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第百五十話『港町トロンコルト2』
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門前に近づくと港町の守備隊が駆け、蜘蛛の魔物がどうなったのか聞いてきた。ディアムが横目で俺を見たが、首を横に振った。意図は伝わって蜘蛛の魔物は騎士団が撃退したことになった。
「さすがは王族直轄の騎士団です。感服しました」
「そういうのは後にしてくれ。こっちはもう限界でな」
「承知いたしました。それでは、どうぞこちらへ」
門に備わった分厚い扉が開かれ、馬車は町の中に入った。薄暗い通路を越えた先にあったのは、白い石で造られた家の数々だ。左手側には大きな港があり、木造の船が縄で繋がれていた。
先に幻影で景色を見ていたが、本物の迫力は凄かった。
途中でルルニアがいた高台を見つけ、親指を向けた。
「明日の朝には発つんだし、今からでも見に行くか?」
「いいですね。私も行きたいと思ってたところです」
俺は御者に声を掛け、馬車を止めてもらった。ディアムに事情を話して時間をもらい、港町の道路に降り立った。ミーレとフェイは騎士団に任せ、馬車を見送って坂道を登った。
道脇には漁に使う道具が置いてあり、家の軒下には海産物の干物が吊るされていた。塀の上や路地裏では猫が行き交い、屋根には海鳥がいた。遠く響く波の残響が心地良かった。
「あなた、こっちの方が近道ですよ!」
ルルニアは目に見えてはしゃぎ、身重さを感じさせない足取りで走った。転ぶと危ないと忠告するが、応じる様子なく笑顔で路地を進み続けた。
「港町では元気な性格を演じてたって言ってたが……」
半分ぐらいは素だったのではと思い、離れていく背中を追いかけた。追いついて手を握ると足を止め、満足した顔でゆっくりな歩幅に切り替えてくれた。
「はぁ……はぁ、ちょっと……走り過ぎましたかね」
「楽しめたなら良かった」
「観光ついでに一つ、こちらを見てくれませんか?」
ルルニアが指を差したのは道脇の塀だ。一見すると何の変哲もない壁だったが、注意深く観察すると貝の化石が埋め込まれていた。
「大昔、この土地は海の底にあったそうです。巨大地震で地盤が隆起し、そこに人々が町を築いたと酒場の常連さんから聞きました」
元々は高台がある位置に村があったのだという。言われて見ると上と下の区画で建物の建築様式が微妙に違っていた。山間部の町も含め、その土地ごとの歴史が感じられて面白かった。
「……旅をしてた時は考えたこともなかったな。薬を売って宿に泊まって飯を食って、また次の町に向かうだけの日々だった」
「もったいないと思うなら、これから楽しめばいいんですよ。お腹の子が成長して家を巣立ったら、二人で旅行をしましょうか」
そんな未来も良いと思った。曲がり角を抜けた先には高台に続く階段があったが、ルルニアは一段目の手前で足を止めた。
「……何でしょうね。ただ登って確認するだけなのに緊張します」
繋いだ手と手の隙間に汗がにじんでいた。何も言わずに待つと、ルルニアは勇気を出して進んだ。
高台の広場はおおよそ幻影通りの風景だった。けれどたった一つ、見過ごせぬ大きな変化があった。
「あれ、確かあそこに……」
ルルニアが憩いの場として利用していたベンチが消えていた。近づいてみると地面に固定用の穴があり、何らかの理由で最近取り外したのだと分かった。
「だいぶ古くなってましたし、誰かが座った拍子に壊れてしまったのかもしれません。できることなら最後に二人で座りたかったですね」
「……残念、だったな」
「残念は残念ですが、すっきりした気持ちもあります。私の居場所はもうアストロアスにあるんだって、そう教えてもらった気がします」
強がりを言っているわけではなかった。ルルニアはベンチがあった場所を撫で、またぐように歩いて港町の全景が見える柵の前に立った。
「────あなた、一緒に景色を見ませんか?」
声掛けと同時に強い風が吹き、ルルニアの髪がなびかれた。手で顔を抑える仕草の中には哀愁があったが、目じりに涙を浮かべることはなかった。
俺はルルニアの隣に立ち、吹きつける風から守った。寒くないように密着し、複雑に入り組んだ港町の全景を眺めた。どこにどんな店があるのか聞いて過ごした。
「別の建物で見えませんが、あそこにクレアが勤めていたお花屋さんがあります。その隣には美味しいと評判の焼き菓子屋さんがあるんです」
「あそこの大きな建物は何だ?」
「この町の造船所です。優秀な職人さんがいるらしく、絶えず発注の依頼があると聞いています。町の大黒柱と言っても過言ではないですね」
夢中に町の話をするルルニアが可愛かった。夜になるまで喋り続けそうな勢いがあったが、一時間を過ぎたぐらいで手の先が冷たくなってきた。
「もう日が暮れるし、帰る前に酒場に寄るか」
「そうですね。とても楽しい時間でした」
俺たちは階段まで戻り、もう一度ベンチがあった場所を見た。
「────物も人も、ずっと同じままではいられません。失ったことを悲しむのではなく、今ここに在るものと新しく生まれいづるものの大切さを尊ぶべきですよね」
「さすがは王族直轄の騎士団です。感服しました」
「そういうのは後にしてくれ。こっちはもう限界でな」
「承知いたしました。それでは、どうぞこちらへ」
門に備わった分厚い扉が開かれ、馬車は町の中に入った。薄暗い通路を越えた先にあったのは、白い石で造られた家の数々だ。左手側には大きな港があり、木造の船が縄で繋がれていた。
先に幻影で景色を見ていたが、本物の迫力は凄かった。
途中でルルニアがいた高台を見つけ、親指を向けた。
「明日の朝には発つんだし、今からでも見に行くか?」
「いいですね。私も行きたいと思ってたところです」
俺は御者に声を掛け、馬車を止めてもらった。ディアムに事情を話して時間をもらい、港町の道路に降り立った。ミーレとフェイは騎士団に任せ、馬車を見送って坂道を登った。
道脇には漁に使う道具が置いてあり、家の軒下には海産物の干物が吊るされていた。塀の上や路地裏では猫が行き交い、屋根には海鳥がいた。遠く響く波の残響が心地良かった。
「あなた、こっちの方が近道ですよ!」
ルルニアは目に見えてはしゃぎ、身重さを感じさせない足取りで走った。転ぶと危ないと忠告するが、応じる様子なく笑顔で路地を進み続けた。
「港町では元気な性格を演じてたって言ってたが……」
半分ぐらいは素だったのではと思い、離れていく背中を追いかけた。追いついて手を握ると足を止め、満足した顔でゆっくりな歩幅に切り替えてくれた。
「はぁ……はぁ、ちょっと……走り過ぎましたかね」
「楽しめたなら良かった」
「観光ついでに一つ、こちらを見てくれませんか?」
ルルニアが指を差したのは道脇の塀だ。一見すると何の変哲もない壁だったが、注意深く観察すると貝の化石が埋め込まれていた。
「大昔、この土地は海の底にあったそうです。巨大地震で地盤が隆起し、そこに人々が町を築いたと酒場の常連さんから聞きました」
元々は高台がある位置に村があったのだという。言われて見ると上と下の区画で建物の建築様式が微妙に違っていた。山間部の町も含め、その土地ごとの歴史が感じられて面白かった。
「……旅をしてた時は考えたこともなかったな。薬を売って宿に泊まって飯を食って、また次の町に向かうだけの日々だった」
「もったいないと思うなら、これから楽しめばいいんですよ。お腹の子が成長して家を巣立ったら、二人で旅行をしましょうか」
そんな未来も良いと思った。曲がり角を抜けた先には高台に続く階段があったが、ルルニアは一段目の手前で足を止めた。
「……何でしょうね。ただ登って確認するだけなのに緊張します」
繋いだ手と手の隙間に汗がにじんでいた。何も言わずに待つと、ルルニアは勇気を出して進んだ。
高台の広場はおおよそ幻影通りの風景だった。けれどたった一つ、見過ごせぬ大きな変化があった。
「あれ、確かあそこに……」
ルルニアが憩いの場として利用していたベンチが消えていた。近づいてみると地面に固定用の穴があり、何らかの理由で最近取り外したのだと分かった。
「だいぶ古くなってましたし、誰かが座った拍子に壊れてしまったのかもしれません。できることなら最後に二人で座りたかったですね」
「……残念、だったな」
「残念は残念ですが、すっきりした気持ちもあります。私の居場所はもうアストロアスにあるんだって、そう教えてもらった気がします」
強がりを言っているわけではなかった。ルルニアはベンチがあった場所を撫で、またぐように歩いて港町の全景が見える柵の前に立った。
「────あなた、一緒に景色を見ませんか?」
声掛けと同時に強い風が吹き、ルルニアの髪がなびかれた。手で顔を抑える仕草の中には哀愁があったが、目じりに涙を浮かべることはなかった。
俺はルルニアの隣に立ち、吹きつける風から守った。寒くないように密着し、複雑に入り組んだ港町の全景を眺めた。どこにどんな店があるのか聞いて過ごした。
「別の建物で見えませんが、あそこにクレアが勤めていたお花屋さんがあります。その隣には美味しいと評判の焼き菓子屋さんがあるんです」
「あそこの大きな建物は何だ?」
「この町の造船所です。優秀な職人さんがいるらしく、絶えず発注の依頼があると聞いています。町の大黒柱と言っても過言ではないですね」
夢中に町の話をするルルニアが可愛かった。夜になるまで喋り続けそうな勢いがあったが、一時間を過ぎたぐらいで手の先が冷たくなってきた。
「もう日が暮れるし、帰る前に酒場に寄るか」
「そうですね。とても楽しい時間でした」
俺たちは階段まで戻り、もう一度ベンチがあった場所を見た。
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