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第百二十二話『邂逅3』
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提示された案は言うなれば『人類とサキュバスの共存』だ。
俺の精気を提供することでクレアたちは満足に腹を満たすことができ、同時に強大な力を得る。ルルニアと同等とは言わずとも、一段下の強さを持つだけで並大抵の魔物を打ち倒すことが可能になる。
「あたしはルルニアと一緒にいれればそれでいいの。あなたの協力が得られるなら人間を殺す必要もない。利害は一致していると思わない?」
以前プレステスに語り聞かせた話に通じる内容だった。
俺は自分が思い描いた未来を脳裏に映し、返事をした。
「確かにクレアの案なら大陸中の人々を救えるな」
「あなた、何を言ってるんですか!」
「分かってるじゃない。それじゃあ」
「その前に教えろ、クレア。そうやって人類を救い続けて、数十年後に俺が死んだらどうする? 拡大した縄張りをどうやって維持するつもりだ?」
単に腹を満たす、というだけなら解決できる。ルルニアの淫紋を使って住民から必要な分の食事を摂取させるだけでいいが、それではいずれ限界がくる。
「俺みたいに上質な精気を持った人間は稀だ。普通の人から吸精する場合、命まで奪わなきゃ種として強くなることはできないんじゃないか」
「…………」
「淫紋で制限を掛けたままでは、群れは日ごとに力を失う。下っ端だけならともかく、ルルニアまで弱くなったら縄張りは維持できなくなる」
高い知能を持つ魔物はサキュバス以外にもいる。大量の人間を抱えた縄張りを見過ごすはずがなく、いずれ報復戦を仕掛けてくる。追い詰められた果てにクレアが何を要求するか、答えは火を見るより明らかだ。
「お前は仕方がないと言って、ルルニアに淫紋の枷を外させる気だな。女神と天使に頼り切った人間は他に頼る宛がなくなる。自発的に肉体を捧げさせる社会を作るつもりか」
「あはは、想像力豊かだね。あたしがそう考えてる根拠は?」
「しいて言うなら、お前自身の口ぶりだ。言葉ではルルニアが大切だって言ってるのに、意見を聞こうともしない。共存さえ果たせばどうとでも流れを操れると、そう思ってるからこそ出た綻びだ」
例え本心から共存を願っていたとしても、この提案は受けられない。発言の端々から人間に対する見下しが感じられるのもそうだが、もっと根本的な問題がある。
「そもそもとして、俺の自己犠牲を前提とした社会なんて上手く回るはずがないんだ。人類は何かにすがるんじゃなく、自分の力で未来を切り開くべきだ」
「ここは? 女神様女神様ってうるさかったけど?」
「ルルニアはアストロアスの発展に口を出さない。縄張りの外に干渉もしない。ここが人類の安住の地となっているのはついでだ。俺と愛し合うためのな」
人類全体を救おうとしないルルニアを、薄情だと思ったことは一度もない。魔物は人間を喰う生き物であり、そんな責任や義務を負う必要はない。これはニーチャだろうとプレステスだろうと同じだ。
「それっぽい理由を言ってさ、本当は怖いだけじゃないの? あたしの真意はどうであれ、今苦しんでいる人間は確実に救えると思うけど?」
「一時的に数十万の人を救っても、魔物同士の戦争でそれ以上の人間が死に絶える。そこを考慮にいれずとも、ルルニアを蔑ろにはできない」
世界とルルニアの二択なら俺はルルニアを取る。初恋を自覚した時の葛藤やミーレとの話し合い、俺は常に愛すべき者を優先してきた。
(……俺の手はちっぽけだ。余計なことをして失敗するぐらいなら、今ある大切なモノだけを守る)
共存の夢を叶えるのは数十年先でいい。ニーチャとプレステスのように人間との愛を分かってくれる者を増やし、異種族間の溝を減らす。互いを思いやって高め合える社会が理想と告げた。
「あなた、いつの間にそんなことを……」
「まだ言う気はなかったんだがな。これが実現すれば俺が死んだ後もルルニアたちはここで暮らせる。危険な魔物だと迫害されることもなくなる」
「……ここにいる子のためにも、ですね」
下腹部をさするルルニアを見て、クレアは訝しんだ。
「……子ども? 何を分けの分からないことを……」
嫌な予感がよぎったのか、分かりやすく表情に動揺が浮かび始めた。俺もルルニアの腹を撫で、肩を抱き寄せて密着し、言ってやった。
「────ルルニアの腹にはもう、俺との間にできた子どもがいる。夢物語な共存の根拠がここにある。だからお前の提案には賛同しない」
驚愕の事実を突きつけられ、クレアは顔を青くした。
ルルニアは俺の手に自分の手を重ね、迷いなく告げた。
「私の考えもグレイゼルと同じです。クレアの提案は認められません」
「ル、ルルニアはその男に騙されてるのよ!」
「私はもう、あなたが知るルルニア・バーレスクではないんですよ。グレイゼルと愛し合って結婚までした。おしどり夫婦のルルニア・ミハエルです」
左手を持ち上げ、薬指にはめられている結婚指輪を見せた。
確固たる証拠を突きつけられ、クレアは震えて席を立った。
「私が人喰いにならずに済んだのはクレアのおかげです。だから愛を分かってもらえるまで協力は惜しみません。港町にいた時のように、ここで仲良く暮らしませんか?」
ルルニアが差し伸べた手に、クレアは手を伸ばした。
しかし途中で引き戻し、冷徹な顔で俺を睨みつけた。
「そっか、ルルニアは洗脳されちゃったんだね。そいつを殺して無理矢理にでも人間を食べさせれば、前みたいに戻ってくれるかな」
「…………クレア」
「すぐにでも連れて行きたいけど、今は昼だし無理かぁ。そんなにここが大切だって言うなら、いっそ交渉に使わせてもらおうかな」
クレアが指をパチリと鳴らした瞬間、窓から飛び込む影があった。俺たちとクレアの間に割って入ってきたのは、槍を手に持ったサキュバスだった。
俺の精気を提供することでクレアたちは満足に腹を満たすことができ、同時に強大な力を得る。ルルニアと同等とは言わずとも、一段下の強さを持つだけで並大抵の魔物を打ち倒すことが可能になる。
「あたしはルルニアと一緒にいれればそれでいいの。あなたの協力が得られるなら人間を殺す必要もない。利害は一致していると思わない?」
以前プレステスに語り聞かせた話に通じる内容だった。
俺は自分が思い描いた未来を脳裏に映し、返事をした。
「確かにクレアの案なら大陸中の人々を救えるな」
「あなた、何を言ってるんですか!」
「分かってるじゃない。それじゃあ」
「その前に教えろ、クレア。そうやって人類を救い続けて、数十年後に俺が死んだらどうする? 拡大した縄張りをどうやって維持するつもりだ?」
単に腹を満たす、というだけなら解決できる。ルルニアの淫紋を使って住民から必要な分の食事を摂取させるだけでいいが、それではいずれ限界がくる。
「俺みたいに上質な精気を持った人間は稀だ。普通の人から吸精する場合、命まで奪わなきゃ種として強くなることはできないんじゃないか」
「…………」
「淫紋で制限を掛けたままでは、群れは日ごとに力を失う。下っ端だけならともかく、ルルニアまで弱くなったら縄張りは維持できなくなる」
高い知能を持つ魔物はサキュバス以外にもいる。大量の人間を抱えた縄張りを見過ごすはずがなく、いずれ報復戦を仕掛けてくる。追い詰められた果てにクレアが何を要求するか、答えは火を見るより明らかだ。
「お前は仕方がないと言って、ルルニアに淫紋の枷を外させる気だな。女神と天使に頼り切った人間は他に頼る宛がなくなる。自発的に肉体を捧げさせる社会を作るつもりか」
「あはは、想像力豊かだね。あたしがそう考えてる根拠は?」
「しいて言うなら、お前自身の口ぶりだ。言葉ではルルニアが大切だって言ってるのに、意見を聞こうともしない。共存さえ果たせばどうとでも流れを操れると、そう思ってるからこそ出た綻びだ」
例え本心から共存を願っていたとしても、この提案は受けられない。発言の端々から人間に対する見下しが感じられるのもそうだが、もっと根本的な問題がある。
「そもそもとして、俺の自己犠牲を前提とした社会なんて上手く回るはずがないんだ。人類は何かにすがるんじゃなく、自分の力で未来を切り開くべきだ」
「ここは? 女神様女神様ってうるさかったけど?」
「ルルニアはアストロアスの発展に口を出さない。縄張りの外に干渉もしない。ここが人類の安住の地となっているのはついでだ。俺と愛し合うためのな」
人類全体を救おうとしないルルニアを、薄情だと思ったことは一度もない。魔物は人間を喰う生き物であり、そんな責任や義務を負う必要はない。これはニーチャだろうとプレステスだろうと同じだ。
「それっぽい理由を言ってさ、本当は怖いだけじゃないの? あたしの真意はどうであれ、今苦しんでいる人間は確実に救えると思うけど?」
「一時的に数十万の人を救っても、魔物同士の戦争でそれ以上の人間が死に絶える。そこを考慮にいれずとも、ルルニアを蔑ろにはできない」
世界とルルニアの二択なら俺はルルニアを取る。初恋を自覚した時の葛藤やミーレとの話し合い、俺は常に愛すべき者を優先してきた。
(……俺の手はちっぽけだ。余計なことをして失敗するぐらいなら、今ある大切なモノだけを守る)
共存の夢を叶えるのは数十年先でいい。ニーチャとプレステスのように人間との愛を分かってくれる者を増やし、異種族間の溝を減らす。互いを思いやって高め合える社会が理想と告げた。
「あなた、いつの間にそんなことを……」
「まだ言う気はなかったんだがな。これが実現すれば俺が死んだ後もルルニアたちはここで暮らせる。危険な魔物だと迫害されることもなくなる」
「……ここにいる子のためにも、ですね」
下腹部をさするルルニアを見て、クレアは訝しんだ。
「……子ども? 何を分けの分からないことを……」
嫌な予感がよぎったのか、分かりやすく表情に動揺が浮かび始めた。俺もルルニアの腹を撫で、肩を抱き寄せて密着し、言ってやった。
「────ルルニアの腹にはもう、俺との間にできた子どもがいる。夢物語な共存の根拠がここにある。だからお前の提案には賛同しない」
驚愕の事実を突きつけられ、クレアは顔を青くした。
ルルニアは俺の手に自分の手を重ね、迷いなく告げた。
「私の考えもグレイゼルと同じです。クレアの提案は認められません」
「ル、ルルニアはその男に騙されてるのよ!」
「私はもう、あなたが知るルルニア・バーレスクではないんですよ。グレイゼルと愛し合って結婚までした。おしどり夫婦のルルニア・ミハエルです」
左手を持ち上げ、薬指にはめられている結婚指輪を見せた。
確固たる証拠を突きつけられ、クレアは震えて席を立った。
「私が人喰いにならずに済んだのはクレアのおかげです。だから愛を分かってもらえるまで協力は惜しみません。港町にいた時のように、ここで仲良く暮らしませんか?」
ルルニアが差し伸べた手に、クレアは手を伸ばした。
しかし途中で引き戻し、冷徹な顔で俺を睨みつけた。
「そっか、ルルニアは洗脳されちゃったんだね。そいつを殺して無理矢理にでも人間を食べさせれば、前みたいに戻ってくれるかな」
「…………クレア」
「すぐにでも連れて行きたいけど、今は昼だし無理かぁ。そんなにここが大切だって言うなら、いっそ交渉に使わせてもらおうかな」
クレアが指をパチリと鳴らした瞬間、窓から飛び込む影があった。俺たちとクレアの間に割って入ってきたのは、槍を手に持ったサキュバスだった。
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