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第十四話『山のふもとの村2』
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道に籠を置くと村人が集まってきた。真っ先に騎士団について聞かれ、横暴な貴族ではないと説明した。最初は半信半疑だったが、子どもが手を振り返してもらったと言うと懐疑心が薄くなった。
「あの甲冑、領主様のとこの騎士じゃなかったべ。どこんだ?」
「たぶん王国の首都だ。傭兵だった時に戦場で見たことある」
「へぇ、中央の騎士様はずいぶんとご立派なんだべな」
俺の前で集会が始まった。会話に聞き耳を立てながら準備を進め、道に立てかけてあった板を敷いて商品となる薬を並べた。例年通り整腸系の薬が売れ、他の薬も想定通りに減っていった。
「よぉ、グレイゼル先生! 元気にしてたか!」
途中で気風の良い男性が声を掛けてきた。年齢は三十後半で、村の若い衆と共に一帯の建築を担っている。俺の家を修繕・改修してくれたのもこの人だ。
「それなり元気だ。今日は何か買っていくのか」
「腰痛に効く軟膏にしよう! 今回は多めに三つ頼むぞ!」
「まだ在庫はあるな。代金は銀貨で三枚だ」
こういう売買では値切りがつきものだ。だが薬を相場より安く売っているのと、値切りのやり取りをしたくない俺の心情が周知され、固定の額で薬の売買を行っている。
「やっぱりグレイゼル先生の薬は別格だ! 前に行商人が持ってきた安物を試したんだが、むしろ腹が痛くなって死に掛けたとこだ!」
「……それは災難だったな」
「おうよ! しばらくは若い衆に仕事を任せきりでな、情けないとこを見せちまった。介抱してくれる嫁さんがいればと思うばかりだ!」
がははは、と陽気な笑い声が広場に響いた。齢三十ともなれば家庭を持つのが普通だが、ここらの地域では『独身になってしまった』者が多い。
広場にいる村人の比率は男性九割に女性一割と極端な偏りがある。原因は数年前まで流行していた『魔女の妬み』という極めて凶悪な病のせいだ。
魔女の妬みは女性にしか罹らず、一度発症すれば自然治癒しない。特効薬は開発されていたが、新薬で製法が広まってなかった。旅の途中でこの村に立ち寄り、薬を作って数人の女性を救った。
(……あれがあったから馴染むのも早かったな)
人付き合いは苦手だ。薬の製法を置いて村を離れようとしたところを引き止められなかったら、俺は今も旅を続けていた。懐かしい記憶を振り返っていき、ふと思い出した。
俺はロアから聞いた中継地の話をし、村が発展すれば女性も来るはずと言った。すると広場の男性たちの目の色が変わった。候補なだけと訂正するが興奮は収まらなかった。
「こんな機会二度とあるめぇ。騎士様に気に入ってもらう他ないべ!」
「んだんだ。ここを逃したらこの村は数年で干からびちまう!」
「祭りでもすっか? でも顰蹙を買うのも怖いべな」
貧乏な俺たちに出せる袖の下などない。選ばれるには村の魅力を知ってもらう他なかった。
食料の生産性は川下にある村に負け、建物の建築力は川上にある村に負けている。うちが誇れるのはここが交通の要所という点と、人口の割には大きな酒場があるぐらいだ。
「先生もこっちの村の応援をしてくれんだよな!?」
「い、一応そのつもりでいる」
「今日は酒場で飲み会すんべ! 出席してくれんか!」
「今日は付き合えない。用事がある」
「別の村に行くのか? 頼むからそっちの味方はせんでけろ!」
凄まじい剣幕で詰められて協力に応じてしまった。
「先生がいてくれるなら百人力だ!」
「んだんだ! これなら戦えるべ!」
村人は村長の声明を待つことに決め、中断していた仕事に戻っていった。入れ替わるように現れたのは村の子どもたちで、意気揚々と硬貨を見せてきた。
「せんせい、あめください!」
「子どもは銅貨一枚で三粒だ。喉に詰まらせるなよ」
「ありがとう! おいしい!」
「おいおい、もう全部食べたのか」
蜂蜜飴には薬草が練り込んである。後味が爽やかな香草の汁も入れてあるため、美味しく楽しく健やかに食べられる。これも売れ筋の一つだ。
「せんせい、おなかのおくすりください」
遅れて声を掛けてきたのは小さな女の子だ。
魔女の妬みに罹った母親が最期の気力を振り絞って出産を果たし、そのまま力尽きた。俺もその場に立ち会っていたため、この子を見ると当時の無力感がよみがえる。
「はい、どうぞ。お父さんは元気にしてたか」
「うん、でもおにいちゃんがみちくさたべちゃって」
「それは危ないな。こっぴどく叱られたんじゃないか?」
「すっごくおこられた。でもわたしはたべてないよ」
偉いと褒め、ポンポンと頭を撫でてやった。
子どもたちは広場で鬼ごっこを行い、そのままどこぞへと行ってしまった。俺も薬を九割方売り終えたため、今日はもう店じまいだ。
「昼過ぎか、酒場で軽く食って行くか」
壺入りの蜂蜜や丸薬の繋ぎとなる小麦粉が欲しい。料理の幅を広げるために牛乳を買うのもいい。食品の仕入れは酒場に頼んでいるため、食事と取引はセットとなる。
歩き出す前に村長の屋敷の庭を見るが、まだロアの騎士団が駐留していた。もしルルニアとの暮らしがバレれば打ち首は確実、困った時期に来訪してきたものだ。
「……これからどうなるやらだ」
絶対にボロを出さぬと誓い、俺は来た道を戻った。
「あの甲冑、領主様のとこの騎士じゃなかったべ。どこんだ?」
「たぶん王国の首都だ。傭兵だった時に戦場で見たことある」
「へぇ、中央の騎士様はずいぶんとご立派なんだべな」
俺の前で集会が始まった。会話に聞き耳を立てながら準備を進め、道に立てかけてあった板を敷いて商品となる薬を並べた。例年通り整腸系の薬が売れ、他の薬も想定通りに減っていった。
「よぉ、グレイゼル先生! 元気にしてたか!」
途中で気風の良い男性が声を掛けてきた。年齢は三十後半で、村の若い衆と共に一帯の建築を担っている。俺の家を修繕・改修してくれたのもこの人だ。
「それなり元気だ。今日は何か買っていくのか」
「腰痛に効く軟膏にしよう! 今回は多めに三つ頼むぞ!」
「まだ在庫はあるな。代金は銀貨で三枚だ」
こういう売買では値切りがつきものだ。だが薬を相場より安く売っているのと、値切りのやり取りをしたくない俺の心情が周知され、固定の額で薬の売買を行っている。
「やっぱりグレイゼル先生の薬は別格だ! 前に行商人が持ってきた安物を試したんだが、むしろ腹が痛くなって死に掛けたとこだ!」
「……それは災難だったな」
「おうよ! しばらくは若い衆に仕事を任せきりでな、情けないとこを見せちまった。介抱してくれる嫁さんがいればと思うばかりだ!」
がははは、と陽気な笑い声が広場に響いた。齢三十ともなれば家庭を持つのが普通だが、ここらの地域では『独身になってしまった』者が多い。
広場にいる村人の比率は男性九割に女性一割と極端な偏りがある。原因は数年前まで流行していた『魔女の妬み』という極めて凶悪な病のせいだ。
魔女の妬みは女性にしか罹らず、一度発症すれば自然治癒しない。特効薬は開発されていたが、新薬で製法が広まってなかった。旅の途中でこの村に立ち寄り、薬を作って数人の女性を救った。
(……あれがあったから馴染むのも早かったな)
人付き合いは苦手だ。薬の製法を置いて村を離れようとしたところを引き止められなかったら、俺は今も旅を続けていた。懐かしい記憶を振り返っていき、ふと思い出した。
俺はロアから聞いた中継地の話をし、村が発展すれば女性も来るはずと言った。すると広場の男性たちの目の色が変わった。候補なだけと訂正するが興奮は収まらなかった。
「こんな機会二度とあるめぇ。騎士様に気に入ってもらう他ないべ!」
「んだんだ。ここを逃したらこの村は数年で干からびちまう!」
「祭りでもすっか? でも顰蹙を買うのも怖いべな」
貧乏な俺たちに出せる袖の下などない。選ばれるには村の魅力を知ってもらう他なかった。
食料の生産性は川下にある村に負け、建物の建築力は川上にある村に負けている。うちが誇れるのはここが交通の要所という点と、人口の割には大きな酒場があるぐらいだ。
「先生もこっちの村の応援をしてくれんだよな!?」
「い、一応そのつもりでいる」
「今日は酒場で飲み会すんべ! 出席してくれんか!」
「今日は付き合えない。用事がある」
「別の村に行くのか? 頼むからそっちの味方はせんでけろ!」
凄まじい剣幕で詰められて協力に応じてしまった。
「先生がいてくれるなら百人力だ!」
「んだんだ! これなら戦えるべ!」
村人は村長の声明を待つことに決め、中断していた仕事に戻っていった。入れ替わるように現れたのは村の子どもたちで、意気揚々と硬貨を見せてきた。
「せんせい、あめください!」
「子どもは銅貨一枚で三粒だ。喉に詰まらせるなよ」
「ありがとう! おいしい!」
「おいおい、もう全部食べたのか」
蜂蜜飴には薬草が練り込んである。後味が爽やかな香草の汁も入れてあるため、美味しく楽しく健やかに食べられる。これも売れ筋の一つだ。
「せんせい、おなかのおくすりください」
遅れて声を掛けてきたのは小さな女の子だ。
魔女の妬みに罹った母親が最期の気力を振り絞って出産を果たし、そのまま力尽きた。俺もその場に立ち会っていたため、この子を見ると当時の無力感がよみがえる。
「はい、どうぞ。お父さんは元気にしてたか」
「うん、でもおにいちゃんがみちくさたべちゃって」
「それは危ないな。こっぴどく叱られたんじゃないか?」
「すっごくおこられた。でもわたしはたべてないよ」
偉いと褒め、ポンポンと頭を撫でてやった。
子どもたちは広場で鬼ごっこを行い、そのままどこぞへと行ってしまった。俺も薬を九割方売り終えたため、今日はもう店じまいだ。
「昼過ぎか、酒場で軽く食って行くか」
壺入りの蜂蜜や丸薬の繋ぎとなる小麦粉が欲しい。料理の幅を広げるために牛乳を買うのもいい。食品の仕入れは酒場に頼んでいるため、食事と取引はセットとなる。
歩き出す前に村長の屋敷の庭を見るが、まだロアの騎士団が駐留していた。もしルルニアとの暮らしがバレれば打ち首は確実、困った時期に来訪してきたものだ。
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