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第百五十九話『王都の街並み2』
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馬車は王城の手前にある大きな湖の前を通過した。岸と岸の距離は遠く、円状の地形となっている。陽光の反射が神秘的な風景を作り出していた。
小舟の一つでも浮いていそうなものだが、岸には船着き場すらなかった。御者に聞くと、ここが王都にとって重要な聖地だからと教えてもらった。
「この湖を守るのが王とその臣民の役目だと、長く言い伝えられているそうですね。詳しい経緯まではちょっと分かりかねますが……」
王都の書庫に行けば分かるかもしれないと言われた。会話しているうちに王城の近くにくるが、馬車は別の道に折れて進んでいった。
「このまま入城と行きたいところだが、まだ早いな」
平民の俺たちがおいそれと中に入れる場所じゃない。まずディアムに要望を出してもらい、どんな反応がくるか待つ。却下された場合は強行策に打って出るつもりだった。
「王城に侵入するのは色んな意味で避けたいところだな」
「ロアと会えても、簡単に連れ出せるとも限りませんしね」
「何にせよ強行策の実行は明日だ。堅実に歩を進めて行こう」
ミーレとフェイの頷きを見つつ、一度外の様子を見た。気づけば馬車を囲んでいた騎士の数が減っており、道を進む度に一人また一人と減った。数ヵ月ぶりの帰郷となるため、それぞれの実家へ帰るようだ。
「────見えてきたぜ。あれが俺の家だ」
案内されたのは貴族の家が密集している区画だ。敷地全体に鉄の柵があり、その裏側には視線除けと風除けの庭木が等間隔に並んでいる。庭の芝生は短く切り揃えられており、一角には庭園まであった。
「……伯爵家の出というだけはありますね」
フェイの呟きに俺とミーレが驚いた。定時報告の飲みで何度か二人が顔合わせをする機会はあったが、そんな会話をしている場面を見たことがなかったからだ。
(……フェイはいつも俺たちと一緒にいたよな)
(……そういえば昨日、独りで散歩に行った気がするわね)
(……これ、たぶん口を出さない方が良いよな)
(……あたしも同感よ。ほどほどの距離感で見守りましょ)
目線で会話していると、馬車は敷地の中に入った。さすがは伯爵家と言うべきか、邸宅の玄関口前には使用人が何人も並んでいた。その中心には四十代後半ぐらいの男女が二人いた。
「おぉ、ディアム! よくぞ無事に戻った!」
「親父、大げさな出迎えはするなって手紙を送っただろ」
「四ヵ月半ぶりなのよ。許してあげなさいな」
「母様は甘いんだよ。まぁその、ただいま帰還しました」
丁寧に頭を下げたところで母親が泣いた。父親に厚く抱擁され、ディアムは恥ずかしそうにしていた。家族仲は良好のようだ。
ほどほどなところで俺たちに関する説明に移った。手紙である程度の事情は伝えていたらしく、快く滞在を認めてもらった。
「道中でディアムを助けてくれたと聞いている。そこに関する礼の品は見繕っておこう。滞在のための家の用意はしてあるため、そちらで旅の疲れを癒すといい」
案内された場所は邸宅の離れにある建物だった。レンガ造りの三階建てで間取りも広く、日当たり良好で掃除も行き届いていた。俺たちが余計な気遣いをせぬよう、あえて本館を避けてくれたようだ。
「ルルニア、ディアムのご両親はどうだった」
「一見した感じは何もなさそうでした。ですが安全とまでは言い切れませんね。プレステスがいれば判断はだいぶ楽だったんですが」
「夜になるまで何も分からないか、厄介だな」
「ずっと気を張っていると疲れますし、日が高いうちは過度な警戒をしないようにしましょう。まずはこの建物を見て回りませんか」
新居の構想にもいいのでは、と言われた。俺は気持ちを切り替え、ミーレとフェイと別れて離れの散策をすることにした。
入ってすぐの場所には階段があり、踊り場には風景画が飾られている。廊下には値打ち物の壺が展示され、扉の取っ手は金属製だ。すべての部屋に絨毯が敷かれ、ベッドは柔らかかった。
「……ここにきてから驚いてばかりだな」
こうして歩いているだけで怒られそうだが、たぶん杞憂だ。壊されて困る物があるなら、お目付け役の使用人を最低一人は置くはずである。
扉を閉めて廊下に戻ると、ルルニアがとある部屋を覗いていた。そこには鏡があったが、銅鏡とは比較にならない代物だった。ぼやけも曇りもなく、寸分違わずルルニアの絶世の美貌を映し出していた。
「魂でも吸われるんじゃないかって思う綺麗さだな」
「………………そう、ですね」
「平民の稼ぎじゃ、一生手が出せなさそうな作りだ」
気安く触れて汚れをつけるのははばかられた。ルルニアは黙っていたが、心の中で鏡を欲しがっている気持ちが強く伝わってきた。
(……買ってやりたいが、新居を建てるとなるとな。そういえばここは王都だし、俺の薬とお香の権利を買い取ってくれた商会の本部があるのか)
騒動が収束したら顔を出してみることにした。その後はミーレとフェイと合流し、寝泊りする部屋をどこにするか決め、しばしの休憩を取った。
小舟の一つでも浮いていそうなものだが、岸には船着き場すらなかった。御者に聞くと、ここが王都にとって重要な聖地だからと教えてもらった。
「この湖を守るのが王とその臣民の役目だと、長く言い伝えられているそうですね。詳しい経緯まではちょっと分かりかねますが……」
王都の書庫に行けば分かるかもしれないと言われた。会話しているうちに王城の近くにくるが、馬車は別の道に折れて進んでいった。
「このまま入城と行きたいところだが、まだ早いな」
平民の俺たちがおいそれと中に入れる場所じゃない。まずディアムに要望を出してもらい、どんな反応がくるか待つ。却下された場合は強行策に打って出るつもりだった。
「王城に侵入するのは色んな意味で避けたいところだな」
「ロアと会えても、簡単に連れ出せるとも限りませんしね」
「何にせよ強行策の実行は明日だ。堅実に歩を進めて行こう」
ミーレとフェイの頷きを見つつ、一度外の様子を見た。気づけば馬車を囲んでいた騎士の数が減っており、道を進む度に一人また一人と減った。数ヵ月ぶりの帰郷となるため、それぞれの実家へ帰るようだ。
「────見えてきたぜ。あれが俺の家だ」
案内されたのは貴族の家が密集している区画だ。敷地全体に鉄の柵があり、その裏側には視線除けと風除けの庭木が等間隔に並んでいる。庭の芝生は短く切り揃えられており、一角には庭園まであった。
「……伯爵家の出というだけはありますね」
フェイの呟きに俺とミーレが驚いた。定時報告の飲みで何度か二人が顔合わせをする機会はあったが、そんな会話をしている場面を見たことがなかったからだ。
(……フェイはいつも俺たちと一緒にいたよな)
(……そういえば昨日、独りで散歩に行った気がするわね)
(……これ、たぶん口を出さない方が良いよな)
(……あたしも同感よ。ほどほどの距離感で見守りましょ)
目線で会話していると、馬車は敷地の中に入った。さすがは伯爵家と言うべきか、邸宅の玄関口前には使用人が何人も並んでいた。その中心には四十代後半ぐらいの男女が二人いた。
「おぉ、ディアム! よくぞ無事に戻った!」
「親父、大げさな出迎えはするなって手紙を送っただろ」
「四ヵ月半ぶりなのよ。許してあげなさいな」
「母様は甘いんだよ。まぁその、ただいま帰還しました」
丁寧に頭を下げたところで母親が泣いた。父親に厚く抱擁され、ディアムは恥ずかしそうにしていた。家族仲は良好のようだ。
ほどほどなところで俺たちに関する説明に移った。手紙である程度の事情は伝えていたらしく、快く滞在を認めてもらった。
「道中でディアムを助けてくれたと聞いている。そこに関する礼の品は見繕っておこう。滞在のための家の用意はしてあるため、そちらで旅の疲れを癒すといい」
案内された場所は邸宅の離れにある建物だった。レンガ造りの三階建てで間取りも広く、日当たり良好で掃除も行き届いていた。俺たちが余計な気遣いをせぬよう、あえて本館を避けてくれたようだ。
「ルルニア、ディアムのご両親はどうだった」
「一見した感じは何もなさそうでした。ですが安全とまでは言い切れませんね。プレステスがいれば判断はだいぶ楽だったんですが」
「夜になるまで何も分からないか、厄介だな」
「ずっと気を張っていると疲れますし、日が高いうちは過度な警戒をしないようにしましょう。まずはこの建物を見て回りませんか」
新居の構想にもいいのでは、と言われた。俺は気持ちを切り替え、ミーレとフェイと別れて離れの散策をすることにした。
入ってすぐの場所には階段があり、踊り場には風景画が飾られている。廊下には値打ち物の壺が展示され、扉の取っ手は金属製だ。すべての部屋に絨毯が敷かれ、ベッドは柔らかかった。
「……ここにきてから驚いてばかりだな」
こうして歩いているだけで怒られそうだが、たぶん杞憂だ。壊されて困る物があるなら、お目付け役の使用人を最低一人は置くはずである。
扉を閉めて廊下に戻ると、ルルニアがとある部屋を覗いていた。そこには鏡があったが、銅鏡とは比較にならない代物だった。ぼやけも曇りもなく、寸分違わずルルニアの絶世の美貌を映し出していた。
「魂でも吸われるんじゃないかって思う綺麗さだな」
「………………そう、ですね」
「平民の稼ぎじゃ、一生手が出せなさそうな作りだ」
気安く触れて汚れをつけるのははばかられた。ルルニアは黙っていたが、心の中で鏡を欲しがっている気持ちが強く伝わってきた。
(……買ってやりたいが、新居を建てるとなるとな。そういえばここは王都だし、俺の薬とお香の権利を買い取ってくれた商会の本部があるのか)
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