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第九十四話『移ろう景色2』
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それからお昼になるのを待ち、ニーチャと一緒に山を下りた。風は少し強めだが、秋の入りということもあってまだ涼しいの範疇だった。紅葉を見ながら歩いていると、ニーチャが森の一角を指差した。
「ねぇねぇ、ルルニア。あのモフモフな子、何?」
木の枝の上にいたのは茶と白の毛をしたリスだ。手には木の実らしき物があり、それをせっせと口に頬張っている。よく見て見るとリスは番であり、仲睦まじい様子で幹を駆け上がって視界から消えた。
「あれはリスですね。もう二ヵ月で雪が降るでしょうし、春を迎えるために食事を蓄えている最中なのでしょう。人も獣も冬支度の途中です」
「ふゆじたく……、家の横にある木の枝も、それ?」
「あっちは暖炉用の薪です。すでに壁一面を埋めるほど積まれてますが、これからもっと増えます。じゃないと冬は乗り越えられませんから」
「んー……、暑いよりは寒い方が好き。冬、楽しみ」
薪の収集はグレイゼルに任せっきりだ。力仕事がサキュバス向きじゃないのもあるし、本人が「これぐらいは俺がやる」と言って聞いてくれない。
「エッチで精気を吸っているんですから、帰宅した後は休んでくれていいんですけどね。働き過ぎでバタリと倒れちゃったら大変ですし」
「それ、お兄さんも同じこと言ってた」
「私のエッチは生命活動で、仕事は趣味です。グレイゼルは日中働いてる上、帰宅してすぐに薪を集めて夜にエッチまでしてるんですよ」
負担はあちらが上だと言うが、ニーチャは微妙な顔をした。
似たもの夫婦と呟き、話を打ち切るように道の先へ進んだ。
小川に掛けられた橋を越えると、目の前を一台の荷馬車が通過した。目的地は私たちと同じ、村から町へ発展している途中のアストロアスだ。
新築された門の前には馬車が何台も並んでおり、人の出入りが盛んに行われていた。私とニーチャは検問の横にある住民用の入口へ向かった。
「ミハエル夫人、おはようございます」
「おはようございます。今日も忙しそうですね」
「えぇ、あれからだいぶ経つのに賑やかなものですよ」
門番を務めているのはロアの部下だ。仕事ぶりは真面目でそつがなく、加えて人当たりが良い者ばかり。アストロアスには欠かせない人材だ。
「ロア……こほん、ロア様の帰還には当分掛かりそうですか」
「ミハエル夫人は詳しい事情をご存じなので言いますが、王位継承の件で厄介な動きがあったようです。それが片付くまで帰れないそうで」
「それは心配ですね。改めて式の感謝をしたかったのですが」
「お戻りになられたらお伝えします。中は新参者で溢れておりますので、面倒事に巻き込まれそうなら応援を呼んで下さい。はせ参じます」
頼もしい言葉に礼で応え、門をくぐった。
大通りの道幅は以前の倍に広がっており、歩行者と馬車の行き来を許容できる広さがある。魔物災害で家が壊れたのを転機とし、完成した地形図と合わせて入念な再開発を行ったからこその結果だ。
「まさに町の大動脈ですね」
道脇には出店が並び、活気ある呼び込みの声が響いている。その裏には建築中の新居が複数あり、汗水たらして働く大工の姿が見えた。町の景色を眺めて歩いていると、ニーチャが「あ」と言って離れた。
「リコレ、おはよう」
「おはよ、ニーチャ。今日はこれからお仕事?」
「そう、途中まで一緒に行こ」
行ってきます、と言ってニーチャは友人と一緒に道を折れた。
私も酒場へ向かうようだが、時間に余裕があるので回り道をした。
到着したのは大通り沿いの広場だ。山狩りの炊き出しと難民の治療と結婚式と思い出深い場所だが、ここも変化のただ中にある。地面には石が敷かれ、中心には花壇があり、そこに一本の立て看板があった。
「……来春に女神と天使の像の設置を予定、ですか」
女神が私で天使がニーチャ、とのことだった。完成予想図をロアから見せてもらったが、素晴らしい出来栄えだった。半年先の光景が楽しみで仕方なかった。
最後に立ち寄ったのは魔物の素材市場だ。大通りからやや離れた位置にあり、競り場を囲む形で屋台が複数建っている。店先には爪や牙や革など、他所ではなかなかお目に掛かれない一品が並んでいた。
「次の競りは紅狼の毛皮だ! 服にも防具にも使える最上級品だぜ!」
「紅狼だってよ! いくらになるのか見に行こうぜ!」
「なぁ、おっさん! この牙、もう少しばかり安くしてくれよ!」
「仕方ねぇ! なら金貨一枚と銀貨六枚でどうだ!」
耳に届く喧騒を余すことなく堪能し、市場を後にした。
現時点でアストロアスの規模感は『大きな村』だが、このままの流れを維持できれば数年で町へ成長する。都市になるにはさらに二十余年、国になるには五十年ほどの歳月が掛かるだろうかと考えた。
「────ここが女神の国、私とグレイゼルの居場所」
酒場に続く傾斜で振り返り、アストロアスの全景を目に収めた。
いつまでも高揚感に浸りたかったが、いい加減始業の時間だ。サキュバスでも女神でもなく、酒場で働くミハエル夫人の役割を演じると決めて歩き出した。
「ねぇねぇ、ルルニア。あのモフモフな子、何?」
木の枝の上にいたのは茶と白の毛をしたリスだ。手には木の実らしき物があり、それをせっせと口に頬張っている。よく見て見るとリスは番であり、仲睦まじい様子で幹を駆け上がって視界から消えた。
「あれはリスですね。もう二ヵ月で雪が降るでしょうし、春を迎えるために食事を蓄えている最中なのでしょう。人も獣も冬支度の途中です」
「ふゆじたく……、家の横にある木の枝も、それ?」
「あっちは暖炉用の薪です。すでに壁一面を埋めるほど積まれてますが、これからもっと増えます。じゃないと冬は乗り越えられませんから」
「んー……、暑いよりは寒い方が好き。冬、楽しみ」
薪の収集はグレイゼルに任せっきりだ。力仕事がサキュバス向きじゃないのもあるし、本人が「これぐらいは俺がやる」と言って聞いてくれない。
「エッチで精気を吸っているんですから、帰宅した後は休んでくれていいんですけどね。働き過ぎでバタリと倒れちゃったら大変ですし」
「それ、お兄さんも同じこと言ってた」
「私のエッチは生命活動で、仕事は趣味です。グレイゼルは日中働いてる上、帰宅してすぐに薪を集めて夜にエッチまでしてるんですよ」
負担はあちらが上だと言うが、ニーチャは微妙な顔をした。
似たもの夫婦と呟き、話を打ち切るように道の先へ進んだ。
小川に掛けられた橋を越えると、目の前を一台の荷馬車が通過した。目的地は私たちと同じ、村から町へ発展している途中のアストロアスだ。
新築された門の前には馬車が何台も並んでおり、人の出入りが盛んに行われていた。私とニーチャは検問の横にある住民用の入口へ向かった。
「ミハエル夫人、おはようございます」
「おはようございます。今日も忙しそうですね」
「えぇ、あれからだいぶ経つのに賑やかなものですよ」
門番を務めているのはロアの部下だ。仕事ぶりは真面目でそつがなく、加えて人当たりが良い者ばかり。アストロアスには欠かせない人材だ。
「ロア……こほん、ロア様の帰還には当分掛かりそうですか」
「ミハエル夫人は詳しい事情をご存じなので言いますが、王位継承の件で厄介な動きがあったようです。それが片付くまで帰れないそうで」
「それは心配ですね。改めて式の感謝をしたかったのですが」
「お戻りになられたらお伝えします。中は新参者で溢れておりますので、面倒事に巻き込まれそうなら応援を呼んで下さい。はせ参じます」
頼もしい言葉に礼で応え、門をくぐった。
大通りの道幅は以前の倍に広がっており、歩行者と馬車の行き来を許容できる広さがある。魔物災害で家が壊れたのを転機とし、完成した地形図と合わせて入念な再開発を行ったからこその結果だ。
「まさに町の大動脈ですね」
道脇には出店が並び、活気ある呼び込みの声が響いている。その裏には建築中の新居が複数あり、汗水たらして働く大工の姿が見えた。町の景色を眺めて歩いていると、ニーチャが「あ」と言って離れた。
「リコレ、おはよう」
「おはよ、ニーチャ。今日はこれからお仕事?」
「そう、途中まで一緒に行こ」
行ってきます、と言ってニーチャは友人と一緒に道を折れた。
私も酒場へ向かうようだが、時間に余裕があるので回り道をした。
到着したのは大通り沿いの広場だ。山狩りの炊き出しと難民の治療と結婚式と思い出深い場所だが、ここも変化のただ中にある。地面には石が敷かれ、中心には花壇があり、そこに一本の立て看板があった。
「……来春に女神と天使の像の設置を予定、ですか」
女神が私で天使がニーチャ、とのことだった。完成予想図をロアから見せてもらったが、素晴らしい出来栄えだった。半年先の光景が楽しみで仕方なかった。
最後に立ち寄ったのは魔物の素材市場だ。大通りからやや離れた位置にあり、競り場を囲む形で屋台が複数建っている。店先には爪や牙や革など、他所ではなかなかお目に掛かれない一品が並んでいた。
「次の競りは紅狼の毛皮だ! 服にも防具にも使える最上級品だぜ!」
「紅狼だってよ! いくらになるのか見に行こうぜ!」
「なぁ、おっさん! この牙、もう少しばかり安くしてくれよ!」
「仕方ねぇ! なら金貨一枚と銀貨六枚でどうだ!」
耳に届く喧騒を余すことなく堪能し、市場を後にした。
現時点でアストロアスの規模感は『大きな村』だが、このままの流れを維持できれば数年で町へ成長する。都市になるにはさらに二十余年、国になるには五十年ほどの歳月が掛かるだろうかと考えた。
「────ここが女神の国、私とグレイゼルの居場所」
酒場に続く傾斜で振り返り、アストロアスの全景を目に収めた。
いつまでも高揚感に浸りたかったが、いい加減始業の時間だ。サキュバスでも女神でもなく、酒場で働くミハエル夫人の役割を演じると決めて歩き出した。
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