タイプではありませんが

雪本 風香

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19.同期の星野

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「おは……、山下、どうしたんだ?その髪」
「おはよ、星野くん。……似合う?」
朝エレベーターホールで星野に偶然会ったのは、梅雨が開ける頃だった。
肩甲骨のあたりまで伸ばして括れるくらいの長さだった髪を、うなじがむき出しになるくらいバッサリショートカットにしたのだ。
「うん、いいね。でも急にどうしたん?」
「暑いし、ヨガの時邪魔で」
他愛もない会話をしながら到着したエレベーターに乗り込む。
想いを忘れた訳じゃないけれど、これまでに何度も社内ですれ違ったり食堂で一緒になっている。
さすがにもう話していても心は乱れなかった。
「懐かしいね、その長さ」
最初に乗り込んだ二人は自然と奥の方で並んで立つことになる。
ヒールを履いた楓と星野はほぼ同じくらい。
星野は楓にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「配属された時、それくらいの長さだっただろう?」
「あぁ」
楓は苦笑する。
入社して半年。ジョブローテーションが終わって営業に配属が決まったとき、気合を入れるためにショートカットにしたのだ。
だって楓以外の同期はみんな男だったから。
ショートカットにパンツスーツで男性に負けないように肩肘張って無理して。
3年が過ぎて一人で満足いく数字が作れるようになるまでずっとそんな格好をしていた。
その同期もそれぞれ異動や転職で今営業に残っているのは星野だけだけど。

営業の時の気合入れた格好を思い出すと若気の至り――というか、根本は今も変わっていないけど――うわぁ、と叫びたくなる。
必死に努力して頑張って結果を残す。休みもなくヒリヒリした中で仕事をするのも、それで楽しかったけど、今は仕事とプライベートのメリハリをつける働き方の良さも知っている。

視野が狭かったことを思い出して、顔を赤くする楓に星野は囁いた。
「暑気払いで飲みに行こうよ」

――ポンッ。 

タイミングよく小さい音が響き、ドアが開く。
人の波に合わせて降りた楓に星野は追いかけながら声をかけた。
「また詳細は連絡するわ。……お、おはよう」
部下なのだろう、声をかけられた星野は楓に手を振りながら自分の部署の方へ歩いていく。
「ちょっと」
慌てて声をかけたけど、もう楓の言葉は耳に届いていない。
はぁ、とため息をついた楓は諦めて、総務部の方へ歩いていった。



「あれ、ホッシーだけ?」
いつものように同期で飲む時に使用するタカノについた楓は、そこにいるのが星野だけと気付いた瞬間、Uターンしたくなった。
「そっ。俺だけ」
カウンターの端で先にビールを飲んでいた星野は、自分の隣の椅子をポンポンと叩く。
そこまでされると帰るわけにはいかない。

同期だもん、飲むのは普通だし。前は二人でよく飲んでいたし。
あの時と同じ場所。同じシチュエーション。同じ仕事帰りの金曜日。意識しないわけじゃない。
でも星野は忘れてくれているはず。私さえ普通にしておけば大丈夫だ。

楓は自分に言い訳するように心の中で呟いて星野の隣に座る。
「いつものでいい?」
楓が頷いたのを確認すると星野はビール2つといくつかのツマミを頼むのだった。



話していると楽だ。
そう感じさせる何かが星野との間には確実にある。
営業部のこと、総務部のこと、プライベートのこと。
話題はいくつもあるし、一旦話し出すと会話が途切れることはない。
星野はサングリア、楓はトニックウォーターを追加で頼む。
まだまだネタは尽きない。
熱々のガーリックオイルに浸かったマッシュルームを頬張りながら星野の言葉に頷く。
星野も話の合間に早々に頼んだパエリアを口に運びながら楽しそうに話し続ける。

入ったときに感じたことは杞憂だった。
楓もやっと気持ちがリラックスしてきた頃。
程よく酒も回ってお腹を満たされたタイミングで、急に星野は何か考えるように口を噤んだ。

「ホッシー?」
恐る恐る声を掛けるが星野は何かを考え込んでいるように顎に手を当て、眉間にシワを寄せたままだ。

何か迷っているときの顔。
いや、少し違う。
わざとそんな顔を演じているような。
だって、真剣味が足りない。どこかわざとらしい。
なんでそんなことするの?そんな表情作られたら嫌でも去年のあのことを思い出してしまうのに。

楓の心の葛藤が聞こえたかのように星野がこっちを見る。
楓の顔を見据えて、真剣な顔を作って。
やけに真面目ぶって放った言葉は。

「山下、俺と付き合わん?」




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