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第百四十六話『宿で過ごす夜1』
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宿は食事つきであり、この辺りに生息しているという野鳥の肉が振舞われた。柔らかな食感の中に確かな味わいが感じられ、手が止まらなかった。
夕食の後は三階に移動し、それぞれの自室へと移った。俺とルルニアにミーレとフェイという部屋割りになっており、ディアムの配慮に感謝した。
「受付の人から聞きましたが、町で二番目にお高い宿だそうです。食事が美味しくて窓の外の景色も絶景とあれば、当たり前ではありますね」
「飛び込みなのによく二部屋も残ってたな」
「そこについてですが、この先の街道で土砂崩れがあったそうです。王都へ向かう最短の道だったので、別の道を通るようだと言われました」
倒木の件といい、何者かの意思で進行を妨げられているようだ。移動中に森の奥で見た白い影のことは話したが、目撃はあの一回限りだった。
手遅れになるのではと気が急くが、焦ったところでどうしようもない。危険を冒さずに王城へ入るには、騎士団の協力が必要不可欠だからだ。
「ここぞという時に英気を養っている。と、思えばいいんですよ」
心情を吐露して慰められていると、扉がコンコンと叩かれた。
入室してきたのはフェイで、ディアムの来訪を告げてくれた。
「……どうぞ、場所を聞いたのでご案内します」
土砂崩れの件も詳しく知りたかったため、窓際から離れた。ルルニアはミーレのところに遊びに行くといい、部屋の前で別れた。
ディアムは一階の食堂におり、酒のつまみを用意して待っていた。案内の礼を言うがフェイは帰らず、少し離れた位置に座った。
「……ここにいるのがわたしの役目ですのでお気になさらず」
「護衛しろってミーレに頼まれたのか?」
「……自己判断です。……帰れと言われれば帰りますが」
邪魔ということはなかったため、そのまま居てもらうことにした。
ディアムは今のやり取りを聞き、フェイを義理堅い子だと称した。
「お嬢ちゃんみたいな子は嫌いじゃないぜ。つまみは川魚の皮を炙ったやつだが、一枚どうだ? これとか身が残ってるぜ?」
「……必要ありませんのでお構いなく」
「十歳そこらだろうにしっかりしてんな。お嬢ちゃんを見ていると、俺の代わりに家督をついでくれた優秀な妹を思い出すぜ」
ディアムは皮をかじり、俺のカップに酒を注いだ。
「そんじゃまぁ、三人だけの親睦会と行くか」
縁を軽めにぶつけ、黄色い酒を飲んだ。酸味と甘みと苦みが上手く調和した果実酒であり、一口目から気に入った。俺はカップの傾きを上げて中身を飲み干した。
「お、いい飲みっぷりじゃねぇか」
「ディアムさんこそ、さすがです」
三杯四杯と飲み、小休止で炙った皮をかじった。
「にしてもだ。土砂崩れとはついてないぜ。迂回路の候補は二つあんだが、このまま山を進むのと海を回るとグレイゼルはどっちがいいと思う?」
海側について聞くと、ルルニアの港町の名が出てきた。
距離と時間は大差なく、せっかくなので海側を希望した。
「海か、山も見飽きたしそれで行くか」
「過分な配慮、痛み入ります。差し支えなければ教えていただきいのですが、元々王都で起きていた厄介事とは何だったんですか?」
「それか、王城で幽霊が出たんだとよ」
結婚式の後、ロアは王城へと帰還した。アストロアスの現状報告と管理者として残りたいという要望を国王に通していた時、幽霊騒ぎが起きた。
幽霊は髪も肌も服も真っ白な少女だったという。初めこそ気のせいだと一蹴されたが、日ごとに目撃証言が増えていった。国王の寝枕に立つという事態にも発展し、様々な業務に支障が出た。
「幽霊の目撃証言が出た日から、夢遊病を発症する貴族もいたらしいぜ。ロア様はその対処に当たって、ある日を境に騒動は収まった」
「それで一度は帰還のめどがついたんですね」
「今回の手紙を踏まえると、ロア様も幽霊に化かされた可能性がありやがる。もしかしたらこっちが思ってる以上に状況は深刻かもな」
幽霊の正体が洗脳能力のある魔物だとすれば、王国の存亡にも関わる。手持ちの知識で正体の目星をつけられないかと思っていると、フェイが口を開いた。
「……真っ白な髪に肌に服、お伽噺の天使みたいですね」
その言葉で持ち上げられたのは手元の本だ。この場合の天使とはニーチャやプレステスのことではなく、数百年前に活躍した本物の方だ。
「……こちらの本はミーレ様に許可をいただいて持ってきました。……バーレンダ・トムソンという作家の写本で、独自な解釈が興味深いです」
「フェイ、天使は数百年前に死んだんじゃないのか?」
「……多くの本にはそういった記述があります。……ですがこの本の末尾には、天使が死んだとされる証拠は見つかってないと記載があります」
そこで思い浮かんだのはロアとの会話だ。やけに天使の正体に詳しく、人間の男性と愛し合っていたことも知っていた。その上でこう言った。
『────少女は死に場所を求めるように魔物と戦い続けた』
魔物と戦い続けて死んだ、とは一言も言ってなかった。だがそれを一字一句真実と捉えたとしても、そんなことがあるのかと疑念が脳裏を巡った。
(……そもそもロアはどこで天使の正体を知ったんだ?)
気になるのはあの時の語りが『断定口調』だった点だ。
まるで本人から話を聞いたような、そんな空気があった。
「トムソンの天使降臨伝説か、良い本を持ってんな。こう見えても小さい頃は本の虫だったんだぜ。部屋にこもって何度も読み返したもんだ」
「……そうですか。……ちなみにどこがお好きで?」
「そりゃもちろん。結末が希望に満ちてるとこだろ。大体の本は天使の死で終わるが、それは新たな旅に出て行くところまで描かれるからな」
幽霊の話を脇に置き、二人は盛り上がった。
呑気な光景ではあるが、内心は気が気でないと分かる。フェイと会話することで不安をかき消しているのだと、ディアムの内心を読み取った。
「酒もつまみもまだあります。俺にもその話を聞かせて下さい」
「お、グレイゼルも乗り気だな。天使と言えば……やっぱあれか?」
「……有名なのはブラウダム要塞での攻防ですね。……手から赤い光を発して、千の魔物の群れを消滅させたのは爽快でした。……少々盛りすぎな気もしますが」
果実酒の容器を手に取り、ディアムのカップに注いだ。数百年前の天使について見識を深め、酒の味わいと共にロアの無事を祈った。
夕食の後は三階に移動し、それぞれの自室へと移った。俺とルルニアにミーレとフェイという部屋割りになっており、ディアムの配慮に感謝した。
「受付の人から聞きましたが、町で二番目にお高い宿だそうです。食事が美味しくて窓の外の景色も絶景とあれば、当たり前ではありますね」
「飛び込みなのによく二部屋も残ってたな」
「そこについてですが、この先の街道で土砂崩れがあったそうです。王都へ向かう最短の道だったので、別の道を通るようだと言われました」
倒木の件といい、何者かの意思で進行を妨げられているようだ。移動中に森の奥で見た白い影のことは話したが、目撃はあの一回限りだった。
手遅れになるのではと気が急くが、焦ったところでどうしようもない。危険を冒さずに王城へ入るには、騎士団の協力が必要不可欠だからだ。
「ここぞという時に英気を養っている。と、思えばいいんですよ」
心情を吐露して慰められていると、扉がコンコンと叩かれた。
入室してきたのはフェイで、ディアムの来訪を告げてくれた。
「……どうぞ、場所を聞いたのでご案内します」
土砂崩れの件も詳しく知りたかったため、窓際から離れた。ルルニアはミーレのところに遊びに行くといい、部屋の前で別れた。
ディアムは一階の食堂におり、酒のつまみを用意して待っていた。案内の礼を言うがフェイは帰らず、少し離れた位置に座った。
「……ここにいるのがわたしの役目ですのでお気になさらず」
「護衛しろってミーレに頼まれたのか?」
「……自己判断です。……帰れと言われれば帰りますが」
邪魔ということはなかったため、そのまま居てもらうことにした。
ディアムは今のやり取りを聞き、フェイを義理堅い子だと称した。
「お嬢ちゃんみたいな子は嫌いじゃないぜ。つまみは川魚の皮を炙ったやつだが、一枚どうだ? これとか身が残ってるぜ?」
「……必要ありませんのでお構いなく」
「十歳そこらだろうにしっかりしてんな。お嬢ちゃんを見ていると、俺の代わりに家督をついでくれた優秀な妹を思い出すぜ」
ディアムは皮をかじり、俺のカップに酒を注いだ。
「そんじゃまぁ、三人だけの親睦会と行くか」
縁を軽めにぶつけ、黄色い酒を飲んだ。酸味と甘みと苦みが上手く調和した果実酒であり、一口目から気に入った。俺はカップの傾きを上げて中身を飲み干した。
「お、いい飲みっぷりじゃねぇか」
「ディアムさんこそ、さすがです」
三杯四杯と飲み、小休止で炙った皮をかじった。
「にしてもだ。土砂崩れとはついてないぜ。迂回路の候補は二つあんだが、このまま山を進むのと海を回るとグレイゼルはどっちがいいと思う?」
海側について聞くと、ルルニアの港町の名が出てきた。
距離と時間は大差なく、せっかくなので海側を希望した。
「海か、山も見飽きたしそれで行くか」
「過分な配慮、痛み入ります。差し支えなければ教えていただきいのですが、元々王都で起きていた厄介事とは何だったんですか?」
「それか、王城で幽霊が出たんだとよ」
結婚式の後、ロアは王城へと帰還した。アストロアスの現状報告と管理者として残りたいという要望を国王に通していた時、幽霊騒ぎが起きた。
幽霊は髪も肌も服も真っ白な少女だったという。初めこそ気のせいだと一蹴されたが、日ごとに目撃証言が増えていった。国王の寝枕に立つという事態にも発展し、様々な業務に支障が出た。
「幽霊の目撃証言が出た日から、夢遊病を発症する貴族もいたらしいぜ。ロア様はその対処に当たって、ある日を境に騒動は収まった」
「それで一度は帰還のめどがついたんですね」
「今回の手紙を踏まえると、ロア様も幽霊に化かされた可能性がありやがる。もしかしたらこっちが思ってる以上に状況は深刻かもな」
幽霊の正体が洗脳能力のある魔物だとすれば、王国の存亡にも関わる。手持ちの知識で正体の目星をつけられないかと思っていると、フェイが口を開いた。
「……真っ白な髪に肌に服、お伽噺の天使みたいですね」
その言葉で持ち上げられたのは手元の本だ。この場合の天使とはニーチャやプレステスのことではなく、数百年前に活躍した本物の方だ。
「……こちらの本はミーレ様に許可をいただいて持ってきました。……バーレンダ・トムソンという作家の写本で、独自な解釈が興味深いです」
「フェイ、天使は数百年前に死んだんじゃないのか?」
「……多くの本にはそういった記述があります。……ですがこの本の末尾には、天使が死んだとされる証拠は見つかってないと記載があります」
そこで思い浮かんだのはロアとの会話だ。やけに天使の正体に詳しく、人間の男性と愛し合っていたことも知っていた。その上でこう言った。
『────少女は死に場所を求めるように魔物と戦い続けた』
魔物と戦い続けて死んだ、とは一言も言ってなかった。だがそれを一字一句真実と捉えたとしても、そんなことがあるのかと疑念が脳裏を巡った。
(……そもそもロアはどこで天使の正体を知ったんだ?)
気になるのはあの時の語りが『断定口調』だった点だ。
まるで本人から話を聞いたような、そんな空気があった。
「トムソンの天使降臨伝説か、良い本を持ってんな。こう見えても小さい頃は本の虫だったんだぜ。部屋にこもって何度も読み返したもんだ」
「……そうですか。……ちなみにどこがお好きで?」
「そりゃもちろん。結末が希望に満ちてるとこだろ。大体の本は天使の死で終わるが、それは新たな旅に出て行くところまで描かれるからな」
幽霊の話を脇に置き、二人は盛り上がった。
呑気な光景ではあるが、内心は気が気でないと分かる。フェイと会話することで不安をかき消しているのだと、ディアムの内心を読み取った。
「酒もつまみもまだあります。俺にもその話を聞かせて下さい」
「お、グレイゼルも乗り気だな。天使と言えば……やっぱあれか?」
「……有名なのはブラウダム要塞での攻防ですね。……手から赤い光を発して、千の魔物の群れを消滅させたのは爽快でした。……少々盛りすぎな気もしますが」
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