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第四十二話『酒場のルルニア2』
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行商人は弁明の余地なく捕縛された。のべつ幕なしに言い訳を並べ立てていたが、放置した荷台には物的証拠が山とある。村の牢屋へぶち込まれ、後日町に連行する運びとなった。
(……何様だって思わないわけじゃないけどな)
俺も村人を騙してルルニアを匿っている。あれがへまを起こした未来の自分の姿かと思っていると、待機を命じられた部屋にロアが入っていた。
「村民に聞いて回ったけど鉛のグラスを買った者はいないそうだ。後は僕らが他の村を回って危険性を周知しておく。手間を掛けさせたね」
「いえ、助けていただきありがとうございます」
「荷台には数年前に規制された化粧品もあったみたいだ。話を聞く限り彼も不良在庫を押し付けられてしまった側のようだけど、犯罪は犯罪だからね」
今俺とロアがいるのは川下の村の村長屋敷だ。一室を書類仕事用に借りているらしく、数名の団員が机を並べて報告書らしき紙にペンを走らせている。
一件落着したならこの場を去りたかったが、許しをもらうまでは動けない。
話題の誘導もかねて俺の籠の所在を聞くと、部下に持ってこさせると言った。
「そういえばグレイゼルの薬を試したことは無かったね。手間を取らせたお詫びというわけじゃないけど、いくつか売ってもらってもいいかな」
「嬉しいお言葉です。どのような薬をご希望で?」
「せっかくだし、売れ残った物を全部もらおうか。村での薬売りが終わったらまたここに来て欲しい。僕がいない場合は他の者に対応を任せる」
稼ぎそのものは嬉しいが、それはそれとして緊張する。薬の調合には細心の注意を払っているものの、些細な失敗が薬屋生命の終わりに繋がりかねない。
背の高い団員から籠を受け取ると、ロアが「そういえば」と口にした。話題として出されたのはゴブリンの襲撃についてで、あの夜の状況を聞いてきた。
「村民から聞いた話では天使か女神様が降臨して下さった、と言っていた。人を守って魔物と戦う翼の少女、これについてグレイゼルはどう思う?」
「……綺麗だとは思いました。それ以上は特に」
「襲撃を退けると同時に少女は消えた。少女の正体が魔物なら縄張り争いの後で村民を襲うはず。もし本当に神の使いなら、この件は最優先で協議せねばならない」
あの場を目撃したのはミーレの村の住民だけだ。別の村からは中継地の選別を有利にするため、拍のつく嘘を吹聴していると非難の声が上がっているらしい。
「ロア様は噂の真偽をどれほどと見ておられますか?」
「神の使いの降臨は数百年単位で起きていない。事実だったならかなりの大事だね」
「大規模な調査を予定されているので?」
「そう……と言いたいけれどしないかな。ろくな証拠も無いしね。あくまで現時点での話だけど、集団幻覚の類ということで処理することに決めたよ」
唯一の手掛かりとなる白い布を調べたが、細かな職人技が光る一品としか分からなかった。酒場の主人の裁縫趣味が高じた作品だと、俺も知らぬ情報を教えてくれた。
(……これならルルニアが村にいても安全、か?)
ロアの笑みの奥の思考を読み取るのは難しかった。
「実は今の話し絡みでグレイゼルに頼みがあるんだけど、いいかな?」
「頼み?」
「王都の逸話に『降臨された神の使いは人の営みに紛れて人を見定める』といったものがある。そんな風変りな人物が現れたら僕に報告が欲しい」
薬屋として三つの村を回り、見慣れない人物がいたらロアに伝える。一瞬不味い流れだと思ったが、逆に良い立ち位置ではないかと考え直した。
「……調べるのは『襲撃の夜から』でよろしいですか?」
「うん、構わないよ。さっき言った通り僕も本気で信じているわけではないからね。本業に差し障るなら後回しにしてもいい。その程度の優先順位さ」
ルルニアはロアの言う怪しい人物に該当する。が、十日以上前からミーレと会っている。依頼の内容を曲解するなら、調査対象の該当範囲外に置くことも可能だ。
「これで僕からは以上だ。ではまた次の機会に話をしよう」
俺は頭を下げて退室し、薬売りのために広場へ戻った。
それから家々を回って診察を終わらせ、薬売りのために騎士団の元へ赴いた。
警備の騎士にロアの所在を聞くが、どこぞで訓練を行っていると知らされた。事前の話通り別の騎士が金銭のやり取りを担当し、ペンを片手に薬の名と効能を聞いてきた。
「紙をお貸しいただければ詳細をお書きしますが」
こちらから申し出ると騎士は紙を渡してくれた。
「ほぉ、ずいぶんと気が利くな。団長が気に入るのも頷ける」
「さして気に入られることをした記憶はありませんが……」
「そんなものだ。団長は地位や生まれに関わらず、強い信念を持つ者を好む。ここにいる騎士団の面々もそんな審美眼によって選ばれた者ばかりだ」
俺が該当するのか甚だ疑問だったが、口にはしなかった。
騎士は棚から薬の代金入りの袋を渡し、こう告げてきた。
「あれで団長は気苦労が多い。会話に誘われた時は付き合ってやってくれ」
村を出ても日は傾いておらず、まっすぐ家に帰るには早かった。歩きながら思いついたのは回り道でミーレの村に立ち寄る案だ。予定通りならまだ酒場にいるはずだ。
「……ロアからも頼まればかりだしな。調査するか」
上手く村の人と馴染めているか、失敗なく仕事を回せているか。多少なりとも不安な気持ちはあったが、それ以上に働いている姿を見るのが楽しみだった。
(……何様だって思わないわけじゃないけどな)
俺も村人を騙してルルニアを匿っている。あれがへまを起こした未来の自分の姿かと思っていると、待機を命じられた部屋にロアが入っていた。
「村民に聞いて回ったけど鉛のグラスを買った者はいないそうだ。後は僕らが他の村を回って危険性を周知しておく。手間を掛けさせたね」
「いえ、助けていただきありがとうございます」
「荷台には数年前に規制された化粧品もあったみたいだ。話を聞く限り彼も不良在庫を押し付けられてしまった側のようだけど、犯罪は犯罪だからね」
今俺とロアがいるのは川下の村の村長屋敷だ。一室を書類仕事用に借りているらしく、数名の団員が机を並べて報告書らしき紙にペンを走らせている。
一件落着したならこの場を去りたかったが、許しをもらうまでは動けない。
話題の誘導もかねて俺の籠の所在を聞くと、部下に持ってこさせると言った。
「そういえばグレイゼルの薬を試したことは無かったね。手間を取らせたお詫びというわけじゃないけど、いくつか売ってもらってもいいかな」
「嬉しいお言葉です。どのような薬をご希望で?」
「せっかくだし、売れ残った物を全部もらおうか。村での薬売りが終わったらまたここに来て欲しい。僕がいない場合は他の者に対応を任せる」
稼ぎそのものは嬉しいが、それはそれとして緊張する。薬の調合には細心の注意を払っているものの、些細な失敗が薬屋生命の終わりに繋がりかねない。
背の高い団員から籠を受け取ると、ロアが「そういえば」と口にした。話題として出されたのはゴブリンの襲撃についてで、あの夜の状況を聞いてきた。
「村民から聞いた話では天使か女神様が降臨して下さった、と言っていた。人を守って魔物と戦う翼の少女、これについてグレイゼルはどう思う?」
「……綺麗だとは思いました。それ以上は特に」
「襲撃を退けると同時に少女は消えた。少女の正体が魔物なら縄張り争いの後で村民を襲うはず。もし本当に神の使いなら、この件は最優先で協議せねばならない」
あの場を目撃したのはミーレの村の住民だけだ。別の村からは中継地の選別を有利にするため、拍のつく嘘を吹聴していると非難の声が上がっているらしい。
「ロア様は噂の真偽をどれほどと見ておられますか?」
「神の使いの降臨は数百年単位で起きていない。事実だったならかなりの大事だね」
「大規模な調査を予定されているので?」
「そう……と言いたいけれどしないかな。ろくな証拠も無いしね。あくまで現時点での話だけど、集団幻覚の類ということで処理することに決めたよ」
唯一の手掛かりとなる白い布を調べたが、細かな職人技が光る一品としか分からなかった。酒場の主人の裁縫趣味が高じた作品だと、俺も知らぬ情報を教えてくれた。
(……これならルルニアが村にいても安全、か?)
ロアの笑みの奥の思考を読み取るのは難しかった。
「実は今の話し絡みでグレイゼルに頼みがあるんだけど、いいかな?」
「頼み?」
「王都の逸話に『降臨された神の使いは人の営みに紛れて人を見定める』といったものがある。そんな風変りな人物が現れたら僕に報告が欲しい」
薬屋として三つの村を回り、見慣れない人物がいたらロアに伝える。一瞬不味い流れだと思ったが、逆に良い立ち位置ではないかと考え直した。
「……調べるのは『襲撃の夜から』でよろしいですか?」
「うん、構わないよ。さっき言った通り僕も本気で信じているわけではないからね。本業に差し障るなら後回しにしてもいい。その程度の優先順位さ」
ルルニアはロアの言う怪しい人物に該当する。が、十日以上前からミーレと会っている。依頼の内容を曲解するなら、調査対象の該当範囲外に置くことも可能だ。
「これで僕からは以上だ。ではまた次の機会に話をしよう」
俺は頭を下げて退室し、薬売りのために広場へ戻った。
それから家々を回って診察を終わらせ、薬売りのために騎士団の元へ赴いた。
警備の騎士にロアの所在を聞くが、どこぞで訓練を行っていると知らされた。事前の話通り別の騎士が金銭のやり取りを担当し、ペンを片手に薬の名と効能を聞いてきた。
「紙をお貸しいただければ詳細をお書きしますが」
こちらから申し出ると騎士は紙を渡してくれた。
「ほぉ、ずいぶんと気が利くな。団長が気に入るのも頷ける」
「さして気に入られることをした記憶はありませんが……」
「そんなものだ。団長は地位や生まれに関わらず、強い信念を持つ者を好む。ここにいる騎士団の面々もそんな審美眼によって選ばれた者ばかりだ」
俺が該当するのか甚だ疑問だったが、口にはしなかった。
騎士は棚から薬の代金入りの袋を渡し、こう告げてきた。
「あれで団長は気苦労が多い。会話に誘われた時は付き合ってやってくれ」
村を出ても日は傾いておらず、まっすぐ家に帰るには早かった。歩きながら思いついたのは回り道でミーレの村に立ち寄る案だ。予定通りならまだ酒場にいるはずだ。
「……ロアからも頼まればかりだしな。調査するか」
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