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第百六十四話『初雪3』
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指先の輝きが増していく中、どこからか物音がした。ガンガンガンと棒で鉄を打つような音で、街のあちこちが騒がしくなった。ヴァンパイアは攻撃の手を止めて音の出所を探った。
「…………あれは?」
隙をついて逃げようとした時、視界の先で動く人影を見つけた。
その者は黒いマントで身を隠し、屋上のヴァンパイアを見上げた。
何をする気かと思っていると、背中から黒い翼を生やした。一度の羽ばたきで真上に飛翔し、ヴァンパイアの眼前に肉薄した。つま先の蹴り上げで腕を弾き、赤い光を空に放たせた。
状況の変化に追いつけないでいると、ロアと眷属が背を向けた。
これ以上の機会はなく、俺たちは思考を放棄して路地裏に逃げた。
「空を飛ぶのは危険だ! 撃ち落とされる! 眷属の大群を引き連れて帰れない以上、追跡を振り切れるまで逃げ続けるぞ!」
走りながら両腕を前に出すと、ルルニアがふわりと浮いた。翼で滞空して俺の両手に収まり、お姫様抱っこの体勢になってくれた。
俺は闘気の比重を足に偏らせ、最大加速で疾走した。行く手を阻むように現れる眷属たちを跳び越し、壁から壁へ跳ねて移動した。
「くそ、どこまで逃げればいいんだ!」
眷属は街のどこにでもいた。俺たちを見つけるなり大騒ぎするため、すぐ居場所が割れる。これではいつ追いつかれてもおかしくなかった。
どこを目指すべきか悩んでいると、あの黒い影が飛び出してきた。道案内でもするかのように先を行き、俺もその背中を追いかけていった。
(……人型の魔物、だよな?)
何者か問おうとすると、相手は親指をクイと動かした。
示されたのは街に流れる水路であり、そこに向かった。
たどり着いたのはこの街の下水道だった。寒い時期なのもあって悪臭は控えめであり、苦しさを感じず息ができた。
ルルニアの服についた雪を払っていると、相手が歩いてきた。感謝をしつつ向き合うと、聞き覚えのある声がした。
「まったく、わたしがいなければ死んでいたわよ」
誰か思い出せないでいると、マントについたフードが外された。晒された顔を見て唖然としたのは、横のルルニアも同じだった。
「………お前、もしかして」
「………ドーラ、ですか?」
強気な目元に折れた角、燃えるような赤い髪が特徴的だった。身長はルルニアと同じ百五十台になっており、胸元はほどほどに膨れていた。
「どうしてあなたが王都にいるんですか?」
ルルニアが問うと、ドーラは腕組みして答えた。
「あんたから解放された後、わたしは別の土地に逃げたわ。淫紋のせいで同族や他の魔物にバカにされて、それでも生き延びた。でもちょっと失敗して人間に捕まってね」
人型の魔物を捕らえられる機会はそうなく、王都へ移送が決まった。弱体化したドーラでは逃げ切れず、監獄に収容されることになった。
「それは……、何というかすまなかったな」
謝罪を口にするとドーラは眉を潜めた。
「確かにわたしが落ちぶれた原因はあんたらよ。憎たらしくてしょうがなかったし、力を取り戻したら復讐してやろうと思ったわ。でもね」
「……でも?」
「おかげで見つかったものがあるのよ。この淫紋がなければずっと気づけなかったもの、押し込まれた監獄で出会った。愛しのダーリンよ」
ダーリン、とはどういう意味を持つ単語か。サキュバスの淫語だろうと思って聞くと、ルルニアが『お気に入りの下僕』だと教えてくれた。
「ダーリンはね。あたしと同じであんたらに苦汁を舐めさせられてたわ。牢屋越しに恨みつらみを言い合って意気投合して……それでね」
「待て、ドーラ。口ぶり的に相手は人間で、俺たちと関りがあるんだよな? 恨みを買うような真似をしたことはないが、誰のことだ?」
問いを投げると、「忘れたのか」と睨まれた。だがここ数ヵ月で人と敵対するようなことはなく、分からないと正直に答えた。
「商売の邪魔をされたって言ってたわ。あんたが割り込まなければ、大量に抱え込んだ不良在庫を高値で手放せたはずってね」
「商売……不良在庫……? それって……」
「鉛を塗ったワイングラスがどうとかって、ダーリンはそんな感じのことを言っていた気がするわね。これで思い出した?」
ようやく合点がいった。ドーラの言っているダーリンとは、薬売りの最中に遭遇した若き行商人だ。ロアに引き渡して以降詳細を考えることはなかったが、重罪で町から王都へ移送されたと知った。
「ま、それはさておきよ。あんたらは何でアレと敵対してるのよ?」
「……大切な仲間が操られたんだ。それを助けるためにここへきた」
「へぇ、気が合うじゃない。実はわたしもあいつに借りがあるのよ」
ドーラが語ったのは王都での生活だ。ダーリンと協力して脱獄し、毎晩のように身体を重ねた。制限のある吸精を続けるうちに情が湧き、しばらく面倒を見ようと決めた。その矢先に幽霊騒動が起きた。
「ダーリンは眷属どもに連れ去られたわ。次に会った時、他の人間と同じように操られてた」
何とか正気を取り戻させようとし、失敗した。あのヴァンパイアを倒さなければ、いずれ王都すべてが支配されると言い切った。
「────わたしはダーリンを意地でも取り返すつもりよ。互いの利害が一致してるって言うなら、同盟を組む気はないかしら?」
「…………あれは?」
隙をついて逃げようとした時、視界の先で動く人影を見つけた。
その者は黒いマントで身を隠し、屋上のヴァンパイアを見上げた。
何をする気かと思っていると、背中から黒い翼を生やした。一度の羽ばたきで真上に飛翔し、ヴァンパイアの眼前に肉薄した。つま先の蹴り上げで腕を弾き、赤い光を空に放たせた。
状況の変化に追いつけないでいると、ロアと眷属が背を向けた。
これ以上の機会はなく、俺たちは思考を放棄して路地裏に逃げた。
「空を飛ぶのは危険だ! 撃ち落とされる! 眷属の大群を引き連れて帰れない以上、追跡を振り切れるまで逃げ続けるぞ!」
走りながら両腕を前に出すと、ルルニアがふわりと浮いた。翼で滞空して俺の両手に収まり、お姫様抱っこの体勢になってくれた。
俺は闘気の比重を足に偏らせ、最大加速で疾走した。行く手を阻むように現れる眷属たちを跳び越し、壁から壁へ跳ねて移動した。
「くそ、どこまで逃げればいいんだ!」
眷属は街のどこにでもいた。俺たちを見つけるなり大騒ぎするため、すぐ居場所が割れる。これではいつ追いつかれてもおかしくなかった。
どこを目指すべきか悩んでいると、あの黒い影が飛び出してきた。道案内でもするかのように先を行き、俺もその背中を追いかけていった。
(……人型の魔物、だよな?)
何者か問おうとすると、相手は親指をクイと動かした。
示されたのは街に流れる水路であり、そこに向かった。
たどり着いたのはこの街の下水道だった。寒い時期なのもあって悪臭は控えめであり、苦しさを感じず息ができた。
ルルニアの服についた雪を払っていると、相手が歩いてきた。感謝をしつつ向き合うと、聞き覚えのある声がした。
「まったく、わたしがいなければ死んでいたわよ」
誰か思い出せないでいると、マントについたフードが外された。晒された顔を見て唖然としたのは、横のルルニアも同じだった。
「………お前、もしかして」
「………ドーラ、ですか?」
強気な目元に折れた角、燃えるような赤い髪が特徴的だった。身長はルルニアと同じ百五十台になっており、胸元はほどほどに膨れていた。
「どうしてあなたが王都にいるんですか?」
ルルニアが問うと、ドーラは腕組みして答えた。
「あんたから解放された後、わたしは別の土地に逃げたわ。淫紋のせいで同族や他の魔物にバカにされて、それでも生き延びた。でもちょっと失敗して人間に捕まってね」
人型の魔物を捕らえられる機会はそうなく、王都へ移送が決まった。弱体化したドーラでは逃げ切れず、監獄に収容されることになった。
「それは……、何というかすまなかったな」
謝罪を口にするとドーラは眉を潜めた。
「確かにわたしが落ちぶれた原因はあんたらよ。憎たらしくてしょうがなかったし、力を取り戻したら復讐してやろうと思ったわ。でもね」
「……でも?」
「おかげで見つかったものがあるのよ。この淫紋がなければずっと気づけなかったもの、押し込まれた監獄で出会った。愛しのダーリンよ」
ダーリン、とはどういう意味を持つ単語か。サキュバスの淫語だろうと思って聞くと、ルルニアが『お気に入りの下僕』だと教えてくれた。
「ダーリンはね。あたしと同じであんたらに苦汁を舐めさせられてたわ。牢屋越しに恨みつらみを言い合って意気投合して……それでね」
「待て、ドーラ。口ぶり的に相手は人間で、俺たちと関りがあるんだよな? 恨みを買うような真似をしたことはないが、誰のことだ?」
問いを投げると、「忘れたのか」と睨まれた。だがここ数ヵ月で人と敵対するようなことはなく、分からないと正直に答えた。
「商売の邪魔をされたって言ってたわ。あんたが割り込まなければ、大量に抱え込んだ不良在庫を高値で手放せたはずってね」
「商売……不良在庫……? それって……」
「鉛を塗ったワイングラスがどうとかって、ダーリンはそんな感じのことを言っていた気がするわね。これで思い出した?」
ようやく合点がいった。ドーラの言っているダーリンとは、薬売りの最中に遭遇した若き行商人だ。ロアに引き渡して以降詳細を考えることはなかったが、重罪で町から王都へ移送されたと知った。
「ま、それはさておきよ。あんたらは何でアレと敵対してるのよ?」
「……大切な仲間が操られたんだ。それを助けるためにここへきた」
「へぇ、気が合うじゃない。実はわたしもあいつに借りがあるのよ」
ドーラが語ったのは王都での生活だ。ダーリンと協力して脱獄し、毎晩のように身体を重ねた。制限のある吸精を続けるうちに情が湧き、しばらく面倒を見ようと決めた。その矢先に幽霊騒動が起きた。
「ダーリンは眷属どもに連れ去られたわ。次に会った時、他の人間と同じように操られてた」
何とか正気を取り戻させようとし、失敗した。あのヴァンパイアを倒さなければ、いずれ王都すべてが支配されると言い切った。
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