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第百四十五話『馬車の旅路2』
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その後は特に何も起きず、日が沈む前に山間部の町につけた。今日はここで一泊する予定となっており、ディアムの権限で宿も手配してもらった。
「ん……と、さすがに座りっぱなしは疲れるな」
「そう……ね。腰が曲がっちゃうかと思ったわ」
ミーレと並んで背筋を伸ばし、町の全景を眺めた。土地全体がなだらかな斜面になっており、ところどころに水路が張り巡らされている。水源は雄大にそびえ立つ山嶺の雪解け水のようだ。
建物には暗い風合いを持つ木材が使用されており、おごそかな印象を感じさせる。大通りには石が敷かれており、とても歩きやすかった。多様な石が採れる土地として有名とのことだった。
「そんで、グレイゼルたちはどう過ごすんだ?」
倒木の一件をきっかけにディアムと仲良くなれた。敬語を使わなくてもいいと言われたが、恐れ多いので保留しておいた。
町を見て回ると言うと、夜に酒を飲もうと誘われた。旅に影響が出るのではと聞くが、少しぐらいなら大丈夫と胸を叩いた。
「酒が強いって聞いてよ。サシで飲みたいと思ってたんだ」
「そういうことならお付き合いします」
「おっ、嬉しい返事だな。それじゃあ楽しみにしておくぜ」
飲みの場所はどうするのか聞くと、俺たちの宿にくると言った。
「こっちはこれから挨拶回りだ。それなりの爵位の出なのもあって、王都が近づくとすぐ顔がバレやがる。面倒なことこの上ないぜ」
「……どうしてロア様の騎士団に所属を?」
「遊び呆けて過ごしてたら、親から勘当を喰らいかけてな。どうすっか悩んでたらロア様が声を掛けてきて、現在に至るって感じだ」
そこで話を打ち切り、ディアムは部下を連れて移動した。
見送りの後に皆で顔を見合せ、夜をどう過ごすか話した。
「私は宿にいます。お腹の子のこともあるので、旅で疲れた身体を癒します」
「あたしはせっかくだし町を見て回るわ。こっちはあんまりこないしね」
「……わたしは本を読んでます。……ルルニア様の警護役を務めます」
俺はどうするか悩み、フェイにルルニアを任せると決めた。
宿の前で二人と別れ、ミーレと大通りに続く階段を下りた。
「そういえばこうやって歩くのは久しぶりだな」
「四ヵ月以上ぶりだもんね。ルルちゃんが村にきてから、グレにぃはそっちに掛かりっきりだったし」
「前は二人で町に買い物に行ったりしたのにな」
村の皆に婚約相手だと勘違いされるのも当然だ。十歳も年が離れているのもあって恋愛感情を抱かなかったが、それが一番の理由かと言われるとたぶん違う。
「……何で俺たちは恋仲にならなかったんだろうな」
「そういう巡り合わせでしょ。お母さんや村の人からしょっちゅうはやし立てられたけど、全然しっくりこなかったのよね。顔も性格も嫌いじゃないのに、どうしてかなって飽きるほど考えたものだわ」
「……これが運命だって言うなら、面白いもんだな」
ロアのことをどう想っているか聞くと、顔を思い浮かべるだけで胸が高鳴ると言われた。俺もルルニアを見ていると同じ気持ちになるため、似た者同士だと言った。
階段の途中には池があり、赤に白に金といった色合いの魚が泳いでいた。
珍しいと思いながら歩くうちに大通りへ着き、人と店の数が増え出した。
「水晶なんかも安いな。魔除けとして一つどうだ?」
「あのね、グレにぃ。言っておくけどそれ浮気だから」
「……ミーレ相手ならルルニアも怒らないんじゃないか?」
「それはその通りよ。でもあたしがグレにぃからの贈り物を持っているのを見たら、少なからず嫌な気持ちになるわ。愛した相手が別の異性に贈り物をするって、女性目線でかなり傷つくものよ」
そういうものかと納得した。ならこうして歩くのもダメだったかと聞くと、当然と返事が返ってきた。その上でミーレは「これで最後だから」と言った。
「────この旅を境に、あたしはグレにぃ呼びをやめる。このことはもうルルちゃんに言ってある。大人になったことによるケジメよ」
だからルルニアは宿に残った。この旅はロアを連れ戻すためのものだが、俺とミーレの変わった兄妹関係の区切りにも繋がると知った。
「……考えてみれば、実の兄妹でもないのに妹扱いはないか」
「一応言っておくけど、関係性を全部なしにするってわけじゃないわよ」
「……旅が終わった後は仲の良いご近所さん。って感じか?」
「そうね。あたしだって寂しいけど、ずっと同じではいられないでしょ」
そう言ってミーレは先に行き、手を腰の後ろで組んで俺を見た。
「代わりというわけじゃないけど、旅をしている間は妹気分のままでいるわ。形に残る物以外で何かないか、二人で歩いて探してみない?」
面白そうな遊びだと思い、一も二もなく応じた。
俺たちは心を数ヵ月前に戻し、大通りを練り歩いた。
食事以外で何かと探していた時、とある店先で足を止めた。
「なぁ、ミーレ。これとかどうだ?」
俺が見つけたのは占いの出店だ。どのような方式で占うのか聞くとカップが用意され、この町の地酒が注がれた。そして中に丸い石が落とされた。
「わ、何これ」
俺もミーレと同じ感想だった。酒に浸った石は形を変え、丸に三角と模様を浮かばせた。液体に浸すと形状が変わるらしく、酔いの具合と比較して占うそうだ。
「大人じゃないとできない遊びだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「え、まぁうん、いいとは思うけど……」
「そっか、ミーレは酔っぱらいが嫌いだったな。じゃあ他にするか」
微妙そうならやめるつもりだったが、まんざらでもない顔をしていた。俺はもしやと思い、成人の儀で飲んだ酒が思いのほか美味しかったのではと聞いてみた。
「だ、だって仕方ないじゃない! 子どもは飲めないんだもの! あんなに美味しいなんて、実際に飲まないと分からないわよ!」
「村長は結構な酒好きだし、遺伝したか」
「うっ、それを言われると嫌なんだけど」
「そういうことなら決まりだな。家だと酔っぱらい嫌いだって公言したせいで飲めなかっただろうが、ここには兄の目しかないぞ」
俺が背を押し、追撃とばかりに占い師が割引をすると言った。
ミーレは戸惑いの末に折れ、カップを手に俺と乾杯を行った。
模様の形状は個体ごとに違く、俺の物は歪でミーレの物は整っていた。想い人と強い愛情で結ばれると嬉しい結果が告げられるが、当のミーレは酔ってしまった。
「……まったく、世話の焼ける妹だ」
ほろ酔い気分で足取りがおぼつかなかったため、この旅だけならと手を繋いだ。グレにぃと親しく発せられた呼び名を耳に刻み、一分一秒を噛みしめて宿へ帰った。
「ん……と、さすがに座りっぱなしは疲れるな」
「そう……ね。腰が曲がっちゃうかと思ったわ」
ミーレと並んで背筋を伸ばし、町の全景を眺めた。土地全体がなだらかな斜面になっており、ところどころに水路が張り巡らされている。水源は雄大にそびえ立つ山嶺の雪解け水のようだ。
建物には暗い風合いを持つ木材が使用されており、おごそかな印象を感じさせる。大通りには石が敷かれており、とても歩きやすかった。多様な石が採れる土地として有名とのことだった。
「そんで、グレイゼルたちはどう過ごすんだ?」
倒木の一件をきっかけにディアムと仲良くなれた。敬語を使わなくてもいいと言われたが、恐れ多いので保留しておいた。
町を見て回ると言うと、夜に酒を飲もうと誘われた。旅に影響が出るのではと聞くが、少しぐらいなら大丈夫と胸を叩いた。
「酒が強いって聞いてよ。サシで飲みたいと思ってたんだ」
「そういうことならお付き合いします」
「おっ、嬉しい返事だな。それじゃあ楽しみにしておくぜ」
飲みの場所はどうするのか聞くと、俺たちの宿にくると言った。
「こっちはこれから挨拶回りだ。それなりの爵位の出なのもあって、王都が近づくとすぐ顔がバレやがる。面倒なことこの上ないぜ」
「……どうしてロア様の騎士団に所属を?」
「遊び呆けて過ごしてたら、親から勘当を喰らいかけてな。どうすっか悩んでたらロア様が声を掛けてきて、現在に至るって感じだ」
そこで話を打ち切り、ディアムは部下を連れて移動した。
見送りの後に皆で顔を見合せ、夜をどう過ごすか話した。
「私は宿にいます。お腹の子のこともあるので、旅で疲れた身体を癒します」
「あたしはせっかくだし町を見て回るわ。こっちはあんまりこないしね」
「……わたしは本を読んでます。……ルルニア様の警護役を務めます」
俺はどうするか悩み、フェイにルルニアを任せると決めた。
宿の前で二人と別れ、ミーレと大通りに続く階段を下りた。
「そういえばこうやって歩くのは久しぶりだな」
「四ヵ月以上ぶりだもんね。ルルちゃんが村にきてから、グレにぃはそっちに掛かりっきりだったし」
「前は二人で町に買い物に行ったりしたのにな」
村の皆に婚約相手だと勘違いされるのも当然だ。十歳も年が離れているのもあって恋愛感情を抱かなかったが、それが一番の理由かと言われるとたぶん違う。
「……何で俺たちは恋仲にならなかったんだろうな」
「そういう巡り合わせでしょ。お母さんや村の人からしょっちゅうはやし立てられたけど、全然しっくりこなかったのよね。顔も性格も嫌いじゃないのに、どうしてかなって飽きるほど考えたものだわ」
「……これが運命だって言うなら、面白いもんだな」
ロアのことをどう想っているか聞くと、顔を思い浮かべるだけで胸が高鳴ると言われた。俺もルルニアを見ていると同じ気持ちになるため、似た者同士だと言った。
階段の途中には池があり、赤に白に金といった色合いの魚が泳いでいた。
珍しいと思いながら歩くうちに大通りへ着き、人と店の数が増え出した。
「水晶なんかも安いな。魔除けとして一つどうだ?」
「あのね、グレにぃ。言っておくけどそれ浮気だから」
「……ミーレ相手ならルルニアも怒らないんじゃないか?」
「それはその通りよ。でもあたしがグレにぃからの贈り物を持っているのを見たら、少なからず嫌な気持ちになるわ。愛した相手が別の異性に贈り物をするって、女性目線でかなり傷つくものよ」
そういうものかと納得した。ならこうして歩くのもダメだったかと聞くと、当然と返事が返ってきた。その上でミーレは「これで最後だから」と言った。
「────この旅を境に、あたしはグレにぃ呼びをやめる。このことはもうルルちゃんに言ってある。大人になったことによるケジメよ」
だからルルニアは宿に残った。この旅はロアを連れ戻すためのものだが、俺とミーレの変わった兄妹関係の区切りにも繋がると知った。
「……考えてみれば、実の兄妹でもないのに妹扱いはないか」
「一応言っておくけど、関係性を全部なしにするってわけじゃないわよ」
「……旅が終わった後は仲の良いご近所さん。って感じか?」
「そうね。あたしだって寂しいけど、ずっと同じではいられないでしょ」
そう言ってミーレは先に行き、手を腰の後ろで組んで俺を見た。
「代わりというわけじゃないけど、旅をしている間は妹気分のままでいるわ。形に残る物以外で何かないか、二人で歩いて探してみない?」
面白そうな遊びだと思い、一も二もなく応じた。
俺たちは心を数ヵ月前に戻し、大通りを練り歩いた。
食事以外で何かと探していた時、とある店先で足を止めた。
「なぁ、ミーレ。これとかどうだ?」
俺が見つけたのは占いの出店だ。どのような方式で占うのか聞くとカップが用意され、この町の地酒が注がれた。そして中に丸い石が落とされた。
「わ、何これ」
俺もミーレと同じ感想だった。酒に浸った石は形を変え、丸に三角と模様を浮かばせた。液体に浸すと形状が変わるらしく、酔いの具合と比較して占うそうだ。
「大人じゃないとできない遊びだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「え、まぁうん、いいとは思うけど……」
「そっか、ミーレは酔っぱらいが嫌いだったな。じゃあ他にするか」
微妙そうならやめるつもりだったが、まんざらでもない顔をしていた。俺はもしやと思い、成人の儀で飲んだ酒が思いのほか美味しかったのではと聞いてみた。
「だ、だって仕方ないじゃない! 子どもは飲めないんだもの! あんなに美味しいなんて、実際に飲まないと分からないわよ!」
「村長は結構な酒好きだし、遺伝したか」
「うっ、それを言われると嫌なんだけど」
「そういうことなら決まりだな。家だと酔っぱらい嫌いだって公言したせいで飲めなかっただろうが、ここには兄の目しかないぞ」
俺が背を押し、追撃とばかりに占い師が割引をすると言った。
ミーレは戸惑いの末に折れ、カップを手に俺と乾杯を行った。
模様の形状は個体ごとに違く、俺の物は歪でミーレの物は整っていた。想い人と強い愛情で結ばれると嬉しい結果が告げられるが、当のミーレは酔ってしまった。
「……まったく、世話の焼ける妹だ」
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