自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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EX1-7:大沢先生と変わり行く日常

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 ネットサーフィンをしながら読んでいた漫画を読み終えたので次の巻を鳥に本棚へと足を運ぶと。本棚の隣で本を読む天城蜜柑が居た。
 何を読んでいるのかと覗き込むと、没頭して今まで気がついて居なかったのか、わっと驚いて「あ、あの。勝手に読んでしまって申し訳ございません」と謝りながら僕を見た。
 
「驚かせてごめん。別に怒ってないからそんなに縮こまらないでいいよ。僕はただ何を読んでるか気になってね。それは……虫の図鑑か。虫、好きなのかい?」
 
 彼女は首を振って否定して「虫は、可哀想ですけど気持ち悪くて触るのも嫌です」と言った。では何でそれを読んでいるのか、そう訪ねようとする前に彼女は言葉を続ける。
 
「でも、あのような見た目である理由など、知らない事が一杯ありまして。見ているだけなら綺麗なのがいらっしゃって。とても興味深いなと。この本を手にとって思ったのです。
 ですから、私は虫のことは苦手ですけれど、嫌いではありませんよ。見ているだけなら好きな虫だって居ります」
 
 答え終わった彼女ほんのりと笑い、綺麗な黒真珠のような瞳で僕を捉えて尋ね返す。「大沢先生は虫がお好きなんですか?」と。 

「僕はそうだね。好きか嫌いかで言えば好きな方に入るかな。理由としてはそうだね。僕の趣味と幾つか合致しているからかな。家中を見ればわかると思うけれど園芸とか、あとは純粋に読書が好きだったりね」

 毒飲みの事は言わなくても良い事だろう。あの趣味はあまり人に言う者でもないと思うから未だに、家族と昔馴染み……あと大家の孫と言う権限を行使して入って来た木下芳奈くらいしか知らない事だ。
 そう思いながら、言葉を選んで返答すると。天城蜜柑が「読書がお好きなんですか?」と食いついた。なるほど、彼女が本をとったのは必然だったようだ。どうやら彼女は本が好きらしい。そこに虫だとかそういうものは関係が無いのだろう。

「そうだね。と言っても漫画や小説、参考書と。雑食で、小説のサイエンス物がとても好きって感じで、一点のジャンルを専門的に好きな人には物足りないかも知れないけれどね。よかったらこの家にある本は読んでもいいよ。元の場所に戻してくれるなら僕はとやかく言わないから」
「それは真でございますか!? あ、有難う御座います! 私、とても嬉しく思います!」

 僕が彼女の印象的に花のしおりを選んだのは間違いではなかったようだ。よく腫れぼったそうな死んだ目だと言われるけれど、なんだ。僕の目も捨てたものじゃないじゃないか。

「おい、蜜柑が昼になっても起きないのだが理由に心当たりはないか?」
「本を抱えたまま寝てるのが答えだろ。携帯ゲーム機を与えられた子供か全く」

 ……もしかしたら栞よりも、寝る時間を知らせるタイマー的な物を送った方がいいのかも知れない。
 
 
 
 
 
「ひーまー」
 
 紅茶々の声が聞こえる。この声が響くたびに、僕がバンドネオンという楽器を嗜《たしな》んで居て良かったと深く思う。でなければ防音仕様のこの家に住むことはなく。彼女達の存在が露見されて居ただろう。
 
「ねぇねぇ、大沢先生何してんの?」
 
 イヴァンナ ・マハノヴァや天城蜜柑がいる中で、どうして僕のところに来るのか。疑問でしか無いが。声をかけられた以上、答えてあげよう。
 
「画用紙に絵を描いて居るんだ。本当はキャンバスに描きたいけど。汚れてでも描く用の部屋は今や君達の寝床だからね。これで我慢さ」
 
 ほんの少し混ぜた嫌味に気がつく事も無く。彼女は興味深そうに僕の絵の具で描き上げようとしている絵を覗き込んだ。
 
「写真?」
「絵だって。写真と間違えられるくらい現実的に見えるなら模写としては成功だけど。僕は絵を描きたいんだ。
 これが写真に見えるなら、そうだね。ここからは僕の感情、感性を乗せて。何かの模造品を僕の作品として形作っていくよ。……見ていくかい?」
 
「うん」
 
 先程暇である事を嘆いていた事もあって、分かりきっていた彼女の返事に僕は「それじゃあ、あんまり邪魔をしないでね」と注意をしてから。筆を握る。
 この街の光景を描き、その上に僕がこの社会を暗闇を強く感じて嫌いである事を、それなのに楽しみを見出せるものでありふれて居るのだからタチが悪いと思って居る節を乗せていく。
 ……なんだか、暗闇溢れる世の中には希望がいくつもあるんだよ的な絵になってしまった。これは僕のキャラでは無いが、出来上がった以上は仕方がない。
 
「わぁ……キラキラしてて綺麗」
 
 とても安直な感想が飛んできた。だが安直ながらに感情のこもった声色から気持ちが詰め込まれていて。それだけなのか? と言う嫌なものは抱かない。
 
「何か描いてみるか?」
 
 そんな感想をもらって、少しだけ気分が良くなったので、興味があるならと勧めてみる。
 
「いいの!?」
「描いてみるかって聞いておいて、描いては駄目だなんて畜生なことは言わないよ。その様子だと描きたそうだな」
 
 僕は彼女に席を譲って新しい画用紙を取り出し、彼女に筆を握らせる。彼女はウキウキで筆を踊らせる。最初は何処か拙《つたな》い筆の踊りは、僕が教えながらだけれど見る見る内に上達していく。
 
「これは……タケノコだね。質感が良く表現できて居る。上手いじゃないか」
「本当? えへへ、絵って初めて描いたけど。とっても楽しいね!」
 
「初めて? 最近の子は絵の具に触れる機会が減ったのか? ……鉛筆とか出なら描いた事はないか?」
「ううん。絵を描くのが初めてだよ?」
 
 ……もしかしたら、普通の人ではない彼女達だからこその理由があるかもしれない。これ以上は詮索しないでおこう。
 
「そうか、なら君は、悔しいけれど僕よりも筋がいい。描く事が好きになったなら、そこにある画用紙と絵の具、色鉛筆は好きに使っていいよ」
「……いいの?」
 
「だから、今の流れで駄目とは言わないって。僕の物を勝手に消費する事が気を咎めさせるなら気にしないで良いよ。僕は絵を描くのと同じくらいに、人の絵を見る事が好きだからね。料金は君の絵を見せることで払ってくれ」
「……わかった。わたし一杯絵えお描くよ。それでもっと上手になって大沢先生を感動《かんどー》させる絵を描いてあげるからね!」
 
「楽しみにしてるよ」
 
 ……なんだか彼女の光に当てられて消滅しそうな気分になるが、僕の趣味が布教できたようで何よりだ。
 その後、彼女はイヴァンナ ・マハノヴァと天城蜜柑に絵を勧め、天城蜜柑の時間をかけながらも完成させた絵本のような絵柄に可愛いとはしゃぎ。イヴァンナ ・マハノヴァの怨霊にでも取り憑かれて居るのかと疑いたくなるような下手でありながらおぞましく見える絵に戦慄せんりつすることになる。
 僕も見せてもらったが、イヴァンナ ・マハノヴァの絵はお焚き上げをする必要があるかもしれない。
 
 
 
 
 
「うわ、この……ひゃあ!? あー、もうまた負けたー!」
「ヴァーニャさんは本当にお強うございますね。道中、私と茶々さんが協力していたのにも関わらず惨敗で御座います」
「ふふん。私は一足先に大沢先生に鍛えられたからな。君たち小童こわっぱに遅れはとらんよ」
 
「小童って、ヴィーニャは身体が大きいだけでわたし達と同い年だよね!?」
「そう、私は身体が大きいから小さな童では無いのだ。むっ時間か、少し洗濯物を干さねば」
 
 ベランダで趣味の天体観測の準備をして居ると、3人でテレビゲームをして居る筈のイヴァンナ ・マハノヴァがベランダに出て洗濯機から衣類を取り出して干し始める。
 
「手伝おうか?」
「これくらい1人で大丈夫だ。私は居候の身なのだから。こういった雑用を任せ楽をするがよい。えっと大沢先生の邪魔をしないように、乾くのが遅くなるが端っこの方に密集して干すぞ」
 
 彼女は積極的に家の雑用、家事をしてこの家に住む価値を示している……と言うよりそれを楽しんでいる節がある。例えば僕が嗜んでいる料理をいつの間にか手伝うようになり、気がつけば彼女だけが厨房に立つようになっていたりする。それだけなら楽しんでいると感想は抱かないが、彼女は「今日は上手く出来たと思うのだが口に合うだろうか?」だとか「洗濯の時お酢を使ったのだがどうだろうか? タオルがフワフワになっただろう? ほれほれ」だとか「見るが良い。私の手にかかれば床も皿も風呂もトイレもピッカピカだ」と感想を求めてくるのだ。
 楽ではある。楽ではあるのだが……毎日これだと少し鬱陶しく思う。何度「そうだろうそうだろう」と胸を張った彼女の得意げな発言を聞いたか。
 悪質なのは返事を面倒に思って後回しにすると「お、美味しくできなかったか? わ、私は要らない子なのか?」と泣きそうになるのだ。褒められないと落ち込む子供かよと……いや、子供なのか。
 
「ヴィーニャ! 今週の映画がやるよ!」
「おっと、もうそんな時間か。干し終わったらすぐ行く」
「私達は待ちますけれど、放送時間は待ってくださいませんよ」
 
「急かすな急かすな。ハイ終わり、大沢先生もどうだ? 一緒に映画を見るか?」
「あー……そうだな、今日のは僕も見てないやつだったと思うから一緒に見ようか」
 
 彼女に誘われて映画を4人で鑑賞する。するとふと紅茶々が「やっば、ホラーだコレ」と言葉を漏らした。その原因はイヴァンナ ・マハノヴァである。
 彼女は3人組の中で一番の怖がりで、テレビ番組やゲームで見たホラー体験で震え上がり、夜な夜なトイレの度に天城蜜柑や紅茶々が起こされ付き合わされたりしているのだ。
 
「おっホラーか、楽しみだな!」
「そ、そうでございますね」
 
 天城蜜柑が顔を引きつる。それもそうだ。怖がりな彼女はこれまたタチが悪いことに、怖がりなのにホラーが好きな人なのだ。今日、2人は彼女が夜中に目を覚ましてトイレに行かないことを願いながら床に就くことになるだろう。
 
「終わったな、中々面白かったな3人と……イヴァンナ ?」
「母よ……そうか君は娘の為に幽霊と共にある事を選んだのか……」
「ヴァーニャは感動のしすぎで撃墜されてるよ」
 
「うん、見ればわかる」
 
 また、彼女は情に熱いというか涙脆いと言うか。人が感動するシーンで人一倍感動して撃墜されている。お陰で周囲は彼女が気になり感動から引き戻されて平静になってしまう。
 感情でも吸って居るのだろうか。それなら感動を返せと言いたくなるものだ。
 
 
 
 
 
 彼女達と過ごす日々が続けば続く分だけ、僕は彼女達を知り、そして影響させ、影響されていく。
 ウー・チーに頼み込んで毎日タケノコを届けてくれる早乙女桃花が言っていたのだが、最近の僕はどこか穏やかな表情らしく、後日、木下芳奈にもそれは指摘された事から確かな事らしい。……そろそろ彼女達の帰る糸口を見つけ出さなければと焦ったほうがいいだろう。でないときっと、必要以上に別れが辛くなるから。
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