自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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7-3:治すための旅へ

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「ふむ、申し訳ないですがお力になりえる確かな話は有りませんね」
「そうですか」
 
「ですがそれぞれ1つずつ、根も葉もない眉唾もののお話があります。お聞きなされますかな?」
「……勿論、お願いします」

「では、4000ルーブル程……はい、確かに頂きました。それではお話しいたしましょう」
 
 路地裏の酒場、ここらの情報通と聞いた店長から専門ではないからだろう少し割高な食事を購入し、頂きながら2つの話を聞く。
 
 病を治すどころか、万病を耐えうる体を作る。寿命を延ばす。不老になる。怪力になる。などなど、肉体的な願いを思い浮かべながら食すと、その願いのある程度が叶うとされている果実。神話に登場する知恵の果実、生命の果実に連なる果実である【進化の果実】がギリシャの何処かに有る樹に実った話。
 世界の異常を正常にする腕輪がイギリスに居る誰かが後生大事に身につけている話を天月博人は聞いた。
 
 情報源は何か聴きたいが、高くつくだろうし。もし、お客様の1人から聞いたと答えられたならば割りに合わない。
 だから本当に根も葉もない眉唾な話として頭に置いておいて、後日実際に赴いて確認しようと天月博人は考える。
 
(ふむ、世界を修正する腕輪は誰かが持っていると言う話だが、ではその誰かはこの世界をなぜ修正しようとしていないのかと疑問になる。
 実際は修正しようとしても規模、範囲が小さいなどの理由からだろうか? それとも使用の際に制約、代償が伴い扱えていないのか? そもそも居たとしてどうして与神の血族、それに類似したイギリスに居るであろう組織に何かしらの形で所属、もしくは協力を要請していないのか。何かしらの形で関わっていれば同じ志の組織としてある程度の情報は与神の血族に回ってきても良いはずだ。……本人、もしくは何かしらの組織が隠している可能性もあるか。
 考えれば考えるほどに可能性が出て来て、全部があり得ないと切り捨てられないのがこの世界の面倒なところだ。頭が痛くなって来たし時間の無駄でしかない憶測はやめよう。そもそも赴いて確認したらいい話だ)
 
 酒場の店主が語り終え、天月博人も食事を終えた頃「如何でしたか?」と店主が尋ねる。
 参考にはなった。だから有難うと御礼を言い。水を飲み干して、天月博人は店を後にした。
 
『記録完了したんだよ』
「ウイ、お疲れ様。もう、これ以上は無さそうだしロシアでやる事はあと1つだなぁ」
 
『えぇ……時間勿体無いし見捨てちゃえばいいんだよ』
「ニコさんやニコさんや、身内以外にはドライな対応が極まっててちょっと怖いぞ。それに自分からここまで関わったんだから最後まで首を突っ込もうや。関わっておいて途中でポイは無責任だろ? だったら最初から顔のない群衆みたいに関わるなって話だ」
 
『……自分から関わったら責任を持って最後まで首を突っ込むって、ススムの影響だよねその考え』
「かもね。でもそう言う訳なので、ジブンはあの子の事を見捨てないからな」
 
『はぁ……心中しんちゅうが決まったらAI、データでしか無いニコには止めようが無いんだよ。
 全くもー、行くなら早く、サッサと片付けるんだよ』
「ウイウイ、わかってるって。我儘に付き合ってくれてありがとうな」
 
『ふーん』
 
 どこかツンツンとしたニコの機嫌を取ろうとやり取りをしながら身分を確認しない安日給な日雇いの仕事を行い。次の日の少女に備える。
 ニコにいい加減帰るまでの期限をつけろと言われたので、あと3日、明々後日には帰ると約束をした。
 
 
「ど、どうぞ」
 
 クッキーと言う名の小麦粉の塊を購入し頬張る。……現段階の環境での成長限界と言うか打ち止めと言うか。昨日と感想があまり変わらない。
 
「はぁ……腹に溜まるねぇ」
 
 缶ジュースならぬ缶スープシリーズ、その一つであるボルシチを飲んで流し込む。ズシンと胃袋に落ちる小麦粉の塊、その感触に楽しさを見出し始めて一息吐く。
 
「これが3日後以降には食えなくなると。浅い日乍、不思議なものでこれはこれで寂しく思うな」
 
 少女が少し俯いた様な気がした。何はともあれ少女には帰ることを告げておいた方がいいだろう。出なければ帰って以降もこの通りを訪れかねないからだ。

「御馳走様、また明日」
 
 取り敢えずは、天月博人が帰ると言う情報を知らせると言う一手だけを打ってその場を去る。多分、唯一の顧客である天月博人が帰ると言う情報は少女の精神を揺さぶるに足り得るものであろう。それを1日かけて巣食わせ熟成するのを期待する。
 
「勝負できるのは明日と明後日の2日間だけ。
 どう立ち回るか考えないとなぁ……何でジトっとした目で見るんだニコ、絶対見捨てないからな」
『わかってますよーだ。
 全く、見かけてかわいそうに見えたからって言うアホみたいに弱すぎる動機に対して行動力と意志力が強すぎるんだよ』
 
 生みの親であるジェイクこと伊藤改の影響なのか、何処と無く口が悪く感じるニコの発言はどこまでもドライなものであった。
 取り敢えずアジア人でも雇ってくれる個人情報不要の日雇いの仕事を探そう。
 
 翌日、少女はあいも変わらずにやって来てくれた。ロシアに来てからの日課という認識になりつつある少女からの小麦粉の塊を購入する。
 少女はどこか緊張しているような面持ちで、ほつれたバスケットから手で無理やり整えようとしたのか歪ながらに形ができていた小麦粉の塊を取り出す。いつもの量をいつもの額で支払って、では早速と頬張ると。
 ほのかな甘みを、粗悪ながらにサックっとした触感を口の中で感じた。これは、クッキーだ。装丁もしなかった感触に「美味い」と、クッキーを飲み込んだ口からこぼれる。

「……あと5枚くらい買えるかな?」

 クッキーを食べきって、天月博人はお代わりを要求した。すると少女は申し訳なさそうに「5枚しかありません」と答えた。「何故?」と尋ねると、砂糖を購入した後、卵が1個しか買えなかったのだという。
 
「それなら、明日に期待して」

 天月博人はそういって少女に1000ルーブル紙幣を握らせた。少女は戸惑いを見せるが拒ませはしない、大義名分を作って受け取りやすくしてあげよう。

「これで明日もクッキーを作ってほしい。
 お願い出来るかな?」
 
 少女は戸惑いを消せないままだけれど、はにかんだ様子でコクリと頷いた。
 屋宮亜里沙がこの場に立ち会えば、次の瞬間には整えられていないくせ毛まみれの頭が、互いの関係性を無視して撫でたくられ、さらにグチャグチャになっていた事だろう。
 
「こんなに近く人の成長が見えて、そして美味しいクッキーが食べられる。ロシアに来て、こんなに暖でいい気分になるなんて思いもしなかった。君と出会えて良かった。出会ってくれてありがとうね」
 
 互いの関係性を考慮して、天月博人は安易に少女を昔、元妹にやっていたように、撫でて褒める事は出来ない。だからその分、自身の口でその思いを綴って届けた。
 ……褒めすぎたか、それとも褒められ慣れていないのか、少女は顔を赤くしてうつむいた。
 (可愛らしい。何というか、日々責任やら仕事やらで削れていた心が癒されそうだ)何て思ってしまったほどに天月博人にはその仕草が意地らしく見えた。
 
「い、いえ……こちらこそ……」

 少女の言葉を聞いた。少女の言葉が、それに乗せられた想いが本物ならば、このロシアでの出会いは、良い物だったと何もかもが終わった後思い返せる。
 ……そう思ったのだけれど、同時に天月博人は同時に胸を痛めた。
 きっとジブンはどこかで死ぬだろう。一度死んだ以上、まるで一度認識した何がしと、認識前に遭遇しなかったのはどういうことだと思うほど、やたらと遭遇するようになるあの現象の様に、何度も死んでいるから、きっとどうせまたそのうち死ぬ。
 その時、他者が有する天月博人の記憶は甦る能力の代償か、抹消される。
 そうなるとこんな一度限りだと思われる出会いは、
 同じ空の下に居るというのに、天月博人だけが持つ記憶になる。
 それが天月博人には、出会いの記憶を独占しているようで、空を見てアンタもたまに思い返して居るのかなと回答が帰ってくるわけの無い、共感の問さえも許されないようで、何所と無く苦しく感じた。
 
「へへへ。お互いにいい出会いだって思ってるのか。よかった。片思いじゃなくて、両思いでさ。さて、ここらへんで行こうかな。と言っても仕事は終わっているから暇で外をブラブラするだけなんだけどね。本当は宿でゴロゴロしていたいけれど、あの宿6時間おきに料金を払わないといけないから財布が……おっと、あんまり身の上話を聞かせるのも何だしそれじゃあ」

 腰を上げてその場を去ろうとすると、少女が「あ、あの。ま、まって」と天月博人を呼び止める。

「行くところが無いなら、家……来ますか? く、クッキー、出ますよ?」

 天月博人は顔を思わずしかめる。自身の中で組み立てていた過程が突如として吹き飛んでゴールが間近にまで叩き付けられたからだ。警戒心が無さすぎる。それともただ不器用なだけか。天月博人はこの提案に乗っかりたいと思いつつも忠告をすることにした。

「安易に、知らない人を家に招いてはいけないよ? もしかしたら怖くて悪い人かもしれないからね」
「だ、大丈夫です。家にはお母さんがいます。
 それとも、お、お兄さんは悪い人ですか?」

「悪い人……と言われるとどうなんだろうね。ジブンにもよくわからないや」

 天月博人が善い人か悪い人か、それは天月博人は深く考えた事は無いしあまり興味が無い。

「でも親が居るなら安心かな、お願いできるかな?」

 少女の表情がほころんだような気がする。天月博人はそれを見て心が癒されたような気がした。


 少女に連れられ、少女の家へとやってくると。家は貧乏人かと思えば割としっかりしているように見え。そしてそんな家ならばおよそ電機が通っているであろうに、中に親が居るはずならばなぜ電気がついて居ないのだろうと違和感を覚える。

「静かに入ってくださいね」

 そう少女に言われ、中へとお邪魔する。

「お母さん。帰ったよー」

 少女亜家の奥へと向かったのでその後に着いて行くと。たどり着いた部屋にはベッドに横たわる女性が居た。その女性の様子を見て天月博人の心は、少女の仕草によって癒され余裕が出来ていたのにもかかわらず。絶叫した。
 白人、病人、そんな人々と比べ物にならないほどに蒼白そうはくとした顔色、膨らんでは萎んでと繰り返して動いている様子が垣間見えない胸と喉。
 少女の親は、少女に母と呼ばれている女性は、天月博人の目には命尽きているようにしか見えなかった。

「お母さん起きない……」

 そして少女は、命尽きると言う事を理解できていない様子で、母の亡骸に声をかけた。その様子が非常に痛々しく。「お母さん今日も起きない見たいです。
 で、でも多分今日の夜には起きます、起きたらパンを焼いてくれるようにお願いしますね。
 私のクッキーよりとっても美味しいんですよ」と言葉を振られた時には天月博人は、自身のような人間が死んでも甦ることが出来て、こんな少女の親が、原因はわからないけれどある日突然目覚めることが無くなるのは不条理だと強く感じる。
 伝えるべきだろうか。
 ……伝えるべきだろう、伝えなければいけないだろう。
 その時、少女が死を理解した時、どんな感情に心を支配され、その顔に何を映すのかと思うと、酷く胸が痛むけれど。とても苦しいけれど。少女は、いずれ目の前の現実と向き合わなければいけない。
 それを伝えるべきは、今日の内か、それとも明日か。見定める必要があるだろう。

「で、でも起きないらな仕方がないです。クッキー……私がクッキーを作りますから待っててください。卵を買ってきます」

 少女は、何の警戒もなしに卵を買いに出かけた。色々大丈夫かよと思いつつも天月博人は少女の母を見た。

「いつ、娘を置いて行ってしまったんですか。どうして行ってしまったんですか。そう思って仕方がないですけれど。どうしようもないのでそこまでは踏み込みません。
 でも、生きているあの子の感情には踏み込ませていただきます。きっと泣くと思います。受け入れたがらないと思います。だから、あの子を勇気づけるために見守っててあげてください」

 天月博人がその言葉を口にしたのは、少女を傷つけると言う誓いの言葉。これを少女の母に送る事によって、天月博人は少女を傷つける勇気を得た。

「最期の晩餐と言うわけではないけれど。ちょっと奮発してご馳走を用意してあげるかな」

 天月博人は、今晩、食材を買いに行こうと予定を汲む。それと同時に少女に現実を突きつけるのはその食後にしようと決めた。
 明日は、きっと悲しみの日になるだろう。
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