128 / 170
第百二十八話『それぞれの夜2』
しおりを挟む
アストロアスの中央区画を目指す途中、金属と金属がぶつかる音を聞いた。発生源は森の奥地であり、薄っすらとだが闘気と魔力の波動を感知した。
「…………ガーブランドが戦闘に入りましたか」
私は翼の羽ばたきを強め、プレステスが刺し示した場所へと向かった。
クレアの姿を見つけて降下すると、緊迫感のない声で話しかけられた。
「どうしたの、ルルニア。ずいぶん早かったじゃん」
「クレアと二人きりで話をするためにきました。降伏するとか住民の安否だとかは一旦横に置いて、友人として聞きたいことがありまして」
「えー、そんなかしこまって聞かれることあったかな?」
翼を畳んで警戒心を解き、三歩分の間合いを保った。
クレアは思い悩む素振りをし、足元をコンと叩いた。
「こんな化け物を倒すなんてさ、ルルニアって凄いよね」
私たちがいる場所は魔物災害の夜に討ったドラゴンの死骸の上だ。死してなおも骨は堅牢さを保ち、回収されることなく原型を保っている。今ではアストロアスの重要な観光資源だ。
「私だけの力ではありません。グレイゼルがいたからこそです」
「……愛の力って奴? 個人的にそれを認めるのはやだなぁ」
クレアはタンタンと跳ねるように歩き、ドラゴンの甲羅に生えた太い棘に寄り掛かった。焦らずに最初の問いの返事を待っていると、バツの悪そうな顔で頬を掻いた。
「あたしがいなくなった理由、そんなに知りたい?」
「あれがなければ私は今もクレアと一緒でした。失望したから見捨てたと言われたら納得する気でしたが、それはあの場で否定されました」
「はぐらかしておけば良かったね。失敗しちゃった」
「私と一緒にいるための楽園を作ると、そう言いましたよね。そこまで想ってくれたのなら、どうして私の傍からいなくなったんですか?」
真剣な眼差しを送ると、クレアは秋の夜空に浮かぶ星を見上げた。そこにある何かを手にしようと腕を伸ばし、諦めた様子で下ろした。その流れのままに言った。
「好きになっちゃったんだ。恋愛的な意味でルルニアのことが」
「……………………え?」
「ほぁら、そういう顔をすると思ったから言いたくなかったの」
間の抜けた顔をする私を、クレアは薄ら赤くした頬で見てきた。
発言に冗談めかした空気はなく、恋心が別れの理由と理解した。
「正直に言うとさ、初めて会った時からルルニアに惹かれてたんだ。顔を見ているだけで胸が温かくなって、ずっと一緒にいたいと思ったの」
「……そう、だったんですか」
「精気をろくに吸えないって知った時、閃いちゃったんだ。あたしが食事をまかない続けることができれば、ルルニアは離れていかないって」
同族から無能と後ろ指刺される私に、クレアは手を差し伸べた。無償の献身だと思っていた行いにそんな真意が隠されていたと、今の今まで思いもしなかった。
「……だったら言ってくれれば」
「その時は分からなかったんだよ。ほら魔物と魔物の小作りって適当だからさ、恋なんて知らなかった。過ごした時間が長くなるほど胸が痛くなって、自分自身が怖くなっちゃった」
食事として母乳を与える、それ以上のことがしたくなった。熱く口づけを交わして胸を揉み合い、股を擦り合わせて快楽を貪る。百年でも二百年でもそうしたかったと言った。
「言っておくけど、ルルニアは悪くないよ。サキュバス同士が恋なんてするはずがないんだから、異常だったのはあたしの方。今はもう逆になっちゃったけどね」
「……あの時の私は、クレアのことを」
「うん、友人以上の存在とは思ってなかったんでしょ。あたしもそれでいいって思ってたんだけど、心に蓋をするのが辛くてね。お祭りの夜に爆発しちゃったの」
高台で待ち合わせをし、手を繋いで大通りへと繰り出す。人混みに紛れて出店を回っていた時も、クレアは私だけを見ていた。このままだと襲ってしまうと思い、港町の外で頭を冷やそうとした。
「────そしてそこで『アレ』と出会ったんだ」
クレアの前に現れたのは幼子の見た目をした魔物だった。髪も肌も服装もすべて白く、生気の抜けた顔をしていた。何者かと声を掛けたクレアに対して攻撃を行い、どこまでも追いかけてきた。
「アレはほんっとしつこかった。三日三晩もあたしを殺そうとしてきたんだから」
「……私を巻き込まないため、港町を離れたんですね」
「命からがら生き延びて、あたしは考えたの。ルルニアが想いに気づかないんなら、気づくまで一緒にいられる楽園を作ろうって。アレみたいな邪魔者がきても追い返せる戦力を整えてようってね」
そう決断した後のクレアの行動は早かった。別の国に飛んで成人したばかりのサキュバスを捕え、淫紋で行動を縛った。男装は万が一にも目移りしないための措置だそうだ。
「ま、あたしの話はそんな感じ。身勝手で傲慢で、失望したでしょ」
「いえ、知れて良かったです」
「そんな理由もあってさ、あの人間は認められないの。あたしはあたしの力でルルニアを取り戻す。一度でも精気を吸い尽くす喜びを知れば、普通のサキュバスに戻れるはずだから」
そう言ってクレアは立ち、翼を大きく広げた。
私も同じようにし、全身に魔力を行き渡らせた。
「何だか酒場の時よりも弱くなってない?」
「クレアとだけは対等な勝負がしたかったんです」
「それで負けてもあたしは容赦しないけど」
「いいです。私が負けることはあり得ませんから」
サキュバス同士の戦いは一瞬で勝負がつく。が、それは魔力量に差があった時の話だ。対等だった場合は拘束術も魅了も催眠も効果がなく、接近戦で白黒つけるしかなくなる。
「負けないか、格好いいこと言うじゃない」
「帰ったらたくさんエッチをしようって、そう言われたので」
「当てつけのつもり? 今のカチンときたんだけど」
「クレアは本心を隠し過ぎです。言いたいことは全部言って下さい」
私たちはどちらともなく飛び、初めて本気の喧嘩を始めた。
「…………ガーブランドが戦闘に入りましたか」
私は翼の羽ばたきを強め、プレステスが刺し示した場所へと向かった。
クレアの姿を見つけて降下すると、緊迫感のない声で話しかけられた。
「どうしたの、ルルニア。ずいぶん早かったじゃん」
「クレアと二人きりで話をするためにきました。降伏するとか住民の安否だとかは一旦横に置いて、友人として聞きたいことがありまして」
「えー、そんなかしこまって聞かれることあったかな?」
翼を畳んで警戒心を解き、三歩分の間合いを保った。
クレアは思い悩む素振りをし、足元をコンと叩いた。
「こんな化け物を倒すなんてさ、ルルニアって凄いよね」
私たちがいる場所は魔物災害の夜に討ったドラゴンの死骸の上だ。死してなおも骨は堅牢さを保ち、回収されることなく原型を保っている。今ではアストロアスの重要な観光資源だ。
「私だけの力ではありません。グレイゼルがいたからこそです」
「……愛の力って奴? 個人的にそれを認めるのはやだなぁ」
クレアはタンタンと跳ねるように歩き、ドラゴンの甲羅に生えた太い棘に寄り掛かった。焦らずに最初の問いの返事を待っていると、バツの悪そうな顔で頬を掻いた。
「あたしがいなくなった理由、そんなに知りたい?」
「あれがなければ私は今もクレアと一緒でした。失望したから見捨てたと言われたら納得する気でしたが、それはあの場で否定されました」
「はぐらかしておけば良かったね。失敗しちゃった」
「私と一緒にいるための楽園を作ると、そう言いましたよね。そこまで想ってくれたのなら、どうして私の傍からいなくなったんですか?」
真剣な眼差しを送ると、クレアは秋の夜空に浮かぶ星を見上げた。そこにある何かを手にしようと腕を伸ばし、諦めた様子で下ろした。その流れのままに言った。
「好きになっちゃったんだ。恋愛的な意味でルルニアのことが」
「……………………え?」
「ほぁら、そういう顔をすると思ったから言いたくなかったの」
間の抜けた顔をする私を、クレアは薄ら赤くした頬で見てきた。
発言に冗談めかした空気はなく、恋心が別れの理由と理解した。
「正直に言うとさ、初めて会った時からルルニアに惹かれてたんだ。顔を見ているだけで胸が温かくなって、ずっと一緒にいたいと思ったの」
「……そう、だったんですか」
「精気をろくに吸えないって知った時、閃いちゃったんだ。あたしが食事をまかない続けることができれば、ルルニアは離れていかないって」
同族から無能と後ろ指刺される私に、クレアは手を差し伸べた。無償の献身だと思っていた行いにそんな真意が隠されていたと、今の今まで思いもしなかった。
「……だったら言ってくれれば」
「その時は分からなかったんだよ。ほら魔物と魔物の小作りって適当だからさ、恋なんて知らなかった。過ごした時間が長くなるほど胸が痛くなって、自分自身が怖くなっちゃった」
食事として母乳を与える、それ以上のことがしたくなった。熱く口づけを交わして胸を揉み合い、股を擦り合わせて快楽を貪る。百年でも二百年でもそうしたかったと言った。
「言っておくけど、ルルニアは悪くないよ。サキュバス同士が恋なんてするはずがないんだから、異常だったのはあたしの方。今はもう逆になっちゃったけどね」
「……あの時の私は、クレアのことを」
「うん、友人以上の存在とは思ってなかったんでしょ。あたしもそれでいいって思ってたんだけど、心に蓋をするのが辛くてね。お祭りの夜に爆発しちゃったの」
高台で待ち合わせをし、手を繋いで大通りへと繰り出す。人混みに紛れて出店を回っていた時も、クレアは私だけを見ていた。このままだと襲ってしまうと思い、港町の外で頭を冷やそうとした。
「────そしてそこで『アレ』と出会ったんだ」
クレアの前に現れたのは幼子の見た目をした魔物だった。髪も肌も服装もすべて白く、生気の抜けた顔をしていた。何者かと声を掛けたクレアに対して攻撃を行い、どこまでも追いかけてきた。
「アレはほんっとしつこかった。三日三晩もあたしを殺そうとしてきたんだから」
「……私を巻き込まないため、港町を離れたんですね」
「命からがら生き延びて、あたしは考えたの。ルルニアが想いに気づかないんなら、気づくまで一緒にいられる楽園を作ろうって。アレみたいな邪魔者がきても追い返せる戦力を整えてようってね」
そう決断した後のクレアの行動は早かった。別の国に飛んで成人したばかりのサキュバスを捕え、淫紋で行動を縛った。男装は万が一にも目移りしないための措置だそうだ。
「ま、あたしの話はそんな感じ。身勝手で傲慢で、失望したでしょ」
「いえ、知れて良かったです」
「そんな理由もあってさ、あの人間は認められないの。あたしはあたしの力でルルニアを取り戻す。一度でも精気を吸い尽くす喜びを知れば、普通のサキュバスに戻れるはずだから」
そう言ってクレアは立ち、翼を大きく広げた。
私も同じようにし、全身に魔力を行き渡らせた。
「何だか酒場の時よりも弱くなってない?」
「クレアとだけは対等な勝負がしたかったんです」
「それで負けてもあたしは容赦しないけど」
「いいです。私が負けることはあり得ませんから」
サキュバス同士の戦いは一瞬で勝負がつく。が、それは魔力量に差があった時の話だ。対等だった場合は拘束術も魅了も催眠も効果がなく、接近戦で白黒つけるしかなくなる。
「負けないか、格好いいこと言うじゃない」
「帰ったらたくさんエッチをしようって、そう言われたので」
「当てつけのつもり? 今のカチンときたんだけど」
「クレアは本心を隠し過ぎです。言いたいことは全部言って下さい」
私たちはどちらともなく飛び、初めて本気の喧嘩を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる