自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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EX2-3:ピーちゃんと居なくなった人達

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 何日経った。なんて事はない、まだ半日しかこの教室に引きこもっていない。
 だけれど、脱出の時が来てしまった。
 
(月に一回は思うけど今日は特に思うよ。生理現象なんて大っ嫌いだ……)
 
 昨日の夜に飲料を摂取したからだろう。軽い生理現象を催した。
 この時、私は戦慄した。今は軽い、だけれどこれはどうしようもない事で、あとで猛烈なものになるのを知って居るから。
 この教室内、四隅で済ますか? いや、それは私の乙女としての尊厳が死んでしまう。
 だから御手洗だ。
 命も大事だけれど乙女の尊厳も大事だから御手洗しか選択肢はない。
 じゃあこの階の御手洗で? いやいや、それは心ポッキポキに折れるくらい怖いから無理。
 ……最高なのは家で、せめてコンビニとかそこですませるしかない。
 動くなら軽い内にだ。学校を出よう。
 
(外怖いんだよなー、ハサミ持った子供とかちょー怖いんだよなー。出たくないなー。痛いのあったら嫌だなー、すっごく嫌だなー……泣きそう。てか吐きそう。なんなら漏れ……心に余裕がないからって冗談を心で吐き散らして乙女心を先に殺すような事はやめよう)
 
 なんて心の中で巫山戯ふざけつつも思いっきり渋りながら、泣きそうとか思いつつも、すでに半泣きで、脱出前の荷物確認をする。
 カバンの中には教材と、苺味の飴が13個……13って数字は縁起が悪いんだっけ? 1個だけ今食べておこう。後は裁縫セット、普段は日傘として使っている折り畳み傘、手鏡、予備手ぬぐい、3個のポケットティッシュ、絆創膏、化粧用品、綿棒、クシ、ヘアゴム、生理用品、財布。
 ……私のポケットにはケータイと手ぬぐい、ポケットティッシュ。
 ……多分、使えそうだ。
 全部カバンにまとめられるし、逃げる時になったら投げて牽制できる。
 余す事なく持って行こう。
 扉の上の窓から、クマジロウとカバンを先に出して、その後に続くように、飛び降りるのではなく、右手人差し指を使わないようにしつつも、ゆっくりとぶら下がるように教室を後にした。
 
 足音は聞こえない。
 それでもどこかに潜んでいるかもしれないから。
 教室に入った時みたな事があるかもしれないから。万が一を考えてカバンから折り畳みの日傘と手鏡を取り出す。
 それと交換する様に。
 上半身を食み立たせる形でクマジロウをカバンの中にいれ、装備状況を整える。
 折り畳みの日傘は、押し飛ばす時に手も足も使いたくないから。
 手鏡は背後や曲がり角を確認する為に。……背後はともかく、曲がり角を確認するときにも使えるんだよね? 兄貴の部屋にあった漫画にはそんなことが書いて合ったと思うんだけど。
 試しに曲がり角で使ってみる……すると鏡は曲がり角の先にある階段を写す。階段には誰もいない。なんだ背後みる時の要領か、だったら簡単だ。やるじゃん兄貴。帰ってきたらやる『何、私をおいてどこかに行ってんだビンタ』を100回から95回にしてあげよう。 
 
 ……足音は最後まで聞く事は無かった。学校を脱出しても子供たちが走り回っている様子はない。脱出出来たようだ。……これからは家に帰るだけ。不審に思われないように手鏡はポケットに入れておくとして、折り畳み傘は手放して、素手になるのが怖いから日傘として使ってにぎろう。
 
「人、居ないな……」

 街は早朝と言うわけでもないのに、人が1人もいない。まるで寝て起きたらゴーストタウンになっていたようだ。だから、誰にも、街に行き交う知らない誰かとさえも出会う事なく家へと帰ってこれた。
 御手洗いを済ませる。とりあえず乙女の尊厳は守れた様だ。……昨日の晩、教室で過ごしたから歯磨きしてないし、お風呂にも入っていないな。何かする前にそっちも済ませておこう。
 そう思って、お風呂を掃除してから水をいれている間に。脱衣所の、鏡のある洗面台の前で歯磨きをする。この時、クマジロウは洗濯機の上に置いておく。
 
 ポツリ。若干閉めきれなかった蛇口から水滴が溢れて洗面台を鳴らす音が聞こえる。
 ポツリ、ポツリ。少しだけ気になったので私はそれを閉めた。
 ポツリ、ポツリ、ッキュ……ペタリ。すると私は、その水滴の音と重なるように、素足の足音がしていたのに気がついた。
 
 背中が熱が引いていく。
 
 ペタリ、ペタリ、ペタリ、ペタリ、ペタリ。足音が近づいて来る。
 兄貴の足音ではない。兄貴の素足からなる足音はもう少し鈍重どんじゅうなもので、ペタリ。なんて軽く柔らかなものではない。 
 
 私は歯磨き粉を吐き出すのも忘れて、すぐさまクマジロウを抱える。後ろは怖くて振り向かない。背後は洗面台の鏡で確認する。
 
 ペタリ、ペタリ……ふと、足音が止んだ。脱衣所の扉、その向こうで止んだ。
 トントン。と、扉を叩いて。嫌に律儀に、人差し指の付け根がズキリとするくらい聞き覚えのある声で、それは「お邪魔します」と言った。
 
 お邪魔しますの返事を待たずして、脱衣所の扉が、ゆっくりとドアノブを捻られて開けられる。
 鏡に映るのは、扉をあけてうっすらと向こう側から見えた。学校で出会ってしまった私のような誰かだった。
 
「口の中の歯磨き粉を吐いて、うがいをしなよ。そんでお風呂の水を止めて。また。お話ししようよ……小鳥」
 
 シーーーと歯の隙間から空気を吐き出すような、静かで不快な笑い声をあげながら、彼女は私に指示をした。
 
 怖い、怖い、痛いのは嫌だ。
 心の底から口には出ないけれどお願いをする。
 何処かに行ってと。姿を消してと。私は、貴女を見たくないと。

「シーーー。どうして、どうして固まっているの?」

 嘲笑う様な声に理解する。この女、私が恐がっているのをわかっているんだ。……なんでそんな酷いことが出来るのだろう。

「シーーーッシシーーー」

 ゆっくり、ゆっくりと彼女は私に近付いてくる。やめて、お願いだから。私に何かが気にくわないの? 私が貴女に何かしたのなら謝るから。
 だから……。
 
 ピーンポーン。
 
 ビクリと身体が反応する。でも直ぐにそれが玄関のチャイムを鳴らす音だとわかる。
 チャイムが鳴ると、私に似た彼女は心底納得できていなさそうな表情をして、スッと私の瞬きの間に消えた。
 腰が抜ける。ヘタンと尻餅をつく。呼吸を整えて状況を理解していく。……どうやら私は、家の中に入って来ているとか言う終わったも同然な状況で助かったらしい。お手洗いを済ませておいてよかったと思う。
 
 ピーンポーン。……チャイムが鳴る。今はそれに助けられたことを喜ぶべきなのだろうけれど。どうしてだろう、私はこのチャイムにも何処と無く恐怖を感じる。
 日に日に人がいなくなっていく街、特に今日は誰1人として遭遇せず。今日初めてあったのが私に似たあの女だ。
 そんな状況下で、一体誰がやって来たのだろう。
 
 ピーンポーン。また、チャイムが鳴る。……あの女がさも当然のように入って来ているこの家から逃げたいとも思うし、丁度いい機会だ。対応ついでに外に出よう。
 
 
 
 ピーンポーン。何度目かのチャイムでバタバタと慌ただしく、準備を整えられたので扉を開ける。
 
「あっ、やーと出て来た」
「……シャーちゃん?」
 
 ここにやって来たのはシャーちゃんなる同級生の女だった。制服では無く私服を着ているから「学校に行くよー」とかそう言うわけではなさそうだ。
 
「昨日、お手洗いがあんまりにも長いし、なんかヤバ気な子供が校舎に入って来るしで、逃げるようにさっさと帰っちゃったからさ。
 置いてちゃったピーちゃんが心配になってさー。
 あのあと大丈夫だった?」
「大丈夫……じゃなかったかな。ちょっと」
 
 色々と思うところはあるけれど、私は彼女に右手人差し指を見せてそう言った。
 
「……うわぁグロい。
 どうしたのこれ。人差し指なんてよく見ないからうろ覚えだけど、昨日こんなんじゃなかったよね」
「多分、シャーちゃんが見たのと同じヤバイ子供に指を切られた……」
 
「ヤッバ、ヤバイよねそれ。
 大丈夫? 病院とか……縫われてるし行ったっぽいね」
「……まぁね」

 おそらくこの縫合はクマジロウによるものだけれど。信じてもらえるような話では無いのでまだ伝えない方がいいだろうと思い。誤魔化す。
 
「そっか。よし、じゃあ私はピーちゃんが大丈夫か確かめに来ただけだから。それじゃあ」
 
 そう言って立ち去ろうとする彼女を、私は「待って」と言って止める。
 彼女は素直に「えっ何々? ひきつめるなんて珍しいねピーちゃん」と待ってくれた。
 
「あの。今、街に人がいないでしょ? だから、……ちょっと怖くて。1人に……なりたくない」
 
 だから私は待ってくれた彼女が優しい人だななんて思って、そんな他人への勝手な印象でほんの少し安心して、ごまかしつつも本音を言葉にできた。
 
「……そっか。うん、そうだよねー。1人は心細いもんね。じゃあ2人で今日を過ごそっか。……家に上げてくれる?」
「……家の中もちょっと怖いから。家の外、シャーちゃんの家とかそう言うところで過ごしたいかなーなんて」
 
 家の中にはさも当然のように私に似たあの女が現れるとわかった。だから、だから私は家の外で、シャーちゃんと過ごすことを選んだ。
 
 
 
 
「……肩掛けカバンじゃなくて背負いカバンって。なんかガチ感あるよね。それになんか男物っぽいし」
「うん、このカバン兄貴のだし。中に何も入ってなかったから私の私物しか入ってないけど」
 
「……なんで兄貴のカバン?」
「両手が自由になるし落とさないから」
 
「両手が自由……その自由な手の片方はクマのぬいぐるみを抱えて使えなさそうだけど?」
「持ってたら安心する。一番いい装備だからねこれ」
 
「そ、そっか。やっぱり小さい子が考えるガチ装備感やばいよそれ」
「ガチだもん」
 
「ガチかー、何を想定してのガチ?」
「昨日のヤバイ子供とか、変質者」
 
「背負いカバンはともかく、そんなの相手にする時、クマのぬいぐるみに何を求めてるの……」
 
 そんな会話をシャーちゃんとしながら私は安全を求めて外出するのだった。
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