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第四話『ルルニアとの生活1』
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ルルニアはナイフをすぐに返してくれた。どうやって縄の拘束を解いたのか聞くと、口元にひと差し指を添えて「秘密です」と言った。
「ヒントはサキュバスの種族的特徴とでも言いましょうか」
「種族的特徴? 粘液で縄をぬめらせでもしたか?」
「残念、外れです。答え合わせはまた後日です」
床に縄の束が落ちていたが、結び目はそのままだった。刻印とやらが原因かと思って位置を聞くが、俺個人では確認しづらいところに刻んだとしか言われなかった。
「この瞬間にお前を害したらどうなる?」
「股間から白い液を大量に噴射させて死ぬでしょうね」
「現場を村人に見られたら最悪だな……」
それが嫌なら殺すのは諦めるべきと忠告された。
ルルニアとしては面白半分で俺を弄ぶ気はないらしい。苦手な精気をちゃんと食べられるようになるまで、対等な距離感で接する気でいると言った。
「……この状況じゃ嫌でも信じるしかないな」
どうにもならない思いで後頭部の裏をかき、はたと気がついた。昨夜あったはずのルルニアの黒い翼と尻尾がどこにも見当たらなかったのだ。
「隠しましたよ。あのままじゃ魔物だってバレますし」
「その大量の毛髪に潜ませてるわけじゃないのか?」
「きちんと消しています。ちゃんと見て下さい」
髪の毛に腕を差し込み、高い位置まで持ち上げた。ルルニアの滑らかな背中とうなじが露わになるが、どこにも翼と尻尾の痕跡は見つからない。
試しに指で触れると「んっ」と艶のある声で喘がれた。
俺は反射で手を離し、ジッとルルニアを見つめ直した。
「もう一度確認させろ、ルルニア。もし俺がお前を殺せばどうなる?」
「股のソレから液体を噴出して死にますね」
「お前は俺を喰い殺すまで、他の人間を襲う気はないと誓うんだな?」
「誓います。大して意味がありませんから」
至上の料理が目の前にあるのだからと言った。魔物を信じるのは癪だが、今はこの条件で納得するしかない。俺だってこんな若さで死にたくはなかった。
(……喰い殺されるまでの猶予があるなら、刻印とやらの解除方法も探れる。ルルニアを始末するのはそれからだ)
前途多難だとため息をつき、気持ちを切り替えた。
手を差し伸べるとルルニアは虚をつかれた顔をした。
「まさか人間の手は取れないとか言う気じゃないだろうな」
「い、言いません。ただちょっと驚いただけです」
「だったら慣れろ。これから共同生活をするんならな」
互いの手と手を繋ぎ、ルルニアを立たせてやった。
窓を開けるととっくにお昼となっていた。俺は乱れたベッドを直し、横に脱ぎ捨てられていた部屋着に着替えた。木造の廊下を踏みしめて一階に降りると、ルルニアが全裸で追ってきた。
「さすがにその状態でうろつくのはやめてくれ」
ご近所づきあいのない山の中だが、人の目はある。狩りにきた猟師がお裾分けを持ってくることがあるし、急ぎで薬を買いに来る村人だっているのだ。
ルルニアの見た目は十代前半だ。もし全裸でいるのを目撃されれば一瞬で俺の評価が地に落ちる。少女趣味の変態として一生後ろ指を差されかねない。
「私の体格に合う服があるので?」
無い、と答える途中で首を捻った。俺の住居は元々山に住んでいた猟師一家の家を改修したものであり、一部の生活用品が倉庫に眠っている。
時間がある時に探しておくと言うと、ベッドシーツを羽織って現れた。布の隙間からチラチラと素肌が覗き、不可抗力で目を逸らしてしまった。
「ふふふっ、貧相な身体には欲情しないのではなかったのですか」
「欲情なんてするか。間違ってもそれで家の外に出るなよ」
「善処します。ちなみに朝食はどうされるおつもりで?」
「俺の分だけのつもりだったが、ルルニアも食えるのか」
「一応食べられはします。ろくに栄養は摂れませんが」
俺は地下の食料倉庫に入り、石のように固いパンと腸詰肉を回収した。元は大家族が暮らしていたこともあり、食堂は結構な広さの造りとなっている。
「凄い、鉄製の調理器具があるじゃないですか。これ結構な高級品ですよね?」
「村長が懇意にしてくれてな。使い古しの物を譲ってくれたんだ」
「腕が鳴りますね。では大人しく座っていて下さい」
そう言い、俺の手にあった食材を奪った。
促されて椅子に座り、困惑のまま立った。
「待て、魔物のお前が人間の料理を作れるのか?」
「作れますよ。だって私、ここに来る前は町で人間に化けて暮らしていたんですから。老夫婦の酒場で一年ぐらい料理を振舞っていたんですよ」
棚に置いていた卵を取り、片手割でボウルに落とした。慣れた手つきでかき混ぜるのを見て、俺の出る幕は無さそうだと座り直した。
「火種に使うおがくずはあります?」
「かまどの奥だ。火ぐらい俺が担当するが」
「これも契約の一環なのでお構いなく。後でこってり絞らせていただくので、大人しく座って休んで私の料理を食べて下さい」
可愛らしく片目を閉じて言い、手際よく調理を続けた。
誰かの料理を食べるなど十年ぶりで、自然と胸が躍った。
(……捕食者と被捕食者の関係とは思えんな)
シーツをエプロンのように結んで着ているルルニアの後姿を見つめ、静かに料理が並ぶ時を待った。
「ヒントはサキュバスの種族的特徴とでも言いましょうか」
「種族的特徴? 粘液で縄をぬめらせでもしたか?」
「残念、外れです。答え合わせはまた後日です」
床に縄の束が落ちていたが、結び目はそのままだった。刻印とやらが原因かと思って位置を聞くが、俺個人では確認しづらいところに刻んだとしか言われなかった。
「この瞬間にお前を害したらどうなる?」
「股間から白い液を大量に噴射させて死ぬでしょうね」
「現場を村人に見られたら最悪だな……」
それが嫌なら殺すのは諦めるべきと忠告された。
ルルニアとしては面白半分で俺を弄ぶ気はないらしい。苦手な精気をちゃんと食べられるようになるまで、対等な距離感で接する気でいると言った。
「……この状況じゃ嫌でも信じるしかないな」
どうにもならない思いで後頭部の裏をかき、はたと気がついた。昨夜あったはずのルルニアの黒い翼と尻尾がどこにも見当たらなかったのだ。
「隠しましたよ。あのままじゃ魔物だってバレますし」
「その大量の毛髪に潜ませてるわけじゃないのか?」
「きちんと消しています。ちゃんと見て下さい」
髪の毛に腕を差し込み、高い位置まで持ち上げた。ルルニアの滑らかな背中とうなじが露わになるが、どこにも翼と尻尾の痕跡は見つからない。
試しに指で触れると「んっ」と艶のある声で喘がれた。
俺は反射で手を離し、ジッとルルニアを見つめ直した。
「もう一度確認させろ、ルルニア。もし俺がお前を殺せばどうなる?」
「股のソレから液体を噴出して死にますね」
「お前は俺を喰い殺すまで、他の人間を襲う気はないと誓うんだな?」
「誓います。大して意味がありませんから」
至上の料理が目の前にあるのだからと言った。魔物を信じるのは癪だが、今はこの条件で納得するしかない。俺だってこんな若さで死にたくはなかった。
(……喰い殺されるまでの猶予があるなら、刻印とやらの解除方法も探れる。ルルニアを始末するのはそれからだ)
前途多難だとため息をつき、気持ちを切り替えた。
手を差し伸べるとルルニアは虚をつかれた顔をした。
「まさか人間の手は取れないとか言う気じゃないだろうな」
「い、言いません。ただちょっと驚いただけです」
「だったら慣れろ。これから共同生活をするんならな」
互いの手と手を繋ぎ、ルルニアを立たせてやった。
窓を開けるととっくにお昼となっていた。俺は乱れたベッドを直し、横に脱ぎ捨てられていた部屋着に着替えた。木造の廊下を踏みしめて一階に降りると、ルルニアが全裸で追ってきた。
「さすがにその状態でうろつくのはやめてくれ」
ご近所づきあいのない山の中だが、人の目はある。狩りにきた猟師がお裾分けを持ってくることがあるし、急ぎで薬を買いに来る村人だっているのだ。
ルルニアの見た目は十代前半だ。もし全裸でいるのを目撃されれば一瞬で俺の評価が地に落ちる。少女趣味の変態として一生後ろ指を差されかねない。
「私の体格に合う服があるので?」
無い、と答える途中で首を捻った。俺の住居は元々山に住んでいた猟師一家の家を改修したものであり、一部の生活用品が倉庫に眠っている。
時間がある時に探しておくと言うと、ベッドシーツを羽織って現れた。布の隙間からチラチラと素肌が覗き、不可抗力で目を逸らしてしまった。
「ふふふっ、貧相な身体には欲情しないのではなかったのですか」
「欲情なんてするか。間違ってもそれで家の外に出るなよ」
「善処します。ちなみに朝食はどうされるおつもりで?」
「俺の分だけのつもりだったが、ルルニアも食えるのか」
「一応食べられはします。ろくに栄養は摂れませんが」
俺は地下の食料倉庫に入り、石のように固いパンと腸詰肉を回収した。元は大家族が暮らしていたこともあり、食堂は結構な広さの造りとなっている。
「凄い、鉄製の調理器具があるじゃないですか。これ結構な高級品ですよね?」
「村長が懇意にしてくれてな。使い古しの物を譲ってくれたんだ」
「腕が鳴りますね。では大人しく座っていて下さい」
そう言い、俺の手にあった食材を奪った。
促されて椅子に座り、困惑のまま立った。
「待て、魔物のお前が人間の料理を作れるのか?」
「作れますよ。だって私、ここに来る前は町で人間に化けて暮らしていたんですから。老夫婦の酒場で一年ぐらい料理を振舞っていたんですよ」
棚に置いていた卵を取り、片手割でボウルに落とした。慣れた手つきでかき混ぜるのを見て、俺の出る幕は無さそうだと座り直した。
「火種に使うおがくずはあります?」
「かまどの奥だ。火ぐらい俺が担当するが」
「これも契約の一環なのでお構いなく。後でこってり絞らせていただくので、大人しく座って休んで私の料理を食べて下さい」
可愛らしく片目を閉じて言い、手際よく調理を続けた。
誰かの料理を食べるなど十年ぶりで、自然と胸が躍った。
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