った。心の隙を突かれて肉体を奪われ、元の人格が戻ることはなかった」
「もしかして、その死因は……」
「夫である吾輩自身が引導を渡した。だがバーレスクはそれで滅せられず、魔物の輪廻へと還った。幾度となく転生を繰り返し、お主の妻に宿った」
「……それでサキュバス殺しを」
「バーレスクの名を持つサキュバスを狩り続けた結果だ。無限によみがえるならその度に殺せばいいと、半ば自暴自棄になって旅をしていた」
殺戮に意味がなかったとしても、バーレスクだけは許せなかった。怒りの炎を燃え盛らせて剣を振るうが、終わりなき復讐譚は唐突に幕を引いた。
「…………吾輩の憎悪を晴らしたのは、お主らの情事だ」
雨の止んだ森で愛し合う俺たちを見て、ガーブランドは正気に戻った。自分が辿れなかった結末へと、俺たちを導くのが先達の責務だと考えるようになった。
「グレイゼルがまだ寝ていた時、良いものを見せてもらったと言いましたよね」
「言ったな」
「ずっと意味が分かりませんでしたが、ようやく腑に落ちました。エッチをしているだけで誰かを救うなんて、冗談みたいなお話ですね」
ガーブランドは次のバーレスクを討つため、山に入った。大蛇の魔物との戦いで大怪我を負わねば、対面と同時にルルニアを殺していたかもしれないと語った。
何故バーレスクの位置を特定できたのか聞くと、ガーブランドは兜に手を掛けた。
古傷があるという顔面は見せず、兜を少し持ち上げて顎の下部分を見せてくれた。
「ここに刻印があるだろう。これはリゼットが刻んだものだ」
リゼットの刻印は刺々しい見た目をしていた。ルルニアに刻印と淫紋の違いを聞いてみると、呼び方が違うだけで同じものだと教えてくれた。
「しいて言うなら、男性に使う時は刻印で女性に使う時は淫紋と呼びます。厳格な決まりがあるわけではないので、地域によって微妙に異なります」
「リゼットはこれを戦闘時の意思疎通の手段として活用した。声も目線も交わさず完璧な連携を取る吾輩らは、はたから見れば異様だったであろう」
戦鬼と美姫、二人一緒に名を語られるのも当然だ。ガーブランドは刻印を手で撫で、上げた兜を戻した。そして位置を特定するに至った理由を紡いだ。
「この刻印はリゼット・バーレスクのものだ。これがある限り、吾輩は刻印を刻んだ者の位置を見失うことはない。この意味が分かるか」
「魔物は魂を二つ持って生まれる。リゼットが死んでもバーレスクが生きてるなら、位置を特定するのは可能。……ということですか?」
ガーブランドは然りと言った。何故こんな重大な話を伏せていたのか聞くと、俺たちの関係性に亀裂が出るのを避けるためと答えた。
「人間と魔物の恋など、水面に浮く泡のようなものだ。出会ったばかりの頃に魂を乗っ取られると告げられて、それで今のように愛することができたか?」
「それは……確実にできたとは言い難いです」
「私も同意です。良い判断だったと思います」
納得はするが、未だ重大な懸念があった。それほど魂の乗っ取りを成功させているバーレスクなら、事実が明るみになった今こそ姿を現すのではと思った。
「可能性はあった。だがそれはもう過去のことだ」
すでにバーレスクは姿を見せていたと、恐ろしいことを言った。最も危険だったのは湖での出来事、ルルニアの処女を奪って膣内射精した時だと知った。
「バーレスク出現の予兆を感じ取り、吾輩は湖の近くの森で隠れていた。肉体の変貌に合わせて瞳が赤くなるのを見て、一度は大剣の柄に手を掛けた」
「……あの暴走はサキュバスの本能ではなかったんですね」
「意識が奪われる瞬間、お主は逆にバーレスクの意識を刈り取った。あれほど痛快な光景はなかった。吾輩は監視を続け、朝の遭遇戦に繋がるわけだ」
ドーラに精気を奪われかけていた時、何の前触れもなくガーブランドが現れた。俺たちを見守ってくれていたがゆえの結果と知り、深く頭を下げた。
ここまでの話を聞いてニーチャが「だから会えた」と喜んだ。温かな二人のやり取りを眺め、俺は今後のために取れる対策は何かないのかと聞いた。
「やる気に水を差すようで悪いが、これといった対策を打つ必要はない。現時点での話にはなるが、バーレスクが復活する可能性はなくなった」
「どういう意味でしょう?」
「お主の妻の力がバーレスクを上回ったのだ。奴は確かに強力だが、歴然とした差があれば封じ込める。ある意味で吾輩の仇討は終わったのだ」
予想もしていなかった言葉を受け、ルルニアと脱力した。
これで一件落着だと思うが、ガーブランドは忠告した。
「奴は今、あの手この手で肉体の主導権を奪おうとしているところであろう。魔力の低下に体調不良に精神の弱まり、それらが重なれば」
「……身体を乗っとられるかもしれないんですね」
「が、しかしだ。さして構えることもなかろう。体調が悪い程度でどうこうなるものではない。今まで通りに過ごして問題はないはずだ」
よほど不測の事態が起きない限りは、と言われた。
「…………食べれば治りますし、悪いことにはなりませんよね?」
何とも言えなかった。俺たちを慮ってか、ガーブランドはしばらく家の近くに修行の場を移すと言った。こうしてバーレスクの話は一度終わった。
「リゼットは強靭な精神の持ち主だった。が、バーレスクはそれすらも上回った。心の隙を突かれて肉体を奪われ、元の人格が戻ることはなかった」
「もしかして、その死因は……」
「夫である吾輩自身が引導を渡した。だがバーレスクはそれで滅せられず、魔物の輪廻へと還った。幾度となく転生を繰り返し、お主の妻に宿った」
「……それでサキュバス殺しを」
「バーレスクの名を持つサキュバスを狩り続けた結果だ。無限によみがえるならその度に殺せばいいと、半ば自暴自棄になって旅をしていた」
殺戮に意味がなかったとしても、バーレスクだけは許せなかった。怒りの炎を燃え盛らせて剣を振るうが、終わりなき復讐譚は唐突に幕を引いた。
「…………吾輩の憎悪を晴らしたのは、お主らの情事だ」
雨の止んだ森で愛し合う俺たちを見て、ガーブランドは正気に戻った。自分が辿れなかった結末へと、俺たちを導くのが先達の責務だと考えるようになった。
「グレイゼルがまだ寝ていた時、良いものを見せてもらったと言いましたよね」
「言ったな」
「ずっと意味が分かりませんでしたが、ようやく腑に落ちました。エッチをしているだけで誰かを救うなんて、冗談みたいなお話ですね」
ガーブランドは次のバーレスクを討つため、山に入った。大蛇の魔物との戦いで大怪我を負わねば、対面と同時にルルニアを殺していたかもしれないと語った。
何故バーレスクの位置を特定できたのか聞くと、ガーブランドは兜に手を掛けた。
古傷があるという顔面は見せず、兜を少し持ち上げて顎の下部分を見せてくれた。
「ここに刻印があるだろう。これはリゼットが刻んだものだ」
リゼットの刻印は刺々しい見た目をしていた。ルルニアに刻印と淫紋の違いを聞いてみると、呼び方が違うだけで同じものだと教えてくれた。
「しいて言うなら、男性に使う時は刻印で女性に使う時は淫紋と呼びます。厳格な決まりがあるわけではないので、地域によって微妙に異なります」
「リゼットはこれを戦闘時の意思疎通の手段として活用した。声も目線も交わさず完璧な連携を取る吾輩らは、はたから見れば異様だったであろう」
戦鬼と美姫、二人一緒に名を語られるのも当然だ。ガーブランドは刻印を手で撫で、上げた兜を戻した。そして位置を特定するに至った理由を紡いだ。
「この刻印はリゼット・バーレスクのものだ。これがある限り、吾輩は刻印を刻んだ者の位置を見失うことはない。この意味が分かるか」
「魔物は魂を二つ持って生まれる。リゼットが死んでもバーレスクが生きてるなら、位置を特定するのは可能。……ということですか?」
ガーブランドは然りと言った。何故こんな重大な話を伏せていたのか聞くと、俺たちの関係性に亀裂が出るのを避けるためと答えた。
「人間と魔物の恋など、水面に浮く泡のようなものだ。出会ったばかりの頃に魂を乗っ取られると告げられて、それで今のように愛することができたか?」
「それは……確実にできたとは言い難いです」
「私も同意です。良い判断だったと思います」
納得はするが、未だ重大な懸念があった。それほど魂の乗っ取りを成功させているバーレスクなら、事実が明るみになった今こそ姿を現すのではと思った。
「可能性はあった。だがそれはもう過去のことだ」
すでにバーレスクは姿を見せていたと、恐ろしいことを言った。最も危険だったのは湖での出来事、ルルニアの処女を奪って膣内射精した時だと知った。
「バーレスク出現の予兆を感じ取り、吾輩は湖の近くの森で隠れていた。肉体の変貌に合わせて瞳が赤くなるのを見て、一度は大剣の柄に手を掛けた」
「……あの暴走はサキュバスの本能ではなかったんですね」
「意識が奪われる瞬間、お主は逆にバーレスクの意識を刈り取った。あれほど痛快な光景はなかった。吾輩は監視を続け、朝の遭遇戦に繋がるわけだ」
ドーラに精気を奪われかけていた時、何の前触れもなくガーブランドが現れた。俺たちを見守ってくれていたがゆえの結果と知り、深く頭を下げた。
ここまでの話を聞いてニーチャが「だから会えた」と喜んだ。温かな二人のやり取りを眺め、俺は今後のために取れる対策は何かないのかと聞いた。
「やる気に水を差すようで悪いが、これといった対策を打つ必要はない。現時点での話にはなるが、バーレスクが復活する可能性はなくなった」
「どういう意味でしょう?」
「お主の妻の力がバーレスクを上回ったのだ。奴は確かに強力だが、歴然とした差があれば封じ込める。ある意味で吾輩の仇討は終わったのだ」
予想もしていなかった言葉を受け、ルルニアと脱力した。
これで一件落着だと思うが、ガーブランドは忠告した。
「奴は今、あの手この手で肉体の主導権を奪おうとしているところであろう。魔力の低下に体調不良に精神の弱まり、それらが重なれば」
「……身体を乗っとられるかもしれないんですね」
「が、しかしだ。さして構えることもなかろう。体調が悪い程度でどうこうなるものではない。今まで通りに過ごして問題はないはずだ」
よほど不測の事態が起きない限りは、と言われた。
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