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第百二十三話『邂逅4』
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その手には身の丈ほどの長さの槍があった。クレアは『トリエル』と名を発し、それを受けたトリエルは槍の切っ先を俺の顔面に定めた。
「────ぐっ!?」
瞬きの瞬間、トリエルは灰色の長髪をなびかせて跳び込んできた。俺は全身の闘気を活性化させ、ルルニアを抱えたまま後ろに跳んだ。刃が頬をかすめるが、致命傷を受けず壁際に逃げた。
「よくも、私のグレイゼルを!」
ルルニアは激高し、瞳に翡翠の輝きを灯した。圧倒的な力量差でクレアとトリエルの動きを封じ込めるが、それは長く続かなかった。
「大きい音がしたけど、何かあったのかい?」
店内に入ってきたのは、倉庫で話が終わるのを待っていた店長だ。正体バレを恐れてルルニアが瞳の輝きを止めた瞬間、トリエルが駆けた。瞳の輝きで店長を眠らせ、人質を取ろうと手を伸ばした。
「させるかっ!」
俺は瞬時に腰のポーチへ手を伸ばし、投げナイフを抜いた。トリエルが首に槍を突きつけより早く、渾身の力で投擲した。投げナイフはゴゥッと風を巻き起こして直進し、トリエルの顔面に迫った。
「────っ!?」
ギンと甲高い音が鳴り、トリエルの槍が手から弾かれた。
即座に二投目を構えると、軽やかに跳んで槍を回収した。
「クレア失敗したこれからどうする?」
相手の思惑を封じるが、形勢逆転とはいかなかった。ルルニアが二度目の拘束術を使おうとした瞬間、急な吐き気の催しが起きてしまった。
「あーあ、人間と愛し合ったりするからそんなことになるんだよ。絶好の機会と言いたいところだけど、そこの人間が厄介かな」
「さっきのナイフは良い威力だった。あれが何発投げられるか分からない以上は近寄るべきじゃない全力を出せる夜を待つべき」
クレアは顔を傾けて悩み、ポンと手を打った。
「人質が有効だって分かったから、それ前提で作戦を立てよっか。今日の夜、あたしはこのアストロアス全域にサキュバスの群れを解き放つ」
「……そんなこと、許すわけ……うぅっ」
「今日だけ好きに人間を食べていいって言えば、あの子たちは本気を出す。もし攻撃をやめて欲しくなったなら、抵抗せずにあたしのモノになってよ」
日没から二時間後、中央区画の外れにある草原で待つと言った。交渉は一切受けつけず、逃げても隠れても襲撃は行われると明言した。
「闇夜に紛れたサキュバス八人を同時に対処するのは不可能。あたしを優先して倒してもいいけど、その場合は空腹なあの子たちが自由になる」
「…………」
「人間を一人食べた時点で力が増して、二人目を食べた時には手がつけられなくなる。全員倒すまでに二十人ぐらいは死ぬんじゃないかな?」
虐殺を止めたいなら大人しく身を差し出せと重ねて警告した。
クレアは夜に会おうと言い、気安く手を振って店を後にした。トリエルは槍を構えたまま動かず、投げナイフを構えたままの俺を見て言った。
「あなたの師匠はサキュバス殺しガーブランド・シルド?」
「……何でガーブランドの名を知っている」
「やっぱり弟子だったんだそれは好都合。夜になったら殺しに行くから邪魔者が入らない場所で待ってろって伝えておいて」
トリエルは槍を背中に戻し、店の入り口で振り向いた。
「────反応が悪かったら『リゼット』が来たと言えば分かるから」
予想もしてなかった名を聞き、意味を問い返そうとした。だがトリエルは答えず、クレアを追っていなくなった。俺は完全に気配がなくなったところで腕を下ろし、不調のルルニアを椅子に座らせた。
「吐き気は大丈夫か? 水はいるか?」
「私は……大丈夫です。それより今の名前は……」
「分からない。でも聞きかじった名を言った感じじゃなかった」
体調の改善を確認しつつ店長に駆け寄るが、眠っているだけだった。声を掛けるとすぐに目を覚まし、何があったのか聞いてきた。幸いにもクレアとトリエルのことは覚えていなかった。
酒場が臨時休業となったため、急いで家に帰った。借りた馬で山道を登り、曲がり角を越えて自宅の庭先へ到着した。玄関口の前にはガーブランドがおり、駆け寄ると家の中を指で差した。
「ひ、ひぃぃ! クレアさんが、クレアさんが来たですぅぅ!!」
廊下の奥からはプレステスの泣き声が聞こえた。荷物の隙間に上半身を突っ込み、下半身だけ外に出して震えている。ニーチャが寄り添って背中を撫でるが、一向に落ち着く気配がなかった。
ガーブランドも家の中に入り、何があったのか聞いてきた。
酒場での一部始終を説明すると、当然の質問を投げてきた。
「そやつは確かにリゼットと言ったのだな」
「えぇ、それと体格に合わない槍を持ってました」
「その槍がどのような形状か覚えているか」
状況が状況だったため、正確な形状までは記憶していなかった。思い返して柄が青かった気がすると言うと、ガーブランドは重い語気で言った。
「…………そうか、リゼットは転生の理に還れたのだな。吾輩との戦いを所望していると言うのならば、願いに応えてやるしかあるまい」
「────ぐっ!?」
瞬きの瞬間、トリエルは灰色の長髪をなびかせて跳び込んできた。俺は全身の闘気を活性化させ、ルルニアを抱えたまま後ろに跳んだ。刃が頬をかすめるが、致命傷を受けず壁際に逃げた。
「よくも、私のグレイゼルを!」
ルルニアは激高し、瞳に翡翠の輝きを灯した。圧倒的な力量差でクレアとトリエルの動きを封じ込めるが、それは長く続かなかった。
「大きい音がしたけど、何かあったのかい?」
店内に入ってきたのは、倉庫で話が終わるのを待っていた店長だ。正体バレを恐れてルルニアが瞳の輝きを止めた瞬間、トリエルが駆けた。瞳の輝きで店長を眠らせ、人質を取ろうと手を伸ばした。
「させるかっ!」
俺は瞬時に腰のポーチへ手を伸ばし、投げナイフを抜いた。トリエルが首に槍を突きつけより早く、渾身の力で投擲した。投げナイフはゴゥッと風を巻き起こして直進し、トリエルの顔面に迫った。
「────っ!?」
ギンと甲高い音が鳴り、トリエルの槍が手から弾かれた。
即座に二投目を構えると、軽やかに跳んで槍を回収した。
「クレア失敗したこれからどうする?」
相手の思惑を封じるが、形勢逆転とはいかなかった。ルルニアが二度目の拘束術を使おうとした瞬間、急な吐き気の催しが起きてしまった。
「あーあ、人間と愛し合ったりするからそんなことになるんだよ。絶好の機会と言いたいところだけど、そこの人間が厄介かな」
「さっきのナイフは良い威力だった。あれが何発投げられるか分からない以上は近寄るべきじゃない全力を出せる夜を待つべき」
クレアは顔を傾けて悩み、ポンと手を打った。
「人質が有効だって分かったから、それ前提で作戦を立てよっか。今日の夜、あたしはこのアストロアス全域にサキュバスの群れを解き放つ」
「……そんなこと、許すわけ……うぅっ」
「今日だけ好きに人間を食べていいって言えば、あの子たちは本気を出す。もし攻撃をやめて欲しくなったなら、抵抗せずにあたしのモノになってよ」
日没から二時間後、中央区画の外れにある草原で待つと言った。交渉は一切受けつけず、逃げても隠れても襲撃は行われると明言した。
「闇夜に紛れたサキュバス八人を同時に対処するのは不可能。あたしを優先して倒してもいいけど、その場合は空腹なあの子たちが自由になる」
「…………」
「人間を一人食べた時点で力が増して、二人目を食べた時には手がつけられなくなる。全員倒すまでに二十人ぐらいは死ぬんじゃないかな?」
虐殺を止めたいなら大人しく身を差し出せと重ねて警告した。
クレアは夜に会おうと言い、気安く手を振って店を後にした。トリエルは槍を構えたまま動かず、投げナイフを構えたままの俺を見て言った。
「あなたの師匠はサキュバス殺しガーブランド・シルド?」
「……何でガーブランドの名を知っている」
「やっぱり弟子だったんだそれは好都合。夜になったら殺しに行くから邪魔者が入らない場所で待ってろって伝えておいて」
トリエルは槍を背中に戻し、店の入り口で振り向いた。
「────反応が悪かったら『リゼット』が来たと言えば分かるから」
予想もしてなかった名を聞き、意味を問い返そうとした。だがトリエルは答えず、クレアを追っていなくなった。俺は完全に気配がなくなったところで腕を下ろし、不調のルルニアを椅子に座らせた。
「吐き気は大丈夫か? 水はいるか?」
「私は……大丈夫です。それより今の名前は……」
「分からない。でも聞きかじった名を言った感じじゃなかった」
体調の改善を確認しつつ店長に駆け寄るが、眠っているだけだった。声を掛けるとすぐに目を覚まし、何があったのか聞いてきた。幸いにもクレアとトリエルのことは覚えていなかった。
酒場が臨時休業となったため、急いで家に帰った。借りた馬で山道を登り、曲がり角を越えて自宅の庭先へ到着した。玄関口の前にはガーブランドがおり、駆け寄ると家の中を指で差した。
「ひ、ひぃぃ! クレアさんが、クレアさんが来たですぅぅ!!」
廊下の奥からはプレステスの泣き声が聞こえた。荷物の隙間に上半身を突っ込み、下半身だけ外に出して震えている。ニーチャが寄り添って背中を撫でるが、一向に落ち着く気配がなかった。
ガーブランドも家の中に入り、何があったのか聞いてきた。
酒場での一部始終を説明すると、当然の質問を投げてきた。
「そやつは確かにリゼットと言ったのだな」
「えぇ、それと体格に合わない槍を持ってました」
「その槍がどのような形状か覚えているか」
状況が状況だったため、正確な形状までは記憶していなかった。思い返して柄が青かった気がすると言うと、ガーブランドは重い語気で言った。
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