自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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8-4 :何度繰り返しても歩みは止めない

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 天月博人が目を覚ました時には昨日の早朝であった。時間が巻き戻ったのだ。
 
(さて今回はポーレッドの番だが)
 
 前回、ミランダ・レインと手を組む流れになって、その後の予定を半ば予想できている様子で尋ねられたことを思い出す。
 
『次はポーレッドお姉さまね……じゃあ協力者として助言してあげる。ポーレッドお姉さまは君が味方にするには難しい人だよ。
 ポーレッドお姉様には、アンナの様に父様の信仰が薄くないし、私の様に迷う要素もない。
 それでいて君が敵だと知っている人で目配せで私に君を攻撃する様に言った人で、アンナが君を弟にしようって可笑しなこと言い始めた時、何だかんだで折れちゃった私と違って、最後まで反対していた甘くない人だから』
 
(ミランダが言っていたことを踏まえると、ポーレッドは難しいか。普通のロロ=イアの落とし子と同じ感性と考えればそうか……アヤメみたいに世界消滅の事実を知って狼狽え意思が揺らぐのを狙うか……いや、アヤメの時はまだ説得力があった。ジブン何ぞが言っても説得力がないか)
 
 どう動くべきかを考える。すると病を患えば家に残るアンナ、通常通り働きながら機を伺えば職場のミランダと関われるが、彼女たちと違って、ポーレッドのみ状況的な整合性を作るのは難しいことがわかる。
 
(無理やり脱出して、ポーレッドの背後を見るのも難しい。聞いている感じミランダがジブンの状況を探れる何か、おそらく電気的なものを張っているからだ。
 協力者として手を組めたと言っても、今のミランダはそれを知らない。下手に動けば敵対される。……しまったなぁ、前回ミランダにどう動けばポーレッドと関われるか聞いておけばよかった。気をつけてとしか言われなかったもん。ジブンの頭じゃあ何も思いつかないよどうすんだよコレ)
 
 天月博人は悩む、悩みに悩んで……そして行動を決めた。
 
 
 
 
「おーいミランダ」
「はい、何ですか?」
 
「シフトにデーヴィッド ・レインってのが居るんだけど。知ってるか?」
「えっ……知りませんけど……」
 
「そうだよなぁ……包丁も一本無くなってるし、仕事もデーヴィッド 有りきで組まれてるし何だこれ……」
「ふーん」
 
 それは天月博人の苦肉の判断であった。
 ポーレッド・レインと関わることを諦め観察に徹する方針へと移行し、デーヴィッド ・レインであることを諦め、レイン3姉妹と敵対しないことを諦めたのである。
 
(……甦ったら死んだ地点から移動したなんてことは無し。路地裏のままだ。包丁も良し。先輩達の所有物から拝借したサングラスとマスクも良しと)
 
 自害し天月博人、不確定要素の為に賭けではあるがデーヴィッド ・レインに関する記憶を殺し、自由を得た天月博人はでは早速と拝借したサングラスとマスクを申し訳ないと想いつつも装着し、包丁を腰のベルトに挿入してシャツの裾で覆い隠す。
 
(格好としては怪しさ満点、捕まれば即刻豚箱へ一直線にいきそうだけれど。その辺は受け入れるしかない。
 さて、状況は無理やり整えた。あとはポーレッド・レインを探すだけだ)
 
 ポーレッド・レインはアイスクリームの屋台を引いていると記憶している。ならば小さな子が屋台をやっていると聞いて興味が湧いたのでやってきたのだけれどと尋ね回れば道筋がわかるだろうか。
 訪ねる際にはマスクやサングラスは取った方がいいだろう。
 
 結果として、なんで探しているんだ? ロリータコンプレックスなのか? やばい奴なのか? などと誤解を受けることになり。弁解しようにも、どんなアイスクリームが売っているにか興味があるんですよとかそんな苦しいものしか湧いて出ないため諦めて甘んじはじめ、そろそろ通報されるんでないだろうかと思い始めた頃。
 
(───見つけた)
 
 目的だったポーレッド・レインを発見する。彼女に近づいたためかほんのり肌寒い。
 
(デーヴィッド の記憶通り、氷菓子の屋台を引いてるな……あの見た目で商売ってできるのだろうか。許可とかそう言う問題は……こう異能だとかロロ=イアなる世界消滅保護組織だとか、与神の血族だとか。天月博人が想像する普通の世界でもやりようがあるような気がするのに、こんななんでもありな要素があると考えないほうがいい気がする。別にいま必要な情報と関連なさそうだし)
 
 後をつける。ポーレッド・レインだけではなく通報されないように街の住人にも気がつかれないように、人混みの中に息を潜めてしっかりと観察する。
 子供のような体型の人が経営している、ラーメンやらオデンやらサツマイモやらの屋台の氷菓子版である。そんな色んな異質に目をつぶれば、これと言って目ぼしいものはない。
 デーヴィッド・レインで居ることを諦めた以上、迂闊に接触することができずに居ると、太陽の暖かさが沈み、寒さが仄かなものから凍てつくようなものに増していく。人通りが少なくなったと思えば、いつしか居なくなっていた。
 暗闇と共に街が霧がかって行く。
 
「イヒッ、ヒヒヒ居るね居るねぇ、誰かが居るねぇ」
 
 霧が立ち込めるとポーレッド・レインのきびすが回り、天月博人の方向を見る。
 
「この時間は、誰もがお家に帰るさね。ただでさえ暗いのに霧が出るからねぇ。最近のこの街では常識さね。
 外国人? なら宿の主人が止めるはずさね。ただの大馬鹿野郎? なら居なくなっても構わんさね。それ以外? それ以外となると……私の目的である可能性が一番大きいさね。……だけど、ふーむ。身体が大きいねぇ、資料と違う、全然違うねぇ」
 
(……何を?)
「まぁ何はともあれ、捉えるさね。その手足、暴れられても邪魔だからここで捨ててもらうよ?」
 
 異質な音を聞く、これはなんだろうと音に覚えがあり一瞬胸につっかえを感じると。それが氷柱の落下音である事を思い出し、飛び出すようにその場から脱出する。
 すると天月博人がいた場所の両肩があったであろう場所に氷柱が2本落ちて、アスファルトに衝突して砕け散る。粉砕し弾けた氷の破片が命中して痛い。
 止まるには危険だ。逃げ回ろう。
 
(ヒエッヒエな攻撃なのに。戦意というか、血の気が温まりまくってるなポーレッドさん)

「へぇ、躱すのかい……」

 ポーレッド・レインが顔をしかめて、肩にぶら下げた大きな鞄から、白い菱形の宝石のようなものが中心に装飾された大きな本を取り出し、この霧がかった暗闇の中でとても読めるとは思えないが、それを開く。
 
「『全ての生命を阻む白であれ』」
 
 ポーレッド・レインがそう言った途端。逃げ回る道中でパキリパキリと音が聞こえ、冷たい霧の中で壁にぶつかる。
 なんだこれはと触れてみると理解ができる。氷だ。朝から昼にかけてこんな氷が出るほどにこの町は寒くなかったはずだ。また夜のうちに形成されるはずがないという思考から、これがポーレッド・レインが作ったものだと推定し、自身が氷の壁に閉じ込められたのを悟る。
 「やっべぇ」なんて呑気に言って手をこ入りに壁から話そうとすると、手が氷にくっついて離れない状態になっていて再び「ヤッベェ!」と叫ぶ。
 
 次の瞬間、肩に氷柱が突き刺さる。
 ───冷たい。いや、熱い。激しい痛みによる麻痺が起こる。
 
「イヒッ、捕まえたさね」
 
 詰みだ。潔く死のう。このまま連れ帰られると面倒なことが起きそうだ。
 そう判断して、痛みとも、冷たさとも熱さともわからない感覚に絶叫しながら。氷に触れず、氷柱に穿たれなかった方の左腕で、右肩に突き刺さった氷柱を引き抜き、肋骨を砕く勢いで胸に突き刺した。
 
 目を覚ます。知らない土塊でできたような薄暗い天井が眼に映る。
 体を起こすと状況を把握できた。どうやら死体になっているうちに牢屋に閉じ込められたようだ。
 
(覚えのない死体を牢屋にぶち込むのは倫理観どうなってるんだ。
 しかし今回は盛大にしくじったなー。ループするの待つか……これでループしなかったらどうしよう。
 体の部位引きちぎっては牢屋の外に投げを繰り返し、外で甦るのを期待するトチ狂った荒技でもやるか? 忌避感に満ち溢れるくらいやりたくないけど……)
 
 時間がループするのを待つ。その間は暇なので牢屋の中を探索するが、土を掘って作った洞穴に鉄格子を取り付けたような、簡易的で質素な物だったためにものの数分で終了する。素人の天月博人では脱出に時間がかかりそうだ。
 向かい側の檻を覗き込んでみる。誰もいない、それでいて天月博人が入っている檻よりも広く見えるがそれだけで、目ぼしいものがないくらいに質素だ。
 大いに暇である。今は何時だろうと太陽光を、もしくは月明かりを浴びれない体の体内時計が狂っていくのを自覚していく。もしかしたらループは終わってしまっているのかもしれない。
 動かなくてもエネルギーは消費する。お腹が減ってきたのだ。そろそろ脱出を本気で試みようか、その前にウツラウツラとしてきたので眠ることにする。
 
 
 
 浅い眠りなのだろうか、停止しているはずの意識に声が響く。
 
「手柄♪ 手柄♪ ふふふふん♪」
「もぉ、ポーレッドお姉さま、はしゃぎすぎだよ」

「それはもう燥ぎもするさね。ほれアンナ! そいつらを下ろすんだよ」
「はーい」
 
 聞き覚えのある明るく弾むような声と、微笑ましそうな声がやり取りを交え、滑車が動くような音を響かせる。
 生き返った事を悟らせないために、死んでいた時にしていた体勢で横たわり、何が生きるかを聴覚を用いて観察する。
 カラカラ、ゴトンと台車と思われる何かを動かし、何かを乗せる音が聞こえる。
 向かい側の檻が開かれ、その中に何かが放り込まれる。
 
「明日が楽しみさね。イヒ、イヒヒヒ」

 何度か運び入れる音を繰り返すと、ポーレッド・レインはそう言って、この場に用事がなくなったかのように、声とともに足音を遠ざけさせる。
 
 完全にどこかへ行った事を確信してから、体を起こして何を向かい側の檻に放り込んだのかを確認する。
 
 子供達だ。子供達が向かい側の檻に入れられている。何人かと目があったが一言も声を出さないような、嫌に静かな子供達の中に、1人、「もう嫌だ。もう嫌だ」とつぶやいている少年が居た。
 声をかけようにも子供達の落こんだ空気から躊躇していると、ふともう嫌だと呟いていた少年が顔を上げる。
 
「スペンサー……約束通りやってくれ。やり直すから」
「……わかった。すまないコリン」
 
 嫌だと呟いていた少年、コリンはスペンサーなる少年に何かを頼む。するとスペンサーは何も持って居ない筈手のひらから玉虫色の光を発し、握りしめる。
 握った手から光がまた漏れる。そして光は収束するように形を成していき。光は赤いナイフとなった。
 
「……行くよ」
「うん」
 
 スペンサーが赤いナイフを、コリンに振るう。止めるべきだっただろうか、いや天月博人は察した途端、何をバカなことをしているんだ。止めろと怒鳴りそうになる。
 だが、その会話の中身から、コリンの発言から、それは止めてはいけないことがわかる。
 それに、天月博人の中でそんな葛藤があった中で、ことはもう終わろうとしていた。すでにナイフは数度振るわれた。一度や二度では死ぬことができず。7、8は振るわれた。振るわれ終わり、そしてコリンが血の海の中で横たわって動かなくなると、世界が暗転する。
 
 
 
 
 
 目を覚ますとそこはベッドの上だった。昨日の早朝に戻ったのだ。
 天月博人は体を起こし、まるで酷く嫌なものを見たかのように、深い溜息を吐き出す。そしてこれからの行動方針を決めた。
 
(ループの鍵、見つけたぞ。全員の顔は覚えたぞ)
 
 できればコリン、もしくはスペンサー、出会えたなら他の子供達との接触を試みるのだ。
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