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第百六十三話『初雪2』
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その目に感情は宿っていなく、俺たちを敵としか認識していない。一切の自由意思をはく奪されているせいか、ロアと呼んでも返事がなかった。
踏み出した足の先にはルルニアがおり、俺は剣を横向きに構えた。振るわれた一撃を割り込む形で防御すると、ズンとした衝撃が全身に走った。
「────っ!?」
およそ人間とは思えぬ膂力であり、この剣でなければ俺ごと両断されていた。村で襲ってきた男性たちのように、眷属化で身体能力が大幅に増しているようだった。
「ルルニア、そっちは任せたぞ!!」
腹に蹴りを放つが、ロアは即座に体勢を立て直した。
二回三回と切り結ぶ中で、とある違和感に気がついた。
(……威力はあるが、切りつけの速度が遅い……?)
精神を操られているからか、それとも俺たちを攻撃するという事象に抵抗しているのか。構えから振りかぶりに入るまでに隙があり、俺でも対処できた。
「お前、誰に剣を向けているのか分かってるのか!」
「………………」
「ルルニアだぞ! 神と崇めるとまで言って、アストロアスの発展に身を捧げたんじゃないのか! いい加減に……正気のお前に戻りやがれ!」
剣と剣を重ね、火花を散らせながら怒声を発した。
怪力勝負なら俺に分があり、剣ごとロアを弾いた。
間髪入れずに姿勢を落とし、全力で駆けて背後に回った。靴底をすり減らして急停止を掛け、振り返り様の脇腹に剣の柄の末端を打ち込んだ。
ロアは微かに表情を歪めるが、膝もつかず剣を横薙ぎに振った。斬撃の圧で初雪が乱れ舞うが、そこに俺はいない。追加の加速で膝蹴りをお見舞いした。
「…………これでも、倒れないのか」
口内を切ったのか、唇からは血が垂れていた。今の攻撃で俺を強敵と認識したのか、これまで以上の勢いで猛攻を仕掛けてきた。
防戦一方で耐え忍ぶ中、ルルニアの声を聞いた。気づけばヴァンパイアは拘束術から抜け出し、こちらの屋上に飛んできていた。細い刃のごとく爪を伸ばし、同じく爪を伸ばしたルルニアと相対した。
「変ですね。今どうやって私の視線から逃れました?」
「………………」
「意地でも喋らないつもりですか? せめて名前ぐらいは名乗ってもらわないと、呼びづらいんですよ。数百年前の天使さん!」
爪と爪をぶつけ、目線が合った瞬間にルルニアは瞳を輝かせた。だがヴァンパイアは身体を黒く歪ませ、影そのものになって拘束を避けた。
死角から爪を突き刺すように襲い掛かるが、今度はルルニアの身体が揺らいだ。幻影で囮を作り、意趣返しのごとく死角から切り掛かった。
「まぁ、この程度では倒れませんよね」
ヴァンパイアの肩回りが爪で裂け、血が大量に噴き出した。
しかしそれらは空中で停止し、負傷した箇所へと集まった。
十秒も掛からず傷の再生が終わり、指先に赤い光が灯った。
「────あれは」
今しがた屋上を消し飛ばした攻撃だ。俺は渾身の力でロアの剣を叩き落とし、ヴァンパイア目掛けて駆け、床を削るような切りつけで腕を切断した。
人間ごときに反撃されると思わなかったのか、ヴァンパイアは目に微かな動揺を映した。切り離された腕は宙を舞い、血を撒き散らして床に落ちた。
ギリギリ間に合ったかと思うが、指先の光りが消えなかった。
むしろ腕全体が赤く輝き出し、魔力の波動が急激に高まった。
「………………ボン」
ここで初めて声がした。俺はルルニアを抱きかかえ、屋上の外へと退避した。爆発は一秒後に起き、発生した暴風に巻かれた。ルルニアの翼でも制御が効かず、大通りに落下した。
「無事か、ルルニア!?」
「はい、おかげで何とか」
石畳の上に着地し、ヴァンパイアがいる地点を見上げた。腕の再生を優先しているからか、屋上に立ったまま俺たちを見下ろしていた。
仕切り直しのために移動しようとすると、ロアが跳んで降りてきた。他の道からは眷属が顔を出し、四方八方の道が塞がれてしまった。
「…………上手く誘い込まれたってわけか」
建物の中から出てくる者もおり、総数は二十三十と増え続けた。
全員が罪のない住民であるため、力に任せた突破は難しかった。
ロアが手を挙げると眷属は停止し、振り下ろしに合わせて飛び掛かってきた。ルルニアがサキュバスの力でほぼ全員を眠らせるが、すぐに追加がきた。
「何人眷属化されてるんだ。もしやこの区画全員が……」
「あれだけの爆発が起きても窓に明かりがつきませんし、あり得る話ではありますね。もしそうだとすれば、この場に留まり続けるのは危険です」
「撤退するしかないか、でもそれにはあいつが邪魔だな」
地上はロアと眷属に、空中はヴァンパイアに抑えられていた。指先には赤い光が灯っており、下手に動けば住民を巻き添えにする危険があった。
「────グレイゼル、どうしますか?」
自分たちの命か住民の命か、運命の決断を迫られた。
踏み出した足の先にはルルニアがおり、俺は剣を横向きに構えた。振るわれた一撃を割り込む形で防御すると、ズンとした衝撃が全身に走った。
「────っ!?」
およそ人間とは思えぬ膂力であり、この剣でなければ俺ごと両断されていた。村で襲ってきた男性たちのように、眷属化で身体能力が大幅に増しているようだった。
「ルルニア、そっちは任せたぞ!!」
腹に蹴りを放つが、ロアは即座に体勢を立て直した。
二回三回と切り結ぶ中で、とある違和感に気がついた。
(……威力はあるが、切りつけの速度が遅い……?)
精神を操られているからか、それとも俺たちを攻撃するという事象に抵抗しているのか。構えから振りかぶりに入るまでに隙があり、俺でも対処できた。
「お前、誰に剣を向けているのか分かってるのか!」
「………………」
「ルルニアだぞ! 神と崇めるとまで言って、アストロアスの発展に身を捧げたんじゃないのか! いい加減に……正気のお前に戻りやがれ!」
剣と剣を重ね、火花を散らせながら怒声を発した。
怪力勝負なら俺に分があり、剣ごとロアを弾いた。
間髪入れずに姿勢を落とし、全力で駆けて背後に回った。靴底をすり減らして急停止を掛け、振り返り様の脇腹に剣の柄の末端を打ち込んだ。
ロアは微かに表情を歪めるが、膝もつかず剣を横薙ぎに振った。斬撃の圧で初雪が乱れ舞うが、そこに俺はいない。追加の加速で膝蹴りをお見舞いした。
「…………これでも、倒れないのか」
口内を切ったのか、唇からは血が垂れていた。今の攻撃で俺を強敵と認識したのか、これまで以上の勢いで猛攻を仕掛けてきた。
防戦一方で耐え忍ぶ中、ルルニアの声を聞いた。気づけばヴァンパイアは拘束術から抜け出し、こちらの屋上に飛んできていた。細い刃のごとく爪を伸ばし、同じく爪を伸ばしたルルニアと相対した。
「変ですね。今どうやって私の視線から逃れました?」
「………………」
「意地でも喋らないつもりですか? せめて名前ぐらいは名乗ってもらわないと、呼びづらいんですよ。数百年前の天使さん!」
爪と爪をぶつけ、目線が合った瞬間にルルニアは瞳を輝かせた。だがヴァンパイアは身体を黒く歪ませ、影そのものになって拘束を避けた。
死角から爪を突き刺すように襲い掛かるが、今度はルルニアの身体が揺らいだ。幻影で囮を作り、意趣返しのごとく死角から切り掛かった。
「まぁ、この程度では倒れませんよね」
ヴァンパイアの肩回りが爪で裂け、血が大量に噴き出した。
しかしそれらは空中で停止し、負傷した箇所へと集まった。
十秒も掛からず傷の再生が終わり、指先に赤い光が灯った。
「────あれは」
今しがた屋上を消し飛ばした攻撃だ。俺は渾身の力でロアの剣を叩き落とし、ヴァンパイア目掛けて駆け、床を削るような切りつけで腕を切断した。
人間ごときに反撃されると思わなかったのか、ヴァンパイアは目に微かな動揺を映した。切り離された腕は宙を舞い、血を撒き散らして床に落ちた。
ギリギリ間に合ったかと思うが、指先の光りが消えなかった。
むしろ腕全体が赤く輝き出し、魔力の波動が急激に高まった。
「………………ボン」
ここで初めて声がした。俺はルルニアを抱きかかえ、屋上の外へと退避した。爆発は一秒後に起き、発生した暴風に巻かれた。ルルニアの翼でも制御が効かず、大通りに落下した。
「無事か、ルルニア!?」
「はい、おかげで何とか」
石畳の上に着地し、ヴァンパイアがいる地点を見上げた。腕の再生を優先しているからか、屋上に立ったまま俺たちを見下ろしていた。
仕切り直しのために移動しようとすると、ロアが跳んで降りてきた。他の道からは眷属が顔を出し、四方八方の道が塞がれてしまった。
「…………上手く誘い込まれたってわけか」
建物の中から出てくる者もおり、総数は二十三十と増え続けた。
全員が罪のない住民であるため、力に任せた突破は難しかった。
ロアが手を挙げると眷属は停止し、振り下ろしに合わせて飛び掛かってきた。ルルニアがサキュバスの力でほぼ全員を眠らせるが、すぐに追加がきた。
「何人眷属化されてるんだ。もしやこの区画全員が……」
「あれだけの爆発が起きても窓に明かりがつきませんし、あり得る話ではありますね。もしそうだとすれば、この場に留まり続けるのは危険です」
「撤退するしかないか、でもそれにはあいつが邪魔だな」
地上はロアと眷属に、空中はヴァンパイアに抑えられていた。指先には赤い光が灯っており、下手に動けば住民を巻き添えにする危険があった。
「────グレイゼル、どうしますか?」
自分たちの命か住民の命か、運命の決断を迫られた。
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