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第百五十五話『王都を前にして2』
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「…………ねぇ、グレにぃ。あれって何?」
ミーレが宿とは別の方角を指差した。夜の暗闇に目を凝らしてみると、奥で蠢くものを見た。警戒して身構えた俺たちの前に現れたのは、ついさっき王都の話を聞かせてくれた三人の中年男性だった。
「あぁ……ぐぁ……うぅ」
「おぉ、ぬぅ……ぎぅぐ」
口から唾液を垂らし、うめき声を発している。目は焦点が定まっておらず、足を引きずって歩いていた。明らかにまともな状態ではなかった。
俺はミーレを守るように立ち、三人に声を掛けた。酔っぱらっているのか具合が悪いのかと、対話を試みながら警戒を強めていた時のことだ。
「お……あぁ、た……ち……れ」
「ちれ?」
「たちさ……れ、たち……され」
立ち去れと、先頭にいた男性が喋った。どういう意味かと聞き返そうとした瞬間、三人はおよそ人間とは思えない速度で飛び込んできた。
「────っ!?」
俺はとっさに闘気を纏い、殴りつけを腕の構えで防いだ。その威力は重く、並みの人間ならば一撃で骨にヒビが入りかねないほどだった。
「なるべく傷つけたくないが……ここは!」
覚悟を決めて膝を蹴り上げ、男性のみぞおちを打った。いきなりなこともあって力の加減ができず、男性は別の男性を巻き込んで吹っ飛んだ。
重傷は確実な勢いで倒れ込むが、男性二人はすぐに立ち上がった。もう一人は広場に転がっていた木の棒を拾い、別の方向から近づいてきた。
「グレにぃ。この人たちってもしかして……」
「あぁ、幽霊とやらに化かされてるみたいだ」
木の棒を持った男性が襲い掛かり、間を開けてもう二人が接近してきた。間違っても殺すことはできず、俺は二人分の腕を掴んで拘束した。
「今だ、ミーレ! 宿まで走れ!」
ミーレは俺を信じ、立ち止まらずに走り出した。だが木の棒を持った男性が即座に追いすがり、背中に振り下ろしを当てようとした。
「────田舎娘のじゃじゃ馬根性、舐めんじゃないわよ!」
直撃の瞬間に身をひるがえし、二撃目も回避した。追いかけっこでもしている要領で連撃を避け、熊から逃げおおせた健脚を遺憾なく披露してくれた。
ついに広場の出入り口に着くが、そこで新手が現れた。おかしい様子の男性が二人追加され、ミーレは忌々しそうな顔をしながら俺の元に戻ってきた。
「ごめん、グレにぃ。しくじったわ」
「無事ならいい。それよりも……だ」
これだけの騒ぎが起きているのに、誰も窓から顔を出さなかった。
俺たちを狙う五人の男性といい、明らかな異常事態が起きていた。
「たちされ……たちされ」
「タチ、され……タちさ、レ」
「タチサレタチサレタチサレタチサレ」
全員の語気が不気味に変化し、身に纏う殺気が強くなった。
間合いを計って睨み合っていると、待ち望んだ声がした。
「────帰りが遅いと思ったら、こういうことでしたか」
宿がある側の入口から歩いてきたのはルルニアとフェイだ。男性三人が反応して襲い掛かるが、瞳の輝き一つで身動きを封じられた。
「私の夫と友人に手を出そうとは、良い度胸ですね」
「たちさ……レ、タチ……たち……れ」
「私だって縄張りの外の人間に興味などありませんよ。ロアを返してくれればすぐにでも帰りますが、そういうわけにはいかないのでしょう?」
操られた男性たちを通し、『誰か』に語り掛けているような口ぶりだった。俺の拘束を振り切って二人がルルニアに飛び掛かるが、一定距離で停止した。
「……ルルニア様、この者らの対処はわたしに任せて下さい。……この程度の症状ならばお手を煩わせることもないかと」
「殺してはいけませんよ」
「……ルルニア様のお立場は重々承知しております。……お二方の力になるため、この身体を有効活用しようと思います」
その言葉でフェイは一礼し、固まった男性の集団に近づいた。手で顔の位置を下げたかと思うと、開けた口に自分の口をねじ込んだ。そして見た目に似合わぬ激しいキスをした。
「……血の気の多い魔力ですね。……せっかくの食事が台なしです」
ペッと唾を吐き、フェイは男性を地面に転がした。次の男性の口にもキスをし、これも倒した。ふと隣を見ると、状況理解が追い付かない様子でミーレが口をまごつかせていた。
「え、え? 何これ? どういうことなの?」
「あー……、ミーレはサキュバスを知らなかったな」
「何で冷静で、フェイは女の子で……え、そんなに!?」
会話の最中にフェイが三人目を倒した。四人目に取り掛かろうと近づいた瞬間、残った二人の男性の身体から力が抜けて倒れた。
起き上がる気配はなく、広場は死屍累々な惨状となった。ルルニアは倒れた男性の頭に手を添え、無表情な顔つきで口を開いた。
「全員の身体から魔力が抜けました。もう暴れる心配はありません」
「……王都の中だけでなく、外に出た人間も操れるのか」
「よほど王都にきて欲しくないのでしょうね。今日のところはこれで大丈夫だと思いますが、明日以降は少々面倒なことになりそうです」
王都の中はいわば相手の陣地、常に襲われる危険がつきまとう。サキュバスのキスで支配から解放させることはできるが、なにぶん効率が悪すぎる。
「フェイ、さっき血の気が多い魔力と言いましたか?」
「……はい。……状況も加味すれば敵は決まりかと」
「おおよそ目星はつけてましたが、厄介ですね」
未だ赤面して困惑しているミーレを放置し、敵の素性を聞いた。ルルニアはフェイと頷き合い、俺でも知っている魔物の名を告げた。
「────この者たちを操っていたのはヴァンパイアです。夜の王たるサキュバスやインキュバスを凌駕する力を持つ、常闇の帝王です」
ミーレが宿とは別の方角を指差した。夜の暗闇に目を凝らしてみると、奥で蠢くものを見た。警戒して身構えた俺たちの前に現れたのは、ついさっき王都の話を聞かせてくれた三人の中年男性だった。
「あぁ……ぐぁ……うぅ」
「おぉ、ぬぅ……ぎぅぐ」
口から唾液を垂らし、うめき声を発している。目は焦点が定まっておらず、足を引きずって歩いていた。明らかにまともな状態ではなかった。
俺はミーレを守るように立ち、三人に声を掛けた。酔っぱらっているのか具合が悪いのかと、対話を試みながら警戒を強めていた時のことだ。
「お……あぁ、た……ち……れ」
「ちれ?」
「たちさ……れ、たち……され」
立ち去れと、先頭にいた男性が喋った。どういう意味かと聞き返そうとした瞬間、三人はおよそ人間とは思えない速度で飛び込んできた。
「────っ!?」
俺はとっさに闘気を纏い、殴りつけを腕の構えで防いだ。その威力は重く、並みの人間ならば一撃で骨にヒビが入りかねないほどだった。
「なるべく傷つけたくないが……ここは!」
覚悟を決めて膝を蹴り上げ、男性のみぞおちを打った。いきなりなこともあって力の加減ができず、男性は別の男性を巻き込んで吹っ飛んだ。
重傷は確実な勢いで倒れ込むが、男性二人はすぐに立ち上がった。もう一人は広場に転がっていた木の棒を拾い、別の方向から近づいてきた。
「グレにぃ。この人たちってもしかして……」
「あぁ、幽霊とやらに化かされてるみたいだ」
木の棒を持った男性が襲い掛かり、間を開けてもう二人が接近してきた。間違っても殺すことはできず、俺は二人分の腕を掴んで拘束した。
「今だ、ミーレ! 宿まで走れ!」
ミーレは俺を信じ、立ち止まらずに走り出した。だが木の棒を持った男性が即座に追いすがり、背中に振り下ろしを当てようとした。
「────田舎娘のじゃじゃ馬根性、舐めんじゃないわよ!」
直撃の瞬間に身をひるがえし、二撃目も回避した。追いかけっこでもしている要領で連撃を避け、熊から逃げおおせた健脚を遺憾なく披露してくれた。
ついに広場の出入り口に着くが、そこで新手が現れた。おかしい様子の男性が二人追加され、ミーレは忌々しそうな顔をしながら俺の元に戻ってきた。
「ごめん、グレにぃ。しくじったわ」
「無事ならいい。それよりも……だ」
これだけの騒ぎが起きているのに、誰も窓から顔を出さなかった。
俺たちを狙う五人の男性といい、明らかな異常事態が起きていた。
「たちされ……たちされ」
「タチ、され……タちさ、レ」
「タチサレタチサレタチサレタチサレ」
全員の語気が不気味に変化し、身に纏う殺気が強くなった。
間合いを計って睨み合っていると、待ち望んだ声がした。
「────帰りが遅いと思ったら、こういうことでしたか」
宿がある側の入口から歩いてきたのはルルニアとフェイだ。男性三人が反応して襲い掛かるが、瞳の輝き一つで身動きを封じられた。
「私の夫と友人に手を出そうとは、良い度胸ですね」
「たちさ……レ、タチ……たち……れ」
「私だって縄張りの外の人間に興味などありませんよ。ロアを返してくれればすぐにでも帰りますが、そういうわけにはいかないのでしょう?」
操られた男性たちを通し、『誰か』に語り掛けているような口ぶりだった。俺の拘束を振り切って二人がルルニアに飛び掛かるが、一定距離で停止した。
「……ルルニア様、この者らの対処はわたしに任せて下さい。……この程度の症状ならばお手を煩わせることもないかと」
「殺してはいけませんよ」
「……ルルニア様のお立場は重々承知しております。……お二方の力になるため、この身体を有効活用しようと思います」
その言葉でフェイは一礼し、固まった男性の集団に近づいた。手で顔の位置を下げたかと思うと、開けた口に自分の口をねじ込んだ。そして見た目に似合わぬ激しいキスをした。
「……血の気の多い魔力ですね。……せっかくの食事が台なしです」
ペッと唾を吐き、フェイは男性を地面に転がした。次の男性の口にもキスをし、これも倒した。ふと隣を見ると、状況理解が追い付かない様子でミーレが口をまごつかせていた。
「え、え? 何これ? どういうことなの?」
「あー……、ミーレはサキュバスを知らなかったな」
「何で冷静で、フェイは女の子で……え、そんなに!?」
会話の最中にフェイが三人目を倒した。四人目に取り掛かろうと近づいた瞬間、残った二人の男性の身体から力が抜けて倒れた。
起き上がる気配はなく、広場は死屍累々な惨状となった。ルルニアは倒れた男性の頭に手を添え、無表情な顔つきで口を開いた。
「全員の身体から魔力が抜けました。もう暴れる心配はありません」
「……王都の中だけでなく、外に出た人間も操れるのか」
「よほど王都にきて欲しくないのでしょうね。今日のところはこれで大丈夫だと思いますが、明日以降は少々面倒なことになりそうです」
王都の中はいわば相手の陣地、常に襲われる危険がつきまとう。サキュバスのキスで支配から解放させることはできるが、なにぶん効率が悪すぎる。
「フェイ、さっき血の気が多い魔力と言いましたか?」
「……はい。……状況も加味すれば敵は決まりかと」
「おおよそ目星はつけてましたが、厄介ですね」
未だ赤面して困惑しているミーレを放置し、敵の素性を聞いた。ルルニアはフェイと頷き合い、俺でも知っている魔物の名を告げた。
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