自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

文字の大きさ
56 / 92

EX1-5:大沢先生と変わり行く日常

しおりを挟む
「イヴァンナさんのお友達が御二人。大沢先生の家に御厄介になって居るんですね。微力ながら私も協力させて頂きます。今から帰って同居人にタケノコを頂いて来ます!」

 僕は心の底からこの場に居ないイヴァンナ・マハノヴァに「ほら見ろ、タケノコが増量されたじゃないか」と悪態をついて、ひそかに絶望する。
 断れ、これがありがた迷惑であると口にするべきだ。でないと毎日朝昼晩おやつの四人分で16個のタケノコが供給されると言う事に成る。消費しきれるわけがない。そう分かって居ても、僕にはとても口にすることはできなかった。だって、早乙女桃花の善意たっぷりの屈折の無い笑顔を曇らせかねないとか、僕が悪者になるじゃないか。それはゴメン被る。こんどイヴァンナ・マハノヴァに言って拒んでもらおう。
 ……ところで、早乙女桃花の同居人はどこから無限にも思えるタケノコを持って来ているのだろうか。気になるところではある。

 タケノコを8個入れられた袋を手にひっさげて帰宅する。「ただいま」と言っていないのに「お帰り」と響き渡る声に。僕にとっては懐かしく奇妙な感情に満たされながら。お帰りと言われてようやくいまだに何処か慣れない「ただいま」の言葉をイヴァンナ・マハノヴァに返す。

「はい、今日貰ってきた分のタケノコ……明日から2倍ね」
「おぉ桃花には頭が上がらないな。おかげで食費がすこぶる浮いて……ん? 2倍!? 断らなかったのか?」

「今度の君の連れを探しに行くときに、君から断ってくれ。僕にはあの表情を曇らせるのは心苦しくて難しいんだ」
「……すまんかった。桃花の表情が想像に難くなかった。
 うむ。確かに断り辛いな。だからと言って私に断らせようとするのは勘弁してくれ」

 僕のイヴァンナ・マハノヴァに断らせよう作戦が速攻で崩れ落ちて行ったところで、家の奥から新しい住人2人が顔を覗かせる。
 まぁ、こういうもんだよな。素になれと言ったら即刻、素になれるイヴァンナ・マハノヴァがおかしいんだ。
 そう思いながら僕はタケノコを詰めた袋を掲げて2人に見せつける。

「……おかえりなさい。……タケノコ……ですか?」
「うん、タケノコ。明日一杯貰えるぞ。ははは」
「おい、笑い声が乾いてて奥底の感情が隠せてないぞ大沢先生」

 ただでさえ消費できていないのに明日から増量確定なのだ。笑い声も乾くものだ。増量されるのは財布と銀行の中身だけで良いというのに。
 ふと、引っ張られる感触を覚えたので視線を移すと。タケノコの入った袋を引っ張る紅茶々がそこに居た。

「どうした?」
「えっと……おかえり……なさい。あの……これ、タケノコ。食べてもいいの?」

 あぁタケノコが食べたいのかとその様子から察することが出来る。その内大いに飽きることになるだろうが食べたいうちに食べさせて消費するべきかと考えて「勿論、あるだけ好きなだけ食べて良いよ」と答えた。すると紅茶々は目を開いて輝かせ、その明るい様子のまま。タケノコ食い放題が出来上がるのを大人しく待っていた。

 最初に食が細いらしく天城蜜柑がギブアップ。次に僕が自身の皿に最初に盛りつけた分だけ消費して離脱。最後に紅茶々に付き合おうとしたイヴァンナ・マハノヴァが意気消沈した。

「プハー! 大沢先生! お代わり!」
「お、おう」

 どうやらタケノコ倍増の件は断らなくてよかったようだ。そう思いながらタケノコの割合がはるかに多いタケノコご飯を彼女に大盛で装うのだった。知人友人たちを巻き込んだタケノコ祭りはやらないで良いなこれ。

 彼女たちの同胞探し、久しぶりに外に出られたことに大はしゃぎした紅茶々が側転をして喜びを表した。
 あまり近所の人に気が付かれない為。ロロ=イアなる組織に見つからない為に外出を制限しているからその反動だろう。
 ところで紅茶々は側転が得意なのだろうか、坂道を下に向かって突き進む車輪の如く回り続けているんだけど。

「あ、危ないですよ茶々ちゃん」
「うむ、蜜柑の言うとおりだ。はしゃぐのも分かるが、怪我と人に迷惑が掛からないようにするのだぞ」
「はーい」

 そんなやり取りをしつつ道行く人たちに聞き込みを始める彼女たちを尻目に、僕は携帯端末を起動してこの地域の住人の声を見る。良い時代になったもんだ。匿名で聞き込みが出来るんだ。結果この一週間内にそういった情報はない。僕は形だけのお礼を書き込んで今後も協力をしてもらえるように取り計らい終わると携帯端末をしまう。

「大沢せんせーい」
「あっ来たんですね早乙女さ……誰ですかその人」

 適当な人に聞き込みをしている最中に早乙女桃花と合流、彼女の隣にはリュックを背負い、背が高く、しなやかな筋肉を持った肌が濃いめに焼けたアフロの男が居た。雰囲気は失礼かもしれないが、どこかの部族の1人という印象を受けた。
 
「私の同居人です。時間ができたので手伝いに来てもらいました」
「どうも、俺はウー・チーと言う名前だ。ウーと呼んでくれ」

  ウー・チーとどう考えても準日本人ではない名を名乗った男がいぇを差し出したので、握手をする。ゴツゴツとした手から感じる力強さに僕は絶対に喧嘩を売ってはいけないものだと察する。
 僕は悪手をしながら日本語が上手ですねお一言付け加えながら自己紹介をしようとすると彼は「桃花から聞いて居るから知ってるよ。大沢先生だろ?」と割り込んで僕の自己紹介を終わらせた。
 ところで、僕が言えたことではないのかもしれないけれど。同居人と言う事はこの男と同じ屋根の下で済んでいると言う事なのだが、問題はないのだろうか。
 
「間違えはないみたいだな。それであっちに居るのが例の迷子の…………」

 ウー・チーが迷子三人組が居るであろう方向へと視線を向けて「同法の匂いがする」とこぼした。
 嘘だろ、君も迷子の1人かよと嫌な偶然に辟易していると。彼は僕をどかして迷子三人組に歩み寄っていく。この際に僕の目に三人組が行動を止めて居るのが映る。彼女達は彼の損時に気が付いていたようだ。
 イヴァンナ・マハノヴァが「同胞の匂いがする」と口にした。どうやら同じ組織に所属する存在だと互いに認識のだろう。そう思った途端にイヴァンナ・マハノヴァが「だけど」と言葉を続けて不穏の空気を漂わせた。

「匂いが濃すぎる。何者なんだ君は」
「それはこっちの台詞だ。あまりにも匂いが薄すぎる。おかげで気が付くのが遅れたぞ。……それにその肉質……我らが同胞の女はそんなに華奢きゃしゃでは……いや、わかったぞ。あぁ、そうか。俺もこっちに来て勉強してそれくらいは察せられる」

 不穏な空気どころか当たると確信めいた嫌な予感を感じるほどウー・チーが顔をしかめた。

「カジリカンの技術なら、捕らえた我等の同胞に何かを混ぜて人造人間を作るのはたやすいはずだ。あぁそうだ何かを混ぜたから薄いんだ」

 殺意と言うものは、きっと今、僕が感じている物のことを言うのだろう。早乙女桃花もこれは予想外のようで「ウーさん?」と名前を呼んで困惑している。迷子三人組は殺気に反応して今にも飛び掛かりそうな気配を漂わせている。

「そしてカジリカンの奴等がこっちに来ているのか。繋がったぞ。繋がっちまった。……今日は厄日だ。漸くこの地に骨を埋める覚悟ができたってのに。嫌な事を知っちまった。おい、お前らの主人がどこに居るかを教えろ」
「主人……指揮官の事か? ……それなら、教えられない」
イヴァンナ・マハノヴァが
 次の瞬間、ウー・チーはイヴァンナ・マハノヴァの腹部にけりを入れ。それに反射的に動かされるように紅茶々が肘から炎を噴出させながら拳を振るわんとし。その背後で自身の服を触れてて背負い鞄的な物を生やした装甲を身に纏い、直接殴り掛かる。やっぱりあの2人もアイツと一緒かなんて思う暇もなく。蹴り飛ばされたイヴァンナ・マハノヴァを覗く2対1の格闘戦が始まる。
 イヴァンナ・マハノヴァの身体能力を知っているために2人もそれなのは何と無く察してはいたが、それ以上にウー・チーの身体能力は高く。2人のほぼ同時ともいえる攻撃を軽くいなして、腕を掴んで勢いのままに地面へと叩き付ける。
 地面に弾んで一瞬、2人は痛みに声を上げるがすぐに腕を掴まれたまま紅茶々は下半身を腰で持ち上げて脚をウー・チーに絡みつかせ。天城蜜柑が脚をウー・チーの両足に組み付かせる。そして再起したイヴァンナ・マハノヴァが飛び蹴りをその腹部めがけてかました。バランス感覚を天城蜜柑に削られているウー・チーはそのまま店頭。流れるように3人に馬乗りにされて拘束され。武装したイヴァンナ・マハノヴァが側面の大砲を突き付けた。

「確定だな。君は私たちの敵だ」
「そうだな。だが、この程度で俺を抑えられたと思うなよ? 俺には」

 何やら会話中だが、これをチャンスと見て僕は懐から小瓶を出して中身の液体を四人に向かって撒き散らした。悪臭が漂うがこの面倒臭い状況を何とかするためには仕方がない。

「わっクッサ!」
「うぅ……滑ってしています」
「…………大沢先生、何をする。私たちは」

 何をしているんだと言いたいのはこちらなんだがそれをぐっとこらえて僕は彼女たちを睨みつけた。

「今、君達にかけたのは僕が護身用として普段から持ち歩いて居る僕特製の毒液だ。その毒液は皮膚毒で数分もしないうちに苦しみ悶えて死ぬことになるぞ。解毒薬が欲しいならとっとと喧嘩を止めろ」
「毒……っえ」

 周囲から人の目が向けられる。通報される前にことを済ませたいから「早く4人とも立て、それとも死にたいのか?」と僕なりに急かしてようやく4人は殴り合いを止めた。

「ちょっと頭を冷やせ。全く。早乙女さん、この件は互いに同居人から聞いてから電話か明日かで、どういうことかを話し合いましょうか」
「えっ……あっはい、分かりました」
 
 ある程度離れたら渡して飲ませてと言って早乙女桃花に解毒薬……と言ってただひたすらに酸っぱいだけの清涼菓子せいりょうがしを渡して。僕は迷子3人組を連れて家へと帰る。臭い……まぁ、ザゼンソウを漬け込んで滑りを付けた。ただ臭くて滑るだけの水を被ったのだから仕方がない事ではあるのだろう。
 帰り道、迷子3人組はずっと静かだった。あぁ空気が悪くて気分が悪くなりそうだよ全く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...