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第十二話『朝の支度3』
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ルルニアを寝かしつけて一階に降りた。硬いパンに焼いたハムといった献立を用意して食べるが、普段感じている以上に味気無かった。
「……美味しくないな」
昨日食べたオムレツや野菜スープが恋しかった。胃袋を掴まれるというのはこういうことなのかと、骨身に沁みて実感させられた。
食事後にお湯を張った桶を持っていくとルルニアが起きた。温めた布巾を絞って汗を拭けるか聞くと、俺が拭くように頼んできた。
「やるのは背中だけだからな」
「えー」
「えーじゃない。俺はこれから村に用事がある。変な気分を抱えて働きたくない」
あからさまに不満そうな顔をされるが無視した。
うなじと背中を拭いてやり、腰の辺りを拭った。
「お尻は拭いて下さらないんですか」
「残りは自分で出来るだろ。今回はダメだ」
「だったら次はやってもいいと?」
「うるさい、終わったら片付けるからな」
ルルニアは「はーい」と言って身体の前側を拭いた。終わったら俺に布巾を返し、大人しく横になった。まだ本調子ではなさそうだ。
「昼食は……、麦粥を作るわけにもいかんしな」
そう呟くと空腹感は無いと言われた。早朝の精気を消化中らしく、夕方ごろまでは食事の必要がないという。改めて便利な作りの身体だ。
「おやつを置いていってもいいですよ」
「おやつ?」
「あなたの精子です」
「そうか、そんなに元気なら大丈夫だ」
抗議の声を無視して一階に戻り、溜まった洗濯物を水洗いで干した。薬草の水やりを済ませて納屋に入り、昨日のうちに準備していた薬を籠に入れた。
下痢止めに腰痛の軟膏に喉に効く蜂蜜飴と、籠の底がすぐ満杯となる。これを売った金で使い古しの道具類や数日分の食材を買い込んだりするわけだ。
「よし、忘れ物はないな」
籠はひと一人入れるぐらい大きい。これを背負って山を四十分ほど歩き、平地に出てから追加で二十分歩く。そうすれば目的の村に到着する。
納屋の扉を閉じて外に出ると、自室の窓が開かれた。
裸のルルニアが顔を出し、洗濯物と俺を交互に見た。
「すいません。お洗濯までやらせてしまって」
「具合が悪い時はいい。準備が済んだから出発するが、ルルニアは家から出るなよ。もし熊や泥棒が入ってきたら隠れてやり過ごせ」
「そうします。他にやることはあります?」
「何もしないでいるのが暇だって言うなら、目についた場所の掃除をしてくれればいい。別に明日でもいいから無理だけはするな」
玄関の戸締りをしようと鍵を取り出し、手を止めた。不在の時に家の管理を任せるなら、この鍵はルルニアが持っていた方がいいのかもしれない。
「ルルニア、ちょっと────」
来てくれ、と言い掛けたところで口をつぐんだ。患者を動かすこともないため家の中に戻ると、シーツを羽織ったルルニアが階段から降りてきた。
「こっちから行くつもりだったんだが」
「お手を煩わせたくなかったので」
「歩かせて悪かった。これを渡したくてな」
鍵を渡すとルルニアは目を瞬かせた。
「今後は家を任せる。これは共犯の証みたいなものだ」
「いいんですか?」
「他の人を襲わないと言った誓いを俺は信じると決めた」
ルルニアは恐る恐る鍵を握り、直後に足をふらつかせた。声は張りがなくてくぐもっており、髪のふんわり感も落ちている。夜に調子が戻るかも微妙な容体だ。
「やっぱり家に残って看病するか?」
「お気になさらず。お薬を売って無事に帰ってきて、夜に私の糧となって下さい」
「働き疲れた上にこってり絞られるのか」
「代わりにあなたを支えます。この鍵に誓って、共犯者としてできることをします」
そう言って俺の外着の襟に手を伸ばし、首元を絞めるための紐を結んだ。手招きされたので腰を落とすと、頬に唇がチョンと触れる感触があった。
「いってらっしゃい、あなた」
頬の微かな赤みは演技か本心か、どちらにせよ悪い気はしなかった。
「あぁ、できるだけ早く帰る」
俺は手を振り返して歩き出した。森に入るところで振り返ると、ルルニアはまだそこにいてくれた。眩い朝日に照らされた立ち姿が美しかった。
鬱蒼と茂る森の道を歩くが、不思議と足が軽かった。獣道から飛び出したイノシシと遭遇するが、何故か俺の顔を見ると奇声を発して逃げた。
「……顔に何かついてるのか?」
道中の水溜まりに顔を映すと、不気味なほど口角が上がっていた。とっさに口を撫でくり回すが、なかなか元の仏頂面に戻らない。歩きながら頑張っていつもの表情に戻した。
山を下りると麓に小さな村が見えた。家は二十軒そこらしか建っておらず、ほとんどが丸太で組んだ造りとなっている。村の外周は畑で埋まっており、放し飼いの鶏が闊歩しているのどかさだ。
踏み固められた道をまっすぐ歩いていると、遠方に騎乗した集団が見えた。掲げる旗は王国の騎士団を示すもので、十数人の団員がいた。定時の巡回にしては数が多く、難癖をつけられる前に首を垂れた。
「────すまない。君はあの村の村民だろうか」
騎士団は俺の前を通り過ぎず立ち止まった。兜を脱いで声を掛けてきたのは同い年ぐらいの男性で、金髪碧眼の爽やかな顔立ちをしていた。
「……美味しくないな」
昨日食べたオムレツや野菜スープが恋しかった。胃袋を掴まれるというのはこういうことなのかと、骨身に沁みて実感させられた。
食事後にお湯を張った桶を持っていくとルルニアが起きた。温めた布巾を絞って汗を拭けるか聞くと、俺が拭くように頼んできた。
「やるのは背中だけだからな」
「えー」
「えーじゃない。俺はこれから村に用事がある。変な気分を抱えて働きたくない」
あからさまに不満そうな顔をされるが無視した。
うなじと背中を拭いてやり、腰の辺りを拭った。
「お尻は拭いて下さらないんですか」
「残りは自分で出来るだろ。今回はダメだ」
「だったら次はやってもいいと?」
「うるさい、終わったら片付けるからな」
ルルニアは「はーい」と言って身体の前側を拭いた。終わったら俺に布巾を返し、大人しく横になった。まだ本調子ではなさそうだ。
「昼食は……、麦粥を作るわけにもいかんしな」
そう呟くと空腹感は無いと言われた。早朝の精気を消化中らしく、夕方ごろまでは食事の必要がないという。改めて便利な作りの身体だ。
「おやつを置いていってもいいですよ」
「おやつ?」
「あなたの精子です」
「そうか、そんなに元気なら大丈夫だ」
抗議の声を無視して一階に戻り、溜まった洗濯物を水洗いで干した。薬草の水やりを済ませて納屋に入り、昨日のうちに準備していた薬を籠に入れた。
下痢止めに腰痛の軟膏に喉に効く蜂蜜飴と、籠の底がすぐ満杯となる。これを売った金で使い古しの道具類や数日分の食材を買い込んだりするわけだ。
「よし、忘れ物はないな」
籠はひと一人入れるぐらい大きい。これを背負って山を四十分ほど歩き、平地に出てから追加で二十分歩く。そうすれば目的の村に到着する。
納屋の扉を閉じて外に出ると、自室の窓が開かれた。
裸のルルニアが顔を出し、洗濯物と俺を交互に見た。
「すいません。お洗濯までやらせてしまって」
「具合が悪い時はいい。準備が済んだから出発するが、ルルニアは家から出るなよ。もし熊や泥棒が入ってきたら隠れてやり過ごせ」
「そうします。他にやることはあります?」
「何もしないでいるのが暇だって言うなら、目についた場所の掃除をしてくれればいい。別に明日でもいいから無理だけはするな」
玄関の戸締りをしようと鍵を取り出し、手を止めた。不在の時に家の管理を任せるなら、この鍵はルルニアが持っていた方がいいのかもしれない。
「ルルニア、ちょっと────」
来てくれ、と言い掛けたところで口をつぐんだ。患者を動かすこともないため家の中に戻ると、シーツを羽織ったルルニアが階段から降りてきた。
「こっちから行くつもりだったんだが」
「お手を煩わせたくなかったので」
「歩かせて悪かった。これを渡したくてな」
鍵を渡すとルルニアは目を瞬かせた。
「今後は家を任せる。これは共犯の証みたいなものだ」
「いいんですか?」
「他の人を襲わないと言った誓いを俺は信じると決めた」
ルルニアは恐る恐る鍵を握り、直後に足をふらつかせた。声は張りがなくてくぐもっており、髪のふんわり感も落ちている。夜に調子が戻るかも微妙な容体だ。
「やっぱり家に残って看病するか?」
「お気になさらず。お薬を売って無事に帰ってきて、夜に私の糧となって下さい」
「働き疲れた上にこってり絞られるのか」
「代わりにあなたを支えます。この鍵に誓って、共犯者としてできることをします」
そう言って俺の外着の襟に手を伸ばし、首元を絞めるための紐を結んだ。手招きされたので腰を落とすと、頬に唇がチョンと触れる感触があった。
「いってらっしゃい、あなた」
頬の微かな赤みは演技か本心か、どちらにせよ悪い気はしなかった。
「あぁ、できるだけ早く帰る」
俺は手を振り返して歩き出した。森に入るところで振り返ると、ルルニアはまだそこにいてくれた。眩い朝日に照らされた立ち姿が美しかった。
鬱蒼と茂る森の道を歩くが、不思議と足が軽かった。獣道から飛び出したイノシシと遭遇するが、何故か俺の顔を見ると奇声を発して逃げた。
「……顔に何かついてるのか?」
道中の水溜まりに顔を映すと、不気味なほど口角が上がっていた。とっさに口を撫でくり回すが、なかなか元の仏頂面に戻らない。歩きながら頑張っていつもの表情に戻した。
山を下りると麓に小さな村が見えた。家は二十軒そこらしか建っておらず、ほとんどが丸太で組んだ造りとなっている。村の外周は畑で埋まっており、放し飼いの鶏が闊歩しているのどかさだ。
踏み固められた道をまっすぐ歩いていると、遠方に騎乗した集団が見えた。掲げる旗は王国の騎士団を示すもので、十数人の団員がいた。定時の巡回にしては数が多く、難癖をつけられる前に首を垂れた。
「────すまない。君はあの村の村民だろうか」
騎士団は俺の前を通り過ぎず立ち止まった。兜を脱いで声を掛けてきたのは同い年ぐらいの男性で、金髪碧眼の爽やかな顔立ちをしていた。
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