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第五話『ルルニアとの生活2』
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食欲をそそる香りが立ち昇り始めた頃、外でチリチリンと音が鳴った。
俺は席を外すと言って食堂を後にし、廊下に出て玄関口を目指した。
「……音は二回か、小物だな」
壁に掛けていたポーチを取って腰に回し、側面に差した柄を抜く。指と指の隙間に一投の投げナイフを構え、ポーチに入れた小瓶の中にある毒薬を刃に塗り付けた。
住居の先には小さな畑がある。その先は手入れが行き届いていない雑草の群生地となっており、そこに緑の体色の魔物が一体いた。
「やっぱりゴブリンか」
さっき鳴った鈴の音は魔物の接近を知らせるためのものだ。家の一帯には魔物が発する特別な力の波動を感知する仕掛けが張り巡らされている。
どうしてルルニアの接近時は反応しなかったか気になったが、今は後だ。俺は投げナイフを持った手を肩の位置に持ち上げ、ひと呼吸で投げた。
「ギッ!?」
「……よし」
狙い通り首に命中し、ゴブリンは倒れ伏した。
投げナイフは俺の数少ない実践的な技だ。薬の知識を学ばせてくれた先生から材料となる生き物を仕留めるための手段として習い、特技に昇華させた。
ここ数年は魔物の数が増加傾向にあるため、この程度の自衛手段は持っていないと話にならない。ゴブリンの傍に行くと、投げナイフは頸動脈を貫いていた。
「死体の処分も楽じゃないんだがな」
ゴブリンは何の薬にもならないので嫌いだ。
家に戻るとルルニアが外に出てくるところだった。
返り血を拭うための布巾を渡され、手を入念に拭いた。
「相手はゴブリンですか。よく汚れずに済みましたね」
「殴って倒したわけじゃないからな。若い個体だったから頭がよくなかったのも幸いした。それより同族の魔物を殺されたのに怒ったりしないのか?」
「ゴブリンと私が同族? それはちょっと心外ですね」
俺の認識は人間と豚を同列に扱うようなものだと言われた。魔物という括りなのは間違いないが、そこに同族意識はない。何匹死のうが胸は痛まないとのことだ。
「……悪かった。魔物はよく知らなくてな」
素直に謝るとルルニアはふくれ顔を戻した。
食堂に戻るとすでに料理が出来上がっていた。
「これはまた、ずいぶんと手間を掛けたな」
「ただのオムレツです。そんなに難しくないですよ」
「うちの道具でこんなにふっくら作れるのか」
平皿の上には美味しそうなオムレツと腸詰肉が乗っている。
喉を鳴らしてテーブル席につくとルルニアも対面に座った。
「ふふふ、そう嬉しそうだと作ったかいがありますね」
指摘を受けて自分の口元に触れると、分かりやすく口角が上がっていた。バレた以上は仕方ないと諦め、照れの残った顔でスプーンを手に取った。
「…………何だこれ、表面が硬く中が柔らかい」
割った外殻の奥からトロッとした中身が漏れてくる。ひとすくいで口に運ぶと、卵の旨みとほどよい塩味がじんわり広がって溶けて美味しかった。
ふと顔を上げると、ルルニアが両頬に手をついて俺を見守っていた。美味しいかと問われたので美味しいと応えると、柔和な笑みを浮かべた。
「俺の食事なんて見て面白いのか?」
「面白いですよ。夢中に食べてるのが可愛いです」
「よくもこの顔を見てそんなことを言えるな」
「私は好きです。強面が好みなので」
陽光に照らされた顔立ちが綺麗だった。
俺は目線を食器に戻して食事を続けた。
「────どうです? 悪くない契約だったのでは?」
食器を片付けてテーブルを拭き、ニヤニヤ顔で問うてきた。
「……これを食ったらすぐに精気を吸うのか?」
「空腹ではありますけど、今はいいです。サキュバスは夜行性なので昼間は調子が出ないんですよね。吐かないよう万全の状態で行きます」
「もし一回で吸い切れそうなら俺を殺すのか?」
「その時は迷わずに殺すでしょうね。仮に親愛の情が湧いていたとしても、食欲には勝てないと思います。魔物とはそういう生き物なので」
望みの体位があるなら事前に教えて欲しいと言われた。未経験なのに分かるものかと毒づくと、ルルニアは「じゃあ一緒に探しましょうね」と耳元でささやいた。
「…………っ、くそ」
「ムクつきましたね。優しくされるのが好みですか?」
「うるさい。さっさと行け」
しっしと手を払うとルルニアは台所に移動した。
皿洗いをしながら夜までどう過ごすのか聞かれ、午後は薬の調合をすると言った。明日は村に降りて薬を売りに行く予定があると追加で伝えた。
「それなら今日のうちに服を探さないとですね」
「まさか一緒に村へ行く気か?」
「はい。変な噂が広まる前に先手を打つべきかと」
一理はある考えだった。
けどルルニアみたいな少女をこんな山奥に住ませておく理由が思い当たらなかった。下手な言い訳は不信感を抱かせるだけになる。当分は留守を預かって欲しいと言っておいた。
「あんまり遅いと勝手に外へ出ちゃうかもですよ」
「分かった。なるべく早めに対策を考えておく」
世話になった村人に嘘をつくのは気が引ける。でもルルニアがここにいる限り、他の誰かが犠牲になることは無くなる。そう自分に言い聞かせた。
(……何にせよ、今は薬の準備が先か)
食後の祈りを済ませ、料理の礼を言って食堂を出た。
俺は席を外すと言って食堂を後にし、廊下に出て玄関口を目指した。
「……音は二回か、小物だな」
壁に掛けていたポーチを取って腰に回し、側面に差した柄を抜く。指と指の隙間に一投の投げナイフを構え、ポーチに入れた小瓶の中にある毒薬を刃に塗り付けた。
住居の先には小さな畑がある。その先は手入れが行き届いていない雑草の群生地となっており、そこに緑の体色の魔物が一体いた。
「やっぱりゴブリンか」
さっき鳴った鈴の音は魔物の接近を知らせるためのものだ。家の一帯には魔物が発する特別な力の波動を感知する仕掛けが張り巡らされている。
どうしてルルニアの接近時は反応しなかったか気になったが、今は後だ。俺は投げナイフを持った手を肩の位置に持ち上げ、ひと呼吸で投げた。
「ギッ!?」
「……よし」
狙い通り首に命中し、ゴブリンは倒れ伏した。
投げナイフは俺の数少ない実践的な技だ。薬の知識を学ばせてくれた先生から材料となる生き物を仕留めるための手段として習い、特技に昇華させた。
ここ数年は魔物の数が増加傾向にあるため、この程度の自衛手段は持っていないと話にならない。ゴブリンの傍に行くと、投げナイフは頸動脈を貫いていた。
「死体の処分も楽じゃないんだがな」
ゴブリンは何の薬にもならないので嫌いだ。
家に戻るとルルニアが外に出てくるところだった。
返り血を拭うための布巾を渡され、手を入念に拭いた。
「相手はゴブリンですか。よく汚れずに済みましたね」
「殴って倒したわけじゃないからな。若い個体だったから頭がよくなかったのも幸いした。それより同族の魔物を殺されたのに怒ったりしないのか?」
「ゴブリンと私が同族? それはちょっと心外ですね」
俺の認識は人間と豚を同列に扱うようなものだと言われた。魔物という括りなのは間違いないが、そこに同族意識はない。何匹死のうが胸は痛まないとのことだ。
「……悪かった。魔物はよく知らなくてな」
素直に謝るとルルニアはふくれ顔を戻した。
食堂に戻るとすでに料理が出来上がっていた。
「これはまた、ずいぶんと手間を掛けたな」
「ただのオムレツです。そんなに難しくないですよ」
「うちの道具でこんなにふっくら作れるのか」
平皿の上には美味しそうなオムレツと腸詰肉が乗っている。
喉を鳴らしてテーブル席につくとルルニアも対面に座った。
「ふふふ、そう嬉しそうだと作ったかいがありますね」
指摘を受けて自分の口元に触れると、分かりやすく口角が上がっていた。バレた以上は仕方ないと諦め、照れの残った顔でスプーンを手に取った。
「…………何だこれ、表面が硬く中が柔らかい」
割った外殻の奥からトロッとした中身が漏れてくる。ひとすくいで口に運ぶと、卵の旨みとほどよい塩味がじんわり広がって溶けて美味しかった。
ふと顔を上げると、ルルニアが両頬に手をついて俺を見守っていた。美味しいかと問われたので美味しいと応えると、柔和な笑みを浮かべた。
「俺の食事なんて見て面白いのか?」
「面白いですよ。夢中に食べてるのが可愛いです」
「よくもこの顔を見てそんなことを言えるな」
「私は好きです。強面が好みなので」
陽光に照らされた顔立ちが綺麗だった。
俺は目線を食器に戻して食事を続けた。
「────どうです? 悪くない契約だったのでは?」
食器を片付けてテーブルを拭き、ニヤニヤ顔で問うてきた。
「……これを食ったらすぐに精気を吸うのか?」
「空腹ではありますけど、今はいいです。サキュバスは夜行性なので昼間は調子が出ないんですよね。吐かないよう万全の状態で行きます」
「もし一回で吸い切れそうなら俺を殺すのか?」
「その時は迷わずに殺すでしょうね。仮に親愛の情が湧いていたとしても、食欲には勝てないと思います。魔物とはそういう生き物なので」
望みの体位があるなら事前に教えて欲しいと言われた。未経験なのに分かるものかと毒づくと、ルルニアは「じゃあ一緒に探しましょうね」と耳元でささやいた。
「…………っ、くそ」
「ムクつきましたね。優しくされるのが好みですか?」
「うるさい。さっさと行け」
しっしと手を払うとルルニアは台所に移動した。
皿洗いをしながら夜までどう過ごすのか聞かれ、午後は薬の調合をすると言った。明日は村に降りて薬を売りに行く予定があると追加で伝えた。
「それなら今日のうちに服を探さないとですね」
「まさか一緒に村へ行く気か?」
「はい。変な噂が広まる前に先手を打つべきかと」
一理はある考えだった。
けどルルニアみたいな少女をこんな山奥に住ませておく理由が思い当たらなかった。下手な言い訳は不信感を抱かせるだけになる。当分は留守を預かって欲しいと言っておいた。
「あんまり遅いと勝手に外へ出ちゃうかもですよ」
「分かった。なるべく早めに対策を考えておく」
世話になった村人に嘘をつくのは気が引ける。でもルルニアがここにいる限り、他の誰かが犠牲になることは無くなる。そう自分に言い聞かせた。
(……何にせよ、今は薬の準備が先か)
食後の祈りを済ませ、料理の礼を言って食堂を出た。
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