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第百十三話『未来への展望3』
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広場を出た後は普段通りのプレステスに戻った。本人いわく集中していると周りが見えなくなる質らしく、独り言を喋りがちになるそうだ。
「す、すすす、すいません! もしや失礼なことを言ってしまいましたか!?」
「別にそんなことはなかったぞ」
「むしろ意外な一面で驚きました」
「よ、良かったです。人が変わり過ぎるって、皆から気味悪がられていたので」
会話をしつつ大通りを抜け、ルルニアが働いている酒場へ向かった。開店は二時間先であり、店の入り口には煙草を吸っている店長がいた。
年は三十前半であり、頬骨から顎にかけて濃い髭がある。身体つきは肉体労働をしている者と比べると細いが、貧弱ということもなかった。
「おはようございます、店長」
「お、ミハエルさんかい。こんな時間に珍しいね」
「実はお話がありまして、時間をいただいてもいいですか?」
店長は扉を開け、中で話をしようと言ってくれた。俺とルルニアを先に店内に入れ、その背後に隠れ潜んでいるプレステスに気がついた。
「先生、こちらの女性は?」
「家で雇うことになったプレステスだ。見ての通り気弱な性格だが、仕事の腕は悪くない。アストロアスの案内がまだだったから連れてきた」
喋りながらテーブル席に座った。店長はカウンターの裏に移動し、三人分の飲み物を持ってきてくれた。寒い朝に嬉しい度数少なめのお酒だが、妊娠中のルルニアには飲ませられなかった。
「お酒を飲んではダメなんですね。知りませんでした」
「このぐらいの度数なら大丈夫とは思うが、万が一があるしな。あの朝に酒を飲んだせいで……何て思いたくないだろ?」
「ごもっともです。他に気をつけるべき食材はありますか?」
そんな会話をしていると、店長が果実水を持ってきてくれた。
お酒を断った手前代金を支払おうとするが、丁重に断られた。
「ひゃへ、はれ……ぁふぅ、身体がポカポカしますぅ……」
気づけばプレステスが横で酔っぱらっていた。カップの中身は二口分ぐらいしか減っておらず、相当な下戸と知った。酔い潰れる前にカップを奪おうとするが、かなりの力で抵抗された。
「ぐるるる、これはわらひのれすぅ!」
独り言状態とはまた違った反応に新鮮味を感じた。
酔って暴れる様子はなかったため一旦は放置した。
「それで、お二人のお話しというのは?」
酔っぱらいの相手は慣れたもので、店長は動じなかった。ルルニアはここ最近の体調不良を伝え、俺は仕事を長期間休むことになる旨を説明した。すると店長は相槌を打って「おめでとう」と言った。
「時期的にそろそろだと、常連客と話をしてたんだ。体質次第では子が生まれないこともあるから、ミハエルさんの前では黙ってもらってね」
「……知りませんでした。気を遣わせてしまいましたね」
「そんなことはない。皆ミハエルさんが好きだから、自然と話題になってしまうだけだ。結局のところは楽しく酒が飲めればそれでいいのさ」
仕事を休んだ後について聞くと、店長は腕を組んだ。
「確かにミハエルさんが抜けるのは痛手だ。けれどそれを申し訳なく思うことはない。愛し合った男女の間に子ができるのは自然の摂理、仕事仲間の伝手を頼って何とかするさ」
今回のような展開も見越し、次に給仕長を担える人物の目星をつけていたらしい。男爵の邸宅がある町に住んでいるらしく、呼べば来るそうだ。
今日中に手紙を出し、なるべく早く店に来てもらう。引継ぎを終えるまでの期間として、今月いっぱいまで働いてもらえると助かると言われた。
「ありがとうございます。まだ子を授かったと決まったわけではないので、確定したらお伝えに来ます。もし何もなかった時はまた」
「もちろん、ここで働いてくれると嬉しいよ。知っての通り、ミハエルさんの言うことしか聞かない困った酔っぱらいも多いからね」
ミハエル一家の未来に幸あれと、店長はカップを持ち上げた。
打ちつけにはプレステスも参加し、軽く世間話をして過ごした。
午後から仕事があるため、ルルニアは店に残った。俺は酔ったプレステスを連れ、最終目的地である村長の家に向かった。プレステスのことをミーレに紹介するつもりだったが、生憎不在だった。
「ミーレでしたら、最近は町に行っていますけれど」
玄関口で返事をくれたのはミーレのお母さんだ。聞くところによると上流階級の作法やダンスを学べる場があるらしく、そこに参加しているとか。
「本来は高めの会費と紹介状がないと入れない場所なんです。お金はあの子自身の貯金から切り崩して、紹介状はロア様にお願いしたそうで」
「本気でロアの妻になろうとしてるんですね」
「最初に打ち明けられた時は、できるわけがないって思ったんです。旦那も同じでしたが諦めないあの子に負けました。手紙のやり取りもしているそうですし、側室なら……と」
王族に村娘が見初められるなど夢物語だ。側室の一人というだけでも現実感がないが、ミーレは正妻の座を狙っている。そこを伝えると話がこじれるため、ロアの友人として脈ありとだけ言っておいた。
一週間後に戻ってくるという話を聞き、帰路についた。
門を出て山への道を進んでいると、後ろからポツリと声がした。
「……わたしその、やりたいことができたです」
「やりたいこと?」
「……まずは人間さんとエッチがしたいです。次に旦那様の思い描く夢のお手伝いをして、いずれは本気で愛し合う人を探したいです。なんて、欲張りですよね?」
そんなことはないと言ってやった。確固たる目標を持って行動し、それで成果を出せれば自信に繋がる。俺は「好きにやってみろ」と追加で告げた。
「────は、はい! 微速前進で頑張りまひゅ!」
このやり取りがアストロアス躍進の一助になるとは、今の俺には知る由もなかった。
「す、すすす、すいません! もしや失礼なことを言ってしまいましたか!?」
「別にそんなことはなかったぞ」
「むしろ意外な一面で驚きました」
「よ、良かったです。人が変わり過ぎるって、皆から気味悪がられていたので」
会話をしつつ大通りを抜け、ルルニアが働いている酒場へ向かった。開店は二時間先であり、店の入り口には煙草を吸っている店長がいた。
年は三十前半であり、頬骨から顎にかけて濃い髭がある。身体つきは肉体労働をしている者と比べると細いが、貧弱ということもなかった。
「おはようございます、店長」
「お、ミハエルさんかい。こんな時間に珍しいね」
「実はお話がありまして、時間をいただいてもいいですか?」
店長は扉を開け、中で話をしようと言ってくれた。俺とルルニアを先に店内に入れ、その背後に隠れ潜んでいるプレステスに気がついた。
「先生、こちらの女性は?」
「家で雇うことになったプレステスだ。見ての通り気弱な性格だが、仕事の腕は悪くない。アストロアスの案内がまだだったから連れてきた」
喋りながらテーブル席に座った。店長はカウンターの裏に移動し、三人分の飲み物を持ってきてくれた。寒い朝に嬉しい度数少なめのお酒だが、妊娠中のルルニアには飲ませられなかった。
「お酒を飲んではダメなんですね。知りませんでした」
「このぐらいの度数なら大丈夫とは思うが、万が一があるしな。あの朝に酒を飲んだせいで……何て思いたくないだろ?」
「ごもっともです。他に気をつけるべき食材はありますか?」
そんな会話をしていると、店長が果実水を持ってきてくれた。
お酒を断った手前代金を支払おうとするが、丁重に断られた。
「ひゃへ、はれ……ぁふぅ、身体がポカポカしますぅ……」
気づけばプレステスが横で酔っぱらっていた。カップの中身は二口分ぐらいしか減っておらず、相当な下戸と知った。酔い潰れる前にカップを奪おうとするが、かなりの力で抵抗された。
「ぐるるる、これはわらひのれすぅ!」
独り言状態とはまた違った反応に新鮮味を感じた。
酔って暴れる様子はなかったため一旦は放置した。
「それで、お二人のお話しというのは?」
酔っぱらいの相手は慣れたもので、店長は動じなかった。ルルニアはここ最近の体調不良を伝え、俺は仕事を長期間休むことになる旨を説明した。すると店長は相槌を打って「おめでとう」と言った。
「時期的にそろそろだと、常連客と話をしてたんだ。体質次第では子が生まれないこともあるから、ミハエルさんの前では黙ってもらってね」
「……知りませんでした。気を遣わせてしまいましたね」
「そんなことはない。皆ミハエルさんが好きだから、自然と話題になってしまうだけだ。結局のところは楽しく酒が飲めればそれでいいのさ」
仕事を休んだ後について聞くと、店長は腕を組んだ。
「確かにミハエルさんが抜けるのは痛手だ。けれどそれを申し訳なく思うことはない。愛し合った男女の間に子ができるのは自然の摂理、仕事仲間の伝手を頼って何とかするさ」
今回のような展開も見越し、次に給仕長を担える人物の目星をつけていたらしい。男爵の邸宅がある町に住んでいるらしく、呼べば来るそうだ。
今日中に手紙を出し、なるべく早く店に来てもらう。引継ぎを終えるまでの期間として、今月いっぱいまで働いてもらえると助かると言われた。
「ありがとうございます。まだ子を授かったと決まったわけではないので、確定したらお伝えに来ます。もし何もなかった時はまた」
「もちろん、ここで働いてくれると嬉しいよ。知っての通り、ミハエルさんの言うことしか聞かない困った酔っぱらいも多いからね」
ミハエル一家の未来に幸あれと、店長はカップを持ち上げた。
打ちつけにはプレステスも参加し、軽く世間話をして過ごした。
午後から仕事があるため、ルルニアは店に残った。俺は酔ったプレステスを連れ、最終目的地である村長の家に向かった。プレステスのことをミーレに紹介するつもりだったが、生憎不在だった。
「ミーレでしたら、最近は町に行っていますけれど」
玄関口で返事をくれたのはミーレのお母さんだ。聞くところによると上流階級の作法やダンスを学べる場があるらしく、そこに参加しているとか。
「本来は高めの会費と紹介状がないと入れない場所なんです。お金はあの子自身の貯金から切り崩して、紹介状はロア様にお願いしたそうで」
「本気でロアの妻になろうとしてるんですね」
「最初に打ち明けられた時は、できるわけがないって思ったんです。旦那も同じでしたが諦めないあの子に負けました。手紙のやり取りもしているそうですし、側室なら……と」
王族に村娘が見初められるなど夢物語だ。側室の一人というだけでも現実感がないが、ミーレは正妻の座を狙っている。そこを伝えると話がこじれるため、ロアの友人として脈ありとだけ言っておいた。
一週間後に戻ってくるという話を聞き、帰路についた。
門を出て山への道を進んでいると、後ろからポツリと声がした。
「……わたしその、やりたいことができたです」
「やりたいこと?」
「……まずは人間さんとエッチがしたいです。次に旦那様の思い描く夢のお手伝いをして、いずれは本気で愛し合う人を探したいです。なんて、欲張りですよね?」
そんなことはないと言ってやった。確固たる目標を持って行動し、それで成果を出せれば自信に繋がる。俺は「好きにやってみろ」と追加で告げた。
「────は、はい! 微速前進で頑張りまひゅ!」
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