自己犠牲者と混ざる世界

二職三名人

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EX2-9:ピーちゃんと居なくなった人たち

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 シャーちゃんと雛。
 二人は最初平然としていた。
 だけれど進めば進むほどに顔色は難色を示し、2人共私の方に腕を置いて身体を支えるような状態になる。
 言っちゃあいけなのはわかるから口にはしないけれど、思うくらいは許して欲しい。
 おもったぁあああい!
 
「おえぇ……ダルい」
「ここはそういう空間だから……おい、もっと早く進めないの?」
「今でも一杯一杯なのでキツイです」
 
 か弱い乙女に人2人に肩を貸しながらもっと早く進めって無茶言うな。
 
「じゃあ……はぁ、今回も私が頑張るのかぁ。
 前回ならまだしも何で私が小鳥のために」
 
 耳元でブツブツ言われても丸聞こえですよ雛ちゃん。
 なんて思っているとふと、何でこの状況で雛が頑張る状況になるのかと考える。
 だけどそれは直ぐに目の前に写って私は悟った。
 
 地下に続く駅の、明滅する灯に照らされて人影が3つそこにある。
 私が立ち止まると雛が「出会ちゃったね」と言って2人の子供達を私たちの前に仁王立ちさせるけど、私にはそんなのは目に入らず。
 恐怖心のせいで影から目を離せないでいた。
 
 影が色づいていく。
 苛立ってそうな雛になる。
 後悔していそうなシャーちゃんになる。
 そして、震えて、自身を抱え、泣きじゃくる私になった。
 
「追いかけてくるから逃げなさい。
 どうなるかは分からないけど、こう言う輩は捕まらないに限るわよ」
 
 雛がそう言って、影の私が「あああ゛[#「あ゛」は縦中横]ぁぁああああああ」と糸が切れたように大声で泣き叫ぶと足取りは拙いもののこちらに寄ってくる。
 
 逃げなきゃ、そう思ってやっと動くようになった身体で後ずさりしようとすると体が重い。
 2人の人に肩を貸しているのだから当然といえば当然なんだけれど。
 
「早く逃げてって言ってるでしょ!」
 
 わかってるよそんなこと!
 でも、でも身体が重いんだよ!
 足が怖くて震えているんだ。
 もつれて転んだらって考えるともっと怖くて怖くてしょうがないんだよ!
 今にも泣きそうで、目の前が見えなくなりそうなんだ。
 足運びがつたなくても仕方がないでしょ……。
 
「……大丈夫だから。
 ここは進むのは容易くて、戻るのが面倒な場所。
 100メートルくらい逃げれば、勝手にループして出口に近いのはあいつらの方になるから」
 
 耳元で恐怖を慰めるような声で雛が呟く。
 以前来た事が有るはずなんだから、聞いている感じ先に進んでいるはずなんだからどうやったら次に行けるのかを知ってても良いはずだ。
 …-…道中で話してよそれ!? そんなに私が苦しむのが見たいの? うん、こんな事をちょっと思ったけど、言葉にして茶化すこともできず。
 慰め虚しく、私の心は恐怖に塗りたくられていた。
 
「ねぇ、ピーちゃん。
 私の家ってね。
 代々赤味噌作る職人なんだ」
 
 ふと、背中を押す感覚と共に、シャーちゃんが突然語り始める。
 えっ、今この時に何言ってんの!? なんて意味を込めた視線を向けるけれど、シャーちゃんは気にするそぶりも無く語り始めた。
 
「でもさ、時代の流れってやつかな。
 古き良きなんて伝統があるのなら他のところがあるし。
 そこそこ美味しいのが量産できるようになってきちゃうし。
 私の家が作る味噌なんて固定客にしか売れなくなって行っちゃうんだよ。
 家計は火の車、生活が苦しいったらありゃあしない。
 だけど、お父ちゃんには味噌造りの誇りがあって、お母ちゃんには覚悟があったから、私はそんな2人に憧れてたから、堪え難いことじゃなかったんだよ」
 
 何でこんな事を話すのだろう、どうしてだか言葉を押し付けられているような気がする。
 ……私の足運びは、あいも変わらず重く拙いけれど、背中を押す力が強くなってほんの少しだけ早足になる。
 
「うん、憧れてた。
 憧れてたんだよ。
 だから、跡を継ぐって言ったんだ。
 お母ちゃんは何も言ってくれなくて、お父ちゃんはやめた方がいいよって言ってくるんだ。
 時代が進むにつれてもっと辛くなるから、きっとやっていけないだろうから。
 ……家族仲が良かったと私は思うけど、そう言われたときは何と無く理解しても納得できなくて大げんかに発展してさ、勢いのまま家を飛び出したらそこで盛大に迷って衰弱してチーン。
 仲直りできないままこっちに来ちゃったんだよ。
 最初は死んだことに気がつかなくてさ、ずっと怒り続けて、気がついた時には泣きじゃくったっけ。
 謝りたくて話がしたくて、毎日霊界と現世の狭間に行ってこっちに来るのを待ってたんだけど。
 お父ちゃんとお母ちゃん。
 大往生する気なのかな、まだ来ないんだ。
 固定客のお得意さんも来ないし。
 もしかしたらうちの赤味噌って長寿の秘訣なのかな、だったらそれを宣伝文句にできたのにな……会いたかったなぁ、お父ちゃんとお母ちゃん、私には継がせないのに最後まで味噌作り職人なのかな……成りたかったなぁ、お父ちゃん見たいな味噌作りの職人さんに。
 そんな私からの教訓。
 感情に流されず一旦は飲み込んで冷静になってみましょう。
 それじゃっ」
 
 ……どうやら語り終わったようでバンと背中を叩かれる。
 ビリビリとした痛みの余韻を残して、重く感じていたものが半分無くなった。
 
「えっ」
「これが解決したら。
 現実に帰れるなら。
 お父ちゃんとお母ちゃんに、羽生ハブ六助ロクスケ、羽生小梅コウメに会えたなら。
 羽生飛花アスカは貴方達を愛していてごめんなさいって謝りたがっていた事を伝えて欲しい。
 ……伝えられるだけ伝えたからね。
 無理強いはしないけど、できればお願いね」
 
 シャーちゃんが何をしようとしているにかは、何と無くだけれど理解できた。
 でも、私は納得できずに「よくないよ。そう言うの」とシャーちゃんを止めようとするけれど、もうすでに後ろにいるシャーちゃんの「ははっ」と、ちょっとだけ男勝りな、多分素の笑い声が聞こえて案に拒否される。
 
「でも共倒れになるよりは誰かを切り捨てた方がマシで。
 じゃあ誰を切り捨てるって話ならまず私を切り捨てた方がマシで。
 そんな私にできることって、多分これくらいだから……優しくこわがりな私の友達へ。
 全部託したからね。
 じゃあね小鳥。
 この1年怖がられていたんだろうけど、楽しかったよ」
 
 頑張れ若人《わこうど》何て言いながら、背後から深呼吸する音が聞こえる。
 ……私は、泣いていたと思う。
 怖いから? それもあるけれど私は、これが別れになると悟ったからだ。
 
「彼女の行動を無駄にする気?」
 
 嫌だ。
 そう思って首を横に振る。
 無理やり、冷静になって恐怖を飲み込んで、湧いて出る使命感を足を動かす動力源にする。
 勇気が湧かないけれど少しずつ早く、歩んで逃げて、私は歯を食いしばった。
 
 ふと、視界の光景が一変した。
 目の前に映るのは、バットを盾にする者に阻まれて進めない影たちと。
 そんな影に勢いよく髪やら肉やらを掴まれて、そこから滲むように光が漏れて消えかかかっているシャーちゃんが居た。
 
「ここで反対向いて」
 
 急かすような雛の言葉のままに踵を返して、私は震えながら前を進む。
 影が来ないうちに、シャーちゃんが頑張れるうちに。
 カランと、木製の若干重いものが落ちる音がした。
「あぁ、ああああああ」と後ろで私の影が泣き叫ぶ。
 それはまるで私のいまの気持ちを代弁するかのように。
 
 勇気が出せなくてごめんね。
 さようなら、こっちの世界で私が怖がってもめげずに話しかけ続けてきた。
 諦めの悪い私のただ1人のお友達。
 
 
 
 通路を抜けて、駅的にはメインな広い空間に出る。
 私が「どこ?」と尋ねると、雛が力なく駅長室に指をさした。
 すると軽快で愉快の中に狂気を感じるバイオリンの音色が突然響き渡り「アハハハハハ!」とタガが外れたような笑い声が聞こえる。
 
『ゴールは目前! 果たして如月小鳥は、彼女と早退して逃げずにいられるのか!
 うーん、これは期待だねん』
 
 演奏中に流れるナレーションのような、男の声が聞こえる。
 
「……こんなのあった?」
 
 雛に尋ねるとグッタリした様子ながらも「無い」と答えて困惑を顔に浮かべている。
 
『その前に! 怖がりな如月小鳥ちゃんに頑張ってここまできたプレゼントだよん』
 
 ……アナウンス的に流れる陽気な男の声がそう言った途端。
 頭痛がした。
 何かが無理矢理入り込んで、弄られるようなそんな痛みを覚える。
 痛みは私の頭の奥まで届き、見つからなかった記憶の引き出しをこじ開け、記憶を引っ張り出す。
 
 いたこ。
 それは霊と繋がる者。
 私は、私はいたこが生まれる神社の、後継者の片割れである。
 その力は兄より強く、妹よりは弱いものの生まれたときは衰弱していた体は健康そのものに進化していった。
 血に宿る力を思い出す。

『それじゃあ、最低限のできることはしたからバイバイ』
 
 バイオリンが止み声が無くなる。
 何だったんだアレはと雛が言っているけれど、私はそれに反応できなかった。
 なぜなら私は今、誰の霊と繋がりたいかを無意識に探している。
 シャーちゃん……縁を辿ってもど縁は途中で切れている。
 彼女はどの世界にもいけず消滅したのだ。
 ……それならば。
 クマジロウの中にある兄貴、如月空慈の一旦に力を伸ばす。
 ───繋がった。
 だけど……自我が薄い。
 あまりにも霊気が薄すぎる。
 だから、私は自身の霊力を流し込む。
 
 クマジロウに熱が走る。
 恒温生物としてあるべき温度が宿る。
 クマジロウの中にいた魂の光はその輝きを増して、人の形を作っていく。
 
 何処かに飛んでいた意識が戻って、ハッとした時。
 私は、イタコとしての力を完全に思い出していて、目の前に鶯色の和服を少し着崩して、深紅の番傘を持った涙黒子を右目に持つ男。
 兄貴、如月空慈が居た。
 
「……どんな状況だこれ」

 兄貴は困惑していて、雛は兄貴を見た途端に身を預ける私に、早く近づけと命令する。
 そんなこと言われずとも私は自ずと兄貴に近づいて、肩に顔を埋めて、泣いた。
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