108 / 170
第百八話『クレア1』
しおりを挟む
遅めの昼食を済ませた後は採取に出かけた。帰宅後は裏庭で斧を振り、割った薪を軒下に積み上げた。山から持ってきた分を片付け終えると、食堂から夕食の良い香りが漂ってきた。
「…………今日はこの辺で切り上げるか」
家に入ろうとすると、裏手の森から物音がした。冬眠前で殺気立った熊が現れたかと思って身構えると、暗がりからガーブランドが現れた。
太腕に携えていたのは薪に使える木の束だ。修行中に俺が拾い集めているのを見たらしく、近くを通りがかったついでに持ってきたそうだ。
「ついでですか、それにしてはずいぶん多いですね」
「本音を言えばお節介を焼きたくなったのだ。朝に言った通り、お主たちが幸せに生活しているのを見るだけで吾輩の心が救われる」
「取り戻せなくても、新しく始めることはできますよ」
「ニーチャか。好かれて悪い気はせねが、諦めてもらう他あるまい。何と言われようと何をされようとも、吾輩にそんな意思はない」
ガーブランドは達観した声で言い、夕暮れ時の空を眺めた。
その出で立ちは儚く寂しく、ニーチャでなくても放っておけなかった。
「俺たちのために尽くして、本当にそれだけでいいんですか?」
「無論だ」
「ニーチャじゃなくても、他の誰かと添い遂げてもいいのでは?」
「それはリゼットに対する裏切りに他ならぬ。あやつ自身の口から叱咤激励でもされれば別だが、そんな奇跡は起こりえまいよ」
ガーブランドの心には強固な壁があった。今後どれだけ親しくなっても、先の関係に進むための鍵は死したリゼットの手にしかない。俺は保護者として何かできないか考え、言質を取った。
「だったらリゼットさん本人からニーチャを認めていいと言われたら、真剣にお付き合いを考えていただけますか?」
「……お主、何を言っている」
「バカバカしいことだと俺も思います。ですが魔力に不可能はありません。死者との対話が叶うことだって十分あり得ます」
食い気味に言う俺を見て、ガーブランドは兜越しに苦笑した。
「ふっ、いいであろう。再びリゼットとの会話が叶うなら吾輩の未練は消える。その時はニーチャの想いに正面から向き合うと約束しよう」
「ありがとうございます!」
「その礼は受け取らんぞ。吾輩はお主ほど魔力に対して期待してはおらん。あれは人を殺すための力、この背にある大剣とさして変わらぬ」
十人に聞けば十人がガーブランドの考えを正とするだろう。だが俺はルルニアとの間に子ができたと信じると決めた。この約束は大きな前進だった。
森に帰ろうとするガーブランドを引き止め、一緒に夕食を食べないか誘った。逡巡もなく断られるが、めげずに声を掛け続けた。そこで援軍が到着した。
「お兄さん、おじさん、二人でどうしたの?」
「実は夕食を食べて行かないかって誘ってたんだ。俺のお願いだけじゃ聞いてくれそうにないから、ニーチャからも言ってくれないか?」
「待て、そんなことを言うな。卑怯であろう」
「え、え! おじさん、一緒にごはん食べてくれるの! やった、じゃあ早くお家入ろ。ルルニアにはニーチャがお願いするから、ね!」
根気強く手を引かれ、ガーブランドは困った。俺は隙をついて背中側に回り、闘気の力で身体を押した。力を合わせて玄関口まで連れて行くと、ルルニアが扉を開けた。
「どうぞ、お皿の用意もしてありますよ」
夕食はシチューであり、一人増えても問題なかった。俺とルルニアが並んで座り、対面にニーチャとガーブランドが座った。残されたプレステスは顔を右往左往させ、俺の隣に座ろうとした。が、
「まさかそこに座る気じゃないですよね?」
「はひっ!? ご、ごめんないです!」
「では夕食も冷めますし、食べましょうか」
ガクガクブルブル震えるプレステスを視界の端に置き、楽しい夕食を摂った。ガーブランドは炊き出しの場にすら顔を出さなかったため、全員から興味関心を向けられた。
「そんな目を向けられたところで、吾輩ができる話はないぞ」
「奥さんの話、ニーチャよく知らない。教えて?」
「それは構わぬが、夕食の場でするような話題ではあるまい」
遠回しに断られるが、ルルニアも知りたいと言った。ガーブランドは兜の面頬の隙間にスプーンを入れ、以前に語り聞かせてくれた戦姫と美姫の話をした。途中からは酒樽も開けて語り明かした。
ガーブランドが帰った後は食堂の片づけを行った。それが済んだら二階に上がり、ニーチャとプレステスにお休みを告げた。自室に入って見たのは、憂い気に外の月を見上げているルルニアだった。
「…………クレアのことを考えていたのか?」
扉を閉めながら聞くと、ルルニアは無言で頷いた。回り込むように歩いて窓の前に行くと、ベッドの縁を叩いて隣に座るよう促してくれた。
「ずっと話をしなかったのは、思い出すと辛くなるからか?」
「……そうですね。本当に変わったのか私相手なら変わらず接するのか、悩みがつきませんでした。今すぐにでも会って確かめたいですが、それはできません」
これが結婚式の直後ぐらいならば、快くルルニアを送り出せた。今は急な不調がつき纏うため、アストロアスから出すわけにはいかない。だから夫として言った。
「向こうから来た場合を除いて、クレアと会うようなことはしないで欲しい。どれだけ辛い思いを抱えていても、今は俺とお腹の中の子を優先してくれ」
家族か友人か、我ながら酷い二択を突きつけたものだと思った。だがルルニアは安心した顔をし、そう言ってくれる俺が好きだと肩に頭を乗せて言った。
「────ではどうか、クレアとの思い出話を聞いて下さいますか?」
「…………今日はこの辺で切り上げるか」
家に入ろうとすると、裏手の森から物音がした。冬眠前で殺気立った熊が現れたかと思って身構えると、暗がりからガーブランドが現れた。
太腕に携えていたのは薪に使える木の束だ。修行中に俺が拾い集めているのを見たらしく、近くを通りがかったついでに持ってきたそうだ。
「ついでですか、それにしてはずいぶん多いですね」
「本音を言えばお節介を焼きたくなったのだ。朝に言った通り、お主たちが幸せに生活しているのを見るだけで吾輩の心が救われる」
「取り戻せなくても、新しく始めることはできますよ」
「ニーチャか。好かれて悪い気はせねが、諦めてもらう他あるまい。何と言われようと何をされようとも、吾輩にそんな意思はない」
ガーブランドは達観した声で言い、夕暮れ時の空を眺めた。
その出で立ちは儚く寂しく、ニーチャでなくても放っておけなかった。
「俺たちのために尽くして、本当にそれだけでいいんですか?」
「無論だ」
「ニーチャじゃなくても、他の誰かと添い遂げてもいいのでは?」
「それはリゼットに対する裏切りに他ならぬ。あやつ自身の口から叱咤激励でもされれば別だが、そんな奇跡は起こりえまいよ」
ガーブランドの心には強固な壁があった。今後どれだけ親しくなっても、先の関係に進むための鍵は死したリゼットの手にしかない。俺は保護者として何かできないか考え、言質を取った。
「だったらリゼットさん本人からニーチャを認めていいと言われたら、真剣にお付き合いを考えていただけますか?」
「……お主、何を言っている」
「バカバカしいことだと俺も思います。ですが魔力に不可能はありません。死者との対話が叶うことだって十分あり得ます」
食い気味に言う俺を見て、ガーブランドは兜越しに苦笑した。
「ふっ、いいであろう。再びリゼットとの会話が叶うなら吾輩の未練は消える。その時はニーチャの想いに正面から向き合うと約束しよう」
「ありがとうございます!」
「その礼は受け取らんぞ。吾輩はお主ほど魔力に対して期待してはおらん。あれは人を殺すための力、この背にある大剣とさして変わらぬ」
十人に聞けば十人がガーブランドの考えを正とするだろう。だが俺はルルニアとの間に子ができたと信じると決めた。この約束は大きな前進だった。
森に帰ろうとするガーブランドを引き止め、一緒に夕食を食べないか誘った。逡巡もなく断られるが、めげずに声を掛け続けた。そこで援軍が到着した。
「お兄さん、おじさん、二人でどうしたの?」
「実は夕食を食べて行かないかって誘ってたんだ。俺のお願いだけじゃ聞いてくれそうにないから、ニーチャからも言ってくれないか?」
「待て、そんなことを言うな。卑怯であろう」
「え、え! おじさん、一緒にごはん食べてくれるの! やった、じゃあ早くお家入ろ。ルルニアにはニーチャがお願いするから、ね!」
根気強く手を引かれ、ガーブランドは困った。俺は隙をついて背中側に回り、闘気の力で身体を押した。力を合わせて玄関口まで連れて行くと、ルルニアが扉を開けた。
「どうぞ、お皿の用意もしてありますよ」
夕食はシチューであり、一人増えても問題なかった。俺とルルニアが並んで座り、対面にニーチャとガーブランドが座った。残されたプレステスは顔を右往左往させ、俺の隣に座ろうとした。が、
「まさかそこに座る気じゃないですよね?」
「はひっ!? ご、ごめんないです!」
「では夕食も冷めますし、食べましょうか」
ガクガクブルブル震えるプレステスを視界の端に置き、楽しい夕食を摂った。ガーブランドは炊き出しの場にすら顔を出さなかったため、全員から興味関心を向けられた。
「そんな目を向けられたところで、吾輩ができる話はないぞ」
「奥さんの話、ニーチャよく知らない。教えて?」
「それは構わぬが、夕食の場でするような話題ではあるまい」
遠回しに断られるが、ルルニアも知りたいと言った。ガーブランドは兜の面頬の隙間にスプーンを入れ、以前に語り聞かせてくれた戦姫と美姫の話をした。途中からは酒樽も開けて語り明かした。
ガーブランドが帰った後は食堂の片づけを行った。それが済んだら二階に上がり、ニーチャとプレステスにお休みを告げた。自室に入って見たのは、憂い気に外の月を見上げているルルニアだった。
「…………クレアのことを考えていたのか?」
扉を閉めながら聞くと、ルルニアは無言で頷いた。回り込むように歩いて窓の前に行くと、ベッドの縁を叩いて隣に座るよう促してくれた。
「ずっと話をしなかったのは、思い出すと辛くなるからか?」
「……そうですね。本当に変わったのか私相手なら変わらず接するのか、悩みがつきませんでした。今すぐにでも会って確かめたいですが、それはできません」
これが結婚式の直後ぐらいならば、快くルルニアを送り出せた。今は急な不調がつき纏うため、アストロアスから出すわけにはいかない。だから夫として言った。
「向こうから来た場合を除いて、クレアと会うようなことはしないで欲しい。どれだけ辛い思いを抱えていても、今は俺とお腹の中の子を優先してくれ」
家族か友人か、我ながら酷い二択を突きつけたものだと思った。だがルルニアは安心した顔をし、そう言ってくれる俺が好きだと肩に頭を乗せて言った。
「────ではどうか、クレアとの思い出話を聞いて下さいますか?」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる