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第百六十二話『初雪1』
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王都の空が黒く塗り潰されるのを待ち、俺たちは行動を開始した。ミーレとフェイに不在時の対応を任せ、三階の窓を開け放った。
警備は本館側に集中しており、離れは手薄だった。これなら目撃されることもないと判断し、ルルニアの翼で敷地から飛び立った。
「────あなた、寒くないですか?」
俺の首にはルルニアのマフラーが巻いてある。全身にも闘気を纏っているため、この程度は何ともなかった。ルルニアの方こそ大丈夫か聞くと、先ほどのエッチで身体を温めてもらったと返事がきた。
「それはそれとしてずいぶん冷えましたね。夕方から急に雲が流れてきたと思ったら、あっという間に空が覆われてしまいました」
「もう秋も終わりだ。そろそろ雪が降るのかもな」
「あの家で初雪を迎えると思っていましたが、なかなか予定通りには行きませんね。向こうの皆は元気にやっているでしょうか?」
そんな会話をしているうちに商業区画についた。ルルニアと一緒に四階建ての建物の上に着地し、大通りで蠢く複数の影を確認した。
「ごぅ……ぐ……あぁ……ぐ」
「……うぅ、がっ……ぐぅぉ」
「…………がが……ぐご、ら」
パッと計算しただけでも総数は十を超える。中には寝間着姿のまま歩き回っている者もおり、凍傷にならないか心配した。風が吹いてないことだけが幸いだと思っていると、真下でガァンと音が鳴った。
誰かがゴミ箱を倒したらしく、全員の視線が集った。おぼつかない足取りで密集するが、何もないと分かると解散した。
「……あれ、音にも反応するんだな」
「……ですね。使えそうな情報です」
念のために顔を引っ込めて会話した。おかしくなった人たちの状態について聞くと、『眷属化』という単語が出てきた。
「ヴァンパイアの食事方法は血の摂取です。首筋に噛みついて動脈から精気を吸い上げますが、眷属化の場合は逆に自分の魔力を注ぎます」
「だからあの村の人たちは強かったのか」
「注ぐ魔力の量が多いほど眷属化した対象は強くなります。自分の力を分け与える行為であるため、どうしても手駒が必要な時だけ使うと聞きます」
基本は魔物相手に使うそうだ。人間と魔力は相性が悪く、強化の幅が狭い。サキュバスの淫紋が持つ行動の制限・強制に近しい能力と教えてもらった。
「……そう聞くとサキュバスとヴァンパイアの類似点は多いな。昼より夜の方が本領を発揮できる点や、人型をしてることもそうだ」
「元は同じ種族から分岐したのかもしれませんね」
「……初めて魔物が確認されたのは千年以上前だ。前触れもなく深淵の闇から這い上がってきたって文献があるが、それはつまりだ」
遥か昔には魔物がいない時代が存在したことになる。どういう経緯を辿って出現したのか、何故動物を襲わずに人間だけを喰うのか、今まで『そういうもの』と流していた部分に疑問が湧いた。
(……ヴァンパイアなら全部知ってるかもな)
内心で呟いて立ち上がろうとした時、視界を横切る影があった。広げた手の平に乗って溶けたのは、冬の訪れを知らせる初雪だった。
雪はゆらゆら揺蕩い、みるみる間に数を増やしていった。吐いた息の白さが濃くなり、闘気込みでも若干の寒さを感じた。その時だ。
「────え?」
俺たちがいる屋上に見知らぬ女の子がいた。
年齢は十歳に届かないぐらいで、髪は屋上の床に触れそうなほど長い。目線は俺たちに向いていたが、虚空を見つめるような空虚さがあった。
髪に眉毛に肌に服と、何もかもが純白に包まれていた。外見こそサキュバスに負けず劣らずだが、身に纏う雰囲気の異様さが段違いだった。
「…………天使、いや」
ヴァンパイアと、そう口にした。流れてきた雪が目に当たり、瞬きをしてしまった。そんな一瞬の間に、ヴァンパイアは翼を大きく広げた。
「────っ!? ルルニア!!」
目の前にルルニアがおり、奥にヴァンパイアがいる位置関係だ。とっさの判断でルルニアの背中と腰を抱え、闘気の力で別の屋上に跳んだ。
着地と同時に閃光が起き、轟音が鳴った。振り返って見たのはさっきまで立っていた場所だ。屋上の一角が『跡形もなく』消し飛んでいた。
「……これが、ヴァンパイアの力……」
失われた四階部分は高温で融解しており、煙が立ち昇っていた。
攻撃の音と光を感じ取った眷属が叫びを上げ、緊張の空気が流れた。
鞘からオーガ殺しの剣を抜くと、ルルニアが隣に立った。表情に静かな怒りを映し、瞳を輝かせてヴァンパイアの身動きを封じてみせた。
「……おや? 派手さの割に大したことありませんね。戦闘力はそちらが上のようですが、魔力の総量は私の圧勝といったところですか」
「………………」
「これだけ眷属を増やせばそうもなりますよね。あなたの意図は分かりませんが、これで終わりです。朝まで付き合っていただきますよ」
ヴァンパイアは何の返事もしなかった。
逆転の一手を警戒するが、腕も足も動かさず棒立ちしていた。本当にこれで終わりかと、そう考えた時のことだ。背後で金属か何かが落下する音が鳴った。
「…………お前」
そこには漆黒の鎧を着た騎士がいた。鞘から剣を抜き放ち、切っ先を俺たちに向けた。美しい金髪をなびかせて立つのは、完全に眷属化されたロアだった。
警備は本館側に集中しており、離れは手薄だった。これなら目撃されることもないと判断し、ルルニアの翼で敷地から飛び立った。
「────あなた、寒くないですか?」
俺の首にはルルニアのマフラーが巻いてある。全身にも闘気を纏っているため、この程度は何ともなかった。ルルニアの方こそ大丈夫か聞くと、先ほどのエッチで身体を温めてもらったと返事がきた。
「それはそれとしてずいぶん冷えましたね。夕方から急に雲が流れてきたと思ったら、あっという間に空が覆われてしまいました」
「もう秋も終わりだ。そろそろ雪が降るのかもな」
「あの家で初雪を迎えると思っていましたが、なかなか予定通りには行きませんね。向こうの皆は元気にやっているでしょうか?」
そんな会話をしているうちに商業区画についた。ルルニアと一緒に四階建ての建物の上に着地し、大通りで蠢く複数の影を確認した。
「ごぅ……ぐ……あぁ……ぐ」
「……うぅ、がっ……ぐぅぉ」
「…………がが……ぐご、ら」
パッと計算しただけでも総数は十を超える。中には寝間着姿のまま歩き回っている者もおり、凍傷にならないか心配した。風が吹いてないことだけが幸いだと思っていると、真下でガァンと音が鳴った。
誰かがゴミ箱を倒したらしく、全員の視線が集った。おぼつかない足取りで密集するが、何もないと分かると解散した。
「……あれ、音にも反応するんだな」
「……ですね。使えそうな情報です」
念のために顔を引っ込めて会話した。おかしくなった人たちの状態について聞くと、『眷属化』という単語が出てきた。
「ヴァンパイアの食事方法は血の摂取です。首筋に噛みついて動脈から精気を吸い上げますが、眷属化の場合は逆に自分の魔力を注ぎます」
「だからあの村の人たちは強かったのか」
「注ぐ魔力の量が多いほど眷属化した対象は強くなります。自分の力を分け与える行為であるため、どうしても手駒が必要な時だけ使うと聞きます」
基本は魔物相手に使うそうだ。人間と魔力は相性が悪く、強化の幅が狭い。サキュバスの淫紋が持つ行動の制限・強制に近しい能力と教えてもらった。
「……そう聞くとサキュバスとヴァンパイアの類似点は多いな。昼より夜の方が本領を発揮できる点や、人型をしてることもそうだ」
「元は同じ種族から分岐したのかもしれませんね」
「……初めて魔物が確認されたのは千年以上前だ。前触れもなく深淵の闇から這い上がってきたって文献があるが、それはつまりだ」
遥か昔には魔物がいない時代が存在したことになる。どういう経緯を辿って出現したのか、何故動物を襲わずに人間だけを喰うのか、今まで『そういうもの』と流していた部分に疑問が湧いた。
(……ヴァンパイアなら全部知ってるかもな)
内心で呟いて立ち上がろうとした時、視界を横切る影があった。広げた手の平に乗って溶けたのは、冬の訪れを知らせる初雪だった。
雪はゆらゆら揺蕩い、みるみる間に数を増やしていった。吐いた息の白さが濃くなり、闘気込みでも若干の寒さを感じた。その時だ。
「────え?」
俺たちがいる屋上に見知らぬ女の子がいた。
年齢は十歳に届かないぐらいで、髪は屋上の床に触れそうなほど長い。目線は俺たちに向いていたが、虚空を見つめるような空虚さがあった。
髪に眉毛に肌に服と、何もかもが純白に包まれていた。外見こそサキュバスに負けず劣らずだが、身に纏う雰囲気の異様さが段違いだった。
「…………天使、いや」
ヴァンパイアと、そう口にした。流れてきた雪が目に当たり、瞬きをしてしまった。そんな一瞬の間に、ヴァンパイアは翼を大きく広げた。
「────っ!? ルルニア!!」
目の前にルルニアがおり、奥にヴァンパイアがいる位置関係だ。とっさの判断でルルニアの背中と腰を抱え、闘気の力で別の屋上に跳んだ。
着地と同時に閃光が起き、轟音が鳴った。振り返って見たのはさっきまで立っていた場所だ。屋上の一角が『跡形もなく』消し飛んでいた。
「……これが、ヴァンパイアの力……」
失われた四階部分は高温で融解しており、煙が立ち昇っていた。
攻撃の音と光を感じ取った眷属が叫びを上げ、緊張の空気が流れた。
鞘からオーガ殺しの剣を抜くと、ルルニアが隣に立った。表情に静かな怒りを映し、瞳を輝かせてヴァンパイアの身動きを封じてみせた。
「……おや? 派手さの割に大したことありませんね。戦闘力はそちらが上のようですが、魔力の総量は私の圧勝といったところですか」
「………………」
「これだけ眷属を増やせばそうもなりますよね。あなたの意図は分かりませんが、これで終わりです。朝まで付き合っていただきますよ」
ヴァンパイアは何の返事もしなかった。
逆転の一手を警戒するが、腕も足も動かさず棒立ちしていた。本当にこれで終わりかと、そう考えた時のことだ。背後で金属か何かが落下する音が鳴った。
「…………お前」
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