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お姉さまとのお話し合い

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 困りましたねぇ。
 まさかあのさっぱりとした気性のご令嬢が、セディの義理の妹だとは!

 これで被っていた猫は、まったくの役立たずになってしまいました。

「しかしエルグラント卿は、妹さまを全く知らないとおっしゃっていらっしゃいましたけれど……。」

 本当に妹なんですかねぇ?
 そう言われた侯爵夫人は、頭痛でもおこしたかのように、頭をおさえました。

「まったく、セディときたら。確か私の結婚式の時に一度会っているはずですのよ。もう5年前にさかのぼりますけれどもね。」

 それは何といったら良いのでしょう?
 5年間一度もセディは義理の妹の顔を見ていないのでしょうか?

 私の沈黙をどう受け取ったのかはしりませんが、侯爵夫人はとにかくあなたも座りなさいと言いました。

 確かに立ち話で済むことではなさそうですね。

 私は軽く目礼して、侯爵夫人の斜め向かいの席に座りました。


「なんで、その位置なのよ。」
 
「しっかりとお話したいのだから、もっと近くにいらっしゃい!」

 私としてはできる限り遠ざかりたいのですよ。
 でも凄い目で睨みながら、隣の席を指さしています。

 私はしおしおとその席に腰をおろしました。


「あなたねぇ。逃げられるとでも思っているの? 甘い! 甘すぎるわよ!」

 のっけから侯爵夫人はヒートアップしています。

「侯爵夫人。 それは一体どういう意味でしょう?」

 ビシリ! 侯爵夫人は扇子を私の顔に突き付けてました。
 ほらね! だから近づきたくなかったんですよ。

「いいこと! 私のことはお姉さまとおっしゃい!」

「イエス!マム。」
 
 私は思わずそう答えてしまいました。
 だって怖いんですもの。


 ギロリと侯爵夫人はの瞳がひかります。
 おっかないですよ。

 この方、もしかして瞳に何か仕込んでませんかね。

「二度は言いません。お・ね・え・さ・ま・です。」

 うわぁ~ん。
 どっかのラスボスみたいなことを言い出しましたよ。

 私はごくりと唾をのみ込みました。

「お姉さま。おっしゃる意味が分かりませんが……。」


 お姉さまは滔々とお話をしてくださいました。

「いいですか? あのセディって男は異界の姫ぎみに魅せられて、人生の全てをそれにささげてきたんですのよ! ようやく手に入れた姫を手放すなんてことは、ぜーったいにありえません。」

「でも、それって異界から来た女なら誰でもいいってことですよね。」

 私がお姉さまの威圧に耐えながらも、それだけは言い返しました。
 これだけは言っておきたかったんです。

「ふふん。」

 お姉さまは勝ち誇ったように鼻で笑いました。
 なんだってそんなに自慢ありげなんでしょうね。


「あんな大規模な召喚術を使えるのは、1度きりです。あなただって考えればわかるでしょう。異世界との扉を開くなんて、下手したら世界を崩壊させかねませんわよ。」

 ええ、それはもっともだと思います。
 安定している筈の世界を揺るがしてしまうでしょうね。

「あの、セディが生涯をかけて異世界から女を呼び寄せるのですよ。当然魂の片割れを呼ぶに決まっているじゃぁありませんか!」

 魂の片割れ? 運命の人みたいなイメージなんでしょうかねぇ。

「あなた! 番って言葉を聞いたことはありまして?」

「えっと、運命の相手みたいなもんですか?」

「甘い! 甘すぎますわ! そもそも番とはその相手以外に結婚することができないのです。しかも永遠に熱愛するのですわ。」

「侯爵夫人。 番の意味はわかります。けれどもそれって竜とか獣人の特性ですわよね。人間が番を求めるというお話なんて聞いたことがないんですけれど。」

 バシュ!
 侯爵夫人は扇で私の顎を持ち上げました。

「これが最後のチャンスですわよ。その空っぽの頭にたたき込みなさい。お姉さまです。」
 
 そしてそのままひとり語りを再開しました。

「よい質問ですわね。さすがはセディの番です。セディは召喚相手を自分の番に固定したのですよ。なんという勇気!なんという気高さ! もしも番がいなければ、最初で最後の召喚術が無駄になるというのに……。」

 お姉さまは本当にセディと血が繋がっていないのでしょうか?
 セディに負けず劣らず危ない人にしかみえませんが……。



「フラン、あまり最初から飛ばすな! 可哀そうに可愛い妹がおびえてしまっているじゃぁないか。」

 侯爵とセディが戻ってくれたようです。

 セディは私を膝にのせると、よしよしと頭を撫でながらいいました。

「お姉さまは、ご自分がどれほど迫力があるか自覚してください。こんなに可憐でおとなしい娘には刺激が強すぎます。」

 それを聞くと、お姉さまはちらりと私を眺めました。

 そんなに大人しいばかりの娘でもあるまい! とその表情だけで伝えてきます。


「それでセディ。お前の計画は穴だらけだ。ここは公爵家に任せる方がいいね。平民の戸籍を買い上げてもどうしようもないだろう。」

「しかし兄上。私はこのミーナと結婚するのです!」

 ちょっと待ってください。
 結婚て勝手に決められるもんでもないんですよ。

 なんだか久しぶりにセディが暴走モードに入ってしまいました。
 お兄さま、うまく止めてくださいね。


「セディ。我らが母上を見損なってはいないかね。お前が本気で異界の姫を召喚するつもりだと思った時から既に準備は進めている。なぁフラン。」

「ええ。セディのご両親から私の生家であるシンクレイヤ侯爵家に内密の頼まれごとがありましたの。セディは12年前、私の母が体調を崩して保養地で出産をしたことは、覚えていらっしゃるかしら?」

 セディはぽかんとしていますから、きっと何も覚えていないのでしょうね。

「12年前といえば兄上と姉上が正式に婚約をされた年ですね。たしか私はその時は6歳でした。」

「そうだ!おまえが6歳の時、既に母上はこの時がくるのを見越して、お前の婚約者を産んでくれるようにフランの母上に頼んでいたのだ。そのためにシンクレイヤ侯爵夫人は、ひっそりと保養地で娘を出産している。」

「兄上、私の婚約者はここにいるミーナだけです!」

 お兄さまは、出来の悪い子でもみるような目でセディを見ています。
 違いますわよセディ。

 これってつまり。
 つまり戸籍が用意されているって意味ですわ。


「ほう、さすがに異界の姫だ。もう理解したか。」
 
 お兄さまは面白そうに私を見ています。

 その様子をみて、ようやくセディにも合点がいったらしい。

「では、私の婚約者はフランの妹姫なのですか?」

「そうなりますわね。もうひとりの妹にも昨日お会いいただいたようですけれど。」
 
 お姉さまの皮肉にセディはしまった!という顔をした。

「それでは昨日のご令嬢はアナベル嬢だったのですね。成長されていたので気が付きませんでした。確か私がお会いした時は、アナベル嬢はまだ10歳でしたから。」

 それはきっと言い訳にはならないでしょうねぇ。
 そもそも5年も不義理をする方が悪いのですし。

 あーだからアナベル嬢はセディのことを、良く知っていたんですね。
 辛気臭い叔父さん扱いされていたのは、セディには内緒にしてあげましょう。


「という訳でそこの妹の名前はシャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢ということになる。シャルロットは生まれつき身体が弱く、保養地で育てられているのだがな。」

「兄上、姉上、ありがとうございます。」
 セディが深々と頭を下げた。

「その礼は先見の明があった、父上や母上に言うん。だな。協力してくれたシンクレイヤ侯爵ご夫妻にもな。」

 セディは感極まったように頭を下げ続けています。

 それはそうだろう。
 子供のたわごとと切って捨てずに、万全の準備を整えていたのだから。

「あの、エルグラント卿のご両親というのは……。」

「おや、聞いていないのかい? 現王の弟のクレメンタイン公爵が私たちの父親になる。」

 私は真っ青になってしまいました。
 こんな詐欺行為がまかり通ってよいものでしょうか?


「ロッテ、そんなにびくつくことはない。このことは王家も承知のことだ。異界渡りの姫が落ちたのは600年ぶりだが、異界渡りの姫が落ちた国は繁栄が約束されている。先ほどあの部屋に行ってきたが、どれも宝の山だ。小さな商会の規模ではないよ。」

 お兄さまは優しい瞳で私を見ました。

「これからは国家事業としてクレメンタイン公爵家・シンクレイヤ侯爵家が共同して推進することになる。ロッテには事業の一端を担ってもらわなければならなくなる。いいね。」

 しっかり宰相閣下から命令を承りました。
 

 休暇はおしまいですね。
 明日からせっせと働くことになりそうです。


「それでロッテは?」

 セディがこれからの予定を聞いてくれます。
 そうですね。
 雇用条件は大事です。

「しばらくはあの部屋がロッテの仕事場になるから、申訳ないがこのままここに住んでもらえるかな?その代わり6階は厳重に警備をつけるし、この狭さじゃ困るだろう。ワンフロアを改装しよう。」

「いえ、結構です。十分ですから。」
 
 私が慌てて断ると、皆が困ったような顔をする。
 そこにセディが割って入った。

「シャルロットがこんなところにいるとばれたらまずいでしょう。事業が軌道に乗るまでは今までとおりロッテには幽霊でいてもらいましょう。」

「でもねセディ。ロッテの教育は重要ですよ。お仕事は午前中のみ。午後からは信頼のおける教師を派遣しましょう。特にマナーはみっちりと学んでいただかないと、私の名前にも傷がつきますからね。」

 もしかしてこの一族で一番恐ろしいのは、このお姉さまかも知れません。
 私はもう、わけもわからぬままこくこくと頷きましたが、それを見てお姉さまがまた、頭を抱えてしまいました。

 だって仕方がないじゃありませんか。
 私は立派な平民なんですからね。

 私は密かに毒づきました。
 恐ろしくて声に出せませんでしたけれども。

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