タイプではありませんが

雪本 風香

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7.帰省

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「そういえば、入院中見舞いに来ていた男とはまだ付き合っているのか?」
楓は一呼吸おくためにエンジンをかける。エアコンの送風口からまだ温まっていない冷たい風が、楓の頭を少しだけ冷静にしてくれた。
「別れた」
悲壮感を漂わせないように意識して言葉を発した楓に柊はホッとしたように返事をする。
「あ、そうなの?よかった、俺あいつ好きじゃなかったんだよね」
「え?」
「少ししか会っていないけど、お前の体気遣うことも、いつ退院するかも聞いてなかったじゃん。気づいてないのか?」
全然気づかなかった。仕事で忙しい中、まさか見舞いに来てくれると思っていなかったから会えるだけで嬉しかったのだ。
返事をしない楓に柊は呆れたようだ。
「お前、男見る目悪すぎ。いつも同じタイプで失敗するじゃん」
「そんなこと……」
「あるだろ。オフクロじゃないけど、哲みたいな男にしておけよ」
やっぱり母との会話を聞いていたのか。楓は答えを見つけれない。黙って車を走らせる。
「まぁ、楓の場合、好きなタイプじゃないとダメっていうのもあるんだろうけど。……気をつけろよ、好きすぎて男に尽くすのはいいけど、やりすぎると大事にされないぞ」 
自分の男を見る目が良くないのは自覚している。だけど、こうもズバリと指摘されると煩わしい。
柊は喋らない楓につい言い過ぎたと思ったのか、詫びの言葉を口にした。
「悪いな、つい口出しして。オフクロと変わらないな、これじゃあ」
「いいよ、事実だし。……いい気はしないけど」
柊はもう一度詫びると真剣な顔をして呟いた。
「お前に惚れて逆に尽くしてくれる男がいればなぁ。……哲みたいに」
「兄ちゃん、聞いてたでしょ。お母さんとの話」
これ以上他のことを話さないように、敢えて咎めるような口調で楓は言う。
バレたか、というように笑って誤魔化す兄は、楓の言葉の鋭さなどきにした様子もなく、口を開いた。
「あ、ここでいいわ」
ホテルの手前で楓に車を停めさせ、そそくさと降りた柊はドアを閉める前に楓に声をかける。
「良い年を。そして来年は今年よりも幸せに過ごせるように願ってるよ」
「ん、ありがとう。兄ちゃんもよいお年を」
バタンと閉じたドアに向かって楓は深くため息をついたのだった。



偶然というのは嫌なくらい重なる。
兄を送った帰りに昔からあるコンビニにストッキングを買いに寄った楓は出入り口で意外な人物と再会した。
お互いに絶句して、顔を見合わせて。

話題に出ていた元カレの哲。別れてから一度も会わなかったのに、どうしてこんなタイミングで会うのか。
哲も同じ気持ちだったようで驚きが半端ない。ちらっと見た薬指に真新しい指輪が光っている。
「……どなた?」
「あぁ、えっと……」
レジが終わったのだろう、後ろから話しかけてきた女性が楓のことを不思議そうに見つめる。

その視線で我に返った楓は、哲と奥さんに向かって話しかけた。
「私、彼の高校のクラスメートの山下です。まさか会うと思わなくてびっくりして……。あ、結婚おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
花が咲いたようにパッと笑った彼女は、新婚特有の初々しさと可愛らしさを持っていた。
そんな彼女を見て、哲も優しく見守る。

よかった、と楓は胸を撫で下ろした。別れた後、哲と再会するのは初めてだ。
振ったのは楓だ。気まずい気持ちはあるが、一緒にいた時とは違い、優しく笑う彼に心の底から祝福の言葉を伝える。
「お幸せにね。っていうか言わなくても幸せいっぱいだね!よかったぁ」
哲も楓が本心から言っているとわかったのだろう。安心したように話しかける。
「ありがとな。かえ……山下も元気そうでよかった。しばらくこっちいるの?」
さすがに妻の前で名前で呼ぶのは憚れたようだ。名字で呼んだ哲に楓は答える。
「明日には帰るよ」
「忙しいな。たまにはゆっくり帰ってきて同窓会に顔出せよ。毎年2日にやってるから」
哲と別れたこともあり、社会人になって足が遠のいていた同窓会。まだ続いていたのに驚いた。聞くと、集まるのはクラスの半分くらいだが、未だに同じ場所――同級生の実家の店――で開催をしているらしい。
「わかった、わかった。来年……じゃないや、再来年は顔出すね」
再来年、自分が行くかどうかわからない形ばかりの返事だったが、哲は本気にしたようだ。
「おう、待ってるわ。直前に地元組の誰かから連絡入れるから必ず来いよ」
話の区切りがついたところでお互いに良いお年を、と言い合って別れる。

哲の幸せそうな後ろ姿をみても未練が全くない自分によかったと胸を撫で下ろした楓は、自分がコンビニに何を買いにきたのかすっかり忘れてしまった。
思い出したのは実家に帰ってからだ。
手ぶらでコンビニから帰ってきた楓にまだ歌番組に夢中になっていた両親に気づかれなかったことが唯一の救いだった。




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