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第四十四話『月明かりの下で1』
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何事も無く一時間が過ぎ、ルルニアの仕事が終わった。入れ替わりで入った客から嘆きの声が上がるが、一日置きに来るという話を聞くと静かになった。
「ふふふ、皆さん子どもみたいで可愛かったですね」
俺たちは夕暮れの帰路を歩き進んだ。大通りを抜けて門を出ると手を触られ、望まれるまま指を絡めた。道に伸びた二つの影が密着して一つとなった。
「ミーレさんとはどんなお話を?」
「ルルニアのことを話していた。色々と心配で立ち寄ったけど、働く姿を見て俺の出番はないって分かった」
「皆さん良い人でしたよ。一部視線はいやらしかったですが、お触りをしてくるような人はいませんでした」
「気をつけるなら村の外の客だな……」
喋りながら野菜が実った畑を通過し、曲がりくねった土の道を通った。
横目で道中の小川を眺めていると、水面に魚が跳ねて波紋を広げた。
「だんだん暑くなってきましたね」
「だな。夏になると蠅や蚊が多くて嫌になる。どうしても窓を開けなきゃならないから我慢しなきゃ、と思ったが今年はろくに見てないな」
「それは当然です。私が追い払っていますから」
「前に森で使った術の応用か。蠅が家に入ってこないなら食材の痛みも遅くなるな。庭に繋いだ馬が落ち着かなかったのもそれが原因か?」
俺の疑問に頷きが返ってきた。今のルルニアは並みのサキュバスより強く、術の幅も多種多様に揃っている。木っ端な魔物は家に近づけもしないそうだ。
「あなたがいたから、私は強くなれました」
俺もルルニアのおかげで日々に彩りを感じている。感謝はお互い様だ。
山道に着いたころには夜の帳が落ち始めていた。ルルニアと出会う前なら走って家を目指したが、今はそんなに焦る必要はない。落ち着いた足取りで坂を登ると、ルルニアが脇道を指差した。
「小川の流れが続いてますね。この先には何が?」
「それなりの大きさの湖がある。山の湧き水が一度そこに集まって、山のふもとまで水を届けてくれる感じだ。森の動物の憩いの場でもあるな」
「あぁ、グレイゼルを探していた時に見ましたね」
「村からそう離れてないから日中は村人も釣りに来る。もう少し経つと夜に尻尾から光を発する虫が湖の周辺を飛び交うんだ。あれは綺麗だぞ」
懐かしい景色を思い返していると、ルルニアが脇道に入った。せっかくなら湖を見てから帰ろうと、俺の名を呼びながら暗闇の坂道を駆け上がった。
「どうしましたか! 早く追いかけないといなくなちゃうかもですよ!」
角と翼と尻尾を生やして手を振っている。湖を見たいというより追いかけっこをしたそうだ。俺はやれやれと息をつき、全速力で坂を登った。
暗がりでもルルニアの桃色の髪は目立つため、道を見失うことはなかった。結局追いつけはしなかったが、無事に湖がある森の広場に着けた。
「────綺麗ですね。グレイゼル」
ルルニアは服を脱いで湖の浅瀬に立っていた。夜の湖面の美しさと水に濡れたルルニアの裸体が、一枚の風景画のような優美さで空間を支配している。
「グレイゼルも入りませんか? 冷たくて気持ちが良いですよ」
「俺はいい。ここで見てる」
「怖がってます?」
「その、実は泳げないんだ」
「それは意外ですね。私が手取り足取りお教えしましょうか?」
ルルニアは水に浸かったまま手を差し伸べた。俺の中で泳げないのは恥ずかしいことだったが、失望も笑いもせずに受け入れてくれている。
恐る恐る陸地と湖の境界線まで近づくが、夜の水面は怖かった。晴れた時にしようと言って岸に上がらせようとすると、伸ばした手首を掴まれた。
「待っ、うわっ!? うぉあっ!?」
反射で大声が出てしまう。足首の上までしか浸からぬ浅瀬なのに、溺れて死ぬ光景が浮かぶ。押し寄せる水から逃れようと暴れていると、しぶきの先で翡翠の輝きが起きた。
「ほーら、どこも怖いところ何てないでしょう?」
ルルニアはびしょ濡れとなった俺を抱きしめた。瞳の拘束術で身体が動かせないおかげか、滅茶苦茶になっていた思考が落ち着く。冷静に水と向き合うことが可能になった。
「ここは浅瀬です。ゆっくり手を下ろせば底を触れます」
「そう……だな」
「もう少し奥に行ってもほら、ちゃんと足がつきますよ」
そう言い、ルルニアは俺を湖の奥に連れて行った。
「腕を急いで動かす必要は無いんです。お腹の中にたっぷり空気を溜めて、水の流れに身体を任せて下さい。ちゃんと私が見守ってますから」
行動を制限されているので従う他ない。言われたまま息を吸うと、ルルニアは俺を仰向けの状態でそっと押した。沈むと思って目を閉じるが、身体は水面に浮かんでいた。
「どうです。慣れれば良いものでしょう?」
ルルニアは隣で優雅に泳ぎ、流されるがままだった俺を抱きしめてくれた。
溜め込んだ息を一気に吐くと、我慢のし過ぎで顔が真っ赤だと指摘された。
「……ルルニアが息を吸えって言うから」
「潜れるようになればもっと楽しいですよ。グレイゼルもお疲れでしょうし、今日はここまでですね。今度は明るい時にでも泳ぎましょうか」
「……ま、またここに来るのか」
そんなこんなで岸に戻った。水から上がると大地の安定感にありがたみを覚えた。
草地に座り込んで息を整えていると、ルルニアが背中に寄り掛かった。風に消え入るような声量で言われたのは、「今日しませんか?」という申し出だった。
「────あの夜からずっと、ここがうずいて仕方ないんです。だからグレイゼルの精子と精気を下さい。子宮から私の身体を温めて下さい」
「ふふふ、皆さん子どもみたいで可愛かったですね」
俺たちは夕暮れの帰路を歩き進んだ。大通りを抜けて門を出ると手を触られ、望まれるまま指を絡めた。道に伸びた二つの影が密着して一つとなった。
「ミーレさんとはどんなお話を?」
「ルルニアのことを話していた。色々と心配で立ち寄ったけど、働く姿を見て俺の出番はないって分かった」
「皆さん良い人でしたよ。一部視線はいやらしかったですが、お触りをしてくるような人はいませんでした」
「気をつけるなら村の外の客だな……」
喋りながら野菜が実った畑を通過し、曲がりくねった土の道を通った。
横目で道中の小川を眺めていると、水面に魚が跳ねて波紋を広げた。
「だんだん暑くなってきましたね」
「だな。夏になると蠅や蚊が多くて嫌になる。どうしても窓を開けなきゃならないから我慢しなきゃ、と思ったが今年はろくに見てないな」
「それは当然です。私が追い払っていますから」
「前に森で使った術の応用か。蠅が家に入ってこないなら食材の痛みも遅くなるな。庭に繋いだ馬が落ち着かなかったのもそれが原因か?」
俺の疑問に頷きが返ってきた。今のルルニアは並みのサキュバスより強く、術の幅も多種多様に揃っている。木っ端な魔物は家に近づけもしないそうだ。
「あなたがいたから、私は強くなれました」
俺もルルニアのおかげで日々に彩りを感じている。感謝はお互い様だ。
山道に着いたころには夜の帳が落ち始めていた。ルルニアと出会う前なら走って家を目指したが、今はそんなに焦る必要はない。落ち着いた足取りで坂を登ると、ルルニアが脇道を指差した。
「小川の流れが続いてますね。この先には何が?」
「それなりの大きさの湖がある。山の湧き水が一度そこに集まって、山のふもとまで水を届けてくれる感じだ。森の動物の憩いの場でもあるな」
「あぁ、グレイゼルを探していた時に見ましたね」
「村からそう離れてないから日中は村人も釣りに来る。もう少し経つと夜に尻尾から光を発する虫が湖の周辺を飛び交うんだ。あれは綺麗だぞ」
懐かしい景色を思い返していると、ルルニアが脇道に入った。せっかくなら湖を見てから帰ろうと、俺の名を呼びながら暗闇の坂道を駆け上がった。
「どうしましたか! 早く追いかけないといなくなちゃうかもですよ!」
角と翼と尻尾を生やして手を振っている。湖を見たいというより追いかけっこをしたそうだ。俺はやれやれと息をつき、全速力で坂を登った。
暗がりでもルルニアの桃色の髪は目立つため、道を見失うことはなかった。結局追いつけはしなかったが、無事に湖がある森の広場に着けた。
「────綺麗ですね。グレイゼル」
ルルニアは服を脱いで湖の浅瀬に立っていた。夜の湖面の美しさと水に濡れたルルニアの裸体が、一枚の風景画のような優美さで空間を支配している。
「グレイゼルも入りませんか? 冷たくて気持ちが良いですよ」
「俺はいい。ここで見てる」
「怖がってます?」
「その、実は泳げないんだ」
「それは意外ですね。私が手取り足取りお教えしましょうか?」
ルルニアは水に浸かったまま手を差し伸べた。俺の中で泳げないのは恥ずかしいことだったが、失望も笑いもせずに受け入れてくれている。
恐る恐る陸地と湖の境界線まで近づくが、夜の水面は怖かった。晴れた時にしようと言って岸に上がらせようとすると、伸ばした手首を掴まれた。
「待っ、うわっ!? うぉあっ!?」
反射で大声が出てしまう。足首の上までしか浸からぬ浅瀬なのに、溺れて死ぬ光景が浮かぶ。押し寄せる水から逃れようと暴れていると、しぶきの先で翡翠の輝きが起きた。
「ほーら、どこも怖いところ何てないでしょう?」
ルルニアはびしょ濡れとなった俺を抱きしめた。瞳の拘束術で身体が動かせないおかげか、滅茶苦茶になっていた思考が落ち着く。冷静に水と向き合うことが可能になった。
「ここは浅瀬です。ゆっくり手を下ろせば底を触れます」
「そう……だな」
「もう少し奥に行ってもほら、ちゃんと足がつきますよ」
そう言い、ルルニアは俺を湖の奥に連れて行った。
「腕を急いで動かす必要は無いんです。お腹の中にたっぷり空気を溜めて、水の流れに身体を任せて下さい。ちゃんと私が見守ってますから」
行動を制限されているので従う他ない。言われたまま息を吸うと、ルルニアは俺を仰向けの状態でそっと押した。沈むと思って目を閉じるが、身体は水面に浮かんでいた。
「どうです。慣れれば良いものでしょう?」
ルルニアは隣で優雅に泳ぎ、流されるがままだった俺を抱きしめてくれた。
溜め込んだ息を一気に吐くと、我慢のし過ぎで顔が真っ赤だと指摘された。
「……ルルニアが息を吸えって言うから」
「潜れるようになればもっと楽しいですよ。グレイゼルもお疲れでしょうし、今日はここまでですね。今度は明るい時にでも泳ぎましょうか」
「……ま、またここに来るのか」
そんなこんなで岸に戻った。水から上がると大地の安定感にありがたみを覚えた。
草地に座り込んで息を整えていると、ルルニアが背中に寄り掛かった。風に消え入るような声量で言われたのは、「今日しませんか?」という申し出だった。
「────あの夜からずっと、ここがうずいて仕方ないんです。だからグレイゼルの精子と精気を下さい。子宮から私の身体を温めて下さい」
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