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第百二十七話『それぞれの夜1』
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ルルニアとニーチャとプレステスが飛び立つのと同時刻、森の断崖にてガーブランドが夜風を浴びて立っていた。足元には平たい石を積んで作った墓があり、手には木製の笛が握られていた。
ガーブランドは兜の面頬を開け、笛の音を奏でた。
それを何度か繰り返し、遠景を見ながら声を掛けた。
「…………リゼットと同じ気配を漂わせられるのだな。こうして正面を向いていれば、元の姿のままでそこにいると錯覚しそうになる」
ガーブランドは笛を首に掛け直し、振り向いた。そこには無表情に立つトリエルがおり、似ても似つかぬ姿を見て安堵した。
「せっかく会えたのに不満? リゼットもこの髪型をしていたはずだけど」
「髪型程度で心動かされるものか。吾輩を騙して不意を突く気であったのなら、あの知的でありつつもどこか抜けた顔を再現してもらおうか」
「どうせ殺すあなたごときにそこまでする意味がないし単純に面倒」
「で、あろうな。無論それで構わぬが、死合う前に教えろ。お主は前世の魂であるリゼットの記憶をどれほどまでに引き継いでいる」
トリエルは少し考え、「大体は」と答えた。
「────あなたとリゼットの出会いから別れまで全部覚えてるし知ってる。さっさと殺せば良かったのに絆されて愛を育むなんて理解不能」
吐き捨てながら槍を持ち上げ、柄をクルクルと回転させた。
切っ先を顔面に定められ、ガーブランドは昔を懐かしんだ。
幼き日のガーブランドは孤独だった。身銭を稼ぐために傭兵となり、言われるままに人を殺していった。ある日雇い主から裏切りを受け、命を諦めかけた夜に声を掛けられた。
『あらあら、こんなところでどうしたのかしら。どうせ野垂れ死ぬんだったら、その美味しそうな精気をよこして下さらない?』
『お前は……誰……だ』
『私はリゼット・バーレスクよ。死に際にサキュバスと出会えるなんて、あなた幸運ね。糧とする代わり至上の快楽をあげるわ』
飄々とした雰囲気を纏い、リゼットが現れた。ガーブランドは手元にあった剣を掴もうとし、やめた。相手が何者であろうとも、誰にも看取られず死ぬよりはマシと思った。
リゼットはろくに前戯をせず、陰茎を挿入した。死の宣告とも言える性行為が始まるが、ここで困ったことが起きた。ガーブランドは時間の経過と共に苛立ち、文句を言った。
『────お前なぁ! さっきからふざけてんのか! いくら下手でも限度ってもんがあんだろ! オレの初めてをこんな雑な行為で消費できるか!』
怒りが生命力を再燃させ、体内で眠っていた精気が活性化した。ガーブランドは戸惑うリゼットを仰向けに転がし、仕返しとばかりに陰茎を挿入した。
激しい腰の打ちつけで意識を刈り取られ、リゼットは潰れた。腰を痙攣させて膣から精子をこぼれさせる姿を見つつ、ガーブランドは朝日と対面した。
『…………二度と拝むことはないって思ってたんだけどな』
ガーブランドはリゼットを放置し、次の戦いへと赴いた。
数日後にとある戦地の寝床で再開し、そこでも抱き潰した。
『何て屈辱。サキュバスの私がこうも手玉に取られるなんて……』
『そんなことより敵襲がきたぞ。ほら、この槍でも持っとけ』
『槍って、私はサキュバスよ。そんな野蛮なことは……ひ!?』
野営地に敵の奇襲があり、殺し合いが始まった。リゼットはガーブランドの背中に張りつき、死に物狂いで戦った。そこから二人は相棒となり、いがみ合いながら愛を育んでいった。
「…………あやつは最期まで性行為が不得手なサキュバスであったな」
首元の笛を手の中で転がし、ガーブランドは大剣の柄を握った。
トリエルに合わせるよう切っ先を持ち上げ、刃と刃を交差させた。
「吾輩を殺そうとするのは、リゼットの記憶を引き継いだからか。バーレスクの支配から救ってやれなかった吾輩を、あやつは恨んでいるのか?」
「それは関係ない。人間とサキュバスが愛し合うなんて反吐が出るほどキモい。あなたの命を絶たない限り胸のモヤモヤが消えないと思っただけ」
「そうか、リゼットは吾輩を恨んでおらぬのだな」
「そういう心の通じ合わせがほんと生理的に無理」
嫌悪にまみれた言葉は涼し気に受け流された。リゼットの死に際に何も聞けなかったガーブランドにとって、『恨みを持っていない』という事実がただ嬉しかった。
「死した魔物の魂は転生の理に還り、新たな魔物の身体に宿る。新たな転生先が死した場合、前世の魂は完全に消滅する。バーレスクという例外を除いて、な」
「急に早口でなに?」
「知れたことを、ようやくリゼットを解放してやれる瞬間がきたのだ。吾輩はあやつの夫として、お主を殺す。手加減はできぬ故、全力で掛かってくるがいい」
宣言と共にガーブランドは全身に闘気を纏った。片足の踏み込みで硬い岩肌をズンと割り、断崖の一帯に突き刺すような殺気の圧を放った。
トリエルもまた瞳を光らせ、全身を魔力で満たした。波動のせめぎ合いは森中に広がっていき、眠りについていた鳥たちが一斉に飛び立った。
「では今度こそ本当の別れだ、リゼットよ」
「死ぬのはそっちの方だって教えてあげる」
決別の言葉を交わし、数秒ほど沈黙に身をゆだねる。
次第にリゼットの墓が傾き、石が断崖の上に散らばる。
両者は寸分たがわぬ呼吸で駆け、大剣と槍を打ち合わせた。
ガーブランドは兜の面頬を開け、笛の音を奏でた。
それを何度か繰り返し、遠景を見ながら声を掛けた。
「…………リゼットと同じ気配を漂わせられるのだな。こうして正面を向いていれば、元の姿のままでそこにいると錯覚しそうになる」
ガーブランドは笛を首に掛け直し、振り向いた。そこには無表情に立つトリエルがおり、似ても似つかぬ姿を見て安堵した。
「せっかく会えたのに不満? リゼットもこの髪型をしていたはずだけど」
「髪型程度で心動かされるものか。吾輩を騙して不意を突く気であったのなら、あの知的でありつつもどこか抜けた顔を再現してもらおうか」
「どうせ殺すあなたごときにそこまでする意味がないし単純に面倒」
「で、あろうな。無論それで構わぬが、死合う前に教えろ。お主は前世の魂であるリゼットの記憶をどれほどまでに引き継いでいる」
トリエルは少し考え、「大体は」と答えた。
「────あなたとリゼットの出会いから別れまで全部覚えてるし知ってる。さっさと殺せば良かったのに絆されて愛を育むなんて理解不能」
吐き捨てながら槍を持ち上げ、柄をクルクルと回転させた。
切っ先を顔面に定められ、ガーブランドは昔を懐かしんだ。
幼き日のガーブランドは孤独だった。身銭を稼ぐために傭兵となり、言われるままに人を殺していった。ある日雇い主から裏切りを受け、命を諦めかけた夜に声を掛けられた。
『あらあら、こんなところでどうしたのかしら。どうせ野垂れ死ぬんだったら、その美味しそうな精気をよこして下さらない?』
『お前は……誰……だ』
『私はリゼット・バーレスクよ。死に際にサキュバスと出会えるなんて、あなた幸運ね。糧とする代わり至上の快楽をあげるわ』
飄々とした雰囲気を纏い、リゼットが現れた。ガーブランドは手元にあった剣を掴もうとし、やめた。相手が何者であろうとも、誰にも看取られず死ぬよりはマシと思った。
リゼットはろくに前戯をせず、陰茎を挿入した。死の宣告とも言える性行為が始まるが、ここで困ったことが起きた。ガーブランドは時間の経過と共に苛立ち、文句を言った。
『────お前なぁ! さっきからふざけてんのか! いくら下手でも限度ってもんがあんだろ! オレの初めてをこんな雑な行為で消費できるか!』
怒りが生命力を再燃させ、体内で眠っていた精気が活性化した。ガーブランドは戸惑うリゼットを仰向けに転がし、仕返しとばかりに陰茎を挿入した。
激しい腰の打ちつけで意識を刈り取られ、リゼットは潰れた。腰を痙攣させて膣から精子をこぼれさせる姿を見つつ、ガーブランドは朝日と対面した。
『…………二度と拝むことはないって思ってたんだけどな』
ガーブランドはリゼットを放置し、次の戦いへと赴いた。
数日後にとある戦地の寝床で再開し、そこでも抱き潰した。
『何て屈辱。サキュバスの私がこうも手玉に取られるなんて……』
『そんなことより敵襲がきたぞ。ほら、この槍でも持っとけ』
『槍って、私はサキュバスよ。そんな野蛮なことは……ひ!?』
野営地に敵の奇襲があり、殺し合いが始まった。リゼットはガーブランドの背中に張りつき、死に物狂いで戦った。そこから二人は相棒となり、いがみ合いながら愛を育んでいった。
「…………あやつは最期まで性行為が不得手なサキュバスであったな」
首元の笛を手の中で転がし、ガーブランドは大剣の柄を握った。
トリエルに合わせるよう切っ先を持ち上げ、刃と刃を交差させた。
「吾輩を殺そうとするのは、リゼットの記憶を引き継いだからか。バーレスクの支配から救ってやれなかった吾輩を、あやつは恨んでいるのか?」
「それは関係ない。人間とサキュバスが愛し合うなんて反吐が出るほどキモい。あなたの命を絶たない限り胸のモヤモヤが消えないと思っただけ」
「そうか、リゼットは吾輩を恨んでおらぬのだな」
「そういう心の通じ合わせがほんと生理的に無理」
嫌悪にまみれた言葉は涼し気に受け流された。リゼットの死に際に何も聞けなかったガーブランドにとって、『恨みを持っていない』という事実がただ嬉しかった。
「死した魔物の魂は転生の理に還り、新たな魔物の身体に宿る。新たな転生先が死した場合、前世の魂は完全に消滅する。バーレスクという例外を除いて、な」
「急に早口でなに?」
「知れたことを、ようやくリゼットを解放してやれる瞬間がきたのだ。吾輩はあやつの夫として、お主を殺す。手加減はできぬ故、全力で掛かってくるがいい」
宣言と共にガーブランドは全身に闘気を纏った。片足の踏み込みで硬い岩肌をズンと割り、断崖の一帯に突き刺すような殺気の圧を放った。
トリエルもまた瞳を光らせ、全身を魔力で満たした。波動のせめぎ合いは森中に広がっていき、眠りについていた鳥たちが一斉に飛び立った。
「では今度こそ本当の別れだ、リゼットよ」
「死ぬのはそっちの方だって教えてあげる」
決別の言葉を交わし、数秒ほど沈黙に身をゆだねる。
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