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第百四十三話『ガーブランドとニーチャ』
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…………グレイゼルたちが王都へと旅立ち、一日が経過した。
夜明けの少し前、ガーブランドは床に座った姿勢で眠っていた。大剣を脇に置いて壁に背中を預け、身体に厚手の毛布を巻いている。頭には兜がついており、目覚めと同時にカタリと音が鳴った。
「……む、もうこんな時間か」
室内の暗闇を見つめていると、壁越しに吹き荒れる風音を聞いた。洞窟にいたら少なからず寒さを感じていただろうと、毛布を首回りまで持ち上げて考えた。
眠気を鎮めながら思い浮かべたのは、真剣に身を慮ってきたグレイゼルの姿だ。何度断りを入れても諦めず、それらしい理由をつけて休ませようとしてきた。
「暖炉の火の番を頼みたいとは、面白いことを考えるものだ」
グレイゼルの思惑をガーブランドは見抜いていた。ここまで気を遣われたのなら素直に従おうと、そう思って留守を預かることを決めた。
ガーブランドは苦笑を浮かべ、毛布をどけた。修行のために外へ出ようとし、手を床について立とうとした。するとフニッという感触があった。
「…………ニーチャか」
すぐ隣には毛布で身をくるんだニーチャがいた。しっかりと寝入っているが、寒さと座った姿勢のせいで寝苦しそうな顔をしていた。
「……んみゅ……おじさん……まも……る」
寝言と共に服の裾を掴まれ、ガーブランドは腰を下ろした。
自分の毛布をニーチャに掛け、起こさない程度に頭を撫でた。
「これほど密着されているのに気づかぬとはな。トリエルに不意を突かれたことと言い、吾輩も衰えたものだ。そろそろ潮時かもしれんな」
トリエルを討ってリゼットの魂を解放するのを節目とし、後進の育成に尽力すべきではないかとガーブランドは考えた。自分のすべてを若者に授け、その若者が次代の守護者を育てる。そんな未来を思い描いた。
「……五十を境に引退し、隠居生活を楽しむのもいいかもしれん。山奥に手ごろな一軒家を建て、畑でも耕しながら余生を過ごすか」
鳥の鳴き声で目を覚まし、昼まで畑の土をいじる。
午後には湖へ釣りに行き、夕暮れまで水面を見つめる。
月明りの下を歩いて帰宅し、扉を開けて我が家へと入った。
『────おじさん、お帰りなさい』
扉の先には成長した姿のニーチャがいた。ニーチャはエプロンの裾を揺らし、立ち尽くすガーブランドから荷物を受け取って奥に……と、そこまで考えて兜を拳で殴った。
「…………何故、急にニーチャが出てきたのだ? 老後の吾輩は独り暮らしのはずで、家には他に誰もいないはずだが…………」
視線を横に落とすとニーチャが腕に抱き着いていた。密着されたことで無意識に妄想を歪めてしまったのだと、そう結論づけた。
今度こそと思って目を閉じ、独りで夕食を作る姿を想像した。釣った魚を塩で揉んで串に刺し、炭火でじっくりと焼く。頃合いを見て大皿に移し、豪快に身を頬張る。さぞや美味だろうと想像した。
『お魚、ホクホクして美味しいね。おじさん』
『うむ、やはり魚は塩焼きに限る』
『ニーチャの作ったおかず、美味しい?』
『無論だ。芋の煮方が吾輩好みで……』
勝手に喋り出す脳内の自分を、「ぬん!」と言ってかき消した。
突然の声にニーチャは身をよじり、慌てて精神の乱れを抑えた。
「…………まさかまたニーチャが出てくるとは。吾輩はこれほどまでに節操なしであったか? 嫌な予感しかせぬし、これ以上はやめるべきか…………」
煩悩を振り払うには修行するのが一番だ。だがニーチャは未だ腕に抱き着いており、離してくれる気配がなかった。諦める他なかった。
二度寝をしようと目を閉じると、今しがたの光景がよみがえってきた。夕食を終えて就寝しようとした時、ニーチャが添い寝してきた。
『えへへ、二人で寝ると温かいね』
『………………』
『あれ? おじさん、もう寝ちゃった?』
『………………』
『むー……、ならニーチャの好きにするね?』
何の反応もしないでいたら、寝込みを襲われてしまった。おもむろに服を脱ぎ始めたところで思考をかき消し、飛び起きる勢いで目を覚ました。
いい加減にしろと自分に言い聞かせていた時、魔力の波動を感じた。気づけばニーチャは寝ぼけながらサキュバスの力を使っており、その影響で淫らな夢を見たのだと知った。
「…………何とか、首の皮一枚は繋がったか」
重くため息をつく中で、帰宅時の夢と夕食時の夢は無関係ではと思った。あの時は魔力を使っていなかったのではと、そんな思考が巡った。
「吾輩の気のせい……であるな。明日からは添い寝にきてもベッドに送り返すとしよう。座ったまま寝させると腰を痛めるゆえ、仕方あるまい」
それらしい建前を用意していると、閉じた窓の隙間から朝日がこぼれた。小鳥のさえずりを聞いてニーチャが目を覚まし、挨拶を交わし合った。
夜明けの少し前、ガーブランドは床に座った姿勢で眠っていた。大剣を脇に置いて壁に背中を預け、身体に厚手の毛布を巻いている。頭には兜がついており、目覚めと同時にカタリと音が鳴った。
「……む、もうこんな時間か」
室内の暗闇を見つめていると、壁越しに吹き荒れる風音を聞いた。洞窟にいたら少なからず寒さを感じていただろうと、毛布を首回りまで持ち上げて考えた。
眠気を鎮めながら思い浮かべたのは、真剣に身を慮ってきたグレイゼルの姿だ。何度断りを入れても諦めず、それらしい理由をつけて休ませようとしてきた。
「暖炉の火の番を頼みたいとは、面白いことを考えるものだ」
グレイゼルの思惑をガーブランドは見抜いていた。ここまで気を遣われたのなら素直に従おうと、そう思って留守を預かることを決めた。
ガーブランドは苦笑を浮かべ、毛布をどけた。修行のために外へ出ようとし、手を床について立とうとした。するとフニッという感触があった。
「…………ニーチャか」
すぐ隣には毛布で身をくるんだニーチャがいた。しっかりと寝入っているが、寒さと座った姿勢のせいで寝苦しそうな顔をしていた。
「……んみゅ……おじさん……まも……る」
寝言と共に服の裾を掴まれ、ガーブランドは腰を下ろした。
自分の毛布をニーチャに掛け、起こさない程度に頭を撫でた。
「これほど密着されているのに気づかぬとはな。トリエルに不意を突かれたことと言い、吾輩も衰えたものだ。そろそろ潮時かもしれんな」
トリエルを討ってリゼットの魂を解放するのを節目とし、後進の育成に尽力すべきではないかとガーブランドは考えた。自分のすべてを若者に授け、その若者が次代の守護者を育てる。そんな未来を思い描いた。
「……五十を境に引退し、隠居生活を楽しむのもいいかもしれん。山奥に手ごろな一軒家を建て、畑でも耕しながら余生を過ごすか」
鳥の鳴き声で目を覚まし、昼まで畑の土をいじる。
午後には湖へ釣りに行き、夕暮れまで水面を見つめる。
月明りの下を歩いて帰宅し、扉を開けて我が家へと入った。
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扉の先には成長した姿のニーチャがいた。ニーチャはエプロンの裾を揺らし、立ち尽くすガーブランドから荷物を受け取って奥に……と、そこまで考えて兜を拳で殴った。
「…………何故、急にニーチャが出てきたのだ? 老後の吾輩は独り暮らしのはずで、家には他に誰もいないはずだが…………」
視線を横に落とすとニーチャが腕に抱き着いていた。密着されたことで無意識に妄想を歪めてしまったのだと、そう結論づけた。
今度こそと思って目を閉じ、独りで夕食を作る姿を想像した。釣った魚を塩で揉んで串に刺し、炭火でじっくりと焼く。頃合いを見て大皿に移し、豪快に身を頬張る。さぞや美味だろうと想像した。
『お魚、ホクホクして美味しいね。おじさん』
『うむ、やはり魚は塩焼きに限る』
『ニーチャの作ったおかず、美味しい?』
『無論だ。芋の煮方が吾輩好みで……』
勝手に喋り出す脳内の自分を、「ぬん!」と言ってかき消した。
突然の声にニーチャは身をよじり、慌てて精神の乱れを抑えた。
「…………まさかまたニーチャが出てくるとは。吾輩はこれほどまでに節操なしであったか? 嫌な予感しかせぬし、これ以上はやめるべきか…………」
煩悩を振り払うには修行するのが一番だ。だがニーチャは未だ腕に抱き着いており、離してくれる気配がなかった。諦める他なかった。
二度寝をしようと目を閉じると、今しがたの光景がよみがえってきた。夕食を終えて就寝しようとした時、ニーチャが添い寝してきた。
『えへへ、二人で寝ると温かいね』
『………………』
『あれ? おじさん、もう寝ちゃった?』
『………………』
『むー……、ならニーチャの好きにするね?』
何の反応もしないでいたら、寝込みを襲われてしまった。おもむろに服を脱ぎ始めたところで思考をかき消し、飛び起きる勢いで目を覚ました。
いい加減にしろと自分に言い聞かせていた時、魔力の波動を感じた。気づけばニーチャは寝ぼけながらサキュバスの力を使っており、その影響で淫らな夢を見たのだと知った。
「…………何とか、首の皮一枚は繋がったか」
重くため息をつく中で、帰宅時の夢と夕食時の夢は無関係ではと思った。あの時は魔力を使っていなかったのではと、そんな思考が巡った。
「吾輩の気のせい……であるな。明日からは添い寝にきてもベッドに送り返すとしよう。座ったまま寝させると腰を痛めるゆえ、仕方あるまい」
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