自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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4-1 :やあ。

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 天月博人と中田文兵が帰還すると。帰りを待ちわびていたレジスタンスの仲間たちの歓迎ムードは一変して凍り付く。天月博人の腕には包帯代わりに巻かれた白衣の切れ端が赤く染まっていて、当の本人が空元気も見せずに表情を曇らせていたためである。
 鉄田大樹が「強い酒と清潔な服を急いでもってこい!」と叫ぶことで凍り付いていた空間は動き出した。一応、襲撃した生産施設の緊急箱と思わしきものから見つけた消毒液で傷を消毒し終わっているのだが、それを指摘するだけの精神力が残っておらず。天月博人は場に流れを任せ、中田文兵は無気力に瞬間移動でその場から消えるのであった。

 通堂進にゴーグル型携帯端末を回収され。されるがままの天月博人は上半身の衣類をはがされ、血がしみ込んだ包帯を解かれる。

「うっ血は止まっているでござるがこっちの手に至っては穴になってる。誰か! 度数の高い酒と清潔な布、それと手袋を持ってきて。誰か傷を縫える人居ますかな? …………都合よくお医者さんの卵が居るわけないか……じゃあ、裁縫が得意と耳にした近岡氏……血を見て眩暈めまい起こしておられる……うぅむ、俺は、当時よりも指が太くなっている故、うまくできるか……蟻を探すか?」

 鉄田大樹が接戦して、反応が薄い天月博人の治療に必要なものを提示する。そのうち酒、衣類、手袋、針と糸を針城誠子が持ってきて。あとは縫う人だけとなる。鉄田大樹が自身の手先に不安を抱きながら仕方なしと手袋を手にしたところで1人の女、屋宮亜里沙が「ウチがやる」名乗り上げた。

「よいのですかな?」
「縫う練習は布だけど結構やったし、うん、ウチがやる」

「了解しました。布を縫うのとでは勝手が違いますからな。俺が持っている知識を横で指南させていただきますぞ」

 屋宮亜里沙が鉄田大樹の指南を受けながら、酒を染み込ませた衣類で傷口を拭い、これまた酒で消毒された糸と針で縫っていく。小さな個所に大きな痛みが走り天月博人は思わず顔をゆがませると。鉄田大樹が慌てて近場の男性陣を呼び掛けて取り押さえる。糸と針がの動きが大きく乱されないようにだ。

「お、おい。酒でも飲ませて酔わせたほうがいいんじゃねぇか? リーダーが苦しんでるぜ?」
「それはだめですぞ?」

「なんでだよ。未成年だからか? それだったらそんなことを言ってる場合じゃねぇだろ」
「違いますぞ。確かに、酒は鎮痛剤の代わりにはなりましょうな。ですが、問題なのは酒を飲んだことによって血圧が上昇、再出血が起こりうるからですぞ。天月氏はすでに幾分か出血しているご様子。この状態で再出血しようものなら容態が悪くなるだけですぞ」

 女性陣がこの光景を眺め、鉃田大樹の言葉に耳を傾けている。天月博人は一度死ねば傷も何もかもきれいさっぱり無くなった健康な状態で甦るのだが、観察されていることによって少なからず経験値となり、技術を未熟ながらに獲得できていると考えれば悪くない状況である。

「博人君、頑張って。もう少し、もう少しだよ」

 屋宮亜里沙が、懸命に天月博人を励ましながら傷口を塗っていく様と、周囲の真剣に、心配そうな顔で、中には青ざめながらも見つめ学び、次へ繋ごうとする姿勢が、痛みに悶えそうになりながらも天月博人の目に映って見え、周りに集う尊いものを感じる。
 ───あぁ、どうしてこんなにも尊い人々が居ながらジブンは迷い、苦悩してしまうのか。現状、優先すべきはこの人たちだ。天月博人はそう思い至り自身の中で優先する序列を作ることで、平静を取り戻した。きっと後悔、罪悪感に苦しむことになるだろうけれど。その何もかもを、受け入れることにしたのだ。

「できた……」
「屋宮氏の手腕、見事でしたぞ。天月氏、具合は如何ですかな?」
「痛みと糸が入ってる異物感による違和感が合わさって、よくはないです……でも、終わってみれば当初よりだいぶ楽になりました」ありがとうございます」

 「よ、よかった~」と言ってへたり込む屋宮亜里沙を筆頭に、幾人もの安堵の声が耳に届く。されが純粋に天月博人を心配したものなのか、打算的なものなのかはわからないが、天月博人はそれを素直に受け入れ、戦うための勇気をえたのであった。
 



 『生産施設の地下でロロ=イアの子供たち。ニコ的にはロロ=イアの落とし子と呼称すべきだと思う存在が、生産されていることが分かった。数度の検証の末、容器を開き自由なったばかりのロロ=イアの落とし子は言葉を形成する能力はなく、立つという力もない、まるで赤子の様であった。
 検証を行った数名の落とし子は、最初に見たものを親と思う鳥の様にことごとく、天月博人や中田文兵に懐いた。ニコが思うに、落とし子が口にする【父様】なる存在に従順なのは、この刷り込み的なものが起因しているのだと思われる。
 記録を取り終わり次第、落とし子は全員、へその緒から供給される酸素をメインコンピューターから遮断することによって処分した。

 今回、天月博人、中田文兵は精神的なダメージが深く刻まれたのが見て取れた。襲撃部隊をやめさせろとは言わない。ニコはただ彼らが「今日はどこを襲撃する?」などと尋ねた時、今回だけでもいいから問答無用に休めと言ってほしい。』



 楽善二治はニコが作成し、ロロ=イアからの戦利品である印刷機を万能コードでゴーグル型携帯端末と接続して完成させた報告書の裏側、その最後の文面に目を通し終わると。「言われなくても休ませますよ…………」とつぶいて、締め付けられる胸から押し出されるように、溜息を吐いた。報告書には、通信手段があるかもしれないと言う喜ばしいものが混ざっていると言うのに、苦しい気持ちばかりが目立ってそれを包み込んでいる。

「楽善くーん。此処に居るって聞いたけど居るかーい? おっと……このあたり、どう拡張するべきかなぁって思って相談を持ち掛けに来たんだけど……なんか空気が重いねぇ」

 未だ扉に類するものが実装されていない拠点内の資料室で楽善二治が気分を落ち込ませていると、通堂進が新しく階を書き足したレジスタンスの拠点内手書きマップを手にやってきた。

「すいません……少し、思う事がありまして」
「博人君たちの事かい?」

「はい……最初は怪我をして元気が無いのかと、中田さんも天月君を守れなかったのを気に病んでいるのかもと思って居ました。ですが……こちらを見てください」

 通堂進は手渡されたニコの報告書に目を通し。「あーなるほどねぇ……これはキツイ。自分を親として求めた子たちを手にかけるのはね……」と顔をしかめた。

「何故……あの2人がこんな体験をしなければいけないのでしょうか…………そもそも、どうして私たちが名も知らぬこの地で戦わなければいけないのでしょうか…………本当なら、私たちはそれぞれの日常を過ごしている筈なのに。こんな状況を、誰も体験しなくて良かったはずなのにどうして……どうしてロロ=イアを相手に互いに互いを傷つけ、不幸にし合うような状況に」

 少しずつ、レジスタンスの仲間たちに感情が戻り、笑うことが出来るようになってきた。だけれどレジスタンスは多大な理不尽な状況下にある。楽善二治はそれをニコの報告書を読んで、何度目かの実感をして、強く憤り、心がきしんで行く。
 そんな楽善二治を見て、通堂進は隣に座り、ただ耳を傾け続けた。1つ1つ丹念たんねんに吐き出されるなげきを。
 
「聴いてくださって有難うございます」

 嘆き終えてしばらく、楽善二治はきまりが悪そうに、ただ耳を傾けてくれた通堂進に感謝を述べる。通堂進はその言葉に「いいよいいよ。これくらいね」となんの気もなしに言った。
 
「はぁ……このような情報。通信手段があるという情報と同時に見たくはなかったですね。次回、容器の中の子供達について会議を開きますが、できるだけ処分の方向で進めようと思います」
「はいはい、わかりましたよ」

 楽前二治たちレジスタンスから見てロロ=イアは完全な悪であるが、過程として、楽前二治のような実験台、材料たちは更に良い世の中にするためのいしずえというだけで、ロロ=イアの実態は比較的ながらも善の存在かもしれない。
 だが、ロロ=イアが善か悪であれ。楽前二治達、何かの生贄いけにえは生きたいのだ。訳も分からないまま、無力のまま抵抗できず苦しみたくないのだ。楽前二治はそれを理解している。だからこそ心から現状を受け止め、判断する。
 自身にも、清掃員として仕事し、余ったお金を募金しては少しいいことをした気分になるような。なんて事のない日常があったことを思い返しながら。




 中田文兵が時計を眺めていると霧が発生する。霧は人の形を成してそれは、少女と化す。

「ニコが言った通り、次の日の倒した時間に湧いて出てくんのな……どうでもいいけどよ」
「ふん、私だって今察したわよ実体化できるタイミングなんて。それよりも、なによ辛気臭い。お前だったら私たちの兄弟姉妹を生まれたてであっても喜んで叩き潰すと思ったのに」

 中田文兵は一つ溜息を吐いて。懐から拳銃を取り出して、少女の頭部を撃ち抜いて。消滅させる。

「すまん、敵は敵だって思ってねぇとやってらんねぇんだよ。今回は、不意打ちで受け流しきれずに直にキタってだけだ」

 この後、銃声の音に霜下太郎が下の階層から駆け付けた。

「畑耕してたら突然、銃声か打ち上げ花火ぽい音が聞こえてきたんですが……えー中田文兵さん、何があったんですかね?」
「何もねぇよ。ちょっと暴発しただけだ」

「結構問題だと思うんだけどそれ……鉄田大樹さんあたりに見せたほうがいいと思いますよ」
「あー、そうだなぁ。後で見せるわ。…………なぁ、霜下。畑づくりははかどってんのな?」

「え? あー、それが全然でね。何分、俺は農業経験皆無のシティボーイだったんでね。勝手がわからないというかなんというか」

「そうか…………俺は何してんだろうなって思わねぇか?」

 中田文兵は同調してほしいのかそれとも解決案がほしかったのか、自信の心情を問うという形で口にする。

「今思うだけ無駄でしょそれ」

 重たい気持ちで吐き出されたその問いは、至極軽い態度で返答された。

「は? なんでだよ」

 自身の中で重かったために中田文兵は思わず威圧的な声でその真意を確かめる。

「だって、今は途中ですから。やり切って結果が出てないのに後悔的なマイナス感情を抱くとか無駄でしかないでしょ。そういうのは今は置いておいて後でゆっくり浸るべきものだと思うんだよね」

 後でできることだから。中田文兵はあぁ、そういう考え方もあるのかと思いつつ、あまりの適当さに思わず「っは」と笑った。

「そうか。ありがとうよ時間盗らせたな。あとでキメラカクテル飲ませてやる」
「キメラカクテルというとアレか。俺は日本酒とかビールとかしか飲んだことないから、匂いからして新境地の酒はいいかなって。それでは、俺は畑に戻るので」

 中田文兵は「意外とイケると思うんだがなぁ」と言いつつ去り行く霜下太郎を見届ける。霜下太郎の姿が見えなくなると伸びをする。

「今はもうどうでもいいや」

 中田文兵は霜下太郎の考えにあやかってみることにした。ほんの少しだけ、今は気持ちが楽になったようなそんな気がした。
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