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第二話『吸えないサキュバス2』
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それからしばらくルルニアの目覚めを待った。
夜明けには幾分早く、窓の先の森景色は黒に染まっている。木々の先にある小川を眺めていると物音があり、ランプを片手にベッドへと近づいた。
「ずいぶん長く眠っていたな?」
ルルニアは身じろぎした後に縛られた両手を見た。力ではどうにもならないと理解したのか、すぐに観念した様子で肩を落とした。
「これから私をどうするおつもりで?」
「朝になったら山を下りる。そして人を呼んで処分する」
「私、まだ誰も人を殺してませんけど?」
「それが事実だとしても俺を殺そうとした。それが事実だ」
ルルニアが本調子だったなら死んでいた。少女の見た目なので殺すことに抵抗はあるが、魔物に常識は通用しない。齢千年の化け物がいる種族だからだ。
「はぁ、失敗続きでしたがここで終わり……うぷっ」
「まだ調子が悪いのか」
「えぇ、焦って一気に吸おうとしたのが間違い……ぅ」
血色の良かった顔が青白くなっている。
俺はため息一つでベッドから離れ、吐き気止めの薬を持ってきた。木製のコップに水をついで戻ると、ルルニアは目をパチクリさせた。
「ひとまず飲め、魔物に利くかは分からんがな」
「……私を生かすつもりで?」
「俺は薬屋だ。苦しんでいる相手は無視できない」
そう言うと不思議そうに俺を見た。待っていると口を開けてくれたため、粉末を舌の上に乗せた。コップを静かに傾けると薬を飲んでくれた。
「えーと、ありがとうございます?」
「感謝はいらん。どうせ明日までの関係だ」
「介抱したよしみで見逃がしてくれるというのは」
「お前が二度と人間を襲わないというならそれもいいがな」
それは無理だろうと言うと、ルルニアは素直に首肯した。知能ある魔物は平然と嘘をつくものと聞くが、人間と同じで個体差があるのか。ただ観念しただけか。
(……この程度でほだされるな)
コップを片付けるためにルルニアの傍から離れた時、桃色の長い髪から良い香りが漂った。連動するように股下のアレが突っ張り、わずかに前傾姿勢となった。
「…………急にどうされました?」
「何でもない。大人しく寝ていろ」
ルルニアの術の効果が継続されているのは間違いない。もし殺して術が解除されない場合、俺は一生この状態のままで過ごすことになってしまう可能性がある。
(……これは弱みだ。さとられたら不味い)
術を解除させる方向に話を誘導させられないか考え、会話を振った。
「何でお前は精気を吸うのに失敗したんだ」
「私は生まれつき同族のサキュバスと比べて出来損ないです。見ての通り身体は貧相で、生まれてこの方まともに精気を吸えたことがありません」
顔つきは悪くないのではと言うと、ルルニアはから笑いした。サキュバスが人間好みの容姿なのは当たり前のことで、同族間の優劣には関わらないと説いた。
「まぁでも褒められて悪い気はしませんね、ありがとうございます」
「出来損ないなのは精気が吸えないからか」
「途中までは上手くいくんですが、あと少しのところで吐き気がこみ上げてくるんです。匂いを嗅いでいる時点では食欲が湧くんですけどね」
ルルニアにとって人間の精気は『濃密過ぎる甘さ』らしい。
味見程度ならいけるが、実食にまでは至らないのだとか。
「ちょっとずつ食べるじゃダメなのか?」
「たぶん行けるでしょうけど効率が悪過ぎます。何だかんだ言って人間の寝込みを襲うって危険を伴うんです。返り討ちに合った同族もいますし」
「それで食べ逃したら本末転倒だろ」
「もう何日も食事してないから空腹なんですよ。さっきの性行為で少し満たされましたけど、たったあれだけじゃ一時しのぎにしかなりません」
餓死せずに生きてこられた理由を問うと、同族の助けを借りたと答えた。
友人のサキュバスが成人まで面倒を見てくれたが、諸々の事情で別れた。
「魔物にも成人の概念があるのか……」
「人間の文化を真似たと聞いています。ほらサキュバスってこの見た目ですから、町社会に溶け込みやすいんですよね。勤勉な同族もいたものです」
ルルニアの話が本当なら、人の営みに紛れているサキュバスが複数いるということになる。自分の生活圏内に殺人鬼が潜んでいるも同然だ。
「まぁ、その点うちの村は安全だな」
俺が住んでいる山のふもとに村があるが、住民の総数は百人そこらだ。外様がいればすぐに噂が回るため、サキュバスが潜伏する隙などない。
「そういえば村じゃなくてこんな辺鄙な場所に来た理由は何だ?」
「美味しそうな匂いがしたんです。それでえーと……」
「グレイゼルだ。グレイゼル・ミハエル」
名乗ると嬉しそうな顔をした。ルルニアは俺の身体に満ちた精気が他の人間と比べて格別と言い、匂いに誘われるままここに辿り着いたと答えた。
「町を出て野を越え山を越え、ようやく見つけました」
「……犬かよ。町に行ったのは一週間も前だぞ」
「他のサキュバスとよく会いませんでしたね。とても幸運です」
クスクスと笑みをこぼすルルニアにドキッとした。これ以上の会話は危険だと思って席を外すと、足の動きが止まった。そして背筋が凍えた。
「────ですからこの幸運、絶対に逃がしません」
そう告げ、ルルニアは翡翠の瞳を光らせた。
夜明けには幾分早く、窓の先の森景色は黒に染まっている。木々の先にある小川を眺めていると物音があり、ランプを片手にベッドへと近づいた。
「ずいぶん長く眠っていたな?」
ルルニアは身じろぎした後に縛られた両手を見た。力ではどうにもならないと理解したのか、すぐに観念した様子で肩を落とした。
「これから私をどうするおつもりで?」
「朝になったら山を下りる。そして人を呼んで処分する」
「私、まだ誰も人を殺してませんけど?」
「それが事実だとしても俺を殺そうとした。それが事実だ」
ルルニアが本調子だったなら死んでいた。少女の見た目なので殺すことに抵抗はあるが、魔物に常識は通用しない。齢千年の化け物がいる種族だからだ。
「はぁ、失敗続きでしたがここで終わり……うぷっ」
「まだ調子が悪いのか」
「えぇ、焦って一気に吸おうとしたのが間違い……ぅ」
血色の良かった顔が青白くなっている。
俺はため息一つでベッドから離れ、吐き気止めの薬を持ってきた。木製のコップに水をついで戻ると、ルルニアは目をパチクリさせた。
「ひとまず飲め、魔物に利くかは分からんがな」
「……私を生かすつもりで?」
「俺は薬屋だ。苦しんでいる相手は無視できない」
そう言うと不思議そうに俺を見た。待っていると口を開けてくれたため、粉末を舌の上に乗せた。コップを静かに傾けると薬を飲んでくれた。
「えーと、ありがとうございます?」
「感謝はいらん。どうせ明日までの関係だ」
「介抱したよしみで見逃がしてくれるというのは」
「お前が二度と人間を襲わないというならそれもいいがな」
それは無理だろうと言うと、ルルニアは素直に首肯した。知能ある魔物は平然と嘘をつくものと聞くが、人間と同じで個体差があるのか。ただ観念しただけか。
(……この程度でほだされるな)
コップを片付けるためにルルニアの傍から離れた時、桃色の長い髪から良い香りが漂った。連動するように股下のアレが突っ張り、わずかに前傾姿勢となった。
「…………急にどうされました?」
「何でもない。大人しく寝ていろ」
ルルニアの術の効果が継続されているのは間違いない。もし殺して術が解除されない場合、俺は一生この状態のままで過ごすことになってしまう可能性がある。
(……これは弱みだ。さとられたら不味い)
術を解除させる方向に話を誘導させられないか考え、会話を振った。
「何でお前は精気を吸うのに失敗したんだ」
「私は生まれつき同族のサキュバスと比べて出来損ないです。見ての通り身体は貧相で、生まれてこの方まともに精気を吸えたことがありません」
顔つきは悪くないのではと言うと、ルルニアはから笑いした。サキュバスが人間好みの容姿なのは当たり前のことで、同族間の優劣には関わらないと説いた。
「まぁでも褒められて悪い気はしませんね、ありがとうございます」
「出来損ないなのは精気が吸えないからか」
「途中までは上手くいくんですが、あと少しのところで吐き気がこみ上げてくるんです。匂いを嗅いでいる時点では食欲が湧くんですけどね」
ルルニアにとって人間の精気は『濃密過ぎる甘さ』らしい。
味見程度ならいけるが、実食にまでは至らないのだとか。
「ちょっとずつ食べるじゃダメなのか?」
「たぶん行けるでしょうけど効率が悪過ぎます。何だかんだ言って人間の寝込みを襲うって危険を伴うんです。返り討ちに合った同族もいますし」
「それで食べ逃したら本末転倒だろ」
「もう何日も食事してないから空腹なんですよ。さっきの性行為で少し満たされましたけど、たったあれだけじゃ一時しのぎにしかなりません」
餓死せずに生きてこられた理由を問うと、同族の助けを借りたと答えた。
友人のサキュバスが成人まで面倒を見てくれたが、諸々の事情で別れた。
「魔物にも成人の概念があるのか……」
「人間の文化を真似たと聞いています。ほらサキュバスってこの見た目ですから、町社会に溶け込みやすいんですよね。勤勉な同族もいたものです」
ルルニアの話が本当なら、人の営みに紛れているサキュバスが複数いるということになる。自分の生活圏内に殺人鬼が潜んでいるも同然だ。
「まぁ、その点うちの村は安全だな」
俺が住んでいる山のふもとに村があるが、住民の総数は百人そこらだ。外様がいればすぐに噂が回るため、サキュバスが潜伏する隙などない。
「そういえば村じゃなくてこんな辺鄙な場所に来た理由は何だ?」
「美味しそうな匂いがしたんです。それでえーと……」
「グレイゼルだ。グレイゼル・ミハエル」
名乗ると嬉しそうな顔をした。ルルニアは俺の身体に満ちた精気が他の人間と比べて格別と言い、匂いに誘われるままここに辿り着いたと答えた。
「町を出て野を越え山を越え、ようやく見つけました」
「……犬かよ。町に行ったのは一週間も前だぞ」
「他のサキュバスとよく会いませんでしたね。とても幸運です」
クスクスと笑みをこぼすルルニアにドキッとした。これ以上の会話は危険だと思って席を外すと、足の動きが止まった。そして背筋が凍えた。
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