エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第百四十四話『馬車の旅路1』

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 王都に向けた旅の始まりから三日が経った。
 天候は絶えず良く、足止めを喰らうことなく旅の道程を消化できた。移動の際にいくつかの領地に立ち寄ったが、騎士団のおかげで楽に検問を通過できた。

「…………ふぁ、こんな平和な旅は初めてだぜ」
 薄く開けた窓からディアムの気の抜けた声が聞こえた。他の騎士も似たような感じであり、雑談しながら馬の手綱を握っていた。

 安全な旅路はルルニアの力によって実現されたものだ。強大な魔力の波動を一帯に広げることにより、魔物は接敵することなく逃げ出す。アストロアスの縄張りと同じ原理の防衛策だ。

「これも全部ルルちゃんのおかげね」
 俺の考えを読んだようにミーレが声を発した。窓から視線を車内に戻すと、布地越しにルルニアのお腹を撫でているミーレがいた。

「でもアストロアスに魔物が近づいたりしないかしら」
「魔物によって個人差はありますが、滞留した魔力の残滓が消えるまでしばしの猶予があります。私の力なら一ヵ月は保つはずです」
「往復だけでその分の日数が過ぎるのは少し怖いわね」
「そこは気にせずとも大丈夫です。もし私の不在を知って動き出すものがいても、あそこには頼もしい仲間たちが揃っていますから」

 ニーチャにガーブランド、プレステスにトゥリとニャンがいる。療養中のガーブランドを戦力から除外しても、そこらの軍隊より潤沢な戦力が整っている。

 皆の顔を思い浮かべていた時、妙な気配を感じた。
 気になって辺りを見渡すが、外には何もいなかった。

「グレにぃ、険しい顔でどうしたの?」
「……いや、何かに見られてる気がしてな」
「街道沿いだし、近くに村でもあるんじゃないの?」

 それもそうだと思い、紅葉まっさかりな山々から視線を外した。気がつけば膝の上に黄色い落ち葉が乗っており、外に捨てながら窓を閉めた。

 対面に座るミーレを見ると、手に本命のマフラーを持っていた。編み針を動かす手つきは堂に入っており、素人目にも分かる仕上がりだった。

「ミーレさん、ここはこの縫い方でいいでしょうか?」
「合ってるわよ。初心者だと手こずりがちなのにやるわね」
「愛する夫への贈り物ですし、見栄えは重視しておきたいので」

 屋敷で縫っていたマフラーはフェイの首に巻いてあった。頭にも毛糸の帽子があり、膝上には手袋まである。かなり温かな装いとなっていた。

「……三人とも、よくこんな場所でゆったり過ごせるな」

 俺がそう呟くと同時、車内がガタンと揺れた。車輪が大きな岩の上に乗り上げたのかと思うような振動だが、特にそんなことはなかった。

「まさか馬車がこんなに揺れる乗り物だったとは……」

 馬車の旅はもっと優雅なものと思っていた。
 が、その幻想は旅立ちの時点で崩れ去った。

 小さなくぼみの上を通過するだけで車体が傾くため、おいそれと昼寝できない。足を伸ばしてくつろぐこともできないため、外を歩いた方がマシではと思う時があった。

 しかしこの環境で悪戦苦闘していたのは俺だけだった。ルルニアとミーレは黙々とマフラーを縫っているし、フェイは屋敷から持ってきた本を熱心に読みふけっていた。

(……よっぽど本が好きなんだな)
 表紙には『天使降臨伝説』と書いてあった。

 大陸中で最も有名な本と言っても過言ではなく、写本が多く出回っている。地域ごとに独自の解釈を付け加えた物が親しまれており、物語の結末は千差万別だ。

 俺が知る話は天使が各地を歩き、魔物災害に困る人々を救済していくというものだ。最後は強大な魔物を封印し、数百年の眠りにつくというものになっている。

(……天使は人類のために一生を捧げた。愛する人を失って何百年も生きて、何を考えて戦ってたんだろうな)

 直接本人に会うことはできないため、そこは想像するしかない。フェイ目線の感想でも聞こうかと思っていると、馬車が急停止した。
 外から聞こえたのはバキバキという異音で、状況を把握する暇もなく地鳴りが起きた。俺は反射でルルニアの身体に覆いかぶさった。

「…………何が起きた?」
 窓を開けて外を見ると、進路上に倒木があった。騎士団は驚いた馬をなだめており、ディアムが困った顔をしながら扉を開けた。

「状況は見ての通りだ。俺たちと馬の力で引っ張れないか試してみるが、無理だった時は厄介だな。かなり迂回する道を選ぶことになるぜ」
 
 ディアムの指示で幹にくくった縄が引かれるが、欠片も動く気配がなかった。騎士の一人が近隣の住民を呼ぶと言うが、馬車から離れたら魔物に襲われる危険があった。

「……ここの領主に貸しは作りたくないからな。やっぱ迂回すっか」
「俺も手伝いに参加してもいいですか?」
「……気持ちは嬉しいが、一人足したところで変わんないと思うぜ」
「とりあえずやれるだけはやってみます」

 コートをルルニアに預け、馬車の外に出た。騎士団の面々は岩や地面に座って休んでおり、まずは俺一人で縄を持って足を踏み込ませた。

(……全身に闘気を纏わせて、足に比重を偏らせる。千切れないように縄にも闘気を纏わせて、一歩一歩確実に進んで行けば……!)

 常人の五十数倍の闘気を全力で使用した。倒木が軽々と動き出す……ことはなかったが、親指一本分ぐらいは引きずることができた。それを見てディアムが驚いた。

「おいおいおい、マジかよ! お前ら、休んでる場合じゃないぜ!」

 休憩中の騎士と馬が戻り、幹から伸びる別の縄を引いた。倒木の角度が斜めになるが、どかしきる前に縄が千切れそうだった。そんな時にフェイが動いた。

「……愚鈍な人間、グレイゼル様のお手を煩わせないで」

 死角から瞳を輝かせたかと思うと、騎士たちが急に雄叫びを上げた。表情は見るみるうちに紅潮していき、倍以上の力を発揮して倒木を道脇までどけた。

「……すっげぇ、何か急に力が湧いてきたぞ」
「でもよ、これ股間が……その」
「……お前もか、いったい何が起きたんだ?」

 騎士たちは前かがみになって疑問符を浮かべていた。サキュバスの力で強引に興奮状態を作り出し、一時的に火事場の馬鹿力を実現させたようだ。

 膝に両手をついて休んでいると、ディアムが俺の背中を叩いた。俺のおかげで予定通りに次の町に着けると、頑張りに報いる労いの言葉をくれた。

「もしかしてガーブランド鬼教官と同じ力が使えんのか?」
「……そう、ですね。……最近は修行をつけてもらって……はぁ」
「そりゃ羨ましいもんだ。適性があるとかで調べてもらったが、騎士団に見込みがある奴はいなかったんだぜ。男なら一度はあんな大剣を振り回したいもんだよな」

 他の騎士団の面々も同意していた。興奮状態からは回復したようだ。
 馬車に戻ろうと歩き出した時、ふいに視線を感じた。森の奥深くで白い影が揺らめいた気がし、ルルニアに声を掛けてあれは何かと指差した。だが、

「…………そこに何かいたんですか?」
 見直した先にあったのは落ち葉を散らす森景色だけだった。
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