自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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3-1:殺し、救い、嘆いて、覚悟して業を背負い進め

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 どうか、辛い今が夢であればいいのに。目が覚めれば幸福だと感じられたあの頃だったらいいのに。そんな叶いもしない思いを抱きながら。天月博人は今日も最悪な日を最悪な気分で終わる。
 通堂進によって作られた地下の部屋。その隅で雑魚寝になって居る皆から避けるように眠る。今から見る夢が良い夢なのか、悪い夢なのかわからないが。どちらも目が覚めるころには忘れて居たいなと眠るその瞬間に。どっちを見ても。最終的には辛みしか残らないだろうから。

 天月博人が壁に向かいながら眠りについたよと言わんばかりに吐息を吐くと。2つの影が天月博人に近づいた。楽善二治と屋宮亜里沙である。

「皆から離れて寝なくてもいいのに」
「きっと天月君にも思うところがあるのでしょう……でも、私は心配です。これでは、ここが天月君にとって過ごしやすい場所になるどころか。馴染めない場所になってしまいそうで……何とかしてあげないと」

「うーん。楽善君もそこまで気にすると病んじゃうよ? ……それにしても。うん、天月君もこうやって見ると。無防備というなんというか……今日連れてきた子たちみたいに子供なんだなぁってわかるね。闘ってる時は怖いのに……今はこんなにも可愛らしいなぁ」

 屋宮亜里沙の発言は、天月博人がまだ子供であることを再認識させて、楽善二治の胸を締め付けた。天月博人はどう繕っても今は子供なのだ。天月君の手を汚させておいて何故、私の手は汚れていない? それは分かっている。血に濡らす為のあらゆる力がないからだ。不甲斐ない。私はどこまで情けないんだ。そう叫ぶのを堪えるような表情で楽善二治は自身の力ない手を見た。すると楽善二治の額が何かに弾かれる。屋宮亜里沙の指である。

「だーかーらー。気が病むよって言ってるでしょ。ものすっごい形相してるからね君」
「あっ……すいません」

「ウチは、そんな思っ苦しい空気は良くないと思う。そもそもウチ自身が大っ嫌いだし」と言って屋宮亜里沙はニカっと笑う。その笑みは少し強張っていたが、それでも笑ってやるという意思を楽善二治に感じさせた。
 しばらく天月博人の寝顔を眺め、そろそろ私たちも寝ようかと離れようとしたところで天月博人は寝返りを打った。その手首には花の髪留めが。その首にはゴーグルをぶら下げられていた。

「結構な頻度でつけてるけれど。なんなんだろうね」

 屋宮亜里沙はそれが気になって興味本位に手で触れて見ようとする。だが触れるその寸前、天月博人の手が屋宮亜里沙の手首をつかんだ。見闇亜里沙と楽善二治はハッと驚き天月博人は目を覚まして居ないことを確認する。

「もしかして、天月君って寝相が悪い? っわ!?」

 天月博人は眠りながらにして屋宮亜里沙を自身の懐に引き込んで腕に抱き着いた。

「えっと……天月くーん? 放してほしいなー……おーい。起きてー…………ちょっと。助けてよ」
「あっ。あぁ、ごめんなさい」

 屋宮亜里沙の抵抗に楽善二治が加入しようとしたところで。天月博人は「サチィ……おいで……」と口に出し愛おしそうに屋宮亜里沙の腕を撫でたことで抵抗は止まる。

「やっぱりいいや。ウチ。今日は天月君の傍で寝るよ」
「はい……天月君をよろしくお願いします」

 2人は知ったのだ。天月博人には寝言で優しく呼んでしまう人物が居ることに。それが家族なのか友なのかは2人に知る由もないが、天月博人に大切な人がいる事を知ったのだ。




 目覚めた朝、天月博人は固い床に反して柔らかい物に包まれていた。寝ぼけながらそれをほどいて上半身を起こし。ぼんやりと眠たげな頭で己を包んでいたものを見る。屋宮亜里沙だ。

「屋宮さん……?」

 名前を呼ぶと目が覚めたのか屋宮亜里沙は体を起こして。現状に驚いて頭が冴えてきた天月博人を眠そうに見詰める。

「ん……なぁに?」
「どうして、こんな状況に?」

 直接的な疑問の追及に、屋宮亜里沙は「天月君がウチを引き込んだんだよー」と目をこすりながら答えてくれる。すると天月博人はゆっくりと頭を下げた。

「ごめんなさい。ジブンは眠りながら何かに抱き着く癖があるみたいで…………無意識とは言え言い訳は良くないですよね。ごめんなさい」
「ふぁぁあ……いいよいいよ。最終的にウチも許しちゃったし。天月君の可愛らしい一面も知れたし無問題よ~」

 謝罪の言葉を贈ると屋宮亜里沙はそっと頭に手をのせて撫でて囁いた。

「あのね。ウチは頑張っている人はその分、何かに甘えても良いと思う。そんなウチの考えを押し付けるようで悪いけれど。頑張りすぎている天月君は、甘えていいんだよ」

 天月博人はその言葉に、戸惑いつつ「ジブンは別にいいです」と言いかけたところで屋宮亜里沙はまだ眠そうなその目でまっすく天月博人を見詰めた。本人的にはすごんだつもりなのだろうか。何の威圧も感じないのだが、天月博人にとって下手に押し付けるような視線を向けるよりも。眠たげなその状態。無垢なまま。小さな子の「そうするべきなの」と言われているような現状こそ拒み難くさせた。
 天月博人はしばらく黙って悩みに悩み。屋宮亜里沙の言葉を受け入れようとしたが、そもそもの問題がある事に気が付く、天月博人にはある。天月博人は元妹に甘えられたことはあるが、己から甘えた事は無くやり方がわからない。昔、元妹が自身に甘えたその姿を参考にしようと思ったが己はさすがにそこまで小さな子供ではないと恥ずかしくなって顔を赤くする。どう甘えればいいか、考えに考え、解らなかったのでたどたどしく屋宮亜里沙に尋ねた。

「甘えるって……ど、どうやるんですか?」

 屋宮亜里沙には天月博人の一連の戸惑い、考え、悩み、顔を赤くし、尋ねるまでの過程、仕草ががたまらなく可愛かったようで。少し悶えた後に「悲しい子と言うけれど可愛いなぁ」と天月博人の頭を少し乱暴に撫でじゃくった。

「甘えるにも色々あるのよ。お仕事を頑張ったから食べ物に甘えたり。勉強を頑張ったからゲームに甘えたりね。おいで、まずは。子供が大人にどうやって甘えるかを教えてあげるよ。と言っても小さい子の甘え方だけどね」

 そう言う屋宮亜里沙の表情は、何処かで感じたような慈愛に満ちて。天月博人は小さな子に甘え方は知っていたけれど。顔を赤くしたまま何も言えず甘えさせてもらえることを受け入れた。この日、天月博人は暖かな物に抱えられ、頭を撫でられているうちに。溶けていくような気分で涙を流した。




「ほとんど他人の貴女になんてことを……」
「だーかーらー。ウチ自身が許したんだからいいって……ほら頭を上げて上げて」

「はい……」
「うん、起きててもスッキリした顔になった。無表情修羅よりもよっぽど男前だぞ天月君!」

 割と死にたくなっている気分の天月博人に、悪意無き追い打ちをかけて来る屋宮亜里沙は天月博人の手を取って立ち上がらせる。

「アハハ! はー。満足した。うん、ちょっと遅れちゃったけれど。今から朝食に行こっか。あま……うーん博人君って呼んでいい?」
「もう、勝手にしてください」

「やたー!。 さっ行こうよ博人君」

 何所かぎこちなく笑う屋宮亜里沙に手を引かれ。脱力した状態で備蓄した食料を置いた食事に向かうのだった。とりあえず。何はともあれ天月博人の肩の力は。今この時だけでも抜けたのであった。







 天月博人はその日、一室の隅でゴーグル型携帯端末を起動して資料を読み漁っていた。そんな天月博人の視界の中に、一人の少女、ニコが記録ツールを用いて天月博人の手伝いをしていた。それ以外にできることが無いのもあるのだが。
 ニコ自身、天月博人の言葉を聞いて頭に来ていたのだ。井矢見懐木は、ニコにとって話をしてくれて、一緒にいてくれる友達だったのだ。天月博人が携帯端末を使えない。不要なものを持ち込んではいけない白地学校に行くそんな平日の間、井矢見懐木に預けられて過ごした下手をしなくても天月博人以上に同じ時間を共にした。そんな存在を、ロロ=イアは奪ったのである。

『人物プロファイル。儀式的内容の二次資料。備品、道具の取扱説明書。研究に基づいた記録と論文…………はい、記録完了なんだよ!』
「ふー……これで中田さんの尋問が終わるまでは休憩できるかな……」

『じゃあ、休憩の間にお話ししようよヒロー』
「別にいいけど。あんまり愉快なものは無いぞ?」

『何言ってるのかな! あるんだよ! ヒロにはすっごい面白そうな話題が有るんだよ!』
「いや、これでも面白味の無い人間だと自負しているんだが。どこにそんな面白い話が?」

 井矢見懐木の影響で天月博人をヒロと呼ぶようになったニコは「ッフッフッフ」と悪戯っぽくわざとらしい笑い声をして語ろうとする。

「これはね。とれたてホヤホヤな話題なんだよ。それは昨日、ヒロが屋宮亜里沙の手を。あっちょっと!? 電源ボタンに指を添えないでほしいな!?』

 だけれどそれは、天月博人が無言で電源ボタンに指を添えたことによって阻止される。

「まったく」
『ゴメンなさーい。エヘヘヘ……楽善二治もそうだけど。たぶん、優しい人だよね屋宮亜里沙って』

 天月博人はしばらく黙ってから「そうだな」と同意する。

「そうだ。屋宮亜里沙が昨日、ヒロと自分の……やっぱりいいや』

 ニコは何かを思い出してそれを伝えようとしたが踏みとどまる。天月博人はそれが気にならないこともなかったがニコが離さなくていいことだと判断したのならと詮索はしなかった。





『天月君もこうしてると、中学生になったばかり位かなぁ。あと何年もしたら怜志レイジもこれ位になったのかな……見たかったなぁ……』

 天月博人が資料室を出るころ。携帯端末の中にある涙声の女の音声記録がニコの手によって消去された。







「おいーっす。終わったぞー」
「どうだった?」

 研究所の食堂と思わしき場所で、適当な飲料を飲んでいると、シャワーを浴びたのだろう。髪に湿り気が残っている中田文兵がやってきた。

「最終的に生かしてたやつらはことごとく衰弱して死んだよ。全くなっさけねぇの何の。人があらゆる耐性を得る力に覚醒するぐらいによ。人の体をボコボコにしておいて、いざそれが自分の番になるとこの様とはね」

 人的資料が残らなかった事に中田文兵はワザとらしく失望したよと言いたげな表情と首を振る仕草をしながら天月博人の隣に座る。

「記録係は楽善の所にメモ用紙を見せに行ったぞ。後で確認しておけ」
「成る程、わかった」

 天月博人は飲料を飲み干して、拠点に帰ろうと立ち上がろうとするが中田文兵に肩を掴まれ、遮られる。

「今すぐ帰らねぇといけねぇってわけでも無いんだ。ちょっと話そうぜ。飲みもん持ってくるから待っててくれ」
「は、はぁ……あっ、消えた。便利だなぁ」

 中田文兵が戻ってきた時。片手に天月博人が飲んでいた飲料が1杯を片手に、もう片手にはスプーンを1本、薄黄色い液体2杯と牛乳1杯、計3杯コップを持って戻ってきた。

「はいよ、オメェの分」
「ど、どうも……ところで何で3つもコップ持ってるの? 中身は?」

「よし、やっぱり聞くか。 これはなハチミツとレモン、そんで牛乳だな。全部混ぜて飲むんだよ。ホントはカルーアミルクとレモン酒、ハチミツ酒がありゃあ、俺特性のキメラカクテルが作れて最高なんだがな。流石になかった」

 そう言いながら。中田文兵は3杯のコップの中身を混ぜていく。それは天月博人の人生上、初めて見る光景であり。軽い衝撃を受けて硬直する。中田文兵はその様子を見て、ほんの少し飲み物について語る。

「これはな。みんな変だって言うんだけどよ。俺にとっては甘酸っぱい思い出の味ってやつなんだ。確か、ラッシーって名前で実際にどこかの国の飲料だぜ?」
「へー」

 中田文兵は一口含んで、懐かしそうに味に浸ってから飲み込む。

「美味い。こっちのコップに入ってるの飲むか?」
「せっかくだし貰う。ありがとう」

 中田文兵にラッシーなる飲み物を一杯貰って、口に含む。どこか、懐かしい、ヨーグルトのような味が広がる。

「美味しい……ヨーグルトみたいだ」
「そらそうよ。昔さ、俺がガキの頃の話なんだが。テレビかなんかでヨーグルトを知って食べたくなってな。親にせがんでも売ってるお店まで遠いからダメって言われてよ。
 怒った当時の俺はヌェちゃんって呼んでた姉貴分の家にまで家出したんだよ。今にして思えば、家出にもなってねぇけどそこは置いておいてだ。
 俺は何で家出したかをヌェちゃんに話してな。そしたらヌェちゃんが近所の人からハチミツと牛乳を貰って、畑から一個」のレモンを採ってきたんだ。それをヨーグルトの味って言って混ぜて飲ませてくれたもんだからな」

 語りたかったのだろう、要は、中田文兵が昔、ヌェちゃんなる人がヨーグルトの味として出されたのだから。ヨーグルトの味がして当然と言っているのだ。

「因みに、なんで酒がよかったかってんのは。単に、ヌェちゃんが酒好きだったから」

 中田文兵は一敗目の半分まで飲んで遠いどこかをみて、息を深く吐いた。

「昔から、好きだったんだ。ヌェちゃんのことが。ヌェちゃんが好きな食いもんを、子供ながらに大っ嫌いでも無理やり食って好きだって、真似してほざく位によ」

 一敗目の中身を飲み干した。

「本題に入ろうか。天月。オメェは何で闘ってる? 拠点の奴らに聞いて回ったら、初めて制圧してた時には部ちぎれてたみてぇじゃねぇか。 何でだ? 何が原因だ?」

 天月博人は今までの会話から察する。ヌェちゃん、その人はきっと。中田文兵と同じ折に入れられ、中田文兵に殺されることを望んだ。佐々木鵺ササキ ヌエであるのだと。
 一瞬、答えを口をつぐみそうになりながら、天月博人は明確な理由を1つ答えた。

「同い年の、初恋だった子が殺されたからだ」
「好きな人を殺されて、怒り狂った。そうとらえていいんだな?」

 天月博人は頷く。すると中田文兵はニタっと笑って「俺もそんな感じだ。ロロ=イアの奴らに好きな人を、踏みにじられ、死んじまった。だから、復讐がしたい。俺の戦う理由はこれだ」と言う。
 復讐、その単語に少し考えさせられる。昔に読んだ復讐の物語の結末の数々を。

「よくある話。復讐が終わったその時に虚しくなるそうですが大丈夫なんですか?」
「あぁ……聞いたことあるな。だからどうした。結果がどうあれ今の俺は、こうやって進んでいる。
 悪い道なんだろうさ、それでも進んではいるんだ。怒りのままに突き進んで。滅ぼしスッキリしたら空っぽになっちまって進まなくなっちまっても俺はそれでいいと思う。
 むしろ怒りのままスッキリせずにダメなことだってあきらめて進まなくなるよりはよっぽどな」

 中田文兵は言い切った。たとえ闘いの果てが虚無だろうと。闘い抜いて見せると。天月博人はどうだろうか。徹底抗戦することは選んでいる。闘いに身を投じるといっても、生まれ故郷である日本列島。第二の故郷である日本群島に行く好機があればそれを狙い、元家族、家族の様子を確認したいと思っている部分もあるのだ。

「ジブンには……闘う理由はいくつもあります。怒りはいまだに溢れます。逃げ出すつもりは一切ありません。ですが、叶うのならば。ジブンは家族の安否を一目でも見る機会があればそれをつかみたい。
 必ずここへ帰るとみんなに約束してからになりますけれど」
「そうか、オメェにはここで闘う理由も。外で護る理由もあるのか。厳しいなお前の状況。詰め込みすぎてつぶれんじゃねぇぞ」

 中田文兵の言葉が 彼なりの気遣いなのだと解ってしばらく黙る。屋宮亜里沙の甘えていいんだよと言う言葉を思い出し、やってみるかと

「えっと……」

 慣れないことをしようとして言葉がのどに詰まる。こんなにもむず痒い物なのかと顔に熱が集まるのを感じながらも。何とか言葉を絞り出す。

「潰れそうになったら。助けて貰ってもいいですか? 痛ぁ!?」

中田文兵は天月博人の背中を強く叩き。ラッシーを飲み干す。

「おっと、ヘヘッすまんすまん。まぁなんだ。俺がオメェの助けになれる時なんてロロ=イアのやつらに追い詰められている時とか。迷って立ち止まった時に背中を押すぐらいだけどな。それでも良いなら頼れ」

屈託の無い笑顔を浮かべる中田文兵に叩かれた背中は、痛みが響くが、その分、軽く感じられて心に余裕ができたように思える。

「そうだ。オメェ、俺のことは中田さんじゃなくて、ナカタニさんって呼べよ。俺も堅っ苦しい苗字じゃなく名前で呼ぶからよ」
「呼び方に固執していませんので、お好きにどうぞ」

現に唐突な要求を流れるように相手に投げ返すくらいには天月博人に余裕ができた。
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