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第十八話『夜伽の時間3』
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苦し気なルルニアに薬を飲ませ、自室がある二階へと送り届けた。
俺は一階に降りて桶に水を汲み、家の外に出て水を真上から浴びた。
一日働いて汗臭かったのもそうだが、一番は頭を冷やしたかった。まぶたの裏に浮かぶのはルルニアのことばかり、心臓が早鐘を打って情緒が安定しなかった。
「これは刻印のせい……じゃないよな」
夜伽の最中に気づかされた。俺はルルニアを好きになっていた。
今しがたの性行為で三回も精気を奪われて殺される機会があったが、恐怖も怒りもなかった。胸中にはそれらを上回るルルニアへの好意だけが残っていた。
「────俺はルルニアが好きだ」
口にすると心がスッと軽くなった。この高揚感のまま愛を伝えに行きたくなるが、まだその段階ではない。告白の機会は今じゃないと断言できた。
「恋愛経験に乏しい俺でも分かる。ある程度は好かれているかもしれないが、あくまで都合の良い人間としてだ。ルルニアは俺に恋愛感情を抱いていない」
相手はサキュバスであり人間ではない。性行為は男女の仲の判定基準としては弱い。俺を『個』として認識してはいるが、眼差しは極上の獲物を前にした獣と相違なかった。
なら性行為を介さず関係性を構築すればいいかと言えばそれも違う。サキュバスにとって性行為は命の在り方、否定せず正面から向き合わねば心を掴むことなどできない。
ルルニアと愛を深めて行くのならば、今回のように流されたままはではダメだ。施しを受けるばかりでは面白くないと愛想をつかされ、獲物として搾り取られて死ぬ。
「俺からも動かなければルルニアをモノにできない」
臆さず性行為と向き合い、対等な存在として認識させる。
具体的な方策は決まってないが、目指す道筋は定まった。
俺はもう一度水を被り、手ぐしで水気を払った。そして階段を上って自室の扉を開けた。
ルルニアはベッドの縁に座り、ランプの明かりの傍で俺を待っていた。手元にあったのは薬の研究結果をまとめるのに使用している褪せた羊皮紙だった。
「それの内容が分かるのか?」
「いえまったく、ただ丁寧で読みやすい文面だと思いまして」
「薬の手記は誰が呼んでも分かりやすいようにしろって言われてきたからな。俺が死んだら蓄えた知識は次代の薬屋に委ねろって口を酸っぱく言われた。紙を買う代金も安くないんだがな」
愚痴を言ってベッドに座ると、ルルニアがランプの火を消した。
シーツに潜り込んで入口を持ち上げ、隣に来るように誘ってきた。
「今日は朝と違って回復が早いな」
「薬をもらいましたし、今は夜ですから。サキュバスとしての能力が高まるので、精気の消化もしやすくなるようです。良い発見です」
「今後は昼間の性行為は避けるのか?」
「悩みはしたんですけど、昼間もやれる時はやります。慣れの部分も大きいと思うので、回数をこなして来たるべき日を一日でも早めます」
俺を捕食する意思は変わっていない。関節的に恋愛対象として見られていない証明になるが、考察の答え合わせができた納得感もあった。
(……機会なんてこれからいくらでも作り出せる)
そう考えてベッドに寝そべった。ルルニアがシーツに潜ったまま出てこないと思っていると、中でモゾモゾ蠢いてから裸となった。
「やっぱり服は脱ぐのか」
「気持ち良いですよ。あなたも試しませんか?」
「俺は別に……それもいいか」
凝り固まった考えのままでは状況を覆せない。
パンツ以外の服を脱ぐと、意外な顔をされた。
「確かに肌に布が擦れる感じが悪くないな。ちょっとだけ寒さはあるが、隣に人がいてくれるならちょうどいい。今後もこれにするか」
「急にどうしました? 変な物でも食べましたので?」
「脱いでみたらって言ったのはルルニアだぞ。からかっただけだとしても遅い、俺もこの寝方が気に入った。寒くなるまでこれで行く」
今夜も髪の匂いを嗅いでいいかと聞くと、仕方なさそうに了承してくれた。
「ありがとう、ルルニア」
「もう、本当に好きですね」
やっぱりルルニアの匂いは安心する。このまま寝てしまっても良かったが、先に今日の夜伽の内容がどうか聞かれた。性癖の暴露は恥ずかしかったが、相手がルルニアだと思えば割り切れた。
「亀頭の上から手で撫で回されるの、あれは悪くなかった」
「気持ち良さそうにしていましたもんね」
「あと数字を数えるやつ、意味は分からないけど嫌いじゃない」
「なるほど、友人の真似事は有効でしたか」
俺の身体への理解を深めるルルニアへ、一つ提案してみた。
「たまにでいい。今日の朝みたいに性行為の主導権を俺にくれないか?」
「それは構いませんが、ずいぶんな心変わりですね」
「逃げられないなら楽しむべきってルルニアが言っただろ。喰われる未来が変わらないなら、その意見に乗ってみるのも悪くないって思ったんだ」
無論、そんな結末を認める気は毛頭ない。
人間とサキュバスが付き合う上で最大の障害となる『精気の量』は達成しているため、後は俺個人を好きにさせるだけだ。共同生活を経て『殺せない』と心から思わせるのが最終目標だ。
(────ダメで元々、性癖の開発でも何でもやってやる)
新たな覚悟を胸に抱き、今日という日を終わらせた。
俺は一階に降りて桶に水を汲み、家の外に出て水を真上から浴びた。
一日働いて汗臭かったのもそうだが、一番は頭を冷やしたかった。まぶたの裏に浮かぶのはルルニアのことばかり、心臓が早鐘を打って情緒が安定しなかった。
「これは刻印のせい……じゃないよな」
夜伽の最中に気づかされた。俺はルルニアを好きになっていた。
今しがたの性行為で三回も精気を奪われて殺される機会があったが、恐怖も怒りもなかった。胸中にはそれらを上回るルルニアへの好意だけが残っていた。
「────俺はルルニアが好きだ」
口にすると心がスッと軽くなった。この高揚感のまま愛を伝えに行きたくなるが、まだその段階ではない。告白の機会は今じゃないと断言できた。
「恋愛経験に乏しい俺でも分かる。ある程度は好かれているかもしれないが、あくまで都合の良い人間としてだ。ルルニアは俺に恋愛感情を抱いていない」
相手はサキュバスであり人間ではない。性行為は男女の仲の判定基準としては弱い。俺を『個』として認識してはいるが、眼差しは極上の獲物を前にした獣と相違なかった。
なら性行為を介さず関係性を構築すればいいかと言えばそれも違う。サキュバスにとって性行為は命の在り方、否定せず正面から向き合わねば心を掴むことなどできない。
ルルニアと愛を深めて行くのならば、今回のように流されたままはではダメだ。施しを受けるばかりでは面白くないと愛想をつかされ、獲物として搾り取られて死ぬ。
「俺からも動かなければルルニアをモノにできない」
臆さず性行為と向き合い、対等な存在として認識させる。
具体的な方策は決まってないが、目指す道筋は定まった。
俺はもう一度水を被り、手ぐしで水気を払った。そして階段を上って自室の扉を開けた。
ルルニアはベッドの縁に座り、ランプの明かりの傍で俺を待っていた。手元にあったのは薬の研究結果をまとめるのに使用している褪せた羊皮紙だった。
「それの内容が分かるのか?」
「いえまったく、ただ丁寧で読みやすい文面だと思いまして」
「薬の手記は誰が呼んでも分かりやすいようにしろって言われてきたからな。俺が死んだら蓄えた知識は次代の薬屋に委ねろって口を酸っぱく言われた。紙を買う代金も安くないんだがな」
愚痴を言ってベッドに座ると、ルルニアがランプの火を消した。
シーツに潜り込んで入口を持ち上げ、隣に来るように誘ってきた。
「今日は朝と違って回復が早いな」
「薬をもらいましたし、今は夜ですから。サキュバスとしての能力が高まるので、精気の消化もしやすくなるようです。良い発見です」
「今後は昼間の性行為は避けるのか?」
「悩みはしたんですけど、昼間もやれる時はやります。慣れの部分も大きいと思うので、回数をこなして来たるべき日を一日でも早めます」
俺を捕食する意思は変わっていない。関節的に恋愛対象として見られていない証明になるが、考察の答え合わせができた納得感もあった。
(……機会なんてこれからいくらでも作り出せる)
そう考えてベッドに寝そべった。ルルニアがシーツに潜ったまま出てこないと思っていると、中でモゾモゾ蠢いてから裸となった。
「やっぱり服は脱ぐのか」
「気持ち良いですよ。あなたも試しませんか?」
「俺は別に……それもいいか」
凝り固まった考えのままでは状況を覆せない。
パンツ以外の服を脱ぐと、意外な顔をされた。
「確かに肌に布が擦れる感じが悪くないな。ちょっとだけ寒さはあるが、隣に人がいてくれるならちょうどいい。今後もこれにするか」
「急にどうしました? 変な物でも食べましたので?」
「脱いでみたらって言ったのはルルニアだぞ。からかっただけだとしても遅い、俺もこの寝方が気に入った。寒くなるまでこれで行く」
今夜も髪の匂いを嗅いでいいかと聞くと、仕方なさそうに了承してくれた。
「ありがとう、ルルニア」
「もう、本当に好きですね」
やっぱりルルニアの匂いは安心する。このまま寝てしまっても良かったが、先に今日の夜伽の内容がどうか聞かれた。性癖の暴露は恥ずかしかったが、相手がルルニアだと思えば割り切れた。
「亀頭の上から手で撫で回されるの、あれは悪くなかった」
「気持ち良さそうにしていましたもんね」
「あと数字を数えるやつ、意味は分からないけど嫌いじゃない」
「なるほど、友人の真似事は有効でしたか」
俺の身体への理解を深めるルルニアへ、一つ提案してみた。
「たまにでいい。今日の朝みたいに性行為の主導権を俺にくれないか?」
「それは構いませんが、ずいぶんな心変わりですね」
「逃げられないなら楽しむべきってルルニアが言っただろ。喰われる未来が変わらないなら、その意見に乗ってみるのも悪くないって思ったんだ」
無論、そんな結末を認める気は毛頭ない。
人間とサキュバスが付き合う上で最大の障害となる『精気の量』は達成しているため、後は俺個人を好きにさせるだけだ。共同生活を経て『殺せない』と心から思わせるのが最終目標だ。
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