エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第四十三話『酒場のルルニア3』

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 俺は村の門を抜け、まっすぐに酒場へと向かった。お昼過ぎなのに店先には人だかりが出来ており、大半の者が窓に群がって中を見ている。近くに行くと全員の視線が俺に向いた。

「おい、先生だ。なぁやっぱこの人すげぇよ!」
「……?」
「す、すいません。どうしても興味があってつい!」
 
 そう言って数人の若者が下がり、別の若者が前に出た。

「おい先生! ミーレとはその、もういいってことなのか!」
「……いい、とは?」
「告白していいかってことだよ! だってあれ、先生の嫁だろ!?」

 鼻息荒く酒場を指差す。かなりの者が俺の発言に注目していた。
 この村において年頃の女の子はミーレだけだ。俺が将来の相手だと目されて遠慮されてきたが、ルルニアとの関係が周知された。この流れは当然の帰結とも言えた。

(……あいつも苦労するな)
 義理の兄的な立場として思うところはあったが、相手を選ぶのはミーレだ。俺があれこれ口を出すことではないため、簡潔に事実のみを伝えた。

「俺が好きなのはルルニアだ。それ以上も以下もない」
 そう答えると村の若い衆が雄叫びを上げた。

「いぃやったぁぁ!! これでおれにも春が来たぁぁぁ!」
「選ばれるのはこっちだ! 絶対に負けねぇ!」
「こうしてる場合じゃねぇ! 早く今日の仕事終わらせるべよ!」

 猪突猛進で仕事に戻っていくのを見送った。ミーレの争奪戦は紛糾の様相を呈しそうだ。
 扉の前にいる客に断りを入れて中に入ると、明るい声が耳に届いた。満席となった酒場の中を走り回っているのは給仕服のルルニアだった。

「────いらっしゃいませ! ただいま満席で……あ!」
 俺を見るなり微笑みをくれる。髪の色は取り決め通り茶色となっており、襲撃の夜の神聖さは感じ取れない。代わりに白を基調とした給仕服が家庭的な魅力を引き立てていた。

「薬売りが終わったら家に帰られると思ってました」
「時間が余ったからな。働いてるところが見たくなった」
「じゃあ一緒に帰れるんですね。思わぬ贈り物です」

 照れ顔でトレーを胸に抱える仕草が可愛らしかった。

「おーい、ルルニアちゃん! こっちに酒をくれ!」
「はい、ただいま伺いますね!」
「料理出来たよ! 三番テーブルにお願いね!」
「分かりました。すぐに!」

 酒場は襲撃の夜の焼き直しのような光景となっていた。
 ルルニア本来の美貌は損なわれていないが、誰も正体に気づいていない。そんなことより絶世の美女と話をするのが楽しみ、という者ばかりだった。全員の頬が終始緩みっぱなしだった。

(……地形を調べる作業はどうした)

 ルルニアを呼ぶためだけに注文を繰り返す者が散見された。
 俺は壁際に行って仁王立ちし、遠目からすべての客を威圧した。

「……なあ今日の先生、なんか怖いべや」
「きゅ、休憩し過ぎだし仕事に戻んべよ」

 怖がった様子で数人が去るが、また次の客が入ってきた。
 注文が一気に増えるものの、ルルニアは涼しい顔をしていた。

 経験者ということもあって酔っ払いの扱いはお手の者であり、適切な間合いを維持している。お触りの隙など欠片も見せない立ち回りは感心の一言だ。
 心配は杞憂だったなと思っていると、横にある倉庫の扉からミーレが出てきた。ルルニアと同じ給仕服姿の理由を聞くと、客の見張りのためと答えた。

「ルルちゃんに触れる人がいたら守ってあげようと思ったんだけど、その必要は無かったみたい。あたしの方が助けられる勢いだったわ」
「まぁ、ルルニアの手腕ならそうもなるな」
「うわぁ、惚気だ。グレにぃも気づいたと思うけど、誰もあの夜の女の子とは思ってないみたい。次からは一人で任せちゃっていいと思う」

 ルルニアを監視するのではなく守る。ミーレの心遣いに感謝を述べた。その上でロアとした会話を説明し、ルルニアが村に来た日をズラせないか聞いてみた。

「不安の芽は早めに摘んでおきたいからな」
「心配無用よ。お父さんとお母さんにはそれぐらいの時期に来た人って言っておいたわ。村の住居者管理はあたしの仕事だし、紙に一筆足せばでいいと思う」

 さすがはミーレだ。大した手際である。
 もしもの場合は『俺とルルニア』が村人を欺いていたことにする。サキュバスは人に化ける力を持っているため、詰められても「分からなかった」で通せる。罰せられるのは俺たちだけだ。

「悪いな。不正が嫌いなのに片棒を担がせて」
「まぁねぇ。皆に嘘をつくことになるから良い気はしないけど、グレにぃのお嫁さんとなれば仕方ないわ。ちゃんと上手いことやってよね」
「嫁と言えば、ミーレはどんな感じだ?」
「朝から誰彼構わず質問攻めよ。お父さんもお母さんも寝耳に水でびっくりするし、男子からはルルちゃんのことを含めて詰め寄られるし」

 両手に花どころではない状況に四苦八苦しているようだ。誰か良い人がいないかと言われるが、この辺りでそんな男性は……一人だけいた。

「なぁ、ミーレの好みって線の細い王子様的な男だったよな?」

 周辺三つの村にそんな人間はいないが、意外と近くにはいた。
 俺は不可能を承知でロアが理想の相手ではないかと聞いてみた。

「………………あ、ほんとだ。確かにあたしの理想よね」

 得心が言ったように手を打っていた。ミーレに限っては大丈夫だと思うが、貴族相手に過剰なアプローチはやめた方がいいと念押しで忠告しておいた。

「ま、狙うだけなら自由よね。玉の輿、入っちゃう?」
「ロアは強い信念を持った相手が好きらしいぞ」
「超有益な情報じゃない。さすがはグレにぃ」

 にひひ、という緊張のない笑みがミーレらしい。
 俺たちは拳を打ち合わせ、互いの未来を祈った。
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