自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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2-1:始まりは終わり、動き出す

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 天月博人の日本群島に来て縁を深く結んだのは伊矢見懐木をはじめ、天月口成、和野圭、友影可威、二海稀理、文月見世、栗町秋奈、五条琉衣子、伊藤改、ニコ。のギリギリ2桁の人達で終わる。
 与神の血族者の養子となって多くの血族者と出会ったが、好感触と言えるようなやり取りはできず。むしろ血を引いて居ない偽物として忌み嫌ってくる人すらいた。
 照らしの六人衆となってから、行方不明になった猫を探すのをはじめ、幽霊退治と称した肝試しで幽霊とたわいのない話をしたり、功夫映画の様な夫婦喧嘩を止めたりと多くの小さなことをこなしたがそれでつむげた縁は細い。

「はい、君が注文していた花の髪留め。そしてお友達から頑張っているとお聞きしまたので、私からご褒美に。花の髪留めをもう一品差し上げちゃいます。髪留めは二点あった方が髪型のバリエーションが増えるし貰った女の子は喜んでいただけると思いますよ」
「ありがとう御座います。喜んでいただきますね」

「…………ところで、お客様が選んだお花は本当に其方で宜しかったんですか? いや、あのー今更変えることはできませんけれど、気になってしまいまして……。お選びになった際もお尋ねしましたけれど……その花の花言葉は贈られる人にとってはロマンチックだとは思います。ですが贈る側にとっては……」
「この花でいいんです。可愛らしいですしね。それに、ジブンはもう満足しましたから」

 だけれど、天月博人は生まれて13年、ジブンはもう十分に満たされていると思っている。産み落とされ、家族がいた友がいた。それらの安全は全てを信用するなら元家族と元友の生涯は保障された。そして日本群島にやって来て、新しい家族が出来た、友が出来た。この人生を通して身内と言う尊い存在を知った。幸福を知った。繋がりを知った。安堵を知った。背中を見ることを知った。語り合うことを知った。触れ合うことを知った。楽しむことを知り、笑う事を知って、そして恋を知った。満たされた。満足した。だからジブンはもういい。これからはジブンからあふれた幸福を、誰かに注いでいきたいと思う。


「おっ、来たか博人!」
ゲットgetしたんですね!」
「おう、これだ。店員さんい一つオマケしてもらった」
「これで懐木ちゃんはあの部屋から出られるんだよね!」
「そうなりますね。一度実験台になれば、オレが代わりを作るっていうのに。律儀にも提示された仕事をこなすんですからバカですよホント」

「この仕事? の早い段階で遊ぶようになったとはいえ、途中で投げ出すわけにはいかないだろ。それに見世ちゃんの負担が凄くなるからな。それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃーい」


「やっとだな」
「うん、やっとだね」
「二年ぐらい時間をかけてるデスね。おかげで博人君の喋り方も砕けてきたデス。二年はやっぱりロングlongなんデスねー」
「オレはこれからほぼ毎日、あの2人と活動するのかと考えると糖分過多で吐きそうなんですけどね」

「なーに言って居るのデスか。こういった身近なラブストーリーlove storyは茶化して恥ずかしがる顔を見てこそ真に楽しめるんデスよー」
「あんまり趣味が良いとは思えねぇなそれ。俺も多分やるけどよ」
「あっ、博人君、一個置いたまんま忘れてる」

「あちゃー、あいつ変なとこ抜けてんだよなぁ。今、電話して……」
「無駄ですよ。ニコから、邪魔されないようにと渡し終えるまで、博人は携帯端末の電源は切ったままにすると、連絡を受けています。
 まぁ、元々は1つだけ渡す予定だったのですし。支障はないかと」
「そうデスね!もう1つ、スモールsmallサプライズsurpriseが出来たと思うデス」
「博人君が渡す段階でもう1つあるって言っちゃったら意味無いけどねそれ」


 今や歩きなれたほのかに緑色を感じる廊下をただ歩いて居るだけだというのに、雪が降るような寒い冬だというのに柄にもなく高揚しているのが分かる。自身の靴音が高鳴るのを聞き終わって、扉を開いた。

「なっちゃん!持って」

 開いて目に飛び込むのは。井矢見懐木。彼女の姿のはずだった。

「あ、あれ? なっちゃん?」

 窓際のベッドには誰も居なかった。訳が分からなかった。移動と言う話も聞いて居ない。体が歩けるまでに健康になったとも聞いて居ない。此処に居るはずだ。どうして此処に居ない。どこに居る。目が震える。思考が揺らぐ。足取りは乱れ。それでも彼女が居ない彼女の場所へと向かおうと部屋に足を踏み入れた瞬間。首筋に冷たい物があてがわれ体に衝撃が走った。






 理科室で嗅いだような薬品の臭いとけたたましい足音の群れ、そして冷たい床に刺激され目が覚める。目を開けば白衣を着た誰かの足が見えた。

「やぁ、元気かい博人君?」

 聞き覚えのある声で、目の前にいる人が誰なのかがぼんやりと理解する。

「上村……先生?」
「そうだよ。懐木ちゃんの担当医師の上村先生だよ」

「なっ……懐木は?」
「懐木ちゃんに会いたいのかい? 君は懐木ちゃんと仲良しだったからね。それはもう気になるよね。ちょっと待っててね」

 上村先生はそう言って乱暴に天月博人の頭を撫たあと。誰かを手招きした。そして段々鮮明になっていく視界を博人は寝ぼけているのかと疑った。同じ顔だ。上村先生と同じ顔、体形をした男が数人。樽を天月博人の目の前にまで運ぶ。

「この中に居るのが懐木ちゃんだよ」

 上村先生は樽の上に手をのせてそう言った。天月博人には、どういう意味なのかはまるで理解できなかった。

「まず。禁断の果実と言うものがある。これは知恵の果実とも呼ばれていて。私たちは、あらゆるものを対策するためにこれを必要とした。
 長きにわたる旅の果てに私たちはこの世界にはそれが無いことを悟り、なんとか再現できないものかと多くの研究を重ねた。
 失敗に次ぐ失敗。那由多の時間を過ごしながら私たちは今回、1つの実験を行うことにした。
 聞けば、とある聖人の血は聖なるワインだとか。
 聞けば無垢なる少女は禁断の果実と称されているのだとか。思えば生贄には生娘の方が効率は良い。そして私たちは思い至る、やってみようかと」

 天月博人は嫌な予感がした。上村と言う目の前にいるおおよそ狂った男の言葉は、妄言であると信じて止まなくなる。

「そこで見つけたのが親の居ない彼女だった。私は医師となって関わりを持ち。どこまでも純真な少女として間接的に育てた。
 私が妨害する間もなく緊急で博人君があの部屋に運ばれたのにはとても驚いて焦りはしたけれど。計測した純度の数値が上がった事でそのままにしておくことにした。別にほかにも材料はいるからね。この子で失敗しても問題はない。
 そして今日、仕込み終わった今日だ。清らかな少女のワインは聖なる夜が訪れる頃に完成する」
「嘘だ……嘘ですよね?上村先生……」

 信じたくはない。絞り出すような声で、嘘と言ってほしくて尋ねる。すると上村先生は乱暴印天月博人の頭を撫でてほほ笑んだ。

「大丈夫、清らかな少女のワインが出来たと同時に成功、失敗伴わずに博人君は懐木ちゃんの下にいける。君は懐木ちゃんに負けない位にこの研究に適しているってわかったんだ。失敗すれば次は君がワインになる。成功したら必要のない物として処分されるか実験動物になる。
 だけど私は君と知らない仲じゃない、君は懐木ちゃんと一緒に居たい。生きている意味が無いと思うだろう。だから、私が気を聞かせて処分の方向へ進む様に通してある。処分の仕方にはちょっとしたサプライズが有るからね、楽しみにして欲しい」

 上村がそう言って、思わず怒鳴ろうとしたところで首元に衝撃が走って気をまた失った。




 牢屋の中、最初の内は叫んでいた。叫び続けた結果、今では疲弊し。静かなまま終りを待つ。どれくらいの時間が経ったのだろう。ジブンはこんなにも肋骨が浮いていただろうか。そんなことも考えることが出来ないまま過ごして居た。

「やぁ、博人君。今日が、運命の日だよ」

 上村がやって来て、労を開き、天月博人を抱えて運び出す。抵抗したかった。せめて噛み付いてやろうとした。でも、それすらもできないほどに力が出ないまま。簡単に樽の前に運ばれる。

「これを飲んだ時、私は知能を得る代わりに代償として死ぬことになる。だけれど、私はコピーだ。何の問題もない」

 上村は樽の蓋を開ける。濃く、深い、甘い何かの臭いがする。樽の中にグラスを入れてワインを掬いそれを飲み干した。その瞬間、上村は突如事切れたかのように倒れた。

「おぉ……この感覚か……はは、頭の中に入ってくるぞ……疑問に思えば答えが浮かぶ……はは、はははははは!実験は成功だ! 研究は花開いた! 知識が死に繋がる事もない! 完全なる成功だ! 本体と知恵を共有するコピーよ! 早く飲め!」

 すると、飲んでもいない上村が突如笑い出し、別の上村に飲むように言う。すると飲むように言われた上村は躊躇なくワインを掬い飲み干し事切れるように倒れた。

「これで、私たちの敵に対策をとれる。……博人君、成功だ。君を処分する。懐木ちゃんと仲良くね」

 そう言って上村は天月博人を担ぎあげ、そして赤い液体一杯の。樽の中に頭からゆっくりと入れられた。

「最期は井矢見懐木の中で溺死すると良い。死ぬ間際、知恵を授かりながらね」




 意識が消えそうになりながら。鈍い思考で多くのことを思う。身内たちはこれからどうなるのだろう。元気で居てくれるだろうか。笑って居てくれるだろうか。目の前の上村と言う人はどうしてこんなことをしたのかなどなど。そして最後に天月博人、博人は無限に等しい知恵を否定し、命を求めた。まだ、死にたくはないと。その思いは、消えゆこうとしているか細い魂に火をつけた。

 上村達はワインの中に天月博人を入れる前に。少しは考えるべきだっただろう。知恵が沸くのを待つべきだっただろう。
 清らかな少女のワインは、否定に弱いものだと。初めから全て受け入れられた前提で飲まれるはずのそれは根本から否定されたことによって変異が起こる。
 これがただ無効化するならただ溺死するだけで終わっただろう。だが、結果としてこれは知恵の果実となるはずだった力は博人に定着することが出来ず。博人の中にあった一つの異能の可能性と合わ去った事で、歪な命の果実へと反転する。
 溺死した天月博人の細くなった体は膨らみ健康体を取り戻していく。そして、天月博人は甦り目を見開いた。樽の底に手をつき跳躍。樽から飛び出す。
 天月博人の体は傷のない完全な健康体を取り戻し、その体から赤い液体が滴る様子から。まるで今、産まれ出た様である。
 

「なっなんだ!?。いや、あぁ!思い出した!君は博人君だ!あぁこんなことで変異して甦るのか!こんなに歪な……!」

 獣の様に叫びこの場にいる全てを睨みつける。目の前にいる上村と言う医師だと思って居た人間は敵だ。敵であれば倒せ。闘え。身内を襲ったのだ。決して許すな。そんな思いに支配されるまま、天月博人は暴れ始めた。
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