エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第百九話『クレア2』

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 ルルニアが口にしたのはとある港町の名だ。徒歩で六日以上掛かる距離にあり、アストロアスの住人はおいそれと足を運べない。ここより王都に近いため、道筋の一つとして存在は知っていた。

「今頃の時期だと美味しい青魚が取れるんですよ。剣の刃のような銀色で細く長くて、豊漁の時は銅貨一枚とか二枚で売られていましたね」
「……海の魚か、そういえばあまり食べたことないな」
「地形のおかげか冬でも雪が少なく、住みやすい町でした。白い石で造られた家が何軒も並んでいて、日差しが強い日は光って見えるんです」

 港町の景色を想像していると、視界の先が揺らいだ。
 気づけば俺は幻影として生み出された真昼の港にいた。

 ニァニァと猫のような鳴き声を発する海鳥の群れを目で追い、海上に浮かぶ漁船や交易船に意識を向けた。埠頭や甲板にはたくましい身体つきの海の男がおり、活力のある声が聞こえてきた。

「…………ここが、ルルニアのいた」

 ふと腕をつつかれて横を見ると、麦わら帽子と白のワンピースを身に着けたルルニアがいた。夏のニーチャの服装と似ているが、これがまた似合っていた。

「こうして見ると思ったより近い場所にいたんだな。そうでもなきゃ出会うはずがないんだが、もっと遠い場所で暮らしていたような気がしてた」
「町を出る決断をした時、候補の土地がいくつかあったんです。選び向かった先であなたの残り香を嗅がねば、このひと時はありませんでした」

 想い噛みしめるように言い、ルルニアは景色を変えた。次に映し出されたのは港から少し離れた高台で、見晴らしの良い位置にベンチがあった。そこに当時のルルニアが座っていた。

「酒場のお仕事が休みの日はよくここに来ていました。港を行き交う船を見て、下の通りを駆けていく子どもの声を耳に入れて、塩っ気のある風を鼻と肌で感じてました」
「好きだったんだな。この町が」
「幸せなのは今の暮らしの方ですけどね。クレアと別れるようなことがなければ、一生とは言わずとも長くこの地に留まっていたと思います」

 どんな知り合いがいたのか聞くが、首が横に振られた。この時点ではまだ人を会話のできる食料としてしか見ておらず、酒場の老夫婦ぐらいしか覚えている相手はいないのだとか。

「────この頃の私はクレアに助けられてばかりでした。罪悪感こそありましたが、どうせ傍をいなくなることはないだろうと高を括ってたんです。酷い話ですよね」

 語気に後悔を含ませて言うと同時、ベンチに近づいてくる人影があった。うたた寝をするルルニアの頭頂部に両手を近づけ、髪をワシャワシャとかき回した。

『うわっ!? 何をするんですか、クレア!』

 滅茶苦茶に乱れた髪を手櫛で掻き、ルルニアが憤慨した。クレアはサキュバスらしい身体つきをしており、顔立ちには健康的な明るさがある。美人で細身なルルニアとは対照的な印象だった。

『あんたはまーたこんなとこにいて! お休みぐらいは遊んで過ごさないと損でしょ! ほら、一緒に市場まで行くよ!』
『え、嫌です。クレア一人でどうぞ』
『ゆっくりしてもいいけど、一日中は入り浸り過ぎでしょうが! 酒場の時と違い過ぎて二重人格を疑われてるの知らないの!?』

 ぐいと腕を引かれるが、ルルニアはベンチにしがみついた。俺と会ってから一度も見たことのない、同年代ゆえの親しみと気安さが感じられた。

『……そういう不思議さも人間の雄を惹きつける技ですよ。クレアは浅学ですね』

 得意げに言うルルニアの頭にクレアのチョップが入った。乱暴者だと抗議の声が上がるが、誰も助けには来ない。だいぶ馴染みのやり取りなのか、井戸端会議中の主婦たちは笑っていた。

『何が雄を惹きつける技よ。そういうのは一人前になってから言いなさい』
『……正論で殴るのは卑怯ですよ』
『ブツブツ言わない。あたしがいなかったらとっくに死んでるんだからね?』

 反論の余地のない指摘を受け、ルルニアはバツの悪そうな顔で謝罪した。そして名残惜しそうにベンチから立ち、目線を逸らしながら呟いた。

『……ちゃんと分かってますよ。クレアがいなかったら私は人間どころか同族に利用されて殺されてました。だからその、感謝してます』
『よろしい。だったら今日はあたしの買い物に付き合ってもらうからね。どうせなら新しい服も買いましょ。そろそろお祭りも近いし!』

 クレアはルルニアの手を取って駆け出した。元気良く階段を下りていく二人の後姿に、唐突な別れの兆しは見受けられない。次の場面は、と思ったところで自室の景色に戻った。

「…………ふぅ、さすがにこう長時間だと疲れますね」

 ルルニアはベッドを離れ、就寝時のように服を脱いだ。
 月明りに裸体を晒し、俺の上着に手を掛けて脱がした。

「思ったより負担があるので、精気の補給をしながら続けましょうか」

 そう言い、ルルニアは俺の身体に寄り掛かった。手と手を重ねて指と指を絡め、二人でベッドに倒れ込んだ。舌を踊らせて唾液を交換し、ほのかに性欲を高め……言った。

「────私たちの別れは、お祭りの夜でした」
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