タイプではありませんが

雪本 風香

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5.誕生日プレゼント

2

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映画の後、カフェでお茶して夕飯を食べて。
そして当たり前のように星野は楓の最寄り駅まで送っていった。
映画が日に一本しか上映していなかったからか、最寄り駅に着いたときには既に23時を回っていた。
「……した?……やました?」
「あ、ごめん。なぁに?」
映画館を出てからどこかうわの空の楓。先程から何度もこうして声をかけられてハッとして謝ることが続いている。
いつの間にか星野も改札を出ていた。
いつもなら、改札の中で別れるのに。
「家まで送るよ」
「大丈夫だよ」
「ダメだ。ボーッとしてるやん。時間も遅いし、危ないから」
星野はゆっくりと首を振る。
「俺に送られるか、タクシーで帰るかどっちがいい?」
「一人で……」
眉間にシワを寄せる星野に楓は口をつぐんだ。これは、怒っている。
「一人で帰る、なんて言わないよな」
口元に笑みをたたえながらも、目は怒っている。今までで一回しかない、星野の顔。

楓はため息をついた。
星野の終電の時間もあるから迷う時間はそんなにない。
10分もかからない距離だからタクシーを使うのは気が引ける。
と、すると手段は一つ。

「……家の近くのコンビニまででいいから」
「んー、とりあえずわかった。じゃあ早く行こう」
星野は少しだけ不服そうな顔をしたが、楓の家の方角に歩き出した。
千葉の実家から今の家に引っ越した時に同期数人に手伝ってもらったのだ。
初めてする一人暮らしで必要なものの買い出しに。
その中の一人に星野がいたから家の場所は知っているのだ。
だから今まで家まで送る、と言われていたのを断っていたのも家を知られるのが嫌だったわけではない。

ただ、慣れていないのだ。女の子扱いされることに。


身長も高く、しっかりしているように見られる楓にとって、彼氏にもされたことがない女の子扱い。
恋人でも無い星野にされるとどうも落ち着かない。
星野は自分がしたいだけだから、と答えるだろうが。

星野から見て楓は「女」であると自覚させられる。
楓にとって星野は「男」ではないのに。

そんなことを考えながら歩いていると結局、近くのコンビニを通り過ぎ、家の前まで送ってもらうことになっていた。
「ホッシー、ごめんね。遅いのにありがとう」
「ええよ」
ニコッと笑った星野だが、なかなかその場から動こうとしなかった。
「ホッシー、電車なくなるよ?」
「うん」
そう言っても足を動かそうとしない星野に訝しげな視線を送る。

「あのさ、山下」
「うん?」
「俺、今日誕生日だったんだ」
「え?早く言ってよ!そしたらお祝いしたのに」
流石に同期でも誕生日までは知らない。楓は本気で驚いた。
「29だよね、おめでとう」
確か星野は大学時に留学していたから年は一つ上だ。楓は自分より一つ早く歳を重ねた星野に何か渡すもの、お菓子でもないかカバンの中を漁る。こういうときに限って、いつも欠かさず入っているチョコもあめもない。
カバンをひっくり返す勢いの楓を止めて、星野は言った。
「でさ、プレゼント欲しいんだ」
「いいよ、何がいい?」

顔を上げた楓に星野の顔が近づいてくる。
ゆっくりと。
「嫌なら避けて」
あと10センチで唇が触れ合うところで星野は一旦止まる。
しばらくその状態で見つめ合う。いや、時間にしては一秒か二秒だろう。
でも充分避けられるくらいの時間。

その間に楓の頭は色々なことが飛び交う。

これが誕生日プレゼントでいいの?ってか嫌ならって……。別にホッシーのこと嫌ではない。けど好きでもないし。ってかどうすれば……。

ぐるぐる混乱している様子の楓とは反対に星野は相好を崩した。
「ありがとう」
囁くような礼と共に柔らかいものが楓の口に重なった。


キスしてる。

ただそれだけ。
重なってみると、さっきまでの混乱はどこにいったのか。
楓の心はやけに平穏だった。

やっぱり星野に男を感じないのに。
でも、すごく優しくて気持ちいい……。それに身長差がないからキスしやすいな。
思わず目を瞑って星野のキスを受け止める。

離れる時も丁寧だった。
名残惜しそうにゆっくりと顔を離した星野は再度礼を言うと楓を抱きしめた。
「最高の誕生日プレゼントだ。ありがとう」

楓はドクリと心臓が音を立てたのに気づいた。
予想していたよりも星野の胸板が厚かったからだ。
力強い腕の力で抱きしめられる。


意外とホッシー筋肉あるんだ。
この腕なら……。


楓はその先を考えるのを首を振って中断する。
星野の胸に手を当て体を離すと、早口にいった。
「送ってくれてありがとう。誕生日おめでとう。終電なくなるよおやすみ」
踵を返すと足早にマンションのエントランスに入っていく。
星野がどんな顔をしているのか知りたかったが、楓が後ろを振り向くことはなかった。
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