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第二十八話『魔物と人間5』
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首を垂れると楽にしていいと言われた。質問の許しを得てここに来た理由を聞くと、ロアは腰に差した装飾付きの剣を撫でて答えた。
「ここに来たのは君の安全を確認するためだよ」
「俺の?」
「早朝に川上の村を巡回した時に聞いたんだ。天体観測が趣味の村人が雨上がりの夜空を見ていた時、山の上を魔物が飛んでいるのを目にしたとね」
月を背に飛行する黒い翼の魔物を見たそうだ。人間のような大きさの影との証言もあり、俺を捜索していたルルニアだと察しがついた。
「グレイゼルに心当たりは?」
「ありません。昨日の夜は家で寝ていて、早朝から薬の材料の採取を行っていました。身なりが汚れてしまっているのもそれです」
「なら魔物の出現情報は誤報かな」
「少なくても俺は無事です。上空からの備えはない一軒家ですし、他に民家もありません。間接的に飛ぶ魔物がいない証明になるかと」
俺は悪びれもせず嘘をついた。
「飛行能力のある魔物が現れたとなれば、すぐに軍を派遣しなければならない。村の平穏が脅かされる大事だから、急ぎここに駆けつけたわけさ」
「過分な配慮痛み入ります」
「騎士として当然のことをしたまでだよ。ちょうどいい機会だからグレイゼルに話をしておくけれど、ここを捨てて村に居を構える気はないかな」
ロアは馬から降り、俺の前に立って言った。
「────実はここ最近、国中で魔物が異常発生してるんだ」
小動物しかいなかった森に狼の魔物の群れが姿を現し、大猿の魔物が人里に降りてきて暴れる。被害件数は前年比の三倍以上、さらに増える見込みだと語った。
「特に深刻なのが隣の同盟国だね。それを助けるために遠征の中継地構想が持ち上がった」
「……そんな事情が」
「君は貴重な人材だからね。山奥に住まれると何かあっても助けが間に合わなくなってしまう」
中継地に移って町づくりの中核を担って欲しいとお願いされた。
「もちろん引っ越しの費用は国が持つ。グレイゼルからの要望があれば、望み通りの間取りの店を建てることもできる。これはまたとない機会だよ」
一定期間は開業資金の援助もあると言われた。とんでもない優遇措置だ。
「何故そこまで俺に? 国からの派遣はないんですか?」
「外部から人を招くと利権がね。余計な軋轢を避けるため、国は現地民の重用を決めたわけさ」
おおよその事情は分かったが提案は飲めなかった。山を下りるならルルニアを人として生活させるしかないが、必然的に正体バレの危険が跳ね上がってしまう。
しかしここまで譲歩されてしまった以上、納得できる理由を提示せねば拒否はできない。目立たぬように周囲を見渡す中で、納屋の前に置かれた籠を目にした。
「この身に余る申し出をしていただき感謝します。その上でお許し下さい、俺はここを離れるわけには行かないのです」
「理由を聞いてもいいかな」
「山には調合に必要な材料がたくさんあります。採取して数分以内に加工せねばならない物もあるため、村には住めません」
真っ赤な嘘、というほどでもない。
村と山を行き来していては採取物の質が落ちるし、足りなくなった材料を取りにも行けない。採取のために人を雇うという手もあるが、類似の毒茸や毒草を持ってこられたら面倒が増えるだけだ。
「……なるほどね。グレイゼルには一日も安全な場所に住んで欲しかったんだけど、いささか僕の見通しが甘かったようだ」
ロアは怒らず俺の意見に同調してくれた。
「引っ越しの件は一旦保留してもらっていいかな。グレイゼルの意見は一度持ち帰って検討するよ」
「お手を煩わせて申し訳ありません」
「謝らないでいい。貴族として持ち上げられるより、グレイゼルみたいに忌憚ない意見を言ってくれる方が嬉しいぐらいだからね」
ロアは馬にまたがり直し、馬上から俺を見た。
「────けれど魔物が増えているのは事実だ。一回でも命の危険があればすぐに山を下りてもらうよ。これは僕個人ではなく、貴族としての命令だ」
堂に入った宣言に頭を下げた。ロアは団員に指示を出し、凛然とこの場を去った。
少しすると家の裏手からルルニアが顔を出した。立ち尽くしたままの俺の隣へと移動し、だらりと下げた手に細い指を重ねて握ってくれた。
「せっかくの機会を棒に振って良かったんですか?」
「良くはない。でもまぁ、ここでの生活も好きだからな」
「確かに町だとエッチしづらいですもんね。言いたいことは分かります」
そうじゃないと言いかけ、開いた口のまま苦笑した。ルルニアにとって引っ越しの可否はどうでもよく、どんな場所でも俺の傍にいると遠回しで言ってくれたのだ。
「もしもの時は断頭台まで連れ添ってくれるか?」
「そんなの嫌に決まってるじゃないですか。処刑人ごときにあなたを取られるのも悔しいので、その時はどこかの町へと二人で逃げましょう」
「魔物と人間の駆け落ちか、それもいいな」
「そうでしょうとも。きっと楽しいですよ」
目指すは南か北か、道中の稼ぎはどうするのか。
最悪の結末を予想しているのに、心は晴れやかだった。
「ここに来たのは君の安全を確認するためだよ」
「俺の?」
「早朝に川上の村を巡回した時に聞いたんだ。天体観測が趣味の村人が雨上がりの夜空を見ていた時、山の上を魔物が飛んでいるのを目にしたとね」
月を背に飛行する黒い翼の魔物を見たそうだ。人間のような大きさの影との証言もあり、俺を捜索していたルルニアだと察しがついた。
「グレイゼルに心当たりは?」
「ありません。昨日の夜は家で寝ていて、早朝から薬の材料の採取を行っていました。身なりが汚れてしまっているのもそれです」
「なら魔物の出現情報は誤報かな」
「少なくても俺は無事です。上空からの備えはない一軒家ですし、他に民家もありません。間接的に飛ぶ魔物がいない証明になるかと」
俺は悪びれもせず嘘をついた。
「飛行能力のある魔物が現れたとなれば、すぐに軍を派遣しなければならない。村の平穏が脅かされる大事だから、急ぎここに駆けつけたわけさ」
「過分な配慮痛み入ります」
「騎士として当然のことをしたまでだよ。ちょうどいい機会だからグレイゼルに話をしておくけれど、ここを捨てて村に居を構える気はないかな」
ロアは馬から降り、俺の前に立って言った。
「────実はここ最近、国中で魔物が異常発生してるんだ」
小動物しかいなかった森に狼の魔物の群れが姿を現し、大猿の魔物が人里に降りてきて暴れる。被害件数は前年比の三倍以上、さらに増える見込みだと語った。
「特に深刻なのが隣の同盟国だね。それを助けるために遠征の中継地構想が持ち上がった」
「……そんな事情が」
「君は貴重な人材だからね。山奥に住まれると何かあっても助けが間に合わなくなってしまう」
中継地に移って町づくりの中核を担って欲しいとお願いされた。
「もちろん引っ越しの費用は国が持つ。グレイゼルからの要望があれば、望み通りの間取りの店を建てることもできる。これはまたとない機会だよ」
一定期間は開業資金の援助もあると言われた。とんでもない優遇措置だ。
「何故そこまで俺に? 国からの派遣はないんですか?」
「外部から人を招くと利権がね。余計な軋轢を避けるため、国は現地民の重用を決めたわけさ」
おおよその事情は分かったが提案は飲めなかった。山を下りるならルルニアを人として生活させるしかないが、必然的に正体バレの危険が跳ね上がってしまう。
しかしここまで譲歩されてしまった以上、納得できる理由を提示せねば拒否はできない。目立たぬように周囲を見渡す中で、納屋の前に置かれた籠を目にした。
「この身に余る申し出をしていただき感謝します。その上でお許し下さい、俺はここを離れるわけには行かないのです」
「理由を聞いてもいいかな」
「山には調合に必要な材料がたくさんあります。採取して数分以内に加工せねばならない物もあるため、村には住めません」
真っ赤な嘘、というほどでもない。
村と山を行き来していては採取物の質が落ちるし、足りなくなった材料を取りにも行けない。採取のために人を雇うという手もあるが、類似の毒茸や毒草を持ってこられたら面倒が増えるだけだ。
「……なるほどね。グレイゼルには一日も安全な場所に住んで欲しかったんだけど、いささか僕の見通しが甘かったようだ」
ロアは怒らず俺の意見に同調してくれた。
「引っ越しの件は一旦保留してもらっていいかな。グレイゼルの意見は一度持ち帰って検討するよ」
「お手を煩わせて申し訳ありません」
「謝らないでいい。貴族として持ち上げられるより、グレイゼルみたいに忌憚ない意見を言ってくれる方が嬉しいぐらいだからね」
ロアは馬にまたがり直し、馬上から俺を見た。
「────けれど魔物が増えているのは事実だ。一回でも命の危険があればすぐに山を下りてもらうよ。これは僕個人ではなく、貴族としての命令だ」
堂に入った宣言に頭を下げた。ロアは団員に指示を出し、凛然とこの場を去った。
少しすると家の裏手からルルニアが顔を出した。立ち尽くしたままの俺の隣へと移動し、だらりと下げた手に細い指を重ねて握ってくれた。
「せっかくの機会を棒に振って良かったんですか?」
「良くはない。でもまぁ、ここでの生活も好きだからな」
「確かに町だとエッチしづらいですもんね。言いたいことは分かります」
そうじゃないと言いかけ、開いた口のまま苦笑した。ルルニアにとって引っ越しの可否はどうでもよく、どんな場所でも俺の傍にいると遠回しで言ってくれたのだ。
「もしもの時は断頭台まで連れ添ってくれるか?」
「そんなの嫌に決まってるじゃないですか。処刑人ごときにあなたを取られるのも悔しいので、その時はどこかの町へと二人で逃げましょう」
「魔物と人間の駆け落ちか、それもいいな」
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