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少年と猫
4話
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「それで、さっきの仲間が捕まってるって話だけど」
僕は先導するフェルについて歩いていた。先ほど追いかけっこをしていた場所からしばらく、このまま階段を登れば金持ちや貴族たちが住んでいる区画——貴族街に辿り着くはずだ。
この都市の貴族街は中心にある領主の城を囲うように整備されており、城と共に台地の上にあることから上町とも呼ばれている。
警備は領主直属の衛兵が務めており、下町を警備している傭兵団と比べると厳格な雰囲気で、僕のような見るからに貴族街の人間ではないような者は露骨に警戒の視線を向けられる。
自然と背筋が伸びてしまう。変におどおどしてしまうと不審がられてしまうかもしれないし、意識して堂々と振る舞ってフェルの後ろをついていく。きちんと、目的があってここにいるのだとアピール。
「仲間が捕まっている場所はこっちなの? ここは貴族街だけど……」
貴族が飼い猫にしようとしているのだとしたら、僕が介入しても相手にしてもらえないかもしれない。
そんなことを考えていると、フェルは道を曲がって細い路地に入っていった。僕も慌ててついていく。
「この先だ」
フェルが鼻先を向けて示した場所は、誰かのお屋敷を囲う鉄柵だった。木箱の上に飛び乗り、柵に這わされた植物の隙間から屋敷の庭に視線を向ける。
誰にも見られてないことを確認してから、僕もそれに倣った。ここに捕まった猫がいるのだろうか?
庭には泣いている女の子がいた。年は……多分僕より何歳か下、十歳前後といったところだろう。近くには使用人らしき女性が付き添っており、女の子を慰めているようだ。
身なりから、恐らくは貴族の子供だろう。貴族街のお屋敷に住んでいるんだから当たり前だけど。
「あの子がどうかしたの?」
「攫われた仲間はあのガキと仲が良かった。お前たちの言うところの飼っていたってやつだ」
……?
いま、何か思ってもみない単語が聞こえた気がする。
「仲間内でも飛びぬけて毛並みの良い白猫でな。育ちが良すぎてオレたちの間では浮きがちだが、餌に困っているやつに自分の餌を分けてやったりして慕われてもいた」
それは美談だし猫同士のやりとりと思うと和みもするけど、今の僕はそれどころじゃなかった。
「あの、いま攫われたって言った?」
フェルはこちらを見上げ、呆れた様子で眉根を寄せた。何を当然のことを聞いてるんだと言わんばかりだ。
「攫ったヤツらは武装した男たちだ。何者かは知らん。攫われたのはこの屋敷にいた猫で、ミアって名前だ。人間共の会話を盗み聞いたが、どうやら猫を返して欲しければ金を払えと脅してきているらしい」
身代金目的に猫を誘拐?
子供ではなく猫……もちろん、そっちのほうが攫いやすいだろうけど。
「それで、あの家の人たちはお金を払うの?」
「払わんようだな。人間にとっちゃたかが猫だ。いちいち金を払うような価値はないんだろ」
それは、そういうこともあるだろう。
金目当てに猫を攫うなんて、手練れの犯罪者ってわけでもなさそうだ。多分、チンピラが思いつきでやってることじゃないだろうか。
そんな相手にいちいち金を払ったなんてなると、貴族からしたら面子にも関わってくるのかもしれない。僕にはそのあたりはよくわからないけど。
しかし、チンピラとはいえ武装した人間が相手となると話は変わってくる。危険度が段違いだし――どうなんだろう。僕には、猫のために身を危険に晒すほどの動機はない。
フェルを前にして言いたくないけど、正直に言ってしまえばたかが猫だ。
報酬が貰えるわけでもないのに、わざわざ危険を冒すなんて馬鹿げている。よほど腕に自信があるならともかく。
「ごめん」
当然に断るべき状況だ。そもそも、フェルは元々一匹だけでこの問題を解決するつもりだったんだし、僕が同行しなくても何か勝算がある……のだろう。
「どうした?」
「いや、さっきは手伝うって言ったけど、そういう状況だと僕じゃ力にはなれないかも」
少し卑怯な言い回しかもしれない。けれど、無意味に反感を買う意味もないだろう。僕は実力不足を言い訳に使った。
別に自分は間違ったことを言っていない。理性ではそう納得するのに、口を開くたびに、どんどん居心地が悪くなっていく。
「武装した相手の実力や人数にもよるけど、僕はあまり腕に自信がないんだ。その……傭兵なんてやってて何言ってんだって思うかもしれないけど」
フェルは僕の目をじっと見つめ、黙って聞いていた。
目を合わせることができなくなる。どうしてこの猫の瞳はこんなにも――自信に溢れているんだろう。
「ごめん、最初はもっと簡単な状況かと思ってたんだ。まさか悪人に攫われてるなんて思わ」
「オレは」
そこまで黙っていたフェルが、僕の言葉を遮るように口を開いた。
「お前の実力なら十分役に立つと判断したから協力を認めたんだが」
何を言われているのかわからなかった。
僕の実力…?
どこを見て僕の実力を判断したっていうんだろうか。今のところ、フェルには情けないところしか見られてない。
追いつけなかったし、簡単な魔術と木箱だけでただの使い魔に負ける始末だ。
「だが、お前がそう思うなら無理にとは言わん。片付いたらまた探してやるからそのへんにいろ」
それだけ言って、フェルは一匹で歩きだしてしまう。落胆した様子もない、それならそれで全く困らないという態度。元々一匹で解決するつもりだったのだから当然だ。
当然だが、僕は落胆していた。
それでいいはずだと頭ではわかっているのに、胸の奥がざらつく。
いつの間にか、フェルに向けて腕を伸ばしていた。
どうして、腕を伸ばすのだろう。僕はいま何を思い、何を感じているんだろう。この心の奥底から湧き上がってくるものは…、
『あなたの気持ちもわかりますが、あなたが傭兵になることには賛成できません』
唐突に、院長の言葉を思い出した。
早くに亡くなった両親の代わりに、僕の面倒を見てくれた孤児院の院長。あの人はあの時、何をわかると言ったのだろう。
僕にもわからない僕の、どんな気持ちがわかったんだろうか。
どうして、僕はあそこまで必死に猫を追いかけたのだろう。
どうして、僕はいま手を伸ばしているのだろう。
理由のわからない感情に突き動かされ、僕は手を伸ばす。猫を追いかけたあの時、なぜだかわからないけれど、この猫を捕まえられなかったら僕はもうダメだと思った。
いま、手を伸ばしているのも同じ気持ちだということに気付いた。いま――そう、いまこの猫の期待に応えられなかったら、僕はもうダメな気がする。
僕は焦っているのだ。何の結果も出せていない自分に。院長の懸念が的中し、傭兵としてやっていけなくなるかもしれないことに焦っている。
『なぜ、そこまで傭兵にこだわるのですか?』
院長の質問に答えられなかったことを思い出す。
そんなことは、自分でもわかっていなかったから。
けれど、いまこの瞬間にこれだけは理解できた。僕はいま、あの質問へ答えようとして足掻いているのだ。言葉で上手く答えられなかったから、行動で答えようとしている。傭兵として結果を出すことが、きっとそれに繋がると思っている。
ただの自棄なのかもしれないし、つまらない意地なのかもしれない。それでも、いまこの瞬間だけは――、
「やるよ。僕にも手伝わせてほしい」
いつの間にか、僕は拳を握っていた。どうして伸ばしたのかわからない手を、握ることで静止した。
フェルは顔だけこちらを振り返って、少しも表情を変えなかった。何にも言ってもらえないんじゃないかと不安になったけれど、相変わらずの尊大な態度で鼻を鳴らしてくれた。
「ついてこい」
それだけ言って、先を歩く。大した力を持たない、使い魔に過ぎない猫がなぜこうまで頼りになるのだろう。
きっと、フェルは僕が掴めないものを持っている。
僕は先導するフェルについて歩いていた。先ほど追いかけっこをしていた場所からしばらく、このまま階段を登れば金持ちや貴族たちが住んでいる区画——貴族街に辿り着くはずだ。
この都市の貴族街は中心にある領主の城を囲うように整備されており、城と共に台地の上にあることから上町とも呼ばれている。
警備は領主直属の衛兵が務めており、下町を警備している傭兵団と比べると厳格な雰囲気で、僕のような見るからに貴族街の人間ではないような者は露骨に警戒の視線を向けられる。
自然と背筋が伸びてしまう。変におどおどしてしまうと不審がられてしまうかもしれないし、意識して堂々と振る舞ってフェルの後ろをついていく。きちんと、目的があってここにいるのだとアピール。
「仲間が捕まっている場所はこっちなの? ここは貴族街だけど……」
貴族が飼い猫にしようとしているのだとしたら、僕が介入しても相手にしてもらえないかもしれない。
そんなことを考えていると、フェルは道を曲がって細い路地に入っていった。僕も慌ててついていく。
「この先だ」
フェルが鼻先を向けて示した場所は、誰かのお屋敷を囲う鉄柵だった。木箱の上に飛び乗り、柵に這わされた植物の隙間から屋敷の庭に視線を向ける。
誰にも見られてないことを確認してから、僕もそれに倣った。ここに捕まった猫がいるのだろうか?
庭には泣いている女の子がいた。年は……多分僕より何歳か下、十歳前後といったところだろう。近くには使用人らしき女性が付き添っており、女の子を慰めているようだ。
身なりから、恐らくは貴族の子供だろう。貴族街のお屋敷に住んでいるんだから当たり前だけど。
「あの子がどうかしたの?」
「攫われた仲間はあのガキと仲が良かった。お前たちの言うところの飼っていたってやつだ」
……?
いま、何か思ってもみない単語が聞こえた気がする。
「仲間内でも飛びぬけて毛並みの良い白猫でな。育ちが良すぎてオレたちの間では浮きがちだが、餌に困っているやつに自分の餌を分けてやったりして慕われてもいた」
それは美談だし猫同士のやりとりと思うと和みもするけど、今の僕はそれどころじゃなかった。
「あの、いま攫われたって言った?」
フェルはこちらを見上げ、呆れた様子で眉根を寄せた。何を当然のことを聞いてるんだと言わんばかりだ。
「攫ったヤツらは武装した男たちだ。何者かは知らん。攫われたのはこの屋敷にいた猫で、ミアって名前だ。人間共の会話を盗み聞いたが、どうやら猫を返して欲しければ金を払えと脅してきているらしい」
身代金目的に猫を誘拐?
子供ではなく猫……もちろん、そっちのほうが攫いやすいだろうけど。
「それで、あの家の人たちはお金を払うの?」
「払わんようだな。人間にとっちゃたかが猫だ。いちいち金を払うような価値はないんだろ」
それは、そういうこともあるだろう。
金目当てに猫を攫うなんて、手練れの犯罪者ってわけでもなさそうだ。多分、チンピラが思いつきでやってることじゃないだろうか。
そんな相手にいちいち金を払ったなんてなると、貴族からしたら面子にも関わってくるのかもしれない。僕にはそのあたりはよくわからないけど。
しかし、チンピラとはいえ武装した人間が相手となると話は変わってくる。危険度が段違いだし――どうなんだろう。僕には、猫のために身を危険に晒すほどの動機はない。
フェルを前にして言いたくないけど、正直に言ってしまえばたかが猫だ。
報酬が貰えるわけでもないのに、わざわざ危険を冒すなんて馬鹿げている。よほど腕に自信があるならともかく。
「ごめん」
当然に断るべき状況だ。そもそも、フェルは元々一匹だけでこの問題を解決するつもりだったんだし、僕が同行しなくても何か勝算がある……のだろう。
「どうした?」
「いや、さっきは手伝うって言ったけど、そういう状況だと僕じゃ力にはなれないかも」
少し卑怯な言い回しかもしれない。けれど、無意味に反感を買う意味もないだろう。僕は実力不足を言い訳に使った。
別に自分は間違ったことを言っていない。理性ではそう納得するのに、口を開くたびに、どんどん居心地が悪くなっていく。
「武装した相手の実力や人数にもよるけど、僕はあまり腕に自信がないんだ。その……傭兵なんてやってて何言ってんだって思うかもしれないけど」
フェルは僕の目をじっと見つめ、黙って聞いていた。
目を合わせることができなくなる。どうしてこの猫の瞳はこんなにも――自信に溢れているんだろう。
「ごめん、最初はもっと簡単な状況かと思ってたんだ。まさか悪人に攫われてるなんて思わ」
「オレは」
そこまで黙っていたフェルが、僕の言葉を遮るように口を開いた。
「お前の実力なら十分役に立つと判断したから協力を認めたんだが」
何を言われているのかわからなかった。
僕の実力…?
どこを見て僕の実力を判断したっていうんだろうか。今のところ、フェルには情けないところしか見られてない。
追いつけなかったし、簡単な魔術と木箱だけでただの使い魔に負ける始末だ。
「だが、お前がそう思うなら無理にとは言わん。片付いたらまた探してやるからそのへんにいろ」
それだけ言って、フェルは一匹で歩きだしてしまう。落胆した様子もない、それならそれで全く困らないという態度。元々一匹で解決するつもりだったのだから当然だ。
当然だが、僕は落胆していた。
それでいいはずだと頭ではわかっているのに、胸の奥がざらつく。
いつの間にか、フェルに向けて腕を伸ばしていた。
どうして、腕を伸ばすのだろう。僕はいま何を思い、何を感じているんだろう。この心の奥底から湧き上がってくるものは…、
『あなたの気持ちもわかりますが、あなたが傭兵になることには賛成できません』
唐突に、院長の言葉を思い出した。
早くに亡くなった両親の代わりに、僕の面倒を見てくれた孤児院の院長。あの人はあの時、何をわかると言ったのだろう。
僕にもわからない僕の、どんな気持ちがわかったんだろうか。
どうして、僕はあそこまで必死に猫を追いかけたのだろう。
どうして、僕はいま手を伸ばしているのだろう。
理由のわからない感情に突き動かされ、僕は手を伸ばす。猫を追いかけたあの時、なぜだかわからないけれど、この猫を捕まえられなかったら僕はもうダメだと思った。
いま、手を伸ばしているのも同じ気持ちだということに気付いた。いま――そう、いまこの猫の期待に応えられなかったら、僕はもうダメな気がする。
僕は焦っているのだ。何の結果も出せていない自分に。院長の懸念が的中し、傭兵としてやっていけなくなるかもしれないことに焦っている。
『なぜ、そこまで傭兵にこだわるのですか?』
院長の質問に答えられなかったことを思い出す。
そんなことは、自分でもわかっていなかったから。
けれど、いまこの瞬間にこれだけは理解できた。僕はいま、あの質問へ答えようとして足掻いているのだ。言葉で上手く答えられなかったから、行動で答えようとしている。傭兵として結果を出すことが、きっとそれに繋がると思っている。
ただの自棄なのかもしれないし、つまらない意地なのかもしれない。それでも、いまこの瞬間だけは――、
「やるよ。僕にも手伝わせてほしい」
いつの間にか、僕は拳を握っていた。どうして伸ばしたのかわからない手を、握ることで静止した。
フェルは顔だけこちらを振り返って、少しも表情を変えなかった。何にも言ってもらえないんじゃないかと不安になったけれど、相変わらずの尊大な態度で鼻を鳴らしてくれた。
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