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第十九話『慌ただしい朝1』
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翌日の朝は何事もなく起床した。目覚めてすぐにルルニアと目が合い、寝起きの倦怠感のままベッドでじゃれた。抱きしめてつむじを嗅ぐと、お返しとばかりに首筋を強く吸われた。
「残念、襟で隠せないとろこにキスの痕をつけちゃいました。これから私の髪の匂いを嗅ぐたびにつけます。うかつに外に出られなくなりますよ」
「あぁ、今日は一日家にいる気だったから構わない」
「え、嫌がらないんですか? 魔物に好きにされちゃってるんですよ? 強がりならもっとキスの痕を……って、頭を嗅がないで下さい!?」
胸元をポカポカ叩かれるが痛くない。ルルニアも本気で嫌がってはいなかった。
目が冴えて来たところでベッドから抜け出し、服を着てから廊下に出た。窓を開けると清々しい風が流れ、子気味良い小鳥のさえずりが聞こえる。あくびをしながら身体を伸ばすとルルニアが隣に立った。
「いいですね。今日も絶好のお洗濯日和です」
手で日よけを作って山向こうを眺めている。毎日洗濯しなくてもいいと言うと、ルルニアは裸の上に羽織ったシーツの端を摘まんだ。
「せっかく水を自由に使えるところに家があるんですよ。だったら使わなきゃ損です。綺麗にしてた方が薬屋としての外聞も立ちますし」
「でもこんな頻度で洗濯してたら疲れないか?」
「私は汚い方が嫌です。都会でも田舎でも服は数日着てから洗うものですが、毎日綺麗にしていた方が晴れやかな気分になれるんですよ」
汚れた服を着るぐらいなら全裸の方がマシと言われた。
(……この国では珍しい感性だな)
毎日洗濯したら家事が追い付かなくなるし、服が傷むのも早くなる。数日置きの洗濯が習慣化されている理由はそんなところだが、ここにはふんだんな水がある。
ルルニアがいることで一つ目の問題点は解消されるし、二つ目は俺がつど買い足せばいい。清潔な生活を心掛ければ病を患う危険を大幅に下げられる利点もあった。
「町の井戸は順番待ちで、持って行ける水の量には限りがありました。流水じゃないので汲んだ時から濁ってて、一回洗うだけで桶の水が汚れます。それをさらに使い回すから最悪でした」
町暮らしの過去を振り返って身震いしていた。今は澄んだ水があるなら何枚でも皿洗いできるし何着でも洗濯できると、気分良さげに語っていた。
「じゃあ家事はルルニアに任せる。欲しい物があったら言ってくれ」
「そう言ってくれると思ってました。頑張ってお洗濯します」
「にしても、これだと洗い物が趣味みたいなものだな」
思ったままを言うとルルニアは腕組みをした。
「考えた事なかったです。言われてみれば趣味っぽいですね」
「他のサキュバスも人間みたいな趣味を持つのか?」
「どうでしょう。友人以外と一緒に行動することがなかったので分かりません。人間を喰う方法にこだわりがある同族はいるでしょうが……」
優しかったり暴力的だったり、サキュバスの趣向も千差万別だ。母親はどうだったか聞くと、寸止め遊びが好きだったと教えられた。
「寸止め遊びって何だ?」
「瞳で動きを封じて、絶頂の寸前で寸止めを繰り返すんです。我慢できているうちは殺さないと約束し、どこまで耐えられるか試します」
「耐え続ければ解放されるのか?」
「されるわけないじゃないですか。大体十回を超えた辺りで耐えられなくなります。生存よりも絶頂による死を望む顔を見るのが好きでしたね」
人間目線では恐ろしい話だ。サキュバスとしてのルルニアを愛すると決めたため、ここに関しては苦言を呈さなかった。代わりに一つ質問した。
「前から気になってたんだが、何でサキュバスは子を成すんだ。群れで狩りをするならともかく、成長したら親も競争相手になるんだろ」
「端的に言うと次のためですね」
「次世代って意味じゃないのか」
「少し違います。魔物の生と死は人間と意味合いが異なります。死した魔物の魂は新たに生を受ける同種の魔物へと受け継がれるんです」
広義的な輪廻転生論とも違う。サキュバスの魂はサキュバスにしか引き継がれない。新たに生まれ落ちる魂が七割、死した魂が二から三割混ざって次代の赤子が生まれる。
「生まれる子どもが少ないと転生のための席が無くなります。あまり長い時間肉体を得ないと、自分の前世が何者であったか思い出せなくなるんです」
「記憶まで引き継ぐなら不滅だな」
「そこまで万能ではありません。私の前世は『バーレスク』という名でしたが、それ以前の名は出てきません。転生による魂の引継ぎは一度きり、私が死んだら次に引き継がれるのは『ルルニア』の魂です」
今生の名である『ルルニア』と、前世の名である『バーレスク』。それらを繋げて『ルルニア・バーレスク』と名乗るしきたりがあるのだとか。
「友人は『クレア・ボルデン』という名でした。前世の魂の割合が私より多くて、生まれつき性行為に関する知識が豊富なサキュバスでした」
記憶の引継ぎには個人差があり、何も思い出せないことも珍しくない。故人であるバーレスクについては名前程度しか浮かばないと言った。
「ごく稀に古い魂が新しい魂を乗っとる事例があります。実質完全な転生を果たせるため、死ぬ時は転生先が弱い肉体であることを祈るわけです」
「……ルルニアの魂も乗っ取られる可能性があるのか」
「もしバーレスクがこの身を乗っとるなら、あなたはペロリと食べられちゃうかもです。それは個人的に癪なので、その時は私ごと殺して下さい」
さらりと重大な話を作り笑いで告げてきた。
「残念、襟で隠せないとろこにキスの痕をつけちゃいました。これから私の髪の匂いを嗅ぐたびにつけます。うかつに外に出られなくなりますよ」
「あぁ、今日は一日家にいる気だったから構わない」
「え、嫌がらないんですか? 魔物に好きにされちゃってるんですよ? 強がりならもっとキスの痕を……って、頭を嗅がないで下さい!?」
胸元をポカポカ叩かれるが痛くない。ルルニアも本気で嫌がってはいなかった。
目が冴えて来たところでベッドから抜け出し、服を着てから廊下に出た。窓を開けると清々しい風が流れ、子気味良い小鳥のさえずりが聞こえる。あくびをしながら身体を伸ばすとルルニアが隣に立った。
「いいですね。今日も絶好のお洗濯日和です」
手で日よけを作って山向こうを眺めている。毎日洗濯しなくてもいいと言うと、ルルニアは裸の上に羽織ったシーツの端を摘まんだ。
「せっかく水を自由に使えるところに家があるんですよ。だったら使わなきゃ損です。綺麗にしてた方が薬屋としての外聞も立ちますし」
「でもこんな頻度で洗濯してたら疲れないか?」
「私は汚い方が嫌です。都会でも田舎でも服は数日着てから洗うものですが、毎日綺麗にしていた方が晴れやかな気分になれるんですよ」
汚れた服を着るぐらいなら全裸の方がマシと言われた。
(……この国では珍しい感性だな)
毎日洗濯したら家事が追い付かなくなるし、服が傷むのも早くなる。数日置きの洗濯が習慣化されている理由はそんなところだが、ここにはふんだんな水がある。
ルルニアがいることで一つ目の問題点は解消されるし、二つ目は俺がつど買い足せばいい。清潔な生活を心掛ければ病を患う危険を大幅に下げられる利点もあった。
「町の井戸は順番待ちで、持って行ける水の量には限りがありました。流水じゃないので汲んだ時から濁ってて、一回洗うだけで桶の水が汚れます。それをさらに使い回すから最悪でした」
町暮らしの過去を振り返って身震いしていた。今は澄んだ水があるなら何枚でも皿洗いできるし何着でも洗濯できると、気分良さげに語っていた。
「じゃあ家事はルルニアに任せる。欲しい物があったら言ってくれ」
「そう言ってくれると思ってました。頑張ってお洗濯します」
「にしても、これだと洗い物が趣味みたいなものだな」
思ったままを言うとルルニアは腕組みをした。
「考えた事なかったです。言われてみれば趣味っぽいですね」
「他のサキュバスも人間みたいな趣味を持つのか?」
「どうでしょう。友人以外と一緒に行動することがなかったので分かりません。人間を喰う方法にこだわりがある同族はいるでしょうが……」
優しかったり暴力的だったり、サキュバスの趣向も千差万別だ。母親はどうだったか聞くと、寸止め遊びが好きだったと教えられた。
「寸止め遊びって何だ?」
「瞳で動きを封じて、絶頂の寸前で寸止めを繰り返すんです。我慢できているうちは殺さないと約束し、どこまで耐えられるか試します」
「耐え続ければ解放されるのか?」
「されるわけないじゃないですか。大体十回を超えた辺りで耐えられなくなります。生存よりも絶頂による死を望む顔を見るのが好きでしたね」
人間目線では恐ろしい話だ。サキュバスとしてのルルニアを愛すると決めたため、ここに関しては苦言を呈さなかった。代わりに一つ質問した。
「前から気になってたんだが、何でサキュバスは子を成すんだ。群れで狩りをするならともかく、成長したら親も競争相手になるんだろ」
「端的に言うと次のためですね」
「次世代って意味じゃないのか」
「少し違います。魔物の生と死は人間と意味合いが異なります。死した魔物の魂は新たに生を受ける同種の魔物へと受け継がれるんです」
広義的な輪廻転生論とも違う。サキュバスの魂はサキュバスにしか引き継がれない。新たに生まれ落ちる魂が七割、死した魂が二から三割混ざって次代の赤子が生まれる。
「生まれる子どもが少ないと転生のための席が無くなります。あまり長い時間肉体を得ないと、自分の前世が何者であったか思い出せなくなるんです」
「記憶まで引き継ぐなら不滅だな」
「そこまで万能ではありません。私の前世は『バーレスク』という名でしたが、それ以前の名は出てきません。転生による魂の引継ぎは一度きり、私が死んだら次に引き継がれるのは『ルルニア』の魂です」
今生の名である『ルルニア』と、前世の名である『バーレスク』。それらを繋げて『ルルニア・バーレスク』と名乗るしきたりがあるのだとか。
「友人は『クレア・ボルデン』という名でした。前世の魂の割合が私より多くて、生まれつき性行為に関する知識が豊富なサキュバスでした」
記憶の引継ぎには個人差があり、何も思い出せないことも珍しくない。故人であるバーレスクについては名前程度しか浮かばないと言った。
「ごく稀に古い魂が新しい魂を乗っとる事例があります。実質完全な転生を果たせるため、死ぬ時は転生先が弱い肉体であることを祈るわけです」
「……ルルニアの魂も乗っ取られる可能性があるのか」
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