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第二十五話『魔物と人間2』
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剣士は男性で頭全体を覆う兜を装着していた。胴体には鎖かたびらを装着し、背にマントを着けている。その下には鍛え抜かれた肉体があった。
薄さに反して丈夫な鎖かたびらだが、前側がざっくり裂けていた。腹から血がとめどなく溢れており、俺は止血剤と包帯を取り出して声を掛けた。
「俺は薬屋だ。意識があるなら返事をしてくれ」
「…………」
「声が出せないなら手を挙げられるか」
「…………」
兜のせいで表情の確認ができないのが厄介だ。頭を強く打っている可能性が高いため、無理に脱がしたり揺すったりすることもできない。
俺は鎖かたびらをまくり、包帯に止血剤を塗布し負傷箇所に巻いた。
同じ行程を二回三回とこなして傷を塞ぐが、すぐに血が滲んできた。
「今ある包帯じゃろくに交換もできないな」
治療の途中で右腕が折れているのを発見し、添え木と丈夫なツタで固定した。
一通りの治療が終わった頃には日が落ち始めていた。雨が降ってきたので枝をかき集め、俺の上着と幅広な葉っぱで簡易的な雨よけを作った。
「こんなに降るのか。通り雨だといいんだが……」
髪から滴る雨を拭い、ポーチから半透明の丸い石を取り出した。
大きめの岩を持って思いっきり叩くと、丸い石は弱く発光した。
「……光が持つのは三時間、さてどうするか」
使用したのは衝撃によって発光する性質を持った石だ。一度光を発すると二度と光らなくなるため、値段の割に使いどころは少ない。雨が降って無ければロウソクを使っていた。
俺は弱い光の中で血まみれの包帯を交換した。ひと巻分を使い切るが、血の流出が弱まってくれた。男性の息は穏やかになり始めて熱も出てない、やっと山場を越えた実感が湧いた。
「さて、ここからどうしたもんか」
明かりの先は真っ黒に塗り潰されている。歩き慣れない窪地に降りて帰路が分からないのもそうだが、単純に男性を連れ帰る手段が無かった。
男性と魔物の大乱闘で一時は獣が離れていたが、それもじきに終わる。血の匂いが水蒸気に乗って充満し、死肉を漁ろうと熊や狼が近づいてくる。
唐突に背後の茂みが揺れるが、石が転がってきただけだった。
続けざまに頭上で物音があり、鳥の不快な鳴き声が聞こえた。
「……カラスか、驚かせやがって」
一羽二羽と集まってくるせいで周囲の音が聞こえなくなる。こうして辺りを見回している間にも、猛獣が舌なめずりで俺たちに近づいているかもしれない。
どこぞで遠吠えが聞こえ、俺は投げナイフを構えた。
一向に喉の渇きが治らず、心臓の鼓動に翻弄された。
暗闇の中で獣の唸り声が聞こえ、物々しい足音が薄っすら耳に届く。正確な位置は分からないが、警戒されれば儲けものと暗闇を睨んだ。
輪郭が見えれば即時攻撃をと、指先に力を溜めた時のことだ。降り注いでいた雨が止んで光が差し、木々の天井を割って影が落ちてきた。
「────グレイゼル、遅いから迎えに来ましたよ」
月夜の木漏れ日からルルニアが降りてきた。翼は今までで一番大きく、着地の羽ばたきで周囲の草木に付着した水滴が飛び散った。
「刻印の力を頼りに捜索を行っていたんですが、思ったより頼りにならないですね。命の危機は分かりますが、遭難してるだけでは反応が鈍いです」
「……探してくれていたのか」
「はい。二時間ほど前からずっと辺りを飛び回っていました。妙にカラスの鳴き声が多かったから来ましたが、ちゃんと見つけられて良かったです」
帰ろうと手を差し伸べてくれるが、怪我人を残すことはできなかった。
夜の姿のルルニアでも成人男性二人を抱えて飛ぶのは無理だと言われた。
「残念ですが置いて行きましょう。私その方に興味ないので」
「ここまで治療したんだ。中途半端な状態で放置はできない。後でルルニアのお願いを何でも聞くから、この人を助けるために力を貸してくれ」
「何でも……。魅力的ではありますが、私も空腹なんですよね」
心底どうでも良さそうに男性を見下ろした。人間の価値が精気の質で決まるなら、死に掛けの人間は虫けら同然の存在でしかないということになる。
頭を下げて懇願しようとすると、不意にルルニアが後ろを向いた。
そこには一頭の熊がおり、地鳴りのような鳴き声で接近してきた。
「うるさいですね。後にしてくれます?」
「グルゥゥ! グルアァァ!!」
「まさか、私のグレイゼルを取る気ですか?」
殺気立った声を発し、瞳に翡翠の輝きを灯した。
熊は一瞬で動かなくなり、怯えの表情を浮かべた。
体格差には圧倒的な差があるが、秒で勝敗が決した。
ルルニアに額を触られると、熊は悲鳴と共に股間を勃起させた。急所が露出した状態で戦えるわけもなく、一目散に窪地から逃げていった。
「……もっとこう、炎を出して追い払ったりできなかったのか?」
「できるわけないじゃないですか。私はサキュバスですよ」
「まぁそれもそうか。ルルニアがいてくれて助かった」
改めて男性を救う方法を探していると、ルルニアが閃き顔で言った。
「じゃあこうしましょうか。その男性を助けたいなら、今ここで私を抱いて下さい」
ここは外で森の中だ。加えて男性が目を覚ます可能性もある。
ルルニアの要求は俺の決意と信頼を試すものだった。
薄さに反して丈夫な鎖かたびらだが、前側がざっくり裂けていた。腹から血がとめどなく溢れており、俺は止血剤と包帯を取り出して声を掛けた。
「俺は薬屋だ。意識があるなら返事をしてくれ」
「…………」
「声が出せないなら手を挙げられるか」
「…………」
兜のせいで表情の確認ができないのが厄介だ。頭を強く打っている可能性が高いため、無理に脱がしたり揺すったりすることもできない。
俺は鎖かたびらをまくり、包帯に止血剤を塗布し負傷箇所に巻いた。
同じ行程を二回三回とこなして傷を塞ぐが、すぐに血が滲んできた。
「今ある包帯じゃろくに交換もできないな」
治療の途中で右腕が折れているのを発見し、添え木と丈夫なツタで固定した。
一通りの治療が終わった頃には日が落ち始めていた。雨が降ってきたので枝をかき集め、俺の上着と幅広な葉っぱで簡易的な雨よけを作った。
「こんなに降るのか。通り雨だといいんだが……」
髪から滴る雨を拭い、ポーチから半透明の丸い石を取り出した。
大きめの岩を持って思いっきり叩くと、丸い石は弱く発光した。
「……光が持つのは三時間、さてどうするか」
使用したのは衝撃によって発光する性質を持った石だ。一度光を発すると二度と光らなくなるため、値段の割に使いどころは少ない。雨が降って無ければロウソクを使っていた。
俺は弱い光の中で血まみれの包帯を交換した。ひと巻分を使い切るが、血の流出が弱まってくれた。男性の息は穏やかになり始めて熱も出てない、やっと山場を越えた実感が湧いた。
「さて、ここからどうしたもんか」
明かりの先は真っ黒に塗り潰されている。歩き慣れない窪地に降りて帰路が分からないのもそうだが、単純に男性を連れ帰る手段が無かった。
男性と魔物の大乱闘で一時は獣が離れていたが、それもじきに終わる。血の匂いが水蒸気に乗って充満し、死肉を漁ろうと熊や狼が近づいてくる。
唐突に背後の茂みが揺れるが、石が転がってきただけだった。
続けざまに頭上で物音があり、鳥の不快な鳴き声が聞こえた。
「……カラスか、驚かせやがって」
一羽二羽と集まってくるせいで周囲の音が聞こえなくなる。こうして辺りを見回している間にも、猛獣が舌なめずりで俺たちに近づいているかもしれない。
どこぞで遠吠えが聞こえ、俺は投げナイフを構えた。
一向に喉の渇きが治らず、心臓の鼓動に翻弄された。
暗闇の中で獣の唸り声が聞こえ、物々しい足音が薄っすら耳に届く。正確な位置は分からないが、警戒されれば儲けものと暗闇を睨んだ。
輪郭が見えれば即時攻撃をと、指先に力を溜めた時のことだ。降り注いでいた雨が止んで光が差し、木々の天井を割って影が落ちてきた。
「────グレイゼル、遅いから迎えに来ましたよ」
月夜の木漏れ日からルルニアが降りてきた。翼は今までで一番大きく、着地の羽ばたきで周囲の草木に付着した水滴が飛び散った。
「刻印の力を頼りに捜索を行っていたんですが、思ったより頼りにならないですね。命の危機は分かりますが、遭難してるだけでは反応が鈍いです」
「……探してくれていたのか」
「はい。二時間ほど前からずっと辺りを飛び回っていました。妙にカラスの鳴き声が多かったから来ましたが、ちゃんと見つけられて良かったです」
帰ろうと手を差し伸べてくれるが、怪我人を残すことはできなかった。
夜の姿のルルニアでも成人男性二人を抱えて飛ぶのは無理だと言われた。
「残念ですが置いて行きましょう。私その方に興味ないので」
「ここまで治療したんだ。中途半端な状態で放置はできない。後でルルニアのお願いを何でも聞くから、この人を助けるために力を貸してくれ」
「何でも……。魅力的ではありますが、私も空腹なんですよね」
心底どうでも良さそうに男性を見下ろした。人間の価値が精気の質で決まるなら、死に掛けの人間は虫けら同然の存在でしかないということになる。
頭を下げて懇願しようとすると、不意にルルニアが後ろを向いた。
そこには一頭の熊がおり、地鳴りのような鳴き声で接近してきた。
「うるさいですね。後にしてくれます?」
「グルゥゥ! グルアァァ!!」
「まさか、私のグレイゼルを取る気ですか?」
殺気立った声を発し、瞳に翡翠の輝きを灯した。
熊は一瞬で動かなくなり、怯えの表情を浮かべた。
体格差には圧倒的な差があるが、秒で勝敗が決した。
ルルニアに額を触られると、熊は悲鳴と共に股間を勃起させた。急所が露出した状態で戦えるわけもなく、一目散に窪地から逃げていった。
「……もっとこう、炎を出して追い払ったりできなかったのか?」
「できるわけないじゃないですか。私はサキュバスですよ」
「まぁそれもそうか。ルルニアがいてくれて助かった」
改めて男性を救う方法を探していると、ルルニアが閃き顔で言った。
「じゃあこうしましょうか。その男性を助けたいなら、今ここで私を抱いて下さい」
ここは外で森の中だ。加えて男性が目を覚ます可能性もある。
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