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6-6:夢幻の様な今
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襲撃、これは中田文兵がいないだけで攻略難易度は跳ね上がる。まず根本的な問題として。
襲撃するたびに強固になっていく警備を自力で突破して施設の中へと入らなければいけない。中田文兵の瞬間移動でインチキはできないのだ。
故に天月博人が出入り口として狙ったのは窓であった。たとえ強化ガラスであろうと何度も力を振るえば割れる。ましてやバールのように一点に力が加わる物があれば簡単に割れるのだ。
「うへぇ……手がしびれる……」
『それは我慢して早く入るんだよ!』
隠密性よりも速効性を取ったために、大きな音が鳴り響く。
内部の人間がその音に行動を起こす前に、割った窓から生傷覚悟で入り込む。
バールと適当なガラス片を手にして、部屋から脱出し、目についたロロ=イア人員のアキレス腱をどこまでも追いかけて切り裂き、その者が身にまとっていた服で拘束する。
老若男女問わずこれを繰り返していく。1人でも多く情報源とするために。
「話に聞いていたものと動きが違いますが……僕のやることは変わりませんね。さぁ、お眠りなさい」
道中、異能力者。ロロ=イアの落とし子と思わしき男に遭遇し、目を見た途端に眠りに誘われるが。とっさに仮面をずらして自身の左小指の第1関節から先を噛み千切ることで痛みによる気付けを行いこれを解除し、男のアキレス腱を迅速にバールで抉り、ガラス片で服を切り裂きそれで拘束する。
「自分を傷つけるのに躊躇《ちゅうちょ》がないなんて……おかしいよ君」
「自覚しています。それでも。時間制限がある今仕方がないのです」
ニコに怒られながら、いち早く中田文兵が目覚めるように。蝗アヤメの我慢が効くうちにと天月博人はただ闘い続けている中で。拘束した者の中に眠る事で異能、こちらの意識に入ってくる力を行使する者が居た為、泣く泣く処分していると。1人の男が怒り心頭に発する表情で姿を現した。
「俺の家族は皆、アキレス健を切られた。どうしてくれるんだ。お前を倒しても皆は、もうまともに歩けやしない。クソッ! クソォッ! 俺たちが何をしたってんだ! 何でこんな酷いことをするんだよ! 畜生が!」
男は怒声を吐きながら、ほのかにコーヒーを思わせる香ばしくもどこか乾いた匂いを発した。
すると途端に眠気に襲われる。またかと思いつつ仮面をずらし、左小指の第2関節から先の肉を噛みちぎろうとするが、その前に腹の中身が掻き乱された様な感覚に襲われ、「うっ」と声が漏れるほどに吐き気を催し、思考と視界が歪んでいく。
「まだだ! 俺の攻撃は、俺たちの怒りはこの程度じゃないぞ! 出てこいポピー! 餌の時間だ! 今回のは特上だ。徹底的に食い尽くせ!」
歪んだ視界の中で、香ばしく乾いたにおいが一層強くなり、何かが男の目の前で形作られていく。
細身の四足、大きさは鹿程。いくつにも分かれて鋭利に突出した背中、そしておおよそが犬のような造形でありながら口元だけはアリクイの様になっている頭部をもった何かが、透明の状態から少しずつ着色されるように出現したのだ。
出現したそれは天月博人に襲い掛かる。避けようとしても眠気と吐き気により鈍くなっていた天月博人にのしかかり、首元にアリクイの口のようなものからドングリほどの何かを射出して埋め込んだ。痛みにより声が少量の吐瀉物と共に漏れる。
「今お前に打ち込まれたのは。ポピー。俺の潜在意識に住まう【夢に飼われた夢食い】の口だ! お前はこれから体内から肉と共に精神を食われるのだ!」
何かが埋め込まれた首元から、痛みが広がり何かが吸われていくのを感じる。それでも拭えない強烈な睡魔に後押しされるように、天月博人は瞼を閉じた。
「ポピー! ポピー! 何だよこれ! どういうことだよ!」
「ジブンって食ったらまず死ぬ強烈な毒みたいなもんでしてね。
可愛らしいポピーちゃんは全身から自分の血肉が這い出て倒れ、這い出た血肉は皮だけになったジブンの抜け殻に入り込んでこうやって元通りときた……服が吐瀉物で匂いが酸っぱくなったのと、甦るのにも時間がかかるのでジブン的にはやられたと思えますがね」
天月博人の存在を忘却し、仮面によって素顔が見えず思い出すことができない故に、状況を理解できておらず。ポピーという名を持つ夢に飼われた夢食いの亡骸を抱える男に、天月博人は自信の服の匂いを気にしながら「もう覚えていないだろうが、どうしてこんなひどいことをするのか教えてやる。ジブン達がアンタらロロ=イアに酷いことをされたからだ。単純だろう?』と言ってその手に握るバールを振り下ろし、男の意識が二度と戻らないように奪うのだった。
「ニコ、何時間経った」
『10時間なんだよ。ポピーが苦しみだすまで100秒、そこから2時間かけてにじみ出てきて。ヒロの中に全部戻るまで3時間。そこから5時間かけて体を修復して生き返ったんだよ。はっきり言ってどんな法則で生き返っているのかよくわからないんだよ』
「ウイ、なるほど。 この人もそれだけの時間が有れば逃げ出せばいいものを。呆然としちゃって全く……次行くけど途中で、水道を見かけたら服を水洗いさせてくれ。服が酸っぱい……」
『はーい』
それ以降の結果として、この施設に居た落とし子達のほとんどは、眠らせなければ意味が無かったり。自身が眠らなければ意味が無かったりとしたものばかりで。防衛能力そのものはそれほど高くはなく。天月博夫1人で容易に攻略することが叶うのだった。
「育成施設というのは落とし子たちが生活する施設としての役割があるのかなぁとこの数を見て思うこの頃……さて、ここに最後の生体反応かある訳だが」
『脳波が寝てるみたいなんだよ。もしかしたらもう仕掛けてきているかもなんだよ』
「了解、と言っても。何かされるまでは拘束するだけなんだがね」
こうして最後の1人を捕まえ、合計79人の情報源を天月博人は得るのだった。
何時間、いやもしかしたらまだ何十分かもしれない時を待ち続け。蝗アヤメは誰が見ても分かるほどに苛立ち、不安定になっていた。いつまでも目を覚ます気配がない中田文兵に、一切の傷がつかない中田文兵にである。
もし、このまま目が覚めなかったら? もし、このまま永遠に中田文兵に勝利する機会を奪われたのなら? そう思うと不安が募って仕方がなく。爪をかじる頻度が多くなり、貧乏ゆすりが止まらなくなっていkた。かのじょはい
「みなさーん。晩御飯できましたよー」
周囲に居た者は鬼童世界、黒岩統也、ニック・コールを除いて、皆、中田文兵を心配しつつも己に課せられたレジスタンスとしての日常へと戻っていた。蝗アヤメはそんな徐々に普段通りになっていくその光景に「どうしてよ……」とつぶやき。次の瞬間には爆発した。
「どうしてお前らはそんなに平然としていられるの! ご飯を食べる? お前らにとっての恩人が目を覚まさないのにどうしてご飯が喉を通るの? 食べてる時間があるなら何とかしないとって思うでしょ普通?」
目につく人間を無差別に対象とした発言に黒岩統也が「そうは言ってもよアヤメちゃん。ヒーローリーダーは情報収集に襲撃しに行ってるし。資料室は一杯だ。此処に居る仲間たちにできることはなにもねぇんだよ。ヒーローギガントが心配なのはわかるぜ? でもな。指をくわえて心配し続けるのはよ、俺達レジスタンスの一員は仕事があるし、腹も減るからよ。無理なんだよ」と仲間たちの弁明を計るが、蝗アヤメはそれで納得しない。
「それはつまり、お前たちは自分たちの恩人を助けようとすることさえできない役立たずってことよね? 役立たずなら……要らないわよね」
「今っ!」
蝗アヤメの槍がピタリと止まり。視線が完全に黒岩統也に向いた途端。鬼童世界が黒岩統也との間に割り込んで地面に触れ。飛沫をまき散らしながら剣や槍等の武器を壁になる程に出現させて、一歩遅く振るわれた蝗アヤメの槍を防いだ。
「わ、わーお。流石巫女っちゃん。ヒーローリーダーが天才だって言うだけあるぜ!」
「え、えへへ。そ、そうですか?」
「……姉妹のよしみで言ってあげる。邪魔よ。どかないとお前も殺すわよ」
「わ、私。皆様を助けるように言われていますのでそれはできません」
「そう……」
「皆様! 逃げてください! 黒岩さん、コールさん! 武器を!
「オーケー。 ヘイ ブラザー!」
「よっしゃいくぜ兄弟! アヤメちゃーん。一回消滅させて頭冷やさせてやるよ!」
蝗アヤメはもはや全てを睨むような目でギョロリと自信を相手取ろうとする3人を見る。戦闘開始と見るや腰に携えた大きな竹筒に収納している鋼、玉鋼を方天戟と呼ばれる槍へと形作っている鬼童世界。格好つけて二丁拳銃を向ける黒岩統也。無難に機関銃のニック・コール。
敵……敵。中田文兵と比べるとどうしようもなく格落ちする敵が武器を構えている。蝗アヤメは自信の槍の土くれでできた武器の壁と衝突し、抉った際についた土を払い。青筋を立てながら笑みを浮かべた。
「お前ら程度が私には向かうのね。……そう、いいわ。相手してあげる」
そう言って蝗アヤメは槍を持つ見せかけて、瞬間移動めいた高速の薙ぎ払いを3人をまとめて巻き込むように繰り出した。 ニック・コールはこれで頭部を引き裂かれ、黒岩統也は武器の壁に守られつつも、その武器の壁が薙ぎ倒されて胸部をえぐられる。黒岩統也の前に居たオニワラベセカイは方天戟を地面に突き立て。自信を浮かせてこれを躱し、粉砕された土くれの武器の破片を蝗アヤメに向かって蹴り飛ばす。
騒音が響き、鬼童世界の槍が蝗アヤメの槍をはじき、鬼童世界が地面に尻餅をついた頃には。蹴り飛ばされた土くれ武器の破片が確かな刃として蝗アヤメを襲っていた。
「痛いわねぇ」
土くれの刃は刺さることはなく、2箇所の擦り傷を負わせただけにとどまり蝗アヤメの怒りを煽る結果となる。だがそんな事にもめげずに鬼童世界はすぐさま立ち上がって、もう既に人が居ない方向へと槍を持って後ろ向きに走り、せわしなく視線を動かす。
ニック・コールは消滅。先ほどの黒岩統也の再構築時間を考慮するならば、ニック・コールの再構築まで後3秒。黒岩統也、負傷しまともに動けなくなったと悟ったのか自決して消滅。再構築まで後9秒と脳内測定し。最後に蝗アヤメを観察する。次に何をするのか、その次に何をするのか、対処した場合次にどうするのかを。目線から、動きから、動作の癖から。思考回路を予測し、5手先の動きを読んだ。
「アヤメさんなら……こう」
鬼童世界は、まず屈んで頭部を狙った槍に髪をかすらせながら地面に触れ、瞬間的に回転し再度攻撃に飛んできた槍を、地面から生やした長物の武器で絡め取りながら走り抜ける。この時、ニック・コールが再構築されている筈で。ガンケースから武器を取り出して居る頃だろうと判断し。中田文兵の下にまで走り寄り地面に触れて部位を突出させることで、眠る中田文兵をニック・コールが居るであろう場所へと飛ばす。
「オー……ナイスヒーローギガントシールド」
飛んで行った中田文兵は、鬼童世界を狙うよりは再度、ニック・コールを始末して1対1の状況を継続を計ったのだろう槍を防いだ。中田文兵が吹き飛ばされ、ニック・コールが蝗アヤメ視点で再認識出来る頃には、ニック・コールは機関銃を構えており、「kill you……fire」と引き金を引いた。また、鬼童世界がそれに合わせて地面から土くれのナイフを生成して投擲する。
これには蝗アヤメも脂汗をかいて、槍を自身の元に戻し。強く握って瞬間移動じみた移動能力を得て、銃弾も、土くれ投げナイフも速度に任せた回避を行った。
「面白そうな射的ゲームしてんなオイ! 俺も混ぜろよ!」
黒岩統也も再構築され。二丁拳銃でこれに参加。すると鬼童世界は土くれナイフを数本手に持って走り出し、投げて誘導、そして蝗アヤメが来るであろう位置に玉鋼の方天戟をヒョイっと投げた。すると銃弾に追われた蝗アヤメが方天戟の持ち手に首を引っ掛けて、自身の槍から手を放し地面に転がった。
「ゴホ、コホ…………はぁ……文兵の言った通りね。どこがゴミよ。才能に気が付かず早々に見切りをつけたの? はっ……お父様は自分の目が節穴ってことに気がつかず惜しいことをしたのね……もしかしたら……必要悪が欲しかったのかもしれないけれど」
「アヤメさん、頭が冷えたようですけれど……今は一旦、お休みください」
「えぇ、そうするわ」
鬼童世界は玉鋼の方天戟を拾い、蝗アヤメの首を切り裂いた。間もなくして蝗アヤメは消滅し。それを見届けると玉鋼の方天戟を液状にしながら腰に背負った竹筒の中へと注いで蓋をした。
「終わりました。避難した皆様を呼び戻しましょう」
そう言って、鬼童世界はニコリと笑うのだった。
黒岩統也とニック・コールはその笑顔に返すように、天月博人が天才かもと評した鬼童世界の戦闘能力に敬意を評しつつ、その戦闘の跡である生えた土塊の武器に引きつった笑みを浮かべるのだった。
襲撃するたびに強固になっていく警備を自力で突破して施設の中へと入らなければいけない。中田文兵の瞬間移動でインチキはできないのだ。
故に天月博人が出入り口として狙ったのは窓であった。たとえ強化ガラスであろうと何度も力を振るえば割れる。ましてやバールのように一点に力が加わる物があれば簡単に割れるのだ。
「うへぇ……手がしびれる……」
『それは我慢して早く入るんだよ!』
隠密性よりも速効性を取ったために、大きな音が鳴り響く。
内部の人間がその音に行動を起こす前に、割った窓から生傷覚悟で入り込む。
バールと適当なガラス片を手にして、部屋から脱出し、目についたロロ=イア人員のアキレス腱をどこまでも追いかけて切り裂き、その者が身にまとっていた服で拘束する。
老若男女問わずこれを繰り返していく。1人でも多く情報源とするために。
「話に聞いていたものと動きが違いますが……僕のやることは変わりませんね。さぁ、お眠りなさい」
道中、異能力者。ロロ=イアの落とし子と思わしき男に遭遇し、目を見た途端に眠りに誘われるが。とっさに仮面をずらして自身の左小指の第1関節から先を噛み千切ることで痛みによる気付けを行いこれを解除し、男のアキレス腱を迅速にバールで抉り、ガラス片で服を切り裂きそれで拘束する。
「自分を傷つけるのに躊躇《ちゅうちょ》がないなんて……おかしいよ君」
「自覚しています。それでも。時間制限がある今仕方がないのです」
ニコに怒られながら、いち早く中田文兵が目覚めるように。蝗アヤメの我慢が効くうちにと天月博人はただ闘い続けている中で。拘束した者の中に眠る事で異能、こちらの意識に入ってくる力を行使する者が居た為、泣く泣く処分していると。1人の男が怒り心頭に発する表情で姿を現した。
「俺の家族は皆、アキレス健を切られた。どうしてくれるんだ。お前を倒しても皆は、もうまともに歩けやしない。クソッ! クソォッ! 俺たちが何をしたってんだ! 何でこんな酷いことをするんだよ! 畜生が!」
男は怒声を吐きながら、ほのかにコーヒーを思わせる香ばしくもどこか乾いた匂いを発した。
すると途端に眠気に襲われる。またかと思いつつ仮面をずらし、左小指の第2関節から先の肉を噛みちぎろうとするが、その前に腹の中身が掻き乱された様な感覚に襲われ、「うっ」と声が漏れるほどに吐き気を催し、思考と視界が歪んでいく。
「まだだ! 俺の攻撃は、俺たちの怒りはこの程度じゃないぞ! 出てこいポピー! 餌の時間だ! 今回のは特上だ。徹底的に食い尽くせ!」
歪んだ視界の中で、香ばしく乾いたにおいが一層強くなり、何かが男の目の前で形作られていく。
細身の四足、大きさは鹿程。いくつにも分かれて鋭利に突出した背中、そしておおよそが犬のような造形でありながら口元だけはアリクイの様になっている頭部をもった何かが、透明の状態から少しずつ着色されるように出現したのだ。
出現したそれは天月博人に襲い掛かる。避けようとしても眠気と吐き気により鈍くなっていた天月博人にのしかかり、首元にアリクイの口のようなものからドングリほどの何かを射出して埋め込んだ。痛みにより声が少量の吐瀉物と共に漏れる。
「今お前に打ち込まれたのは。ポピー。俺の潜在意識に住まう【夢に飼われた夢食い】の口だ! お前はこれから体内から肉と共に精神を食われるのだ!」
何かが埋め込まれた首元から、痛みが広がり何かが吸われていくのを感じる。それでも拭えない強烈な睡魔に後押しされるように、天月博人は瞼を閉じた。
「ポピー! ポピー! 何だよこれ! どういうことだよ!」
「ジブンって食ったらまず死ぬ強烈な毒みたいなもんでしてね。
可愛らしいポピーちゃんは全身から自分の血肉が這い出て倒れ、這い出た血肉は皮だけになったジブンの抜け殻に入り込んでこうやって元通りときた……服が吐瀉物で匂いが酸っぱくなったのと、甦るのにも時間がかかるのでジブン的にはやられたと思えますがね」
天月博人の存在を忘却し、仮面によって素顔が見えず思い出すことができない故に、状況を理解できておらず。ポピーという名を持つ夢に飼われた夢食いの亡骸を抱える男に、天月博人は自信の服の匂いを気にしながら「もう覚えていないだろうが、どうしてこんなひどいことをするのか教えてやる。ジブン達がアンタらロロ=イアに酷いことをされたからだ。単純だろう?』と言ってその手に握るバールを振り下ろし、男の意識が二度と戻らないように奪うのだった。
「ニコ、何時間経った」
『10時間なんだよ。ポピーが苦しみだすまで100秒、そこから2時間かけてにじみ出てきて。ヒロの中に全部戻るまで3時間。そこから5時間かけて体を修復して生き返ったんだよ。はっきり言ってどんな法則で生き返っているのかよくわからないんだよ』
「ウイ、なるほど。 この人もそれだけの時間が有れば逃げ出せばいいものを。呆然としちゃって全く……次行くけど途中で、水道を見かけたら服を水洗いさせてくれ。服が酸っぱい……」
『はーい』
それ以降の結果として、この施設に居た落とし子達のほとんどは、眠らせなければ意味が無かったり。自身が眠らなければ意味が無かったりとしたものばかりで。防衛能力そのものはそれほど高くはなく。天月博夫1人で容易に攻略することが叶うのだった。
「育成施設というのは落とし子たちが生活する施設としての役割があるのかなぁとこの数を見て思うこの頃……さて、ここに最後の生体反応かある訳だが」
『脳波が寝てるみたいなんだよ。もしかしたらもう仕掛けてきているかもなんだよ』
「了解、と言っても。何かされるまでは拘束するだけなんだがね」
こうして最後の1人を捕まえ、合計79人の情報源を天月博人は得るのだった。
何時間、いやもしかしたらまだ何十分かもしれない時を待ち続け。蝗アヤメは誰が見ても分かるほどに苛立ち、不安定になっていた。いつまでも目を覚ます気配がない中田文兵に、一切の傷がつかない中田文兵にである。
もし、このまま目が覚めなかったら? もし、このまま永遠に中田文兵に勝利する機会を奪われたのなら? そう思うと不安が募って仕方がなく。爪をかじる頻度が多くなり、貧乏ゆすりが止まらなくなっていkた。かのじょはい
「みなさーん。晩御飯できましたよー」
周囲に居た者は鬼童世界、黒岩統也、ニック・コールを除いて、皆、中田文兵を心配しつつも己に課せられたレジスタンスとしての日常へと戻っていた。蝗アヤメはそんな徐々に普段通りになっていくその光景に「どうしてよ……」とつぶやき。次の瞬間には爆発した。
「どうしてお前らはそんなに平然としていられるの! ご飯を食べる? お前らにとっての恩人が目を覚まさないのにどうしてご飯が喉を通るの? 食べてる時間があるなら何とかしないとって思うでしょ普通?」
目につく人間を無差別に対象とした発言に黒岩統也が「そうは言ってもよアヤメちゃん。ヒーローリーダーは情報収集に襲撃しに行ってるし。資料室は一杯だ。此処に居る仲間たちにできることはなにもねぇんだよ。ヒーローギガントが心配なのはわかるぜ? でもな。指をくわえて心配し続けるのはよ、俺達レジスタンスの一員は仕事があるし、腹も減るからよ。無理なんだよ」と仲間たちの弁明を計るが、蝗アヤメはそれで納得しない。
「それはつまり、お前たちは自分たちの恩人を助けようとすることさえできない役立たずってことよね? 役立たずなら……要らないわよね」
「今っ!」
蝗アヤメの槍がピタリと止まり。視線が完全に黒岩統也に向いた途端。鬼童世界が黒岩統也との間に割り込んで地面に触れ。飛沫をまき散らしながら剣や槍等の武器を壁になる程に出現させて、一歩遅く振るわれた蝗アヤメの槍を防いだ。
「わ、わーお。流石巫女っちゃん。ヒーローリーダーが天才だって言うだけあるぜ!」
「え、えへへ。そ、そうですか?」
「……姉妹のよしみで言ってあげる。邪魔よ。どかないとお前も殺すわよ」
「わ、私。皆様を助けるように言われていますのでそれはできません」
「そう……」
「皆様! 逃げてください! 黒岩さん、コールさん! 武器を!
「オーケー。 ヘイ ブラザー!」
「よっしゃいくぜ兄弟! アヤメちゃーん。一回消滅させて頭冷やさせてやるよ!」
蝗アヤメはもはや全てを睨むような目でギョロリと自信を相手取ろうとする3人を見る。戦闘開始と見るや腰に携えた大きな竹筒に収納している鋼、玉鋼を方天戟と呼ばれる槍へと形作っている鬼童世界。格好つけて二丁拳銃を向ける黒岩統也。無難に機関銃のニック・コール。
敵……敵。中田文兵と比べるとどうしようもなく格落ちする敵が武器を構えている。蝗アヤメは自信の槍の土くれでできた武器の壁と衝突し、抉った際についた土を払い。青筋を立てながら笑みを浮かべた。
「お前ら程度が私には向かうのね。……そう、いいわ。相手してあげる」
そう言って蝗アヤメは槍を持つ見せかけて、瞬間移動めいた高速の薙ぎ払いを3人をまとめて巻き込むように繰り出した。 ニック・コールはこれで頭部を引き裂かれ、黒岩統也は武器の壁に守られつつも、その武器の壁が薙ぎ倒されて胸部をえぐられる。黒岩統也の前に居たオニワラベセカイは方天戟を地面に突き立て。自信を浮かせてこれを躱し、粉砕された土くれの武器の破片を蝗アヤメに向かって蹴り飛ばす。
騒音が響き、鬼童世界の槍が蝗アヤメの槍をはじき、鬼童世界が地面に尻餅をついた頃には。蹴り飛ばされた土くれ武器の破片が確かな刃として蝗アヤメを襲っていた。
「痛いわねぇ」
土くれの刃は刺さることはなく、2箇所の擦り傷を負わせただけにとどまり蝗アヤメの怒りを煽る結果となる。だがそんな事にもめげずに鬼童世界はすぐさま立ち上がって、もう既に人が居ない方向へと槍を持って後ろ向きに走り、せわしなく視線を動かす。
ニック・コールは消滅。先ほどの黒岩統也の再構築時間を考慮するならば、ニック・コールの再構築まで後3秒。黒岩統也、負傷しまともに動けなくなったと悟ったのか自決して消滅。再構築まで後9秒と脳内測定し。最後に蝗アヤメを観察する。次に何をするのか、その次に何をするのか、対処した場合次にどうするのかを。目線から、動きから、動作の癖から。思考回路を予測し、5手先の動きを読んだ。
「アヤメさんなら……こう」
鬼童世界は、まず屈んで頭部を狙った槍に髪をかすらせながら地面に触れ、瞬間的に回転し再度攻撃に飛んできた槍を、地面から生やした長物の武器で絡め取りながら走り抜ける。この時、ニック・コールが再構築されている筈で。ガンケースから武器を取り出して居る頃だろうと判断し。中田文兵の下にまで走り寄り地面に触れて部位を突出させることで、眠る中田文兵をニック・コールが居るであろう場所へと飛ばす。
「オー……ナイスヒーローギガントシールド」
飛んで行った中田文兵は、鬼童世界を狙うよりは再度、ニック・コールを始末して1対1の状況を継続を計ったのだろう槍を防いだ。中田文兵が吹き飛ばされ、ニック・コールが蝗アヤメ視点で再認識出来る頃には、ニック・コールは機関銃を構えており、「kill you……fire」と引き金を引いた。また、鬼童世界がそれに合わせて地面から土くれのナイフを生成して投擲する。
これには蝗アヤメも脂汗をかいて、槍を自身の元に戻し。強く握って瞬間移動じみた移動能力を得て、銃弾も、土くれ投げナイフも速度に任せた回避を行った。
「面白そうな射的ゲームしてんなオイ! 俺も混ぜろよ!」
黒岩統也も再構築され。二丁拳銃でこれに参加。すると鬼童世界は土くれナイフを数本手に持って走り出し、投げて誘導、そして蝗アヤメが来るであろう位置に玉鋼の方天戟をヒョイっと投げた。すると銃弾に追われた蝗アヤメが方天戟の持ち手に首を引っ掛けて、自身の槍から手を放し地面に転がった。
「ゴホ、コホ…………はぁ……文兵の言った通りね。どこがゴミよ。才能に気が付かず早々に見切りをつけたの? はっ……お父様は自分の目が節穴ってことに気がつかず惜しいことをしたのね……もしかしたら……必要悪が欲しかったのかもしれないけれど」
「アヤメさん、頭が冷えたようですけれど……今は一旦、お休みください」
「えぇ、そうするわ」
鬼童世界は玉鋼の方天戟を拾い、蝗アヤメの首を切り裂いた。間もなくして蝗アヤメは消滅し。それを見届けると玉鋼の方天戟を液状にしながら腰に背負った竹筒の中へと注いで蓋をした。
「終わりました。避難した皆様を呼び戻しましょう」
そう言って、鬼童世界はニコリと笑うのだった。
黒岩統也とニック・コールはその笑顔に返すように、天月博人が天才かもと評した鬼童世界の戦闘能力に敬意を評しつつ、その戦闘の跡である生えた土塊の武器に引きつった笑みを浮かべるのだった。
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物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
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