27 / 170
第二十七話『魔物と人間4』
しおりを挟む
湿った空気を肌で感じて目覚めた。視界全体に広がるのは鬱蒼と茂った大自然の風景で、ここが家の裏手にある森の奥深くだと思い当たった。
寝そべったまま身体をまさぐるが、ちゃんと服を着ていた。ろくに日の光が届かない空間なのに生地が乾いており、土汚れもついてなかった。
「ルルニア、どこだ?」
起き上がって名前を呼ぶが返事がなかった。
不安になって岩から降りると横で声がした。
「おはようございます、あなた」
近場の木々をかき分けてルルニアがきた。こちらも普段着を着ており、乾いた布巾を渡してくれた。俺は髪と顔を拭きながら眠っていた間の説明を頼んだ。
「朝になったら力の大部分が使えなくなるので、夜明け前に家まで飛びました。本当は連れて帰りたかったんですが、それでは約束を違えてしまいますので」
「寝ているうちに着替えさせてくれたのか、すまなかった」
「上着はちょっと手間取りましたが、大変というほどでもなかったですよ。採取用の籠は帰宅ついでに納屋の入口に置いておいたので、帰ったら中身を確認して下さい」
そちらについても感謝し、男性がどうなったか聞いた。起きたのか眠ったままなのか知りたかったが、ルルニアは肩をすくめた。向かった先には誰もいなかった。
「……これは金貨か?」
治療費のつもりだろうか、金貨が三枚ばかり置かれていた。よく見ると大蛇の魔物を討った大剣もなく、死骸だけがそのまま横たわっていた。
「荷物を運んでいる最中に目を覚ましたんです。あなたからの言いつけもあったので安静にするよう言ったんですけれど、帰っちゃいました」
「自由に歩き回れる怪我じゃなかったはずだが」
「相当丈夫な方なんでしょうね。不思議なのは夜の姿の私を見ても驚かなかったところです。それどころか別れ際に変なことを言われました」
男性は無事な左腕で大剣を引きずり、ルルニアに告げた。
「────いいものを見せてもらった、と言ってました。意味不明だったので昨日の行動を振り返ったんですけど、エッチしかしてないんですよね」
視姦が趣味の方だろうかと聞かれた。さすがにそれは違うと思うが、否定する材料も見当たらない。それよりルルニアを見ても動じなかったのが謎だ。
「町にいた時の……酒場の知り合いじゃないんだよな?」
「知りませんね。あんな量の精気持ちがいたら気づくはずです」
「あんな量? 昨日は興味無いとか言ってなかったか?」
あれは死に掛けだったから正確な量が計れなかったそうだ。
別れ際の精気は常人のおよそ五倍はあったと教えてくれた。
(……魔物を見ても警戒しない。なのに大蛇の魔物は戦って殺した。ルルニアが一夜掛けて守ったのが分かったから、特別に見逃したってことか?)
考えたところで答えは出ないため、再会することがあったら話を聞こうと思った。
「きっと魔物と人間のエッチが性癖なんでしょうね。業が深い殿方です」
「……あんな怪我でしごいてたら化け物過ぎるだろ」
「死に際って意外と性欲との親和性が上がるんですよ。身体が無理矢理にでも子孫を残そうとするので、特別濃厚な精気が射精と共に出るんです」
会話しながら大蛇の死骸に近づき、切り傷から鱗を回収した。
その後は窪地を登って帰路に戻り、二人で家を目指して歩いた。
「あえて聞いてなかったんだが、時々言うエッチって何だ? 子どもの姿の時には確か、おちんちんとか何とかも言ってたよな?」
「サキュバス独自の淫語ですよ。男性器はおちんちんで、女性器はおまんこと言います。エッチは性行為全体を表す言葉ですね」
「サキュバスらしい文化というか何というかだな」
「地域ごとに言い方も違いますよ。方言と同じです」
おちんちんをチンポと言ったり、おまんこをマンコと言う。女性器の突起物はクリトリスと、関連性不明な発音を教えられた。
「行為の最中に陰茎ちょうだい、だとちょっと間抜けじゃありません?」
「その時はおちんちんちょうだい……か、確かに淫らな感じがする。するか?」
サキュバスをより知れる機会であるため、歩きながら性談義を続けた。
そうこうするうちに小川へとたどり着き、足を止めてひと息ついた。ここさえ越えれば家に着くと思っていると、林のずっと奥から馬のいななきが耳に届いた。
「何だ今の、行軍の音みたいな……」
耳を澄ますと地響きのような音が聞こえる。村長からの使いが馬に乗ってくることはあるが、聞こえてくる足音は複数だった。かなりの速度で坂を登っていた。
近くの岩場に昇ると俺の家に続く坂道を駆ける集団が見えた。掲げた旗はロアの騎士団を示しており、ここを目指している。あと数分で家に到達する見込みだ。
「騎士団が来る。ルルニアはここを動かないでくれ」
急いで岩場から降り、もしもの場合は森に隠れるよう言った。
「動かないって、あなたはどうするんです?」
「家に戻る。下手に姿を隠したら騒ぎが大きくなるからな。ルルニア狙いの可能性もあるから、場合によってはしばらく森に潜んでもらうことになるかもしれない」
精気を摂取させられないことを謝り、坂を下って裏庭に出た。玄関口に着いた時に曲がり角から騎士団が続々と姿を現し、ロアが馬に乗って俺の前に来た。
「おはよう。良い朝だね、グレイゼル」
「おはようございます、ロア様」
笑みの下の真意は何か、ヒリついた緊張が走った。
寝そべったまま身体をまさぐるが、ちゃんと服を着ていた。ろくに日の光が届かない空間なのに生地が乾いており、土汚れもついてなかった。
「ルルニア、どこだ?」
起き上がって名前を呼ぶが返事がなかった。
不安になって岩から降りると横で声がした。
「おはようございます、あなた」
近場の木々をかき分けてルルニアがきた。こちらも普段着を着ており、乾いた布巾を渡してくれた。俺は髪と顔を拭きながら眠っていた間の説明を頼んだ。
「朝になったら力の大部分が使えなくなるので、夜明け前に家まで飛びました。本当は連れて帰りたかったんですが、それでは約束を違えてしまいますので」
「寝ているうちに着替えさせてくれたのか、すまなかった」
「上着はちょっと手間取りましたが、大変というほどでもなかったですよ。採取用の籠は帰宅ついでに納屋の入口に置いておいたので、帰ったら中身を確認して下さい」
そちらについても感謝し、男性がどうなったか聞いた。起きたのか眠ったままなのか知りたかったが、ルルニアは肩をすくめた。向かった先には誰もいなかった。
「……これは金貨か?」
治療費のつもりだろうか、金貨が三枚ばかり置かれていた。よく見ると大蛇の魔物を討った大剣もなく、死骸だけがそのまま横たわっていた。
「荷物を運んでいる最中に目を覚ましたんです。あなたからの言いつけもあったので安静にするよう言ったんですけれど、帰っちゃいました」
「自由に歩き回れる怪我じゃなかったはずだが」
「相当丈夫な方なんでしょうね。不思議なのは夜の姿の私を見ても驚かなかったところです。それどころか別れ際に変なことを言われました」
男性は無事な左腕で大剣を引きずり、ルルニアに告げた。
「────いいものを見せてもらった、と言ってました。意味不明だったので昨日の行動を振り返ったんですけど、エッチしかしてないんですよね」
視姦が趣味の方だろうかと聞かれた。さすがにそれは違うと思うが、否定する材料も見当たらない。それよりルルニアを見ても動じなかったのが謎だ。
「町にいた時の……酒場の知り合いじゃないんだよな?」
「知りませんね。あんな量の精気持ちがいたら気づくはずです」
「あんな量? 昨日は興味無いとか言ってなかったか?」
あれは死に掛けだったから正確な量が計れなかったそうだ。
別れ際の精気は常人のおよそ五倍はあったと教えてくれた。
(……魔物を見ても警戒しない。なのに大蛇の魔物は戦って殺した。ルルニアが一夜掛けて守ったのが分かったから、特別に見逃したってことか?)
考えたところで答えは出ないため、再会することがあったら話を聞こうと思った。
「きっと魔物と人間のエッチが性癖なんでしょうね。業が深い殿方です」
「……あんな怪我でしごいてたら化け物過ぎるだろ」
「死に際って意外と性欲との親和性が上がるんですよ。身体が無理矢理にでも子孫を残そうとするので、特別濃厚な精気が射精と共に出るんです」
会話しながら大蛇の死骸に近づき、切り傷から鱗を回収した。
その後は窪地を登って帰路に戻り、二人で家を目指して歩いた。
「あえて聞いてなかったんだが、時々言うエッチって何だ? 子どもの姿の時には確か、おちんちんとか何とかも言ってたよな?」
「サキュバス独自の淫語ですよ。男性器はおちんちんで、女性器はおまんこと言います。エッチは性行為全体を表す言葉ですね」
「サキュバスらしい文化というか何というかだな」
「地域ごとに言い方も違いますよ。方言と同じです」
おちんちんをチンポと言ったり、おまんこをマンコと言う。女性器の突起物はクリトリスと、関連性不明な発音を教えられた。
「行為の最中に陰茎ちょうだい、だとちょっと間抜けじゃありません?」
「その時はおちんちんちょうだい……か、確かに淫らな感じがする。するか?」
サキュバスをより知れる機会であるため、歩きながら性談義を続けた。
そうこうするうちに小川へとたどり着き、足を止めてひと息ついた。ここさえ越えれば家に着くと思っていると、林のずっと奥から馬のいななきが耳に届いた。
「何だ今の、行軍の音みたいな……」
耳を澄ますと地響きのような音が聞こえる。村長からの使いが馬に乗ってくることはあるが、聞こえてくる足音は複数だった。かなりの速度で坂を登っていた。
近くの岩場に昇ると俺の家に続く坂道を駆ける集団が見えた。掲げた旗はロアの騎士団を示しており、ここを目指している。あと数分で家に到達する見込みだ。
「騎士団が来る。ルルニアはここを動かないでくれ」
急いで岩場から降り、もしもの場合は森に隠れるよう言った。
「動かないって、あなたはどうするんです?」
「家に戻る。下手に姿を隠したら騒ぎが大きくなるからな。ルルニア狙いの可能性もあるから、場合によってはしばらく森に潜んでもらうことになるかもしれない」
精気を摂取させられないことを謝り、坂を下って裏庭に出た。玄関口に着いた時に曲がり角から騎士団が続々と姿を現し、ロアが馬に乗って俺の前に来た。
「おはよう。良い朝だね、グレイゼル」
「おはようございます、ロア様」
笑みの下の真意は何か、ヒリついた緊張が走った。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる