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第二十話『慌ただしい朝2』
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殺せるはずがないと言いたかった。だが俺はほんの一日前までルルニアを殺す気でいた。急な心変わりはいらぬ不信を抱かせるだけ、平静を装って「分かった」と言った。
「ちなみに今日はどういうご予定で動くつもりですか?」
「今日は薬の調合と材料の採取をする気でいる」
「材料は村で買ってきたのでは?」
「足りない物がある。それは山に入って探さなきゃいけない。家の裏手に森の奥に繋がる入口があって、小川を起点に分かれ道が続いてる」
良い機会なので森周辺の地形を教えた。貴重な薬草が自生している切り立った崖と岩場の空間と、朽ちた木が多く転がっている場所にある茸の群生地、基本はその二箇所で採取を行っている。
「他にも採取場はあるが、少なくても今日は行かない。出かけてから三時間経っても戻らなかったら、何らかの危険に巻き込まれたと思ってくれ」
「はい、その時は探しに行きますね」
「出来たらでいい。熊や狼なら手持ちの毒と武器でしのげるが、強い魔物相手だとどうしようもない。こんな山奥で死体を持ち去られたら発見は不可能だ」
俺が帰らなかった時は薬学の手記だけ見えるところにまとめてくれと言った。期せず互いに遺言を交わした流れになり、気まずい空気が流れた。
「……あの」
「……えっと」
「…………どうぞ」
「…………分かった」
譲り譲られ、先手をもらって話を継いだ。
「俺は一日置きに薬を近隣の村に売り、次の日は調合と採取をして過ごす。一週のうちの六日を費やして、残りの一日は研究に費やす感じだ」
常々来訪の頻度を増やせないかと言われているが、さすがに身体が持たないので断っている。ちょっと前ならともかく今はルルニアが家にいるからなおさらだ。
(……薬屋としては最低の思考だろうがな)
内心で先生と村人たちに謝罪しておいた。
「一日家にいて下さるなら、あちらのお食事はいつにします?」
「薬の調合中以外ならいつでも構わない。主導権の話はまた今度だ」
「どう攻められるか期待します。あ、髪の匂いを嗅いで終わりはダメですよ」
就寝時の常習行為に関して釘を刺されてしまった。
食堂に降りて皿を並べていると、体型をどうするか聞かれた。個人的には昨日の朝の成長した身体が好みだが、それを口にしたら素のルルニアを否定したことにならないだろうか。
(……いや、違うか)
人間の尺度で計る必要はない。どちらも本物のルルニアでそこに相違点はない。
「そっちは任せる。ルルニアが負担と思わない体型なら何でもいい」
「何でもですか、よりどりみどりで逆に悩んじゃいますね」
「正直異性とまともに交流してこなかったから、今の自分の好みが正しいか分からないんだ。だからルルニアが選んだ姿で興奮できるように試そうと思う」
時間は昼頃を予定とした。
それから朝食のハムエッグと野菜サラダを食べていると、玄関の戸が叩かれた。俺は警戒姿勢を取ったルルニアを手で制し、二階に隠れているよう指示した。
「お薬を買いに来た村人でしょうか?」
「分からない。昨日の騎士が来たのかもしれん」
「野盗の類なら加勢しますので声を上げて下さい」
足音を潜めて二階へと上がって行くルルニアを見送った。
戸口の打音は今も響いており、緊張のまま取っ手を掴んだ。
「────ちょっとグレにぃ、出るのがおっそいんだけど!」
玄関先にいたのは村長の娘だった。名は『ミーレ』と言い、赤茶色の短めな髪に強気な目つきに元気はつらつな性格をした女の子だ。
「……何だお前か」
脱力してため息をつくと「何よ」と言われた。
「こんな朝早くによく来たな。村で何かあったのか?」
「昨日あたしの家に騎士様が来たでしょ? 中継地の話で舞い上がっちゃって、お父さんが腰を痛めちゃったわけ。その薬を買いに来たの」
「こう言うのも何だが、他から分けてもらえなかったのか?」
「それはあたしも言ったわ。でも中古屋のお爺さんが何か知らせたらしくて、あたしをここに来させた感じ。面白い話ならあたしにも教えてよ」
ミーレは色んな意味で良い性格をしている。曲がったことは嫌いだが、筋が通っていて面白い話なら積極的に首を突っ込む。数年前までは村の看板娘でなく村一番の問題児と称されていたほどだ。
(……今ルルニアを知られるのは避けたいな)
早くお帰りいただくために薬をと思うと、ミーレは俺の首を指差した。
「何その首の赤い点々としたの、虫刺され?」
「赤く……? あ、いやこれはだな」
「よく見たらそれ、唇の形に見えるんだけど」
慌てて痕を手で隠すと、怪しみの視線が一層強まった。
一旦納屋に移動させようとするが、ミーレは家の中で待つと言った。普段なら受け入れる流れだったが、今は許容できない。自室に行かれたらルルニアが見つかる。
玄関口で押し合いへし合いを繰り広げていた時、二階から足音がした。もしやと思って振り向いた先には、階段を踏みしめながら廊下に降りてくるルルニアがいた。
「────お客様ですか、あなた」
翼と尻尾を隠し、人間の姿でミーレの前に現れた。
「ちなみに今日はどういうご予定で動くつもりですか?」
「今日は薬の調合と材料の採取をする気でいる」
「材料は村で買ってきたのでは?」
「足りない物がある。それは山に入って探さなきゃいけない。家の裏手に森の奥に繋がる入口があって、小川を起点に分かれ道が続いてる」
良い機会なので森周辺の地形を教えた。貴重な薬草が自生している切り立った崖と岩場の空間と、朽ちた木が多く転がっている場所にある茸の群生地、基本はその二箇所で採取を行っている。
「他にも採取場はあるが、少なくても今日は行かない。出かけてから三時間経っても戻らなかったら、何らかの危険に巻き込まれたと思ってくれ」
「はい、その時は探しに行きますね」
「出来たらでいい。熊や狼なら手持ちの毒と武器でしのげるが、強い魔物相手だとどうしようもない。こんな山奥で死体を持ち去られたら発見は不可能だ」
俺が帰らなかった時は薬学の手記だけ見えるところにまとめてくれと言った。期せず互いに遺言を交わした流れになり、気まずい空気が流れた。
「……あの」
「……えっと」
「…………どうぞ」
「…………分かった」
譲り譲られ、先手をもらって話を継いだ。
「俺は一日置きに薬を近隣の村に売り、次の日は調合と採取をして過ごす。一週のうちの六日を費やして、残りの一日は研究に費やす感じだ」
常々来訪の頻度を増やせないかと言われているが、さすがに身体が持たないので断っている。ちょっと前ならともかく今はルルニアが家にいるからなおさらだ。
(……薬屋としては最低の思考だろうがな)
内心で先生と村人たちに謝罪しておいた。
「一日家にいて下さるなら、あちらのお食事はいつにします?」
「薬の調合中以外ならいつでも構わない。主導権の話はまた今度だ」
「どう攻められるか期待します。あ、髪の匂いを嗅いで終わりはダメですよ」
就寝時の常習行為に関して釘を刺されてしまった。
食堂に降りて皿を並べていると、体型をどうするか聞かれた。個人的には昨日の朝の成長した身体が好みだが、それを口にしたら素のルルニアを否定したことにならないだろうか。
(……いや、違うか)
人間の尺度で計る必要はない。どちらも本物のルルニアでそこに相違点はない。
「そっちは任せる。ルルニアが負担と思わない体型なら何でもいい」
「何でもですか、よりどりみどりで逆に悩んじゃいますね」
「正直異性とまともに交流してこなかったから、今の自分の好みが正しいか分からないんだ。だからルルニアが選んだ姿で興奮できるように試そうと思う」
時間は昼頃を予定とした。
それから朝食のハムエッグと野菜サラダを食べていると、玄関の戸が叩かれた。俺は警戒姿勢を取ったルルニアを手で制し、二階に隠れているよう指示した。
「お薬を買いに来た村人でしょうか?」
「分からない。昨日の騎士が来たのかもしれん」
「野盗の類なら加勢しますので声を上げて下さい」
足音を潜めて二階へと上がって行くルルニアを見送った。
戸口の打音は今も響いており、緊張のまま取っ手を掴んだ。
「────ちょっとグレにぃ、出るのがおっそいんだけど!」
玄関先にいたのは村長の娘だった。名は『ミーレ』と言い、赤茶色の短めな髪に強気な目つきに元気はつらつな性格をした女の子だ。
「……何だお前か」
脱力してため息をつくと「何よ」と言われた。
「こんな朝早くによく来たな。村で何かあったのか?」
「昨日あたしの家に騎士様が来たでしょ? 中継地の話で舞い上がっちゃって、お父さんが腰を痛めちゃったわけ。その薬を買いに来たの」
「こう言うのも何だが、他から分けてもらえなかったのか?」
「それはあたしも言ったわ。でも中古屋のお爺さんが何か知らせたらしくて、あたしをここに来させた感じ。面白い話ならあたしにも教えてよ」
ミーレは色んな意味で良い性格をしている。曲がったことは嫌いだが、筋が通っていて面白い話なら積極的に首を突っ込む。数年前までは村の看板娘でなく村一番の問題児と称されていたほどだ。
(……今ルルニアを知られるのは避けたいな)
早くお帰りいただくために薬をと思うと、ミーレは俺の首を指差した。
「何その首の赤い点々としたの、虫刺され?」
「赤く……? あ、いやこれはだな」
「よく見たらそれ、唇の形に見えるんだけど」
慌てて痕を手で隠すと、怪しみの視線が一層強まった。
一旦納屋に移動させようとするが、ミーレは家の中で待つと言った。普段なら受け入れる流れだったが、今は許容できない。自室に行かれたらルルニアが見つかる。
玄関口で押し合いへし合いを繰り広げていた時、二階から足音がした。もしやと思って振り向いた先には、階段を踏みしめながら廊下に降りてくるルルニアがいた。
「────お客様ですか、あなた」
翼と尻尾を隠し、人間の姿でミーレの前に現れた。
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