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7-4:治すための旅へ
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少女の家で振舞われたクッキーは美味しかった。
どうにも真新しいクッキーの作り方が乗せられた本を片手に、自己の贅沢に使えばいい物を1000ルーブルをほぼすべて消費して購入した材料が用いられたクッキーは、贔屓目で見ても店を出せるとまでは言えないけれど、思わず「美味しい」とこぼしてしまうほどに、人を1人、感動させた。
「よ、よかったです」
安堵し月の光の様に涼しげな笑顔を見せる少女。
この少女を明日、傷つけなければいけないと思うと戸惑いが生まれそうになるけれど。放置していた方が救われないのは目に見える。
「このクッキーの代金は払わせてくれ、それと今日、この家に泊めてくれないか? 勿論、その分の代金は払う。
今まで泊まってた宿って隙間風がキツイんだ」
後でニコに『だから安い宿じゃなくて、ニコが言った宿にすればよかったんだよ!』と怒られそうな事を交えながら、この家に泊めてくれないかと頼み込む。
少女はしばらく悩んだ様子を見せて「お母さんが起きたら聞いてみます。それまでは居ても大丈夫、だと思います」と実質的に泊まりの許可を頂けた。
「晩御飯……でますかね?」
「え、あっご、ご飯ですか……えっと、クッキー……は、ダメですか?」
次のクッキーも何かしら成長しているのだと考えるとそれでもいいかもしれない。そして不安気な少女の表情が、天月博人の肯定を誘う。
だが天月博人はコレを耐えて「晩御飯もクッキーは流石に……なら、厨房を借りても良いのなら。ジブンが作るけど……どうかな?」と提案する。
少女は「良いのでしょうか?」と母を見て首をかしげるが、しばらく悩んだ末に「お母さんが怒ったら、一緒に謝ってくれるなら良いですよ」と了承した。厨房に子供を入れさせない親だったのだろうか。
踏み入れた厨房は、フロアマットの溝や机の上にこびり付いた水拭きで拭いきれなかったと見られる小麦粉がアクセントになっているものの、おおよそ綺麗で、大事にされていた事がわかる。
特に目を引くのは大きく立派なオーブンだろうか。
冷蔵庫を開けてみる。野菜室、冷凍室には何もなく、冷蔵室も下の段には先ほど少女が購入した12個入り卵パック以外何も無かったが、この家にある一番大きな椅子を足場にしても少女の手が届かなかったのだろう、中の段の奥と上の段には食材が残っていた。
(うーん、あるにはあるけれど少し心許ない。買い足すか。
作るものは……ロシア料理なら母ちゃんに多少は習ったから作れるかな、いざとなればニコに検索してもらおう。
よし、だったらセリャンカとかオリヴィエサラダとか……あっ、その前に)
「おーい、何か食べられないもの、嫌いな食べ物はあるかい?」
調理した料理の中に、何かアレルギー、天月博人で言う茄子に当たる口にすると考えるだけで吐き気を催すほど嫌いな物があってはいけないと考えて、天月博人は少女に尋ねる。
少女は「私の分も作って頂けるのですか?」と驚いた様子だがすぐに「グリンピースがちょっと苦手です。
ピーマンも苦手です。
それ以外なら食べられます」と答えた。
天月博人は即座にオリヴィエサラダにグリンピースを入れる選択肢はこの時消滅した。
(うしうし、セリャンカとグリンピース無しのオリヴィエサラダ。
デザートとして苺のヴァレーニキを作ろう……ここで問題になるのが主食のパンだが、少女は母が作るパンが好きな様だし、そんな子に店売りのパンは……何というかジブンが嫌だな)
「おーい、やっぱりクッキーを作って欲しい。できれば甘くないのを」
仕方がない、晩御飯にそれはと断った手前これはこれで何だかなと思うけれど。母のパンが好きな子に、店売りののパンを最後の晩餐の様なこの食事に出すよりはマシだと考えて、天月博人は少女にクッキーを作ってくれる様に頼む。すると少女はそれを聞くと嬉しそうに「良いですよ」と答えた。
天月博人が足りない材料を買い足しに出かける。その際『なんか、献身的なんだよ』とニコにじっとりとした目で見られながら言われ、天月博人は何も言い返せず。『図星みたいなんだよ。ふーん』と少しだけニコの機嫌を損ねた。
材料を両手に少女の家に戻ると、真剣な表情で本を見つめながらクッキー作りに奮闘する少女の姿があった。
全くサイズの合っていない大人用のエプロンを身につけ、小麦粉まみれになりながら。天月博人が要望したクッキーを作ろうとしていた。
「人のために一生懸命になれる子だな。
それがいい人なのかはイマイチ、ジブンにはわからないけれど。可愛らしい子だと思う。
……うん、決めたよ。ニコ、ロシアの孤児院の情勢を調べて欲しい。それでもし10件以上、悪い噂があればレジスタンスの拠点に連れて行こうと思う。
……あぁでも、もし心さんみたいに家を出ていくのを拒んだら。
……そうだな、レジスタンスから手が空いてるもの、今やってる仕事を他の人に任せられる人の中で、ロシアで活動したい人を募って……瑠衣子さんに頼んで戸籍を作ってもらって、ここを拠点に活動できるか考えるか」
『はいはい、聞き届けたんだよ。二治と瑠衣子に今に発言をまとめたものを送信して……それじゃあ、ロシアの孤児院の情勢を調べてくるんだよ』
「助かる。ありがとうニコ」
『……どういたしまして』
その姿を見て天月博人はボソリとニコに告げる形で、少女の今後を大雑把に三通り用意した。
「できた生地を冷蔵庫で30分から1時間冷やします」
冷蔵庫の中に、粉の塊ができない様にかき混ぜまくった生地が入ったボールをラップで蓋をした物を入れて、少女は手を洗いちょこんと時計の前に座って絵を描き始めた。
生真面目な部分が見え隠れしているなと思いつつ、冷蔵庫で生地を寝かせて居るこの時間を使って、天月博人は調理を行なった。
肉、野菜が混ざり合い火が通る香ばしい匂いが充満する。
匂いは食欲を誘い、まともな食事を最近怠っていた天月博人の腹が鳴る。チラリと少女を見ると少女もいつしか絵を描く手を止めて興味有り気に天月博人の調理風景を眺めていた。味見と称してガッツリつまみ食いするのも憚られそうだ。
「皿、借りるね」
「は、はい。良いですよ」
出来上がった物を皿に入れる。
セリャンカの濃い、トマトの匂いがこれから腹が美味しく満たされるのだと予感させ心を踊らせる。
苺のヴァレーニキの暖かく甘い匂いが心を満たす。
双方の匂いは混じることなく、互いを邪魔しない。ここにオリヴィエサラダが間に入ることで味の濃い双方の中継ぎ役というか、舌休めの役割をなしてくれるだろう。
今、机に並べていく食事は、現状、少女にこれしかしてやれない天月博人の今出せる全力。どうか、どうか美味しくなってくれ、この後、傷つくであろう少女の傷を軽減してくれと想いを込めて振る舞うご馳走であった。
「二人分?」
「沢山作り過ぎちゃったからね。一緒に食べてくれるかい? ダメだったら頑張って食べ切るけど」
「食べます!」
糸が切れた様に、お腹を鳴らしながら少女はそう言った。
食事を始めると天月博人は不安気に少女の表情を伺う。天月博人から考えて美味しくできたと思う。だけれど天月博人は屈折した人生ではあるものの日本人だ。日本人としての味覚で美味しいと思っていてもロシア人の少女からしたら微妙な味かもしれないと不安に思ったのだ。
だけれどそれは杞憂だった様で少女は終始、明るい表情だった。
食事が多少消化されるであろう1時間を待つ。その間、ニコが調べ上げた孤児院の結果を文章で天月博人に知らせる。
結果的には、悪い噂が10件以下の物は例外を除いて無く、その例外も悪い噂が数件どころか0であったために胡散臭く感じられ選択肢から除外された。
残る選択肢はレジスタンスの拠点に連れていくかここに人員を住まわせるかの2つになる。
「すぅ……よし。おーい、ちょっと聞いて欲しい事があるんだ。来てくれるかい?」
天月博人はこの日の内に告げる事にした。この日告げて、一晩なににも邪魔される事なく考える時間を設けてあげようと、そう、考えたのだ。
少女は不思議そうにやってくる。あどけない表情が辛いけれど天月博人は告げた。誤魔化し、時間をおいて成長させ、少女自身に気が付かせるという手段もあると言うのに。
自分からでは無く他のだれかに言わせる、手紙に書くなどやり方もあったというのに。少女の目を見てしっかりと自身の口で少女に母の死を伝えた。
君のお母さんは寝てるんじゃないよ。ある意味では寝ていると表現されるけれど、お母さんはね、死んじゃったんだよと。
「……死んじゃった?」
「そう、産まれたの反対言葉。お母さんはそこに居るけど、もう居ないんだよ。ずっと冷たいんだ。わかるかい?」
少女は何も言わない。
「……2つ、君に提示することがあるから選んでほしい。1つ、君はこの家から出て行って他の所に住む事。もう1つは他の人がこの家で君と住む事。できれば明日までに選んでほしい。……それじゃあ、ジブンは寝るね。良い夜を」
天月博人は少女が反応を返してくれないので、トボトボとシャワー詫びて、少女にここでだったら寝て良いよとあてがわれたリビングのソファーに横たわり、自身のコートを布団がわりにして眠りにつこうとした。
だけれど眠気はなく、「お母さん死んじゃったの?」「お母さん、冷たいよ」「起きて、起きてよお母さん、病気だったら病院行こうよ」と夜深くになって聴こえてくる泣きそうな、泣いていそうな少女の声が天月博人の胸を締め付け続けたのだった。
翌日、少女の目は腫れぼったくなっており、深い悲しみに陥っていたにだと教えてくれる。
触れるべきか触れないべきか分からず。天月博人は顔をうつむかせた。
「お兄さん、私、この家から出たくないです」
そんな天月博人とは違って少女は真っ直ぐ、天月博人を見て、昨晩、天月博人が提示した選択肢の答えを天月博人に告げた。
「そっか……そっか」
「だから…………たまにはク、クッキー。買いに来てください。もっと、お母さんのパンに負けないくらい美味しくしますから」
少女は、天月博人の思っている以上に強く、天月博人には見えた。
天月博人はこの時約束をする。必ずまた、君のクッキーを買いに来ると。
どうにも真新しいクッキーの作り方が乗せられた本を片手に、自己の贅沢に使えばいい物を1000ルーブルをほぼすべて消費して購入した材料が用いられたクッキーは、贔屓目で見ても店を出せるとまでは言えないけれど、思わず「美味しい」とこぼしてしまうほどに、人を1人、感動させた。
「よ、よかったです」
安堵し月の光の様に涼しげな笑顔を見せる少女。
この少女を明日、傷つけなければいけないと思うと戸惑いが生まれそうになるけれど。放置していた方が救われないのは目に見える。
「このクッキーの代金は払わせてくれ、それと今日、この家に泊めてくれないか? 勿論、その分の代金は払う。
今まで泊まってた宿って隙間風がキツイんだ」
後でニコに『だから安い宿じゃなくて、ニコが言った宿にすればよかったんだよ!』と怒られそうな事を交えながら、この家に泊めてくれないかと頼み込む。
少女はしばらく悩んだ様子を見せて「お母さんが起きたら聞いてみます。それまでは居ても大丈夫、だと思います」と実質的に泊まりの許可を頂けた。
「晩御飯……でますかね?」
「え、あっご、ご飯ですか……えっと、クッキー……は、ダメですか?」
次のクッキーも何かしら成長しているのだと考えるとそれでもいいかもしれない。そして不安気な少女の表情が、天月博人の肯定を誘う。
だが天月博人はコレを耐えて「晩御飯もクッキーは流石に……なら、厨房を借りても良いのなら。ジブンが作るけど……どうかな?」と提案する。
少女は「良いのでしょうか?」と母を見て首をかしげるが、しばらく悩んだ末に「お母さんが怒ったら、一緒に謝ってくれるなら良いですよ」と了承した。厨房に子供を入れさせない親だったのだろうか。
踏み入れた厨房は、フロアマットの溝や机の上にこびり付いた水拭きで拭いきれなかったと見られる小麦粉がアクセントになっているものの、おおよそ綺麗で、大事にされていた事がわかる。
特に目を引くのは大きく立派なオーブンだろうか。
冷蔵庫を開けてみる。野菜室、冷凍室には何もなく、冷蔵室も下の段には先ほど少女が購入した12個入り卵パック以外何も無かったが、この家にある一番大きな椅子を足場にしても少女の手が届かなかったのだろう、中の段の奥と上の段には食材が残っていた。
(うーん、あるにはあるけれど少し心許ない。買い足すか。
作るものは……ロシア料理なら母ちゃんに多少は習ったから作れるかな、いざとなればニコに検索してもらおう。
よし、だったらセリャンカとかオリヴィエサラダとか……あっ、その前に)
「おーい、何か食べられないもの、嫌いな食べ物はあるかい?」
調理した料理の中に、何かアレルギー、天月博人で言う茄子に当たる口にすると考えるだけで吐き気を催すほど嫌いな物があってはいけないと考えて、天月博人は少女に尋ねる。
少女は「私の分も作って頂けるのですか?」と驚いた様子だがすぐに「グリンピースがちょっと苦手です。
ピーマンも苦手です。
それ以外なら食べられます」と答えた。
天月博人は即座にオリヴィエサラダにグリンピースを入れる選択肢はこの時消滅した。
(うしうし、セリャンカとグリンピース無しのオリヴィエサラダ。
デザートとして苺のヴァレーニキを作ろう……ここで問題になるのが主食のパンだが、少女は母が作るパンが好きな様だし、そんな子に店売りのパンは……何というかジブンが嫌だな)
「おーい、やっぱりクッキーを作って欲しい。できれば甘くないのを」
仕方がない、晩御飯にそれはと断った手前これはこれで何だかなと思うけれど。母のパンが好きな子に、店売りののパンを最後の晩餐の様なこの食事に出すよりはマシだと考えて、天月博人は少女にクッキーを作ってくれる様に頼む。すると少女はそれを聞くと嬉しそうに「良いですよ」と答えた。
天月博人が足りない材料を買い足しに出かける。その際『なんか、献身的なんだよ』とニコにじっとりとした目で見られながら言われ、天月博人は何も言い返せず。『図星みたいなんだよ。ふーん』と少しだけニコの機嫌を損ねた。
材料を両手に少女の家に戻ると、真剣な表情で本を見つめながらクッキー作りに奮闘する少女の姿があった。
全くサイズの合っていない大人用のエプロンを身につけ、小麦粉まみれになりながら。天月博人が要望したクッキーを作ろうとしていた。
「人のために一生懸命になれる子だな。
それがいい人なのかはイマイチ、ジブンにはわからないけれど。可愛らしい子だと思う。
……うん、決めたよ。ニコ、ロシアの孤児院の情勢を調べて欲しい。それでもし10件以上、悪い噂があればレジスタンスの拠点に連れて行こうと思う。
……あぁでも、もし心さんみたいに家を出ていくのを拒んだら。
……そうだな、レジスタンスから手が空いてるもの、今やってる仕事を他の人に任せられる人の中で、ロシアで活動したい人を募って……瑠衣子さんに頼んで戸籍を作ってもらって、ここを拠点に活動できるか考えるか」
『はいはい、聞き届けたんだよ。二治と瑠衣子に今に発言をまとめたものを送信して……それじゃあ、ロシアの孤児院の情勢を調べてくるんだよ』
「助かる。ありがとうニコ」
『……どういたしまして』
その姿を見て天月博人はボソリとニコに告げる形で、少女の今後を大雑把に三通り用意した。
「できた生地を冷蔵庫で30分から1時間冷やします」
冷蔵庫の中に、粉の塊ができない様にかき混ぜまくった生地が入ったボールをラップで蓋をした物を入れて、少女は手を洗いちょこんと時計の前に座って絵を描き始めた。
生真面目な部分が見え隠れしているなと思いつつ、冷蔵庫で生地を寝かせて居るこの時間を使って、天月博人は調理を行なった。
肉、野菜が混ざり合い火が通る香ばしい匂いが充満する。
匂いは食欲を誘い、まともな食事を最近怠っていた天月博人の腹が鳴る。チラリと少女を見ると少女もいつしか絵を描く手を止めて興味有り気に天月博人の調理風景を眺めていた。味見と称してガッツリつまみ食いするのも憚られそうだ。
「皿、借りるね」
「は、はい。良いですよ」
出来上がった物を皿に入れる。
セリャンカの濃い、トマトの匂いがこれから腹が美味しく満たされるのだと予感させ心を踊らせる。
苺のヴァレーニキの暖かく甘い匂いが心を満たす。
双方の匂いは混じることなく、互いを邪魔しない。ここにオリヴィエサラダが間に入ることで味の濃い双方の中継ぎ役というか、舌休めの役割をなしてくれるだろう。
今、机に並べていく食事は、現状、少女にこれしかしてやれない天月博人の今出せる全力。どうか、どうか美味しくなってくれ、この後、傷つくであろう少女の傷を軽減してくれと想いを込めて振る舞うご馳走であった。
「二人分?」
「沢山作り過ぎちゃったからね。一緒に食べてくれるかい? ダメだったら頑張って食べ切るけど」
「食べます!」
糸が切れた様に、お腹を鳴らしながら少女はそう言った。
食事を始めると天月博人は不安気に少女の表情を伺う。天月博人から考えて美味しくできたと思う。だけれど天月博人は屈折した人生ではあるものの日本人だ。日本人としての味覚で美味しいと思っていてもロシア人の少女からしたら微妙な味かもしれないと不安に思ったのだ。
だけれどそれは杞憂だった様で少女は終始、明るい表情だった。
食事が多少消化されるであろう1時間を待つ。その間、ニコが調べ上げた孤児院の結果を文章で天月博人に知らせる。
結果的には、悪い噂が10件以下の物は例外を除いて無く、その例外も悪い噂が数件どころか0であったために胡散臭く感じられ選択肢から除外された。
残る選択肢はレジスタンスの拠点に連れていくかここに人員を住まわせるかの2つになる。
「すぅ……よし。おーい、ちょっと聞いて欲しい事があるんだ。来てくれるかい?」
天月博人はこの日の内に告げる事にした。この日告げて、一晩なににも邪魔される事なく考える時間を設けてあげようと、そう、考えたのだ。
少女は不思議そうにやってくる。あどけない表情が辛いけれど天月博人は告げた。誤魔化し、時間をおいて成長させ、少女自身に気が付かせるという手段もあると言うのに。
自分からでは無く他のだれかに言わせる、手紙に書くなどやり方もあったというのに。少女の目を見てしっかりと自身の口で少女に母の死を伝えた。
君のお母さんは寝てるんじゃないよ。ある意味では寝ていると表現されるけれど、お母さんはね、死んじゃったんだよと。
「……死んじゃった?」
「そう、産まれたの反対言葉。お母さんはそこに居るけど、もう居ないんだよ。ずっと冷たいんだ。わかるかい?」
少女は何も言わない。
「……2つ、君に提示することがあるから選んでほしい。1つ、君はこの家から出て行って他の所に住む事。もう1つは他の人がこの家で君と住む事。できれば明日までに選んでほしい。……それじゃあ、ジブンは寝るね。良い夜を」
天月博人は少女が反応を返してくれないので、トボトボとシャワー詫びて、少女にここでだったら寝て良いよとあてがわれたリビングのソファーに横たわり、自身のコートを布団がわりにして眠りにつこうとした。
だけれど眠気はなく、「お母さん死んじゃったの?」「お母さん、冷たいよ」「起きて、起きてよお母さん、病気だったら病院行こうよ」と夜深くになって聴こえてくる泣きそうな、泣いていそうな少女の声が天月博人の胸を締め付け続けたのだった。
翌日、少女の目は腫れぼったくなっており、深い悲しみに陥っていたにだと教えてくれる。
触れるべきか触れないべきか分からず。天月博人は顔をうつむかせた。
「お兄さん、私、この家から出たくないです」
そんな天月博人とは違って少女は真っ直ぐ、天月博人を見て、昨晩、天月博人が提示した選択肢の答えを天月博人に告げた。
「そっか……そっか」
「だから…………たまにはク、クッキー。買いに来てください。もっと、お母さんのパンに負けないくらい美味しくしますから」
少女は、天月博人の思っている以上に強く、天月博人には見えた。
天月博人はこの時約束をする。必ずまた、君のクッキーを買いに来ると。
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